警察署を出て、彼が次に向かった場所は……あれ?この景色は見覚えがあるような。
『次の人は話がしたいって言ったら、ウチに来てくれることになったんだ。時間的にはそろそろ来るはず』
『なるほど』
ここは彼が一人暮らしをしているマンションのすぐ近くのようだ。
視線を向けてみれば、アカネが父親と二人暮らしをしているマンションも見える。
そのまましばらく待っていると、大型バイクが近くに止まり、運転手の女性が話し掛けて来た。
彼女はフルフェイスのヘルメットと革のライダースーツを身にまとっている。
「ユウ。駐車場はどこだ」
「こっちに来客用の駐車スペースがありますよ。先輩」
バイクから降り、ヘルメットを外すと彼女の素顔が露になる。
狼を思わせる凛々しい風貌で、黒髪のショートカットが印象的な人物だ。
二人は親し気な雰囲気で並んで歩き、バイクを駐車スペースに置くとそのままユウの自宅に向かった。
☆
「先輩は麦茶でいいですか?」
「なんでもいい」
「じゃあ麦茶で」
ユウの先導に従って彼女は席に着いた。
その様子を見て、私もふわりと実体化する。
彼女は前触れもなく現れた私の姿に驚くことも無く、こちらの目をじっと見つめて来た。
麦茶を持ってきたユウが席に着き、その流れで会話が始まる。
「私は柊キョウコと言う。『教会』で魔物狩りをしている」
「初めまして。私は精霊リリウムです」
挨拶を済ませると、彼女はからかうような表情をしてユウに話し掛けた。
「話には聞いていたが、精霊か……。良かったじゃないか。お前は昔から、はぐれ精霊に一目で良いから会ってみたいと話していただろう」
「……ええ。こんなご時世でなければもっと嬉しかったんですが」
彼は少しだけ言葉に詰まった後、いつも通りの態度で返事をした。
ユウが、私のような土地に縛られない精霊を昔から探していた……?
何故?
「あの、初耳なんですけど」
「いやまあ、会って何かをしたいとかそういう話じゃないからね。危機的状況に精霊がやってきて助けてくれるなんて、物語みたいでロマンがあるから間近で見てみたかったんだ」
「なるほど?」
微妙に納得のいかない答えを返された。
彼にもそういうドラマチックな展開に憧れる一面があるということなのでしょうか。
「それで、話を戻しまして。先輩、最近『教会』の方で何か動きはありますか?」
「お前の方に影響がある話は特に無いな。『神降ろし』の儀式場を守るために、『教会』と『神無月』が合同で出雲市の某所に防御陣地を構築しているのと……あとは、『教会』の戦力で怪人を撃破する作戦案について話が来たぐらいだ」
「へえ、何か勝算でも見つかったんですか?」
ユウがそう聞くと、彼女は肩をすくめてお手上げだというジェスチャーをした。
「いや、物量で攻める単純な力押しだよ。瘴気を遮断する『聖域』を構築し、そこに怪人をおびき寄せる。怪人に秒殺されない水準の戦力を50人ほど集めて、少しずつ削れば撃破できる可能性はあるという試算だ」
「穴だらけな作戦案ですね」
「そうだな。お前はどこが問題だと思う?」
ユウはふむ、と考える仕草をしてから、さほど時間を空けずに口を開いた。
「まず戦力を集める段階で無理がありますね。怪人と戦えるような精鋭は国内に50人も居ないと思うので、他国の防衛戦力から引き抜いてくる必要が出てきます」
「そうだな」
「で、物量で攻めるという作戦の性質上、作戦参加者の損耗率はかなり高くなると予想されます。よほどの事情が無ければ、他国の『教会』支部は精鋭戦力を損失するリスクを飲んだりはしないでしょう。そもそも、国内の戦力も『人類の未来の為に死ね』と言われて素直に招集に応じるか怪しいところがあります」
「だろうな」
「仮に戦力を集められたとしても、作戦の途中で怪人が逃走を選んだり、あるいは敵の増援が来たりすればその時点で破綻します。我々は無駄に戦力を失うだけに終わるでしょう」
「そうなるな」
「あとは、怪人を単体でおびき寄せる方法も難しい部分です。普通の状況であれば、配下の魔物を大勢連れて侵攻してくるはずなので」
二人は分かり切ったことを確認するように淡々と話をしている。
確かに、怪人という魔物は生身の魔法使いが戦うには荷が重い存在だ。
「だからまあ、よほどの事が無ければそんな作戦は実施されない。そういう意味では気が楽だな」
キョウコはふう、と息をついた。
「なあユウ。『リベレーター』は『神降ろし』が動けないことを知った上で決起したと思うか?」
「いや、偶然じゃないですかね?奴らが本気で『神降ろし』を危険視しているなら、適当に怪人を数体送って儀式場を破壊しているでしょう」
「なるほど。お前はそう見ているのか」
彼女は静かな表情でユウの目をじっと見つめている。
見つめられた彼は居心地悪そうに目を逸らし、それを見たキョウコはフッと笑った。
「そういうわけで、国内の『教会』支部は出雲市の防衛を優先し、そこも突破されればこの国を一時的に放棄する事も考えるという状況だ。近隣諸国の特級戦力である『紅龍』や『スネグーラチカ』は稼働状態にあるから、そちらの防衛線はそうそう破られることはないだろうしな」
広品市の現状からそうなんじゃないかなとは思っていましたが、やはりアカネが負けたら後が無いのですね。
そして、それを聞かされたユウの様子は……。
彼は国の存亡の危機であると言われたにも関わらず、分かり切ったことであるかのように平然としていた。
☆
「では、先輩へのインタビューの時間ですね」
「私が魔物狩りをしている理由か。今更話さなくても、お前はもう知っているだろう?」
「先輩の口から直接聞いたことはありませんし、リリウムさんに聞いてもらうためですから」
毎度の流れで『戦う理由』についての話が始まった。
改めて思いますが、ユウには"プライベートの話を初対面の私に聞かせる"という無理な要望を聞いてくれる知人が何人も居るんですよね。
私と彼は知りあって間もないですが、理由は……なんとなく分かる気がします。
「最初は……とにかく魔物が殺したかったんだ。目的なんて大層な物は無く、ただ、八つ当たりがしたかった。『教会』に入ればついでに報酬も出るし、偵察部隊の支援も受けられて都合が良い。理由はそれだけだった」
そこまで話して、彼女はユウの顔をじっと見た。
「本当にそれだけだったんだが……。私が危険度の高い任務を受け続けていると、奇妙な噂が広まったんだ。『柊キョウコは人々の平穏を守るために戦う献身的な人物だ』などという根も葉もない噂がな。こんなひどいデマが一体どこから出て来たんだろうな?」
「経理のおばちゃんとかじゃないですかね?直接会った事が無くて、帳簿上だけで見ていればそういう評価になるかもしれませんよ」
「……まあいい。私は周りにどう見られようが興味は無かった。だから、その噂を肯定も否定もせずにいつも通りに振舞っていた。そうしたら知らない内に噂に尾ひれや背びれがくっついていってだな。噂の中の私は『意外と優しくて面倒見が良い人物』ということになっていた」
彼女はどこか温かみを感じる雰囲気で、当時の様子を語った。
「そんな噂が流れても、やはり私にはどうでもよかった。だが、普段の私を知らない『教会』の新人が噂を信じて話し掛けてきてしまったんだ。噂を否定するのも面倒だから適当にあしらったが……それが良くなかった」
「根も葉もない噂に実例ができてしまったんですよね」
「……そうだ。あの件をきっかけにして絡んでくる人の数が増えていった。私は誰かに頼られる事が多くなっても、やはり面倒だから適当にあしらっていた。そんな事を続けている内に、『周囲に無関心な私』と『面倒見が良い私』のどちらが本当の自分なのか分からなくなってしまってだな。仲間のために『良い人のフリ』を続けるのも悪くはないと思ってしまった。これが、今の私が魔物狩りを続けている理由だ」
そう言い終わると、彼女はテーブルに置かれた麦茶を飲んだ。
「お前が必要だと言うから、こうして恥ずかしい自分語りをしているんだぞ。何か言うことは無いのか?」
「今日は無理な要望を聞いてくださって本当にありがとうございます。先輩にはいつも感謝していますよ」
「…………今の発言の嘘の割合は……。まあいい。お前は無駄な事はしないからな」
調子の良いことを言うユウの様子を見て、彼女は何かを察したようだ。
二人はずいぶんと付き合いが長いようなので、私には見えない何かが見えるのかもしれない。
「では次です。愛情や優しさについて。後輩への面倒見が良い先輩なら、子どもに物を教えるぐらい簡単ですよね?」
「こういう決めつけてはならないモノに一つの答えを出すというのは、あまり健全ではないぞ。あくまでも一つの意見として受け取れ」
「分かっていますよ」
"愛とは何か"というテーマの質問に対し、彼女はユウに忠告を行った。
確かに、これが愛だ、などという決めつけは不健全な印象がある。
ユウについて行って色々な人の意見を聞いた後でも、私には彼の意図が分からない。
「愛情というのは……。言葉でも、態度でも良い。あなたの存在が必要だと伝えて、相手の居場所になることだ。大抵の人間は、他者からの承認無しで生きていくことはできない。だから、心の栄養を分けてやるのが愛情であり、優しさだ」
「……そうですね。子どもに伝わるかは分かりませんが、老若男女問わずに適用できる良い解釈だと思います」
「そうか。ところでお前は『マズローの欲求段階説』という理論を知っているか?」
「知っていますよ。『衣食足りて礼節を知る』みたいな話ですよね」
「……なんだ、知っているのか」
知識を披露しようとしたキョウコは出鼻を挫かれてややしょんぼりとした雰囲気になったが、気を取り直して話を続けた。
「人間の欲求には段階があって、下位の欲求を満たすか諦めるかしないと上位の欲求を抱くことは難しい、という理論だ。下から『生理的欲求』『安全の欲求』『社会的欲求』『承認の欲求』『自己実現の欲求』『自己超越の欲求』という順番になっている」
「……何で急にその理論の話を?」
「私が言いたいのは、"隣人愛"とはどの段階にある人間が持つ欲求なのかということだ」
キョウコの問いに対し、ユウは少し考えてから答えを返した。
「"隣人愛"なら、元々献身的な欲求を持つ人物であれば『自己実現』、そうでなければ『自己超越』が該当すると思います」
「そうだろうな。私もそう思う。……この考え方は、今のお前の悩み事にも適用できるんじゃないか?」
悩みについて言及されたユウは、口をへの字に曲げてあからさまに嫌そうな表情をした。
「勝手に人の悩み事を決めつけてそれに助言しようとするなんて、いくらなんでもおせっかいすぎやしませんか?」
「お前が碌に理由も言わずに"戦う理由を教えて欲しい"などと言うから、当てずっぽうで話すしかなかったんだ。正確な助言が欲しいならもっと詳細に状況を説明しろ」
「僕は先輩の気づかいはお腹いっぱいなので、そういう欲求は別の人に向けてあげてください」
おせっかいを焼こうとするキョウコと、嫌がるユウの間で漫才のような攻防が始まった。
この二人はなんというか……ずいぶんと気安い関係のようだ。
嫌がる様子を素直に見せるのも、普段のユウからは想像し難い部分だ。彼はこういう年相応の表情も持っているのですね。
☆
キョウコはポケットから何かを取り出し、ユウに向かって放り投げた。
彼は片手でそれをキャッチし、手に収まったソレを確認する。
手に収まるサイズの半透明の容器に液体が入っていて、上部には着火機構がある。一般的に普及しているガスライターのようだ。
「急になんですか先輩」
「今日は話をしてやっただろう。礼だと思って火を付けてくれ」
彼女は小さな紙箱を開封し、煙草を一本取り出してユウの方に差し出した。
「未成年が一人暮らししている部屋で煙草を吸おうとするなんて、とんでもない先輩ですね……。というか、禁煙したんじゃなかったんですか?」
「また吸いたくなったんだ」
「……まあいいですけど」
彼は微妙に嫌そうな顔をしながら、ライターに火を灯して差し出された煙草に着火する。
それを見たキョウコはにんまりと笑うと、煙草に口を付けて煙を吸った。
「フッ、実に愉快だな」
「僕は楽しくないです。あーもう換気扇回しますよ」
彼は席を立ち、キッチンにある換気扇のスイッチを押した。
キョウコは手元の携帯灰皿に灰を落としながら煙草を満喫している。
「……これをやりたいと思った時には、私はもう禁煙していたんだ。だから、実現する機会は無いと思ったんだがな。世の中は何が起きるか分からないものだ」
「僕も、先輩に部屋を煙草臭くされる日がくるとは思っていませんでした」
刺々しいユウの発言に、彼女はフフフと小さく笑った。しばらくの間、沈黙が続く。
「分かっていたのなら、話してくれても良かったんだぞ?」
穏やかな声色で発せられた言葉に、ユウはギシリという軋みを錯覚するような動きで硬直した。
「………………先輩、それだけじゃ何の話か分からないですよ」
彼は、硬直した表情のまま常と変わらぬ声色でキョウコをたしなめた。
確かに、彼女の発言からは主語が抜けている。何が言いたいのか私にも分からない。
そんな発言に、彼が何故動揺しているのかも分からない。
「そんなに怯えたような顔をしないでくれ。私は、ただ……」
「……」
「……私には何もできないかもしれない。だが、話せば楽になるんじゃないか?」
二人の間で重苦しい沈黙が続く。
沈黙を破ったのはユウだった。
「…………先輩が何を言っているのか、僕には分かりません」
「そうか」
「……でも、先輩が僕に優しくしてくれる事には、いつも感謝しています」
「……そうか」
☆
バイクに乗ったキョウコを見送り、ユウは自室に戻って来た。
「あの……、先程の最後の話は何だったのですか?」
「……」
彼は目を閉じ、右手を額に当てて何かを考えている。
私の声は聞こえているはずだが、応える余裕が無いのだろうか。
「ユウ?大丈夫ですか?」
「……リリウムさん。うん。僕は大丈夫だよ」
彼は姿勢を変えずに目を閉じたまま、声だけを取り繕って返事をした。
普段の冷静な様子とかけ離れたその姿は少々不気味ですらある。
あっ、これは大丈夫じゃないやつですね。
「あの……」
「いやまあ、少しすれば落ち着くから本当に大丈夫だよ?」
「そうですか?」
私が見ている前で、ユウは動揺を抑えるように深く息をついている。
そのまま彼はじっと何かを思案し続け、やがて考えがまとまったのか、うん、と頷いた。
そして、私には聞き取れない小さな声で、おそらくは自分に言い聞かせるために何かを呟いた。
「そうだ。こんな事があっても何も影響しないし、何の足しにもならないし、何も問題にならない。先輩に何ができるわけでもない。それに、……僕が救われたような気分になっても、何の意味も無いんだ」
☆
お前は私と初めて会った時から、どこか遠くを見つめていたな。
どんな気持ちだったんだろうな。悩みを打ち明けられる仲間は居たのか?
私では、お前の居場所になれないか?
柊キョウコ
年齢:25
身長:165cm
おっぱい:大きい
武器:妖刀(自傷の呪い)
特技:人間観察、推理
『教会』の魔物狩り。
ユウ君にとって、家族を除けば最も付き合いの長い人物。
大切な人を失って、八つ当たりをするために『教会』に入った。
わざと死ぬ気は無かったが、戦いのさなかに死んでも構わないと思っていた。だからこそ、誰も使いたがらずに『教会』の倉庫で埃を被っていた妖刀の担い手になった。
危険度の高い任務を積極的に受け続け、本人の予想ではそう遠くない内にくたばると思っていたが、やたらと性能の良いくすりばこが随伴していたので何故か生き延びる。
ユウ君の進学報告を受けて時間の流れを自覚した時、自分の予想が大きく外れたことに笑いが止まらなかった。
無茶なペースで戦いを続ける戦闘狂ではあるが、個人の資質としては思考力や観察力に優れるため、部隊指揮官や教官の適性が高い。
『教会』におけるそれらの進路について、最近は本人もまんざらではないと思っていた。
ユウ君が何かの使命を帯びていることに早期から気づいていた人物。
それが何なのかは分からなかったが、彼が『精霊憑き』が来ると知っていたかのように動いた事が答え合わせとなる。
大型バイクは仕事用。魔物は人里離れた山奥に巣を作る事があるので、そういう時はユウ君と二人乗りで長距離ツーリングしていた。
現地に宿泊施設が無い場合はテントを張って二人で野宿する。そんな事を4年近くも続けていればそりゃあ仲も良くなる。
■特級戦力について補足
各国の魔法勢力が保有する最大戦力であり、魔法世界の安全保障を担う存在。
土地に住まう精霊の力を借りて、生身の魔法使いを遥かに超えた戦闘能力を発揮できる。
『ラクリマ』の発生時期には必ず稼働できるように調整されるが、それ以外の時期は割と適当に扱われている。
○長所
・はぐれ精霊と異なり、時期を問わず安定して加護を得られる。ただし、人間側の都合で契約者が空位になるケースはありえる。
・戦闘力に占める加護の割合が高いので、契約者の資質を比較的要求しない。ただし、精霊によっては血筋等の別の要求があったりする。
・土地の魔力を扱えるので、自前の魔力頼りのアカネちゃんよりMP切れになりにくい。
・契約者は正式な戦闘訓練を受けているので、中身が素人である事が多い野良の『精霊憑き』よりも安定した戦力になる。
○短所
・加護を与える精霊の縄張りの外に出ると著しく弱体化する。
・契約者と精霊の結びつきを強める儀式場を破壊されると著しく弱体化する。
・契約者は同時に複数存在できない(正確には、加護を分散すると一人一人の力が弱まる)。
■補足の補足
『神降ろし』:かみなりゴロゴロ。でんきタイプ
『紅龍』:レッドドラゴン。ほのおタイプ
『スネグーラチカ』:ジェド・マロースの娘。こおりタイプ