好きな要素を入れて殴り書いただけのもの。

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天を駈ける

 街道。一頭の黒馬が駈けている。

 眼前に舞う土煙を手で払いのけ、明智十兵衛(じゅうべえ)は乗馬の背を腿で締め上げた。

 駈けている先には、五人の賊がいる。五人ともが徒歩でないから、それなりに力を持つ賊なのかもしれない。それでも、下らない盗みをして、村の人間に迷惑をかけている。力があっても、所詮賊とはその程度でしかないのだ。

 応仁の戦乱があって以来、世は乱れに乱れている。

 たとえその地の守護であっても、弱みを見せれば下の者に取って喰われてしまう。そんなことが、武家の習わしとなって久しかった。

 いまも、各地で大名同士の戦が行われていることなのだろう。

 先年、尾張に侵攻した今川義元が、寡兵でぶつかった織田信長に敗れた。兵を失っただけであれば、建て直すことは可能だった。上洛し、疲弊しきった将軍家を今川家が支える。そうなれば、天下の乱れも少しはましになっていたのかもしれない。

 しかし、義元はあえなく首を()られてしまったのである。天運が、信長に味方したとしか思えなかった。降りそそぐ雨。それが信長の軍勢をうまく隠し、義元の本陣へと導いたのだという。まず、起こり得ないような戦だった。

 顛末を人伝に聞いた時、十兵衛は臍を噛むような思いをしたのを覚えている。

 

「野盗ども。盗んだ食い物を返せば、命だけは助けてやる。いますぐ、どちらか選ぶがよい」

「馬鹿を言え。おまえひとりに、なにができるというのだ。それに、いまとなってはこの米は俺たちのものだ。誰が、返すものかよ」

「そうか。賊に堕ちれば、米をつくる苦労すら忘れてしまうのだな」

 

 野盗の馬に追いつく寸前、十兵衛は刀を抜いていた。

 すれ違う瞬間、ひとりを打ち落とした。地面に叩きつけられた野盗が、血を流して転がっている。

 おそろしくなったのか、残った四騎が囲うようにして詰めてくる。だが、動きは各自ばらばらで、穴がそこいらじゅうにあると言っても過言ではないような状態だった。

 右に一気に馬体を倒し、賊の身体を薙ぎ払う。返り血を浴びながら、十兵衛はつぎなる獲物を見定めている。

 

「ちっ。死にやがれ、侍くずれが」

 

 突き出された刀を打ち払い、瞬時に突きを繰り出していく。手応えがあった。血飛沫をあげて、賊が乗馬の上に身体を突っ伏している。残すは、二騎のみだった。

 味方を次々に討ち取られ、賊はかなり腰が引けている。前方に見える山中。そこに逃げ込まれると、探し出すのが面倒になる。ならば、と十兵衛はさらに乗馬に気合を入れた。

 

「ひ、ひいっ。おまえも、流浪の者なのではないのか。だったら、俺たちの苦しさを、理解できないはずがなかろう」

「聞く耳持たぬ。それに、貴様たちのような下郎と同じにされては、明智の名が泣くのでな」

 

 ひとりを斬り捨て、十兵衛は血に濡れた刀を横に払った。

 幼い頃から、母から幾度となく聞かされていることがある。

 明智の家には、かの源氏の血が流れている。だから、強く気高くあれ。武門の誇りを、常々忘れることなかれ。

 誇りでなにができるのか、と思うことがある。力が弱まっているから、将軍家は自力で京すら抑えられずにいるのだ。なんとか威光を保てているのは、支えている三好家のおかげだと言ってよかった。その三好も、長慶という傑物が死に、先の見通しが立たなくなっている。当代の征夷大将軍である足利義輝は、この現状をどう感じているのだろうか。知る由もないことだが、いかにも歯がゆかった。

 郷里で剣を振るっているだけでは、なにも変わらない。そう思って、旅に出ることを決めたのが一年前だった。剣の腕には、幼い頃から自信がある。最初不慣れだった野宿にも、身体が順応してきている。小さな動物を狩るくらい、最近ではお手のものだった。

 

「あれは?」

 

 最後の野盗を追い込んでいる先。人影が見えている。大人ではなかった。しかし、動じているような様子もない。

 馬に鞭をくれながら、十兵衛はあっと叫んでいた。乗り崩しにかかった野盗の馬。いきなり前脚を折って、地面に突っ伏した。投げ出された野盗が、喚きながら人影に斬りかかる。人影は、少女だった。薄紅色の髪が、陽光のもとでよく映える。勝負がつくまでは、一瞬だった。

 斬り捨てられた野盗が、膝から崩れ落ちた。刀身についた血を払い、少女はよくできた所作で得物を鞘に納めている。

 

「相手が野盗だったとはいえ、見事な腕だ。そなた、どこかで剣を修めてきたのか? あの太刀筋、独学で身につけたものではあるまい」

 

 馬の背から飛び降り、十兵衛は少女の前に立った。

 体躯こそ小さいが、雰囲気には鋭さがある。事情こそわからないが、少女は自分と同じような旅の武芸者なのか。純粋そうな瞳を観察していれば、悪人でないことくらい理解できる。少女はいまも、動けないでいる馬を申し訳無さそうに見つめているのだ。

 

「うん。剣には、ちょっと自信があるの。だけど、お馬さんには謝らないと。あなたは、どこかの村の人に頼まれて、悪い人たちを追っていたの?」

「ああ。生きていくためにも、仕事はせねばな。いつもそうしているわけではないが、今日のように用心棒の真似事をしている場合もある。私は十兵衛、明智十兵衛光秀だ。そなた、名は?」

「ええっと……。(まり)は、鞠って言うの。よろしくね、十兵衛」

 

 鞠と名乗った少女は、どこかばつが悪そうに視線を背けてしまう。

 とても、近辺で暮らしている民衆には見えなかった。腰に差している刀。いい拵をしており、どことなく気品すら感じさせるものだった。武家の子女が、酔狂にもひとり旅を行っているのか。考えるほどに、わからなくなってくる。

 

「食料を持って村に戻れば、報酬が貰える。鞠にも、少しわけてやらねばな」

「いいの? ほんとうのことを言うと、手持ちがなくなってしまって、困っていたの。えへへっ。ありがとうなの、十兵衛」

「米を積んで帰るとなると、私が乗るには重すぎるか。馬に乗っていくか、鞠?」

 

 十兵衛が手でぽんと叩いた鞍に、鞠が飛び乗った。身のこなしはかなり軽い。膂力がないぶん、より素早さを磨いているのかもしれない。

 それにしても、謎の多い少女だった。自分が勧めることに、遠慮をする気配がない。人がいいと言うよりも、誰かに供奉されることに対して、慣れてもいるのではないか。

 

「ねえ、十兵衛」

「なにかな、鞠?」

「十兵衛は、これからどうするつもりなの? まだ、旅を続けるんでしょう?」

「そのつもりだ。私は、この天下のことをもっとよく知りたいと思っている。それに、おのれの力を磨き続けていれば、いずれ将軍家にも伺候できる日が来るやもしれぬ。ははっ。夢のような話だと笑ってもよいのだぞ、鞠」

「鞠は、人の夢を笑ったりはしないの。でも、将軍家? あっ……、一葉(かずは)ちゃんのことなの」

 

 鞠は何事か呟きながら、得心がいったように手を胸の前で打っている。

 不思議な感じだった。純粋な鞠が相手だからか、普段は他人に喋らないようなことを、つい洩らしてしまう。自分ひとりの力で、将軍家の置かれている状況を覆せると考えているわけではない。それでも、どうにかせねばという気持ちが腹の底から湧いてくる。乱れきった世の中。将軍家が再び隆盛を迎えれば、その終熄も見えてくるはずなのである。

 

「十兵衛。その旅に、鞠も連れて行ってほしいの」

「よいのか? 私のような牢人者と一緒にいて、そなたの父母が嘆いたって知らぬぞ」

「平気なの。えへへっ、鞠はもう、とっくにひとりぼっちだから。でも、そんな心配をしてくれるだなんて、十兵衛は優しいの」

「むっ、すまない。どうやら、無作法な聞き方をしてしまったようだな、私は」

「いいの。鞠は、全然気にしていないから。それより、十兵衛?」

 

 鞠の醸し出す清廉さは、若くして達観した精神からきているのだろうか。かすかに浮かべたほほえみ。相手を包み込むような、穏やかさを宿している。

 ここで会ったのも、なにかの縁と言うべきなのかもしれない。それに、鞠の持つ剣の腕にも興味がある。ともに過ごしていれば、もっとよく知る機会も、おのずと訪れるはずなのである。

 

「これ以上、私に異論はない。だったら、ともに参ろうか、鞠」

「えへへー、やったなの。改めてよろしくなの、十兵衛!」

 

 馬上で、鞠がうやうやしく頭を下げている。幼さの残る顔立ちに似合わない、整然とした礼法だった。

 思わず馬を曳く手をとめ、十兵衛は頷き返している。鞠のかわいらしい笑い声。聞こえてきたのは、しばらくしてからだった。


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