動揺から立ち直ったユウに次の人で最後だ、と告げられ『転移』で移動した先は古びた民家だった。
床や壁の状態から年季が入っていることが一目で分かる。掃除が行き届いていないのか、うっすらと埃が積もっている所もあるようだ。
彼は段ボール箱があちこちに積まれた廊下をギシギシと音を鳴らしながら歩き、その物件の居間と思われる部屋に入った。
部屋の中も物が山積みになっており、乱雑なメモが書きなぐられた書類、ケースに収められた魔力を感じる素材、何かを計測している見慣れぬ計器など、様々な物が机の上に散乱していた。
壁際にある暖炉では、複雑な紋様が刻まれた釜が火にかけられて、ぐつぐつと音を立てている。
ユウは、その部屋の隅でパソコンに向かって操作を続けている小柄な女性に声をかけた。
「ナツミさーん。進捗どうですか?」
「……来たなバカ。ついさっき『邪眼』の対策装備が仕上がった所だよ」
彼女は作業の手を止めて、機嫌が悪そうな声で返事をしながらユウの方を向いた。
「今日はお客さんと一緒に行くって連絡したのに、その格好のまんまなんですね」
「いーだろ別に。話をするだけなんだし」
「まあ、ナツミさんが良いなら僕は構いませんが……」
彼女はTシャツにスウェットという、そのまま外出するには少々抵抗のある服装をしている。
伸ばしているというよりは伸びてしまったという雰囲気のボサボサの黒髪セミロングで、目の周りには隈が色濃く表れているようだ。
私はあまり礼儀作法を気にする方ではありませんが、そういう格好で来客を受け入れても平気な方なんでしょうか。
「ところで、さっきから計器が反応しているんだけど、もしかしてもうそこに居るのか?」
「居ますよ。リリウムさんどうぞ」
「どうも」
ふわりとその場に実体化すると、彼女は「うひゃい」と声を上げてびくりと身体を震わせた。
「……ナツミさん。何も恥ずかしい事はしていないんですから、もっと堂々としてくださいよ」
「うううるさいな。分かっててもびっくりするんだよ」
ナツミは姿勢を整えてからこちらに向き直り、自己紹介をしてきた。
「ボクは岩崎ナツミ……です。職業は……職業はなんだっけ?」
「自営業、個人事業主、フリーランス、お好きなのをどうぞ」
「……じゃあ自営業で。ボクは自営業の錬金術師をしています」
「初めまして。私は精霊リリウムです」
ぎこちない様子の挨拶に合わせてこちらもお辞儀をする。
彼女は年若いながら独立して事業を営んでいる人物らしい。
そして、錬金術師。古くから連綿と技術を伝え続ける魔道具職人。彼女が以前ユウが話していた協力者なのだろう。
「それじゃあまずは、用件の方からですね。試験の準備はできていますか?」
「できている。オマエの方はどうなんだ?」
「僕はいつでも準備万端ですよ」
「……ふん」
ナツミはユウの方に睨むような目を向けた後、近くに置いてあったブレスレットを手に取り、魔法陣が描かれた机の近くに移動した。
魔法陣の中心には土で作られた小さな人形があり、彼女はその人形に接する部分にブレスレットを置いた。
「障壁強度設定……よし。計器も準備よし。いつでもこい」
「はい。それでは……『疑似呪術:石化の邪眼』」
ユウの手元から魔力で疑似的に再現された呪術が放たれ、人形に命中した。
ナツミは険しい目つきをしながら近くにあるディスプレイを注視し、何かのデータを入力している。
「……次はギリギリ防ぎきれる強度に設定する。その次はギリギリ防ぎきれない強度だ。いけるな?」
「はい」
そうして、二人は呪術耐性を付与されたブレスレットの試験を進めていった。
☆
試験が終わり、ナツミがデータを見ながらうんうんと唸っている様子を横目に彼に話し掛ける。
「あなたは疑似呪術なんていうマイナーな魔法を扱えるのですね」
「……まあね。治療分野と重なる部分のある技術だから、何かの役に立つかと思って勉強したんだ」
疑似呪術というのは魔力で疑似的に呪術の効果を再現する魔法だ。
あくまでも疑似的なものであり、効率が悪く本物の呪術には遠く及ばない威力しか出せないため、このような実験室でのみ役に立つ類の技術である。
「これまで用意してきた装備品も全てこの実験室で作られた物なのですか?」
「そうだよ。リリウムさんが来る前から色々調べたりしながらナツミさんと一緒に作って来たんだ」
「そうなんですか」
改めて思う。アカネは私の契約者としてはとてつもなく運の良い人物だ。
私でも見たことの無い未知の呪術がすでに解析されていて、対策が用意できている。おまけに、それを治療する魔法を扱える人物がバックアップについている。
アカネが独力で対処するなら、発動を阻止するか、気合で避けるか耐えるしかない。その場合は今よりも苦戦を強いられていたことは間違いないだろう。
「……よし!全部問題なし!できたぞバカ!」
データを確認し終わったナツミは顔を上げると、ユウに向かってブレスレットを放り投げた。
彼は危なげなくそれをキャッチする。
「いやー、いつもありがとうございますナツミさん。他に何か急ぎの要件とかってありましたっけ?」
「予算の底が見えて来た。今計画している分は足りるけど、追加で何かをする余裕がない」
深刻な声で告げられた内容に、ユウはあっけらかんとした表情で答えた。
「今計画している分が用意できるなら多分大丈夫ですよ」
「多分って何だよ。オマエには何が見えているんだ?」
「『リベレーター』にも色々と都合があって、そう簡単に怪人が増やせないことはなんとなく分かっていますから。まあ、どうしても予算が足りなくなったら僕が何とかしますよ」
「何とかするって……何か当てがあるのか?」
「昔のナツミさんの真似をするとか」
「~~っ!だからっ!何でオマエがそういうことをしなければならないんだよっ!」
「落ち着けってボクっ娘」
「ボクっ娘言うなあ!」
いきり立つナツミを、ユウは笑って誤魔化そうとしている。
……そういえば、彼らの活動資金やアカネのバイト代は誰が用意しているのでしょうか。
普通に考えれば、ユウの所属する組織が出しているはずですが。
「ぜえ……ぜえ……」
「日頃の運動不足ですね。たまには外に出て陽の光を浴びないと体調を崩しますよ」
「……自分の事を棚に上げて、よくそんな事が言えるなバカ」
「僕は無理はしていませんから。ナツミさんのおかげです」
「分かった。オマエはバカだから無理という言葉の意味が分からないんだな?ボクが優しく教えてやるからそこに正座しろ」
「すいません。今は忙しいので、ミーティングが必要であればカレンダーに予定を入れてもらえますか?」
「真面目に答えるなー!」
彼は先程からものすごい勢いで罵倒されているが、二人は仲が悪いというわけではなく、じゃれあっているような雰囲気を感じる。
ユウの側から煽るような発言が出て、それに噛みつくナツミという形で漫才をしているようだ。
「はいはい。では、急ぎの用事が無いなら次の話に行きますよ。ナツミさんは話す内容を考えてくれましたか?」
「考えてはきた。でも、ボクにはオマエが何をしたいのかが分からない」
「そんなに深刻に考えずに、適当に頭に浮かんだ内容で良いんですよ。正しい答えなんて無いんですから」
話題が私が付いてきた理由の方に移った。集中して聞く姿勢を作る。
「ナツミさんは、どうして僕に協力してくれているんでしたっけ?」
「……オマエがバカだからだよ」
「リリウムさんにも通じるように話してくれませんか?」
「オマエが!バカで!一緒に逃げようって言っても付いてきてくれなくて!仕方ないから付き合ってやってるんだろこの……バカ!」
彼に食って掛かるナツミ。
つまり、彼女はユウのために頑張っている、ということだろう。
それこそ、身だしなみを二の次にするぐらいには。
「そうですか。ナツミさんはそれを理由にできる人なんですね」
しかし、それを聞いたユウは、色の見えない表情で彼女の想いを受け流した。
ナツミはもっと何かを言いたそうな顔をしたが、上手く言葉にできなかったのか、そのまま黙ってしまった。
「では……。ナツミさんは、愛情や優しさというものが、どういう形をしていると思っていますか?」
「……」
「ナツミさん?」
「……今言う。言うから待って」
彼女はしばらく躊躇う仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。
「昔、"大切な人と一緒に地獄に落ちる覚悟こそが本物の愛だ"っていうセリフを見たことがあるんだ。相手がどんな道を選んでも、その選択を肯定して、一緒に居続けるのが美しいって」
愛情の一つの形を語ったナツミは、でも、と話を続ける。
「でも、ボクは……。大切な人が道を間違えそうになっていたら、無理やりにでも止めてあげるのが優しさだと思う。そうする事で、嫌われたり、道を違える事があったとしても……それでも、黙って付き従うよりもずっと良いとボクは思った」
「…………そうですか」
「なあ、何でこんな事をしているんだ?ボクはオマエみたいに察しが良くないから、黙っていたら分からないんだ。少しぐらい、教えてくれたっていいじゃないかっ……!」
ナツミに詰め寄られたユウは、相変わらず静かな表情で淡々と返事をした。
「僕は、僕自身の利益の為に戦っていますよ」
「……意味が分からない。そんなに身を削って、何もかもを差し出して、それで利益?」
「ええ。僕はこうするのが最善だと信じて行動しています」
「なんでだよ。オマエは大した魔法使いだけど、そこまでする義理は無いだろ?オマエが投げ出したって、他の誰かがなんとかしてくれると思わないのか?」
「……きっと、みんなそう思っているんでしょうね」
だから今、こうなっているんだ、と彼は言い放った。
「他に何か用件は残っていませんか?無ければこれで失礼しますが」
「……ボクは、オマエのそういう独善的で勝手に自己完結する所がキライだ」
「そうですか。それで?」
「それだけだよバカ」
ナツミは不満げな表情で、罵倒の言葉を口に出した。
「僕は、ナツミさんの遠慮なくずけずけと物を言う所には好感を持っていますよ」
「何で今そういう返しをするんだよ。バカなんじゃないか?」
「それでは、本日は色々とありがとうございました。失礼します」
「おい、無視するなよ。……おい!?」
☆
『転移』を使いユウの自室に戻って来た。
彼はベッドに腰かけると、額に手を当てて俯いてしまった。
「あの、体調が悪いのですか?」
「いや、体調はいつも通りだよ。ただ、ちょっと予想外の事が続いたせいで心が不安定になっているみたいだ」
そのまま彼は、心を落ち着かせるために数回深呼吸をしてから顔を上げた。
「……よし、それじゃあ皆の意見も集まったことだし、作戦会議をしようか」
彼は動揺から立ち直り、いつも通りの調子を取り繕った。
私は彼の正面に立ち、じっと目線を合わせる。
「リリウムさん?」
「アカネに伝える方法も考える必要はありますが、その前に。ユウ、あなたには聞きたいことがたくさんあります。答えてくれますよね?」
視線を強めるも、私の行動は想定内だったのか特に動揺は見られない。
「もちろん。僕もリリウムさんに相談したい事があるんだ。だから、僕の立場と今の状況について話をしようか」
☆
バカ。薬中。気狂いボランティア。何考えているのか分からない宇宙人。
もうボクにはオマエしか残っていないことを分かっているのか?
分かってないんだろうな。だから、ボクに遺書を預けるなんてことができるんだろうな。ばか。
岩崎ナツミ
年齢:21
身長:152cm
おっぱい:控えめ
技能:魔道具作成、魔法薬作成
特技:料理、目利き
無職のヒモ女から自営業にジョブチェンジした錬金術師。
道具や薬の作成をする都合で、ユウ君の体調と活動資金を把握している。
錬金術師というのは魔道具職人としての技術を磨いてきた魔法使いの呼称であり、錬金術師という種族が居るわけではない。
ナツミさんも魔法は使えるし、ユウ君も相応の教育を受ければ錬金術師になれる。
ユウ君と出会ってからおおよそ一年が経過しており、自分の身柄分の借金は返済済み。
ただし、物件と設備分の借金はまだ返し終わっていない。調子に乗って高級な設備を注文しまくるからこうなる。高級な設備があればアカネちゃんの装備の質が高まると考えて、ユウ君は何も言わなかった。
家族も友達も居ないぼっちで、用事が無ければ外出しない引きこもり。
ユウ君による度重なる教育を受けて一人暮らしができるようになる。多少は社会人らしく振舞えるようにもなった。一人称がボクなのは治らなかった。
去年の年末は二人でバタバタしながら確定申告をした。クリスマスや正月もぼっちなのはかわいそうなので、ケーキや餅を差し入れたりしている。
傍から見れば暴走しているようにしか見えないユウ君を止めようとしたことがある。
しかし"ナツミさんが協力してくれないなら他の錬金術師に仕事を頼む"と切り捨てられ、それ以降は憎まれ口を叩くだけの従順な女となった。