「いいことだらけ」と言うけれど   作:ゲガント

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好きなように書いていたらもうすぐ一万文字に届くレベルになってしまいました。





それでは、どうぞ。


番外編 エノクinツイステッドワンダーランド 序章2

「今は何処に向かわれてるんですか?」

「入学式が行われている鏡の間です。新入生は必ずそこにある闇の鏡の魂の素質による寮の組分けを行うのですよ。」

「へぇ、魂……。」

 

道中、エノクは少しでも情報を得ようと問いを投げ掛けていたが、突然クロウリーは思い出したかのようにエノクへと向き直った。

 

「と、そうでした。一先ずその格好をどうにかしなくては。」

 

その言葉と共にクロウリーが杖を振るうと、何処からともなくエノクを覆うようにして先程と同じような黒いローブが現れる。

 

「仮初めの物なので夜には消えてしまいますが、入学式が終わるまでの代替品としては十分でしょう。さて、ここです。」

 

歩きながら話している内にどうやら目的地に着いたらしく、クロウリーらかなり大きな扉の前に立ちドアノブに手を掛ける。それと同時にその向こう側から声が聞こえてきた。

 

 

『それにしても学園長は何処に行っちゃったのかしら?式の途中で飛び出して行っちゃったけど……。』

『職務放棄………。』

『腹でも痛めたんじゃないか?』

 

ガチャッ!

 

「違いますよ!新入生が一人足りないので探しに行っていたんです。」

 

扉を勢い良く開け放ち、訂正を行いながらそのままツカツカと広間の真ん中へと歩を進めるクロウリー。その後をついていくエノクは悟られないように辺りを見回した。

 

(………大半は子供、だけどその中に強い気配が幾つかか………特に強い気配があるのは1、2……5人位。中でもあの焦げ茶の長髪の青年がトップクラス、多分普通の人間じゃないかもな。それに気配を消してる人もいる………まぁ問題無いか。)

「さ、寮分けが終わっていないのは君だけですよ。狸くんは私が預かっておきますから、早く闇の鏡の前へ。」

「はぁ、分かりました。」

「ふなぁ~!離s~!」モゴモゴ

 

捕まっているグリムは口を塞がれて喚こうにも声を出すことは叶わなかった。それを横目に、エノクは向こう側に白い不気味な仮面が浮かぶ鏡の前に立つ。それと同時に鏡の中の仮面は動き出した。

 

『汝の名を告げよ。』

「エノクです。」

『汝の魂のかたちは………………………………なに?』

 

名前を告げられ、仮面が返答しようとするが途中で驚いたような表情へと変化し、そのままエノクへと問いを投げ掛ける。

 

『何故汝のような存在がここにいる?』

「あぁ、やっぱり分かるんですね。」

『全てという訳では無い。それこそ汝の奥底まで覗くと最悪私では耐えれんだろう。』

「そこまで分かっているのならば上出来ですよ。」

 

困惑しているであろう闇の鏡とクスクスと笑う得体の知れない新入生(エノク)。その奇妙な光景にその場はザワザワと騒がしくなる。

 

「ちょっと待ってください、どういう事ですか。」

『魔力は感じ取れないがそれを補って余りある力が秘められている。しかしそれは我が力では推し測れない程に複雑であり、常人では耐えきれない。この者の魂は次元の違う物だ。』

 

 

『よって、ふさわしい寮を決めることは出来ない。』

 

 

闇の鏡がそう断言するとクロウリーは先程以上に困惑した様子で口を開いた。

 

「魔力が無い?闇の鏡では推し測れない?どういう事ですか、生徒選定の手違いなどこの100年ただの一度もなかったはず。一体何故……。」

「でしたら、代わりにグリムくんはいかがですか。魔力がある方が良いのでしょう?」

「エノクの言う通りなんだゾ!だからオレ様を入学させろ~!」

「あっ!いつの間に!」

 

いつの間にかグリムをクロウリーから奪い取って腕の中に抱えながら代替案を出すエノク。グリムもそれに賛同するように笑顔で喚く中、周りにいた青年達の一人、フードの影から艶やかな赤い髪が覗く中性的な青年が少し険しい声を出す。

 

「待て!その猫はこの場にいてはいけない!」

「誰が猫だ!オレ様はグリム様なんだゾ!」

「法律?」

 

自らを動物であると間違われることを嫌うグリムが怒るのを撫でて落ち着かせながら、声をかけてきた青年へと返事をする。すると青年は仕方がないと言わんばかりの態度で口を開いた。

 

「ハートの女王の法律・第23条『祭典の場に猫を連れ込んではいけない』。猫である君が入学式という祭典を行っているこの場にいるのは重大な法律(ルール)違反だ、即刻退場してもらおうか。でなければ、首をはねてしまうよ!」

「だ~か~ら~、オレ様は猫じゃねぇって言ってんだゾ!」

「へぇ、でしたら彼をこの場に連れ込んだ僕も殺されるということですか。でしたら抵抗させていただきますけど。」

「こ、殺?………いや、さすがにそこまでの罰を与えはしないが……。」

「首をはねるとは処刑の事なのでは?……まぁ、この世界の法律は詳しくありませんからね。グリムくん、一旦出ておきましょうか。どうやら僕らはこの場にいてはいけないみたいですし、入学式をしなくてもクロウリーさんに相談すれば良いでしょう。僕も君が学校に入れるよう進言させてもらいますから。」

「別に入学出来るんだったら何でも良いんだゾ!」

「では失礼します。お騒がせして申し訳ありませんでした。」

「あ、ちょ、待ってて下さい!……コホン、少々予定外のトラブルはありましたが、入学式はこれにて閉会です。各寮長は新入生を連れて………。」

 

聞いたこともない法律を告げられ、死刑宣告らしきものを受けたエノクであったが、元々いた世界には同等に理不尽な法を振りかざす者達が居るため特に動揺した様子もなく返答し、逆に話しかけてきた青年を困惑させる。それを他所に、エノクはグリムを抱えたまま一礼し、鏡の間を出る。止める暇もなかったクロウリーは、一先ずその場に留まっていた生徒達に指示を出すのだった。

 

 

 

 

 

「何だったんだ彼は?……素直に非を認めて自ら出ていった点においてまだ常識は持ち合わせているようだが。」

「なーんだか不思議な奴だったな~。闇の鏡があんなことを言う奴なんて早々居ないしな!でもなんで杖なんか持ってたんだ?」

「歩き方も姿勢も容姿も悪くなかったわね……うるさい使い魔は御免だけど、あの子自体はポムフィオーレに欲しいわ。」

「「………………。」」

『アズール氏?レオナ氏?』

「……あぁ、すいませんイデアさん。少々彼に違和感を感じまして………。」

「………なんでもねぇよカイワレ大根。」

 

 

 

鏡の間を出たエノクは腕の中のグリムを解放し、歩き出す。

 

「すいませんねグリムくん、君も入学式にちゃんと参加したかったでしょう?」

「オレだって殺されるのはゴメンなんだゾ!」

「ん?お主ら何をしておる。」

 

少し移動した所でグリムとエノクが話していると何処からともなく声が聞こえてきた。それに反応してグリムが辺りを見回すも、声の主に該当する人物は見当たらない。

 

「ふな?誰だ?」

「グリムくんグリムくん、上ですよ。」

「上だぁ~?」

「ほぉ、お主良く気が付いたのう、気配は消しておったというのに。」

「に、にぎゃ~~!?」

 

グリムがエノクの言葉通り上を向くと眼前に喜色を滲ませた笑顔を浮かべた少年(?)があった。逆さまに浮かんでいた彼は驚くグリムを他所に軽く着地した。

 

「ここの在校生の方ですか?」

「いかにも、この学校の七つの寮が一つ、ディアソムニアの副寮長を務めておるものじゃ。そういうお主らは新入生かの?」

「いえ、まだそうと決まった訳では無いんです。色々と事情がありまして、今は入学式の途中で退席したんですよ。」

「そうであったか…………にしても、お主何か変な物を抱えてはおらぬか?」

「……あぁ、貴方も人ではない方ですか。ご心配なく、危害を及ぼす事はないですよ。標的となるのは理性を失くした獣と敵だけですから。」

 

しばらく互いに黙り込む時間が続くが、不意に少年(?)の方がその整った顔にニパッと笑顔を浮かべた。

 

「そうかそうか、警戒してすまんかったな。ワシは現役を退いた身だがお主を見てるとつい戦場のことを思い出してしまってな。ついでに一つ聞きたいんじゃが、鏡の間にディアソムニア寮の寮長はおったかの?ワシと同じような気配がするからお主なら分かるはずじゃが。」

「貴方より強い気配をお持ちの方はあの場には居ませんでしたよ。比較対象がかなりの手練れである貴方というのもおかしな話でしょうけど。」

「お主に言われたくないのぉ。まぁよい、あやつが居ないことで困惑している新入生達を迎えに行くとしよう。それじゃあの。」

「えぇ、また。」

 

その言葉の後、少年(?)は踵を返して鏡の間へと向かって行った。それを見送っていたエノクは、自分の後ろに隠れていたグリムへと話しかける。

 

「あ、あのコウモリ野郎は行ったのか?」

「別に怖がらなくてもよかったでしょう。気さくな方でしたし。」

「あいつエノクが指摘するまで気配が全く無かったんだゾ!ぜってーヤバイ奴なんだゾ!」

「ただのイタズラでしょう。それを言ったら僕だってヤバイ奴でしょうし。」

 

 

 

 

「あぁ、ここにいましたか。入学式は終わりましたのでこちらに来てください。」

 

暫くして、クロウリーに声をかけられた二人は再び鏡の間へと訪れていた。沢山の生徒による喧騒も既に無く、辺りは静まり返っていた。

 

「……さて、エノクくんでしたね。誠に残念ながら、貴方にはこの学園から出ていって貰わなくてはいけません。力があったとしてもここは魔法士を育成する場、魔法が使えない者を入学させるわけにはいかないのです。」

「あ、そもそも僕入学しに来たわけでは無いです。どっちかって言うと誘拐されてきました。」

「……はい?」

 

クロウリーは残念そうに肩をすくめるが、それ以上に特に動揺した様子もないエノクから告げられた言葉に固まってしまう。

 

「僕は名前の欄が白紙となっていた入学許可証を拾ったんですよね。そしてその瞬間棺が突然現れて僕を閉じ込めてしまったんです。抵抗は容易でしたが無限に湧き出て来そうだったので原因を調べるために一度ここに運ばれたんですよ。」

「えーと、つまり………。」

「僕が訴えれば勝てますね。」

「………闇の鏡よ、どうなっているのですか?」

 

笑顔で言外に『裁判沙汰にする』と宣告されたクロウリーは、冷や汗をかきながら事の原因であろう闇の鏡の方へと問いかけた。

 

『我が力の預かり知らぬ所だ、分からぬ。』

「分からぬじゃないですよ!」

「まぁ訴える気はないですよ。それより、帰れますかね?」

「え、えぇ、それは勿論………コホン、では闇の鏡よ!この者をあるべき場所へ導きたまえ!」

『………………。』

「無いのでしょう?この世界に僕の帰る場所が。」

『………その通りだ、この者のあるべき場所はこの世界の何処にもない。』

「なんですって!そんなことあり得ない!私が学園長になってからこんなことは初めてです。どうしたら良いか……。」

 

本人からしたらイレギュラーの連続で頭がこんがらがって相当疲れているようで、その声には本気で疲労の色が見えた。しかし、そんな事が気に掛ける理由になるには足りないようで、エノクはそんな様子のクロウリーをスルーし、仕込み杖を腰に差し闇の鏡の真正面へ手に抱えていたグリムを掲げた。

 

「闇の鏡さん、グリムくんはどうですか?素質とかは見れますか?」

『ふむ……こちらもこちらで奇妙なものだ、情報が読み取れないばかりか隠されている。』

「つまり可能性は無限大と。良かったですねグリムくん、褒められましたよ。」

「へへーん!やっぱオレ様はすげぇ大魔法士になれるんだゾ!」

「ちょっと、勝手に話を進めないで下さい!そもそも貴方何処の国から来たのです?」

「その前に幾つか確認を。」

 

ツッコむ気力を取り戻したクロウリーだったが、質問を潰されさらに畳み掛けるように問い掛けられる。

 

「貴方はフィクサーという職業をご存じですか?」

「ふーむ……ある程度様々な地域の詳細を調べてますが、そのような職業は聞いたことがありませんね。」

「Lobotomy社という会社は?」

「オリンポス社というのはありますが………。」

「『裏路地の夜』は?」

「……見当も付きませんね、特別な現象か何かですか?」

「いえ?脅威です。その反応から見るに、本当に知らないようですね。」

「おいエノク、今言ったやつは一体どんなのなんだゾ?」

 

再び腕の中に収まっていたグリムは興味津々と言った様子でエノクを見上げており、それに応えるようにエノクも軽い説明を始めた。

 

「フィクサーは簡単に言えば"何でも屋"、Lobotomy社はエネルギーの生成を行う発電会社、裏路地の夜は………まぁ聞かない方が良いですね。」

「気になるんだゾ、勿体ぶらずに教えろ~。」

「掃除屋達による殺戮。」

 

濁した部分を近くで聞いた一人と一匹は固まるが、それに構わず説明を続ける。

 

「毎晩起こる掃除屋と呼ばれる存在達による蹂躙と略奪です。彼らは深夜3時13分から90分かけて都市の掃除を行い、生命維持に必要な人間を狩って燃料にします。こちらにはそういったものは無いんですか?」

「あるわけ無いでしょう!」

「ふ、ふなぁ……。」

「こちらではそれが日常なんですよ。そういうことなので、多分僕は別の惑星…ひいては別世界から来たのかと思われます。」

「えぇ………私が知る限りそのようなおぞましい存在は聞いたこともありません。というかなんでそんな淡々としてるんですか!」

「僕からしたら脅威というわけでは無いので……まぁ。」

「これが別世界の常識………!」

 

カルチャーショックを受けるクロウリーだったが、エノクはマイペースに思案し一つ交渉を持ちかけた。

 

「あぁそれと、宜しければ帰るまでの働き口か住める場所などをご紹介していただけませんか?一応これでも会社に務めてましたから、事務仕事も出来ますし、荒事も得意ですよ。」

「えっ……ふむ、でしたらこの学園の用務員などはいかがでしょう。ちょうど空いている建物があるのでそこを住居として無償でお貸ししますが。」

「えぇ、ではそれで。」

「ついでと言っては何ですが一応貴方の世界についても調べてみましょう、私優しいので。」

 

多少驚きはあったものの、マトモな内容の相談であったことに胸を撫で下ろした。しかし、自分の存在を無視されて話を進めていることに腹を立てている一匹の魔獣は話に割って入る。

 

「ちょっと待て!オレ様はどうなるんだゾ!」

「そうは言われましても、魔獣の生徒というのは前例がなく、闇の鏡も制定が出来ないとなるとどこかの寮に所属することも出来ないですし………あぁ!ではエノクくんと共に用務員をして貰いましょう!」

「ふなっ!?そんなのは嫌なんだゾ!」

「でしたら、貴方にはこの学校を出ていって貰う他ありませんね。」

「うぐッ……!」

「エノクくん、グリムくんの手綱はしっかりと握って下さいね。では住居に案内するので付いてきてください。」

 

とりつく島もなく入学という目的を果たせなかったグリムは項垂れるが、次第ワナワナと体を震わすと悔しそうに手足をバタつかせた。

 

「ふぬぬぬ~!こうなったら独学でどうにかしてやるんだゾ!オレ様を入学させなかったことを後悔させてやる!」

「魔法に似たものならお教えできますけど、それでも宜しいのであれば力になりますよ?」

「本当か!?オマエやっぱ良いやつなんだゾ!」

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、ここが今日から君達が住む屋敷です!」

「「……………。」」

 

エノクとグリムが案内された先で見たのは、規模はそこそこ大きいものの見るからに放置されて手入れもされていない様子のボロ屋敷だった。窓からでもかなりの埃が溜まっているのが観察できる。

 

「ボロボロなんだゾ。」

「グリムくん、たとえそれが事実でもここは趣がありすぎると言う所ですよ。」

「コホン、まぁ多少の経年劣化があるのは認めますが、元々は寮として使われていた物で突然崩壊したりはしないですし大丈夫でしょう。さ、早く入りましょう。」

 

そう促した後、クロウリーは懐から取り出した鍵を玄関の鍵穴へと入れ、音が鳴るまで回し扉を開いた。入った後に見回したエントランスも外観と同じ様にボロボロであり、一歩進めば床板が軋み、下手すれば踏み抜いてしまいそうだった。

 

「クシュッ!めちゃくちゃ埃っぽいんだゾ~。」

「長年使われていませんからね、きちんと掃除をすれば寝泊まり程度なら問題ない筈ですよ。」

 

寮の中を進む二人と一匹はやがて一つの広い部屋へとたどり着く。どうやら談話室として使われていたようで埃を被ったソファや暖炉が見受けられる。

 

「仕事についてはまた追々、一先ず私は調べ物をしに行きます。くれぐれも、学園を歩き回らないようにお願いしますよ!」

 

クロウリーはそう言い残すと魔法を用いて姿を消してしまった。

 

「取り敢えず、掃除からしましょうか。」

「めんどくせぇなぁ……んあ、なにやってんだゾオマエ?」

「よいしょっと。」ザシュッ

「ぶなぁッ!?」

 

突如何処からか取り出したナイフを手にあてがったエノクは躊躇い無くそれを振り抜いた。よく研がれたその刃を受け入れた手のひらに一筋の線が走るとその傷口から血が滴り始める。その一連の動作を呆然と見ていたグリムは慌てた様子で止めようと動き出す。

 

「ななな、なにやってんだ!?とち狂ったのか!?」

「何って、掃除ですよ。」

「何で掃除で自分の手を切る必要があるんだゾ!逆にオマエの血で汚れちまうじゃねぇか!」

「汚れる?」

「だーかーらー、オマエの血でボロ屋敷が血濡れ屋敷に………あれ?」

「あぁそうでした、そういえば言ってませんでしたね。僕は普通の生物とは掛け離れてるんですよ。なのでこういった芸当も可能なんです。」

 

そう笑うエノクの傷口から出て来た血は地面に落ちる前に空中に留まり、更に光を反射しそうなほどの光沢を持つ液体へと変化した。

 

「血が銀色に変わりやがったんだゾ!?」

「水銀ですよ……それっ。」

 

指揮をするように手を振るうと、従うように水銀は動き出す。地面を沿うような動きをしており、通った後には塵一つ残らない綺麗な床が覗いていた。

 

「ふなッ!?銀色の水が動いて埃を全部とっぱらっちまった!」

「新鮮な反応ありがとうございます。他の階層の皆さんは兎も角、僕の部下は慣れてしまって驚くどころか「掃除が楽になる」と言ってますし。まぁその通りなんですが。」

「変な奴らなんだゾ……。」

 

ジト目のグリムに苦笑いを送りながら水銀を操作したエノクは埃ごとその全てを手のひらに集めると、水銀となった己の血を用いた秘儀で跡形もなく燃やしてしまう。そのままぐちゃぐちゃの配置の家具をどうにかしようと歩きだした所でとある音が耳に入る。

 

ポツッ ポツッ  

 

「……降り始めましたね。しかも雨漏りですか。」

「ふなッ!?オレ様のチャームポイントの耳の炎が消えちまうんだゾ!」

 

外からは少し激しい雨の音が鳴り響き、部屋の天井からは何処からともなく水滴が現れ床を濡らした。流石にここまでボロボロになっているとは予想していなかったエノクは少し呆れた様子で上を見上げた。

 

「安全性云々を抜きにすると外郭の適当な建物の方がまだちゃんとしてる気がしますね。生憎、壊すのは得意でも直すのは不得手なのでどうしたものか……。」

「さっきの銀色のやつ固められねぇのか?」

「水銀なので雨で流れると周囲の環境が汚染される可能性があるんですよ。経年劣化も激しくなるので最終手段ですが………まぁ応急処置で良いですよね。」パチンッ!

 

エノクが指を鳴らして数十秒後、しとしとと降っていきていた雨漏りの水滴が止まった。

 

「何したんだゾ?」

「屋根の上に被せるように神秘……魔力的なもので壁を作りました。3日間位なら消えずに残ってくれると思いますよ。」

「さっきおもいっきり棺の蓋殴り飛ばしたやつにしちゃ器用だなオマエ。」

「グリムくんも魔力に置き換えてしまえば出来るかも知れませんよ。そういえば君も魔法が使えるんでしたよね、どんなものか見せて貰っても?」

「………ふふん、どうしてもって言うんだったら特別にみせてやるんだゾ!すー……ぶな~~~~~ッ!」ボウッ!

 

やっとと言わんばかりに飛び上がったグリムは、上に広がる空間に顔を向け、息を溜めるように体を反らすと巨大な蒼炎を吐き出した。その真下にいるエノクは少し真剣な顔で観察しており、その目には炎を吐き出して満足気なグリムの様子が映っていた。

 

「へへーん!どうだオレ様の炎は!」

「中々の威力でしたよ。放つ瞬間目を瞑るのは頂けませんが、応用も利きそうですし。」

「なんだエノク、もっと素直に誉めるんだゾ!」

 

意外と呆気ない感想だった事ににふしゃー!とあまり怖く見えない威嚇をしたその時だった。

 

ギシッ   カタタンッ!

「ふな?なんの音だ?」

 

突如部屋の外から物音が聞こえてくる。魔獣故か耳の良いグリムと狩人時代に培った聴力があるエノクはそれを感知し意図せず同じ方向を向く。グリムは不思議そうな顔をしているが、それをよそにエノクは静かにトニトルスを虚空から取り出しそれを数回素振りをした。

 

「どうやら、この寮に僕ら以外の存在も居たようですね。相手に理性があるのであれば、探索ついでに挨拶でもしましょうか。」

 

 

 

 

 

 

「クシュッ、クシュッ!やっぱり埃っぽいんだゾ……。」

「床も壁もボロボロ……早めに修繕を行うべきですね。」

 

きしむ床板を気にしながら埃の舞う暗い廊下を進む一人と一匹は改めてこれから住む場所の現状を見てなんとも言えない感情になる。気分屋のグリムは見るからにテンションが駄々下がりしていた。と、部屋を出て数分歩いた頃、そろそろ一階部分を回り終えるかという時に、先程と似たような物音が聞こえてきた。

 

ガタガタッ!

「ひひひひ………イッヒヒヒヒ…………。」

「なっ……なんだ!?」

 

更に聞こえてきた不気味な笑い声に、グリムは怯えながら辺りを見回した。しかし、いくら探しても声の主に該当しそうな存在はおらず複数人の笑い声が聞こえてくるばかりである。やがて痺れを切らしたグリムが火を吹こうとすると、それを遮るように眼前にいきなり白いお化けが現れた。

 

「ばぁ~!」

「久しぶりのお客さまだァ~。」

「腕が鳴るぜぇ~、イーッヒッヒッヒッヒッ~!」

「ギャーーーー!おおお、お化けぇぇぇ!!!」

「あぁ、皆様方が先住者でしたか。」

 

各々が怖がらせるような台詞を言い放ち、それに煽られたグリムは涙目になってエノクの後ろに回り込む。だが盾にしたエノクは全く驚いた様子も臆した様子もなくまるで日常の一部であるかのように話しかけており、焦った様子で問いかけた。

 

「えええエノク!こいつらブッ飛ばさなくて良いのか!?」

「彼らは僕らを「お客さま」と称しましたし、襲うつもりなら話しかけずに奇襲してくるでしょう。この方々は敵ではありませんよ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。」

「おや、礼儀正しい子だな。だが君は私達を怖がらないのか?ここに住んでた奴らは俺たちゴーストを怖がってみーんな出ていっちまったんだが。」

「怖がる………?ご冗談を、せめて目玉を全身に着けるか全身血濡れ位しないと。そのようなファンシーな姿だと僕の地元では子供だって驚きませんよ。」

「えぇ……割とみんな驚いてくれるんだが、世界には君みたいな子も居るんだなぁ。」

 

心の底から何処に怖がる要素があるのかわからないといった様子のエノクに脅かそうとしたゴースト達は面食らっている。ついでにアドバイスを送りながら、エノクは後ろにいるグリムへ声をかけた。

 

「そういうことですからグリムくん、そう怖がって火を吹こうとしないでください。この方々は単純にいたずら好きなだけですよ。」

「ふなっ!?び、びびってなんかいないんだゾ!大魔法士グリムさまはお化けなんかこ、怖くないんだからな!」

「ふふっ、そうですねグリムくん……そうだ、先程の談話室の暖炉に火を灯しておいてくれませんか。君の炎なら多少湿気っていても大丈夫でしょうし。」

「ま、任せるんだゾ!」

 

逃げる口実が出来たグリムは一目散に飛び去っていく。その後ろ姿をエノクとゴーストは並んで見送るのであった。

 

 

 

 

「あ、そうでした、皆様に一つ聞いておきたいことが。」

「ん?どうしたんだい?」

「ーーーーーーーーー。」

「んぅ?そんなこと出来るのかい?」

「別に俺達が消える訳じゃ無いなら構いやしないんだが……なぁ?」

「時間は少しだけかかると思いますが、貴方達に何ら影響は出ませんよ。強いて言うのであれば、存在が補強されてそう簡単に消えなくなる程度ですかね。ついでに建物も修復できるかと。」

「そうなのかい?そうだったらむしろ有り難い、まだ沢山いたずらが出来るからな。」

「実を言えば僕も純粋な人間という訳では無いですし、元人間のよしみですよ。敵でもない方を理由もなく消すほど、僕は心を捨ててませんから。」

 

「エノク~、オレ様腹減ったんだゾ!ツナ缶とかねぇのか~?」

 

「あの魔獣くんは元気だねぇ。」

「では今日はこれで、また時間があればお話しましょう。」




今更ですが世界線的には「番外編 狩人なりのハロウィン」と同じ、ティファレト達が狩人だった場合のLibrary of ruina本編が終わった後の話です。なので残っている図書館には管理人もAもCもアンジェリカもいます。


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