それでは、どうぞ。
「ごふっ………!?」
「はっ……!?」
背後から心臓の辺りに風穴を開けられた男が呻くと共に、構成員達は狼狽える。しかし、周りの構成員達の目線の先にあるのは貫かれた男ではなく、
パシャッ
血が浮いていた。正しくは見えない何かが血に濡れていた、だろうか。形からして触手のように見えるそれは、ウネウネと体を動かすと血を滴らせる音だけを発しながら引っ込んで行った。その引っ込んだ先には先程リサが放った矢によって出来たと予想出来る亀裂がある。
「何だ今の………!?」
「何も見えなかったぞ……?」
「ッ!!怯むな!止まったら相手の思うツボだぞごッ!?」
周囲に語り掛けていた男が見えない何かに弾かれるようにくの字になって吹き飛ばされ壁に激突する。腕と足はあらぬ方向にへし折れ、手に持っていた武器は見るも無惨な状態となっていた。原因が分からぬまま仲間がどんどんと潰されていく状況に、残された構成員達は恐怖を感じ始める。
「おいおい………何が起きてるんだ?」
そして、その矛先の向いていないカーリーもまた困惑の表情を浮かべる。敵対していた者達が突如見えない力で蹂躙され始めた為、それも仕方の無い事だろう。そんな様子のカーリーの横にエノクはいつも通りの調子で話しかけた。
「カーリーさん、逃がしたら面倒な事になるんですよね?」
「………あぁそうだな、黒雲会は少しでも情報を残すとそれを元に報復をしてくる可能性がある。フィクサーの仕事を邪魔してくるかもしれんな。」
「じゃあ逃げられないようにしとくわね。エノク、仕留めるのはお願い。」
「言われなくとも。」ダッ!
返事と共に駆け出すエノクは右手に持った大メスを握り直すとそれを緩く構えた。
「ッ!?」
見えない攻撃に翻弄されていた構成員の一人がエノクの存在に気が付く。
「ッ!おいっ、ぎッ…………!?」ドシュッ!
声を張り上げ仲間に伝えようと試みるも、それを行う前に飛んできた投げナイフが喉を貫き声帯を潰される。エノクは絞られた呼吸音しか発せられなくなった男に肉薄すると体を反時計回りに捻り、
ズシャッ
それを戻す反動を使って大メスを振り抜き、心臓にまで届く程の傷を作り出した。両断とまでは行かないものの十二分の致命傷をもらった男は絶命したが、近場のヘイトはエノクへと向く。しかし、いつもの笑みを消し静かに辺りを見回したエノクは今しがた仕留めた男の武器に気が付くと、それを一番近場の構成員に向けて蹴り飛ばした。
ガツンッ!
「ウガッ!?」
突然の攻撃に避ける暇もなく顔面に食らった構成員は仰け反り顔を押さえる。その怯んだ隙に、エノクは他に向かってくる構成員に目星を付けるとメスをコートの内側にしまい、新たな投げナイフを取り出して両手にそれぞれ指に挟むように持つ。
ヒュンッ ヒュンッ
「ぎッ!?」グサッ
「なめんなッ!!」ガキンッ
即座に投擲されたナイフは、後ろにいた構成員は回避が間に合わず顔の前で交差させた腕に突き刺さり、その手前にいた構成員には手に持っていた刀で弾かれる。が、そんなことお構い無しにエノクは右手にのみに新たなナイフを持ってその二人に向けて駆け出した。
「しッ!」ブオンッ!
向かって来る子供の姿をした化物目掛けて刀を振るう男。己の肉を食い破ろうと横から迫る凶刃に対し、エノクは勢いのまま膝をわざと折り仰け反ることで姿勢を低くし斬撃を回避しながら男の股下へ滑り込んだ。スルリと攻撃を避けられた男は追撃しようと悪態をつきながら振り返ろうとする。
ドスッ!
「あ"がッ!?……テメェッ!」
しかしすれ違い様に足にナイフを突き刺されその場に縫い付けられ動けなくなる。それでも止めようと刀を後ろに振り抜くる男であったが、既にエノクはそこにおらず両腕がうまく動かせなくなった後ろの青年へと狙いを定めていた。
「おい新入り!そいつを殺せ!」
「………………。」チャキン
「ヒッ………う、うあぁぁッ!!」
何とか武器を構える青年だったが、エノクの薄く開いた目蓋から覗く深淵のような瞳を見て息を飲み、ヤケクソ気味に己の武器を振るった。火事場の馬鹿力というやつか、恐怖心を煽られてリミッターが少しだけ外れたのか、そこに込められた力は相当なものであった。
バキッ!
だが、その一撃は空しくも空を切り、地面を叩き割った。それどころか、隙を晒した腕を更に突き刺され痛みが加速する。思わず前傾姿勢になる青年だったが、次の瞬間には視界が一色に染まった。
「シッ!」
バギャッッ!!
「ぶッ!!??」
青年の顔面にエノクの膝蹴りが吸い込まれるように入る。しっかりと頭を持って狙いを定めており、頭蓋骨が陥没したような音を響かせた。
ドチャッ
「ふぅ………次。」
完全に動かなくなった青年は後ろに倒れ込む。エノクはそれを一瞥すると直ぐに視線を外し少しだけ着ていたコートをはだけさせ、首をコキリと鳴らすと軽やかに踏み出した。
「らぁッ!」
「よっと。」ヒョイッ
先程蹴った武器を顔面に食らい怯んだ男が体勢を立て直しエノクへと襲いかかるが、軽いステップでするすると避けられる。
「なんだよその動きッ!?」
「ヤーナムステップは狩人の基礎ですよ。」
「訳わかんねぇ事を………!さっさと武器を使いやがれ!なめてんのか!」
「必要も無いのに武器を使えと?ははは、ご冗談を。」
「死ねェッ!」
攻撃をコートの裾を翻し舞うように避け続けるのみのエノクに段々とイラついて来た男であったが、心底不思議そうに「お前程度に使う必要もない(意訳)」と煽られたことで一気に怒りが爆発し吠えながらエノクへと斬りかかった。
「シッ。」ドゴッ
「うぐっ!?………かはっ!?」
しかしその一撃も避けられ、裏拳を決められた男はたたらを踏み、隙を晒す。それに加え、何やら布のようなものをかけられ視界を奪われた男は更に強い衝撃を腹に与えられ吹っ飛ばされる。
「うおっ!?何しやがる!?」
「うるせぇ!」
その先には先程足を突き刺された男がおり真正面から衝突、互いに動きが制限されているため回避が出来なかったようで文句を言い合っている。そんな事をしている暇など無いというのに。
「チッ!………おい、あのガキどこに「さようなら。」ッ!?」
ドチュンッ!!
一瞬の内に二人に肉薄していたエノクは布を被った男の背後から腕を突き刺した。細く白い腕は男の体を容易く貫き、そのままの勢いでもう一人の男の腹へと吸い込まれた。内臓辺りに手を突き刺された男は口から血反吐を吐き出す。もう既に虫の息だった。
「が、ごはッ……!」
「…………………。」
その様子を見ていたエノクはそのまま腕に力を込めると、
ブチィッ!! ビチャッ!!
思いっきり横へ引き抜いた。辺りに二人分の鮮血が撒き散らされ、二人の構成員は断末魔も上げずに倒れ伏した。そのうちの片方の頭部に掛けていた布……羽織っていたコートを回収したエノクは血に濡れていたそれを見て少しばかり残念そうに笑う。
「うーん……無茶な使い方したのが悪いんだろうけど、ちょっと勿体なかったかなぁ。にしても、なんで内側ノースリーブのインナーなんだろ。」
そう言うとコートを持つ手とは反対の腕を見やる。先程男達を貫いた腕は未だ乾かぬ血に濡れており、それは惜しげもなく晒された肩や頬ににまで届いていた。エノクは持っていたコートを放り投げ千景ごと虚空へとしまうと腕を振るって血を落とす。地面に新たに血痕が出来るが当人のものでは無いので気にせず残りの敵を見据えた。十数人程いた黒雲会の構成員達は視界に入る限り既に3人程にまで減っていた。そしてたった今、
ザシュッ!
「がはっ………。」
カーリーの斬撃によって一人が沈み、
グサッ!
リサが放った矢によって一人が頭と胴体を切断される。残った1人は完全に恐怖しており、最早こちらに襲いかかる気配もない。ゆったりとした足取りでエノクが一歩踏み出すと踵を返して全力で逃げ始める。その直後だった。
ドンッ!
「!?」
何かに衝突し、その足を止めざるを得なかった。見た限りでは何も無い筈なのにそこに壁が存在している。触ることも出来る、攻撃を加えることも出来る、だかしかしこれを破る方法を彼は持ち合わせていなかった。何度も何度も見えない壁を破ろうと殴り付けるが、びくともしない。
コツ コツ
「ヒッ………!」
背後から足音が聞こえて来て、振り返ると血濡れの少年がこちらに近付いていた。腰を抜かした男はそのまま後ずさろうとするも、壁に阻まれてそれ以上下がることは出来ない。
「く、来るなぁッ!」
そう男がわめき散らしても止まる気配は一切なく、やがてエノクは男の目の前まで辿り着いた。その目には感情等は感じられず、ただひたすら冷淡に目の前で座り込む男を見下ろしている。
「ま、待て!お前、あいつらに雇われたんだよな?」
「…………それが何か?」
「その倍払う!」
その言葉にエノクは眉をひそめる。それを興味を持った、と判断した男は続けざまに口を開こうとするが、それよりも先に呆れたようなエノクの溜め息が聞こえてきた。
「……すいませんが金銭云々は興味ないので。」
その言葉と共にエノクは血に濡れた腕を振り抜き、
グチャッ!
男の頭を粉砕したのであった。
「ふぅ………こんなものかな。」
エノクは己の中に血の遺志が入り込んで来るのを感じながら先程と同じように血に染まった腕を振るった。しかし、時間が経ったためか少しばかり固まっており、仕方がなさそうに肩を竦めて改めて前を見る。そこには、
「………やっぱり、啓蒙が低い人には上位者の姿は見えないんだね。あくまでも先触れだし、最早僕らの一部と化してるけど。」
そう言って触手に触れるとびくともしなかった壁は急激に解け、エノクの視点では元の路地へと姿を変えた。それを見届けると散らばる骸の横を通り、こちらに駆け寄って来るリサを受け止めた。
「おっと、どうしたのリサ?」
「……………。」バサッ
そして直ぐ様いつの間にか取り出していたエノクのコートを無言で掛けて腕に抱きつくリサ。その行為を疑問に思いながらも、特に嫌なわけでは無いので放って置く事にしたエノクはそのままこちらを怪訝な目で見ているカーリーに話しかけた。
「お疲れさまでした、カーリーさん。」
「………あぁ。」
「どうかされました?」
「………聞きたいことは山ほどあるが、一先ずはあの工房長の所に行くぞ。もう交渉は終わってる筈だ。」
カーリーは剣を背負いながらそう言うとそのまま踵を返してその場を立ち去る。その背中に続くようにエノクとリサも付いていくのであった。
本来のエーブリエタースの先触れは啓蒙0でも見えますが、ループの中で本体を何回も殺した結果、本体と遜色無いレベルのものを呼び出せるようになり、一般人では認識出来ないようになりました。それに加え、10×10m位の壁を作れる位の数を呼び出せますし、その一本一本がかなり殺傷力が高いです。
まぁ二人が経験した最後のループではこの攻撃でもそこらを歩く雑魚の体力でも一割程しか削れなかったわけですが。