それでは、どうぞ
「………何でその可能性に至らなかったのかしら、情報は充分出てたって言うのに。多分そいつよね、外郭で暮らしてた私達をヤーナムに送ったの。」
呻くような呟きが頭を押さえたリサからため息と共に吐き出される。隣では俯いて顎に手を当てるエノクが深く思考し始めている。
「隠蔽能力……いや、存在自体の秘匿?…………………認識阻害………都市全体に?常時発動なら相当な力が必要になる筈だから反応式……するとしてもこの精度は異常過ぎるし啓蒙にも引っ掛からなかったレベルは可笑しい……少なく見積もっても成体のアメンドーズとかメルゴーの十倍以上の神秘を内包してないと無理………そこも含めて何が潜んでるか分からないなぁ。」
「素晴らしい、上出来じゃあないか……いや、秘匿を暴くのは君達の得意分野だったかね。瞳も持っているからきっかけさえ与えればそこまで行けるのも当然か。」
二人を愉快そうに見やるミコラーシュに思考の海から戻って来たエノクは疑わしげな目を向ける。
「……これが伝えたかったことですか?」
「そうだとも。有益だっただろう?」
「ホントになにしに来たのよあんた。」
「何、後始末をすることを伝えに来ただけだとも。」
その言葉を懐疑的な心情で受け止める二人をよそにミコラーシュは続けた。
「私以外のメンシス学派の者達は既に夢から覚め、人として死んだのだ。こうして私がここにいるのは一重に君達との関わりが深かったというのもあるのだろうが……彼らは獣を完全に克する事こそ出来なかったがそれでも人としての満足げに終わりをむかえて逝ったのだ。例え打算といえども神に近づこうとしたとして、酷い最後を遂げなかっただけ御の字というものだろう?」
「「……………。」」
「元はと言えば私から始めた事なのだ、区切りとして終わらせるのも私でなくてはならないのだよ。まぁ暫くの間は大人しくしてるさ。何せ、何故か君達が落として潰れたまま残ってる脳を片付けて燃やさなくていかないものでな。その伝言ついでに世間話をしに来た。」
「世間話で済むような内容ではないと思いますが?」
悪夢を現実と繋ぎ、神へと大量の人で出来た
「呆れた……嘘かどうかは知らないけどあんたみたいな狂人の口からからそんな言葉が出て来るとは思いもしなかったわ。」
「取り敢えず、暫くは特に何もするつもりもないということでよろしいですか?」
「あぁ、なにせ繰り返された夢の中でやったことは膨大にある。それをもとに戻すにはそれなりの時間が必要だろうさ。もっとも、殺意を向けてくる輩に対してはその限りではないがね。」
「そんなやつ早々……………居ないって断言出来ないわね。あんたのやってた事がやってた事だし、聖歌隊の誰かが夢にこの世界に残ってたらすぐ彼方への呼び掛けでドンパチし始めるでしょ。」
「問題ない。聖歌隊連中も軒並み夜明けを迎えていたのでな、直接本部を訪ねて確かめたので間違いないだろう。」
「適応するのが早いですね。」
「でなければ当の昔に獣へと堕ちてるとも。さて、用事は終えた、私は作業に戻るとしよう………あぁそうだ、最後に一つ質問をいいかね?」
「何でしょう?」
「あの世界にいた神々はいずれも何かしらの力を有していた。半端と言えど君達もその一端だろう?」
一度区切ったミコラーシュは挑発するような笑みを浮かべ続けざまに言葉を紡ぐ。
「さぁ、教えてくれ幼き狩人達よ。君達は夜明けと共に何を得た?世界を終わりに導いた果てに見えたものは何だったのかね?」
「………"目覚め"と"狩り"。目指した物と継いだ物よ。」
「獣を狩り人としての目覚めへと導くのが先生から僕らへ継がれた使命でしたから。」
その
「夢と相反し、且つ人の可能性を見いだすと?はっはっはっ!人の道から外れた人とあろうとするとはなんとも愉快な話だ!だかどこまでも人らしい!それこそ神では持ち得ない可能性という物だろう!
その言葉と共に空へと叫んだミコラーシュは光の粒子となって消えて行った。恐らく、メンシスの悪夢であった場所へと行ったのだろう。騒がしい人物も居なくなり、狩人の夢に静寂が訪れる。暫くの間無言で見送っていた二人だったが、やがて互いに顔を見合せて、リサは肩を竦めエノクは苦笑いをしながら工房へと歩き出した。
「あぁ、そういえばあの場所がどの辺りにあるのか聞きそびれたな……まぁ必要の無いことを気にするだけ無駄というものだろう。」
「全く、あの籠頭の相手してたら疲れるわね。精神的にも物理的にも。」
「一応話が通じる相手ではあるけど。」
「通じるように見えてその実聞いてないタイプよあれ。そもそも話を聞かない獣とかよりはマシなんだろうけど。」
石畳の階段を登りきり、工房の扉を開けながらリサは口を開いた。
「人形さん、いる?」
「はい、お帰りなさいませ狩人様方……外でお待ちになられていたお客様はどちらへ?」
「彼ならもう帰りましたよ。それより、何か異変とかはありませんでしたか?」
工房の中、暖炉の側で何やら作業をしていた"人形"は二人を出迎えた後、エノクからの問いに軽く首を横に振りながら返答する。
「いえ、私が感じた限りでは……あぁ、ですが裏手に広がる花畑の端に、他の世界から新しく流れ着いた物がありました。」
そう言って"人形"は昔よりも明らかに蔵書量が増えた本棚から何冊かの分厚い辞書のような本や子供向けのような絵本等を取り出した。中には見たこともないような形をしている文字なども見てとれる。
「これらが?」
「はい、何個かは解読が不可能でしたが、有益そうな物が幾つか見受けられました。」
「この調子だとまだ増えそうね。いっそのこと使者達に頼んで工房を増設しちゃう?中に水盆置けばわざわざ外に出てやり取りする必要もないから。」
「それは良いかもね。」
「人形さんも何か欲しいのない?」
その問い掛けに対し"人形"は少しピクリと反応する。その後、"人形"はおずおずといった様子で話を切り出した
「あの、でしたら簡易的でも構わないのでキッチンを作って頂けますでしょうか。」
「あら、そんなので良いの?」
「はい。」
"人形"は返事をしながら取り出した物の中から一冊の本を二人に見せる。そこには
「少し前から流れ着く物の種類が多くなった事はご存知かと思われますが、それの整理の途中複数の別世界のレシピ本を目を通したのです。それで……。」
「本格的な料理をやってみたくなっちゃった?」
「…………。」コクリ
少し頬を紅潮させ恥ずかしそうに微笑みながら肯定するその姿はかつての無機質な姿からは想像も出来ないほど表情豊か且つ可憐であった。その様子に対し満足気に笑う狩人達。二人は先程ミコラーシュの相手をして疲れた心を癒してくれる"人形"に対し、ほっこりとした親心のようなものを感じながら口を開く。
「良かったわね、趣味が出来そうで。」
「趣味……ですか?」
「あら、違った?私達としては貴女が自分から何かをやりたいって言ってくれて嬉しいんだけど……ほら、だって今まで私達のサポートばっかりで自主的にやってた事殆ど無かったし。」
「段々と人らしくなって安心してるんですよ。」
少しポカンと呆けた表情を見せる"人形"だったがエノクとリサの言葉を理解したのか、見せていたレシピ本を抱き抱えるように持ち直しながら嬉しそうな雰囲気に変化する。
「………私も人らしく居てもよろしいのでしょうか。」
「別にどんな存在でも人らしく振る舞っても罪なんか無いのよ。人に成ろうとして何かを犠牲にしようとする輩は別だけど…………それに完全に人間になったって何か良いことがあるわけでもないし。」
「そうなのですか?」
「だって狂った人間よりも使者達みたいな気前の良い人外の方が何倍も良いじゃない。私達にとって大事なのは敵か否かと正常かどうかよ。」
「それに僕らだって、人と言うには在り方が歪なんですよ?………そう考えたらお揃いということになりますね。」
「なるほど……そうですね、狩人様方とお揃いはとても嬉しいです。」
そう言ってはにかむ"人形"だったが、不意に何かを思い出したかのように動き出す。
「あぁ、そうでした。お二人にこれを。」
「へぇ、綺麗な髪飾りね。ヘアカフスかしら」
「僕のはヘアピンだ……でもこの石はどこで?。」
"人形"から渡されたのはシンプルながらも綺麗な髪飾りであった。形は違えど、同じような宝石らしき物が埋め込まれており、それは照らされずとも不思議な光を灯していた。
「この間、使者の皆様が狩人様方に新しい服を仕立てたとお聞きしました。それで私も何かお二人に送れたらと考え、流れ着いた品を使って着飾れるようなアクセサリーを製作してみたのです。その石は、流動的な力を貯める事が出来るようでしたので私の力を込めています。秘儀の補佐になれば良いのですが……。」
「へぇ、すごいわねこれ。ヤーナムにいる間に欲しかった位だわ。」
そう言って後ろに流していた長いクリーム色の髪を括り束ね、それをヘアゴムで留めた後貰ったカフスを着ける。シンプルなポニーテールに映えるその髪飾りはより一層輝きを増した。
「お気に召しましたでしょうか?」
「満足も満足、大満足よ。やっぱり凄いわね人形さん。」
バシュゥゥゥッッ!!
解放された神秘は一筋の線となって夜明け特有の明るさと暗さが入り交じった空へと走る。それを隣で観察していたエノクは納得したかのように呟いた。
「あぁ、あれだね、アメンドーズの神秘光線。」
「前々からやってみたかったのよねこれ。今までは制御の問題で爆弾っぽくなっちゃうから難しかったけど、宝石を制御装置にしたら上手く行ったわね。これで戦闘の幅が広がるわ。」
「武器の擬似的な巨大化にも使えそうだし……まだ工夫の余地はあるね。」
子供らしいワクワクとした表情を見せる二人に、人形はよく分からない暖かい感覚になりながら新しく芽生えた心が嬉しさに震えていた。
(あぁ………この感覚が嬉しいというものなのでしょうか。被造物である私が感情を抱けるようになるとは思いもしませんでした。エノク様、リサ様、ありがとうございます。)
「どうかしましたか、人形さん?」
幸せを噛み締めていると、二人が不思議そうな表情でこちらを見ていた。
「いえ、何でもありません………狩人様、今後とも、よろしくお願いします。」
「えぇ、勿論。」
「こちらこそ、これからも宜しくね。」
そう三人が淡い光に照らされ笑い合う姿はまるで絵画のような一種の神聖さを感じさせる光景だった。
はい、取り敢えずこれで一つの区切りにして新しい章に入ります。今までは組織とあまり関わらずに様々な場所を訪れる「裏路地編」でしたが、次回からは「事務所編」です。
エノクとリサは"人形"さんに対してかなりの親しみを抱いてますし、"人形"さんも二人に対して自分を被造物から一つの命として導いてくれた事に対する多大な恩義と最近しっかりと芽生えた親愛を向けています。例えるなら「家族」が一番しっくり来ますね。
二人にとっては「姉」ですが、"人形"さんにとっては「育ての親且つ庇護対象」みたいな複雑な感じです。"人形"さん身長2m位なんで身長差50cm程ありますけど。
なおモデルがマリア様なので戦闘能力もそれなりにあったりします。彼女が慕う二人を目の前で貶したりしたら即座に服の中に仕込んでいる刃物を両手に一本ずつ展開して無表情かつ目を見開いて向かって来ます。
ミコラーシュは悪夢を手に入れ、それによってヤーナムを巻き込んで悪夢は廻り始めました。それは、悪いことなのでしょう。しかしそれは彼だけなのでしょうか?あの街の狩人や研究者の本質は、総じてとてもおぞましいものなのです。何せ、元となった物が冒涜的なのですから。もしかしたら、彼らは無意識のうちに還ろうとしたのかもしれませんね。
血に潜むのは獣でしょうか?虫でしょうか?神でしょうか?
それとも人なのでしょうか。
話は変わりますが、番外編で二人を別の作品に突っ込んでみたいと考えております。
今の所は
・エノクinツイステッドワンダーランド
・狩人様on飛行島
等ですね。息抜き程度に書いていくので気長にお待ちくださいませ。