それでは、どうぞ
コンコン
『お客様、お目覚めでしょうか?』
「ん………もうこんな時間か。」
扉がノックされ、その音でパチリと目を開ける。列車の揺れを少しだけ感じながら目を覚ましたエノクは互いに身を預けていたリサを起こさないよう移動させ膝枕にした後、扉の向こうにいるスタッフに向けて問いかけた。
「スタッフさん、どうかされましたか?」
『おはようございます。昨日見せていただいた切符に書かれていたお二人の行き先が近づいておりますので、お知らせに参りました。』
「あぁ、そうでしたか。わざわざありがとうございます。」
『いえいえ、これが私の務めですので。あぁ、食堂車がございますので、朝食が欲しい場合はそこでご提供させて頂きます。では。』
礼儀正しく礼をしたスタッフが去った後、エノクは膝に乗せたリサの寝顔を眺める。仰向けに寝転がるリサの顔はどことなく幸せそうだ。手慰みに梳かした髪は手に引っ掛かる事無く綺麗な状態である。暫くの間、続けていたエノクにされるがままであったリサだったが不意にパチリと目が開く。覗き込んでいたエノクとバッチリ目があったリサは、膝枕されたまま顎に手を当てて何かを考え始める。
「ん~………五億点ね。目覚めの景色としてはこれ以上無い位素晴らしい物だわ。」
「何点満点中?」
「決まってるじゃない、10点満点中よ。」
「カンストどころの話じゃないね。」クスッ
「顔が良い………目が焼かれる………。」
口元に手を当てて笑うエノクを間近で見たリサは目を覆い、絞り出すように声を出す。何とも幸せそうである。そんな茶番をしていた二人であったが、膝枕に満足したリサが軽く起き上がり伸びをした。
「ん……っと。で、後目的地までどれぐらい?」
「さっきスタッフさんが知らせてくれたけど、時間的にあと30分位かな。服を整えて、杖の手入れを軽くしたらすぐに経つよ。」
「それもそうね……あ、こないだ変な奴らから貰った布あったじゃない?使者達に頼んだら狩装束に仕立てて貰えたからどうせならそれ着ない?」
「いいね、僕は使者くん達に任せっきりだったから結構楽しみだったんだよね。」
机の上の物を片付けながらそう答えるエノクに対し、リサは虚空へと両手を突っ込み、黒を基調とした服のかかったハンガーを取り出した。
「はいこれ。」
「……コート?」
「そ、中に着る服もかかってるから、ちゃんと着替えなさいよ。」
「取り敢えず、インベントリに一回しまってから……っと。」
バサッ
受け取った服を一度霧のような状態にし、自分が現在着ている服と入れ替えるように具現化する。傍目から見たら一瞬で衣服が変更されたように見える早業であったが、本人は普段から使っている技術であるため、特に気にする事無く身に纏った服を見やった。
「………………。」
「どうかした?」
「いや、何でもないよ。案外着心地は悪くないね。あの獣から作られた布だった筈だけど。」
若干赤みがかったロングコートは動きを阻害しないような造りになっており、多少激しく動いても皺一つ付くことはなく、肌触りも滑らかだ。内側の服なども全体的に統一されたデザインに満足した様子のエノクを見て、リサは何かを考えながら口を開いた。
「また今度見つけたら追加お願いしようかしら。素材ならそこそこあるし、使者達もちゃんとした布地でお洒落したいみたいだし。」
「どうせなら人形さんの分も作ろうか。」
「良いわねそれ、何時までもあの格好だけじゃ人形さんも飽きるだろうし、ちゃんとしたプレゼントを贈ってあげないと。」
リサもエノクと同じような方法で着替えながら楽しそうに言葉を交わす。自分の分の裾などを確認した後、リサはその場でクルリと一回転する。身に纏ったエノクの物と似たデザインのトレンチコートと黒いギャザースカートがふわりと舞う。
「どう?」
「似合ってるよ。綺麗だね、リサ。」
「ふふん。」
エノクからの賛辞に胸を張り、自慢気に笑う。それで満足したのか、リサは寝る際にしまっていた仕込み杖を改めて腰の左側に差し、反対側に備え付けられたホルスターにエヴェリンを装備した。エノクも鞘に収まった千景を後ろに携えコートの内側にナイフを仕込んだ後、扉を開ける。窓の外は絶えず景色が流れ続けているが、前夜とは違い建造物の輪郭がしっかりと見えた。
「そういえば食堂車があるみたいだし、折角なら降りる前に寄る?」
「興味あるわね。行きましょ行きましょ。」
ガタンゴトン
ガラッ
「おや、結構立派。」
「ここもあのスタッフがやってんのかしら。」
車両を移動し、一つの扉をスライドさせた二人はレストランのような内装の場所に辿り着く。まだ朝早いこともあってか人の気配は無いが、良い雰囲気の場所である。窓際に並べられたソファとテーブル、背が高い椅子が置かれたカウンターからは調理場らしき空間が見える。そして、その調理場には明らかに人ではない何かが動いていた。空間内をスタスタと歩いてカウンターの椅子に座った二人はその存在を視界に収める。
『イラッシャイマセ。』
そこにはコック帽を被った一体の機械が存在していた。機械らしさのある腕で調理場の掃除や調理中の鍋の中身の管理等を行っているが、その手際は素人目から見ても中々の物だ。そうな感想を抱いていると、不意にコックから一冊の冊子を渡される。表紙を開くと料理が書かれていた為、どうやらメニュー表のようである。
『ゴ注文ガオキマリニナリマシタラ、オ呼ビクダサイ。』
電子音で構成された声でそう告げた後、コックは作業に戻る。しかし二人の視線はメニュー表ではなく天井付近に向いていた。
「…………生えてる?」
「生えてるね。まぁ、さっさと決めよう。」
「それもそうね。」
目線の先ではコックの体がぶら下がるように設置されて天井から吊るされたような状態で存在していた。違和感がとてつもないが、そんな事を気にするような精神はしていない二人は特に突っ込む事無くメニュー表を見始める。一つのメニュー表を一緒に覗き込む二人であったが、1ページ目を開いた所で眉をひそめた。
「値段が書かれてない?」
「使者達みたいに頭に直接語り掛けて来るわけでも無いし、記入ミスかしら………幸いお金で困ってる訳じゃ無いし、後で聞けば良いでしょ。」
「まぁそれもそっか。それじゃあ僕はローストビーフのバゲットサンドで。」
「………じゃ、サーモンサンド。」
『オマタセシマシタ。』コトッ
「「……………。」」
各々が注文を口に出した瞬間、機械の手によって二人の前に皿が置かれる。その上には二人が頼もうとしていた料理が乗っていた。流石に面食らったエノクとリサは一度互いに顔を見合わせた後、おずおずと目の前のコックに問いかけた。
「……まだ注文から数秒位しか経ってなかったと思うんですけど。」
「どんな仕組みよ。」
『T社ノ技術ヲツカッタ保存庫カラ出来立テノモノヲダシテオリマスノデゴアンシンクダサイ。』
「その言いぐさってことは時間の停止?随分と大層な技術だこと。」
「僕らも似たようなの持ってるけど、それを技術として落とし込むのは流石にみたこと無いなぁ。」
リサは訝しげに、エノクは感心したように目の前の料理を見ていたが、いつまでもそのままでいるわけには行かないため、サンドイッチを掴んで口元へ運ぶのであった。
「ふぅ、ご馳走さま。それでいくらかしら?」
『乗車代金ニフクマレテオリマスノデ、オ代ハケッコウデス。』
「あぁ、なるほどそういう………おっと、リサ、そろそろ時間みたいだよ。」
食堂車から見える窓の外にはビルが建ち並んでおり、少し遠くには駅らしき物も見えた。朝食を終えた二人はコックをしている機械に軽く礼を言った後椅子から降り、食堂車を去る為に扉の前まで歩く。そのまま扉に手を掛けようとするエノクであったが、その前に扉が開いた。
「おっと。」
「ん?あぁ、人が居たのか。いきなり開けてしまってすまないね、驚かせてしまったかな?」
「いえいえ、お気になさらず。」
「貴方、どうかしたの?」
扉を開けた男性は目の前の鉢合わせた少年少女に申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら話しかける。それにエノク当たり障りのない対応をしていると、男性の妻らしき女性が現れる。その隣には女性と手を繋ぐミカの姿もあった。
「いや、何でもないよ。ただこの子達と鉢合わせてしまっただけで「おにいちゃん、おねぇちゃん!」ミ、ミカ?」
男性は事情を説明しようと振り向いたが、それと同時にエノクとリサを見つけたミカは二人の方へと駆け寄り、嬉しそうに笑いながら二人に抱きついた。親二人は初対面の子供達に自分の愛娘が懐いているという事実に目を丸くしているが、エノクとリサは気にせずミカに話しかけた。
「あら、おはようミカ。いい夢は見られた?」
「うん!たのしかった!」
「それは良かった、元気そうで何よりだよ。」
「ねぇねぇ、おにいちゃん、おねぇちゃん、またぶきみせてくれる?」
「あぁ……ごめんなさい、私達もうそろそろ列車降りるから時間が無いのよ。」
「えっ……ほんと?」
リサの言葉にショックを受けたような顔をするミカ。先程までのテンションから一転、沈んだような雰囲気を纏って目を潤わせ始めた。
「……やだ、もっとみたい。」プクー
「そうは言っても、私達も仕事があるのよ………そうだ、これあげるから、我慢してちょうだい。」
頬を膨らませて抗議するミカに対し、リサは数瞬思考した後コートで隠すようにして虚空から新品の仕込み杖を取り出すとそのままミカへと押し付ける。杖を受け取ったミカはポカンと口を開けて驚いた後、目を輝かせ始めた。
「これってきのうの……いいの?」
「何本もあるし、一本位はどうってことないわよ。刃は潰してあるけどちゃんと気をつけて使いなさい。」
「うんッ!」
「良い子ね。」
そう言ったリサは、両手で杖を抱え持つミカの頭を撫で繰り回す。それを微笑ましげに見ていたエノクであったが、ミカの両親が困惑したまま固まっていることに気がつくと声を掛けに行った。
「突然すいません。昨日あの子とお話しして仲良くなったものでして。」
「え、えぇ、それは良いけど……いつの間に?」
「あの子が夜に列車の中を探索してた時に偶々会って一緒にお茶をした位ですよ。」
「………ミカってば、私達が寝た後に部屋を抜け出したのかしら。引っ込み思案なのに、すーぐどっか行っちゃうんだから。」
「まぁまぁ、良いじゃないか………君も私達の娘がお世話になったね。礼を言わせてくれ」
「気にしないで下さい、僕らも楽しかったですし。」
「おとうさん!みてみて!」
二人とエノクが和やかな雰囲気をで話し合っていると、目をキラキラと輝かせたミカが杖を掲げながら父親に駆け寄って来た。片膝を付いて目線の高さを合わせて受け止めようとしていた父親はその杖を見て目を見開いた。
「ど、どうしたんだい、そんな高そうな杖……。」
「おねぇちゃんからもらっちゃった!わたし、これだいじにする!」
「別に気にしてもらわなくても良いわ、すぐに同じものも用意できるし。」
「そ、そうなんだ…………。」
「よかったわね、ミカ。」
「うん!」
少し遠慮気味になる父親を他所にミカと母親は笑い合う。するとその空間内に電子音で構成された聞き覚えのある声が響いてきた。
『次は、○○○○です。お降りのお客様は、降車口前へお集まり下さい。』
「おっともうそろそろ行かないと……それでは、またどこかで。」
「貴女も元気でね。」
「またね!おねぇちゃん、おにいちゃん!」
二人はその場を後にし、そのまま去っていく。ミカはエノクとリサの姿が見えなくなるまで手を振っていたのであった。
prrrrrr prrrrrr
ガチャッ
「誰だ?」
一方その頃、裏路地の一角にて煙草を咥えた赤い長髪の女性が着信音を響かせる携帯端末を起動し、耳に当てて話し始めていた。
『随分と粗暴な挨拶だね。』
「なんだあんたか。下らない話なら聞く気は無いぞ。」
『応援を頼んだのはそっちだろう?カーリー。』
「………今さらその話を持ち出して来るのか?」
端末から聞こえてきたのはイオリの声である。会話を交わしていくうちに段々と怪訝な顔になっていく赤髪の女性……カーリーであったが、そんな事は意にも介さないイオリは話を続ける。
『こないだ言ったみたいに私は私でやることがあってね。』
「ならなんで掛けてきた?こっちも暇じゃないんだが。」
『私の代わりに人員を送ったからに決まってるじゃないか。もうじきそっちに着くと思うけどねぇ?』
「はぁ……そんな事で電話をかけてくr………あ"?」
溜め息をついたカーリーは遅れて言葉の意味を理解し、ドスの効いた声を出しながら口をポカンと開け、咥えていた煙草を落とした。しかしそんな事知らんと言わんばかりに向こう側のイオリは話を続ける。
『分かんなかったかい?そっちに増援送ったから、上手く使いな。』
「おい、ちょっと待て、聞いてないぞそんな事。」
『今言ったからねぇ。ま、ちゃんと戦える奴らだからそこまで心配しなくてもいいだろうよ。それじゃあまた。』プツッ ツーツー
「まだ話は終わってないぞ!おい!………チッ、切りやがったなあのババア。」
ツーツーと電子音のみを発する端末の電源を切って腹立たしげにポケットにしまったカーリーは懐から箱を取り出す。そして、地面に落ちてしまった煙草を踏み潰して消火しながら箱から出した新たな煙草に火を着け、吹かし始めるのであった。
「……「奴ら」だと?」
はい、次回からゲブラーネキの生前の姿、カーリーさんと合流です。この話も含めて、あと何個か書きたいものを書いたら研究所編に行こうかなと思っております。
そんでもって、本編中の話です
まず新しいコートについてですね。少し前の話で謝肉祭達に外郭の生物を渡してお返しに貰った生地を使者達に仕立てさせたものです。エノクはロングコート、リサはトレンチコートですが、二着両方前を開けると似たようなデザインになるようになっています。というかリサがそうするように頼んでます。
次に食堂車のキッチンの天井から生えてたコックロボットですが、あれも列車になったスタッフの一部です。本体では無いので簡単な受け答えしか出来ませんが、一応人としての意識があるのでギリギリ都市の「人工知能の倫理改正案」から逃れています。天井から生えてるのは天井裏のスペースで色々と機能を隠しており、それと直接繋がっているためです。
最後にミカに渡した仕込み杖ですね。ぶっちゃけ言うと、重さ的に彼女がまともに武器として杖を振るう事が出来るのは10年後……LibraryofRuina本編位の時間軸です。それまでは何とかエノクみたいに振るうことを目指して振り回されます。まぁ、この五年後位に親は規則違反で消されますけど。