今日は土曜日。わたしは、カエデと一緒に市内にある洋服店に来ていた。
目的は、外出用のおしゃれな私服の購入。
ユウ君と会う時はいつも制服か部屋着だから今のところは着る機会は無いけど、デートをする時のためにそれらしい服が一つは欲しい。
「よーし。じゃあ、あたしが良さげな服をじゃんじゃん持ってくるから、アカネはどんどん試着していってね」
「ええ。頼りにしているわ」
カエデは大勢の人の趣味趣向を調べているので、いわゆる男受けするファッションについても詳しい。
最初はリリィに頼ろうかとも思ったけど、リリィってあのワンピース以外を着ている所を見たことが無いし、少し話した感じだとセンスが古いというか……。とにかく、頼りにはならなさそうだった。
そうしてわたしは、カエデが選ぶわたしに似合いそうな服を次々に試着していった。
「まずはこれ。ベージュのワンピース!アカネのキャラなら似合うでしょー」
着てみた。
「どう?」
「似合ってはいるんだけどさ……。胸が大きすぎて清楚イメージが負けているというか。どうしても下品になるというか。その巨乳をあたしにちょっと分けてくれない?」
「無茶言わないでよ」
似合ってはいるらしい。購入を保留して次の服を着る。
「ゆったりめのボタンシャツとジーンズ。かっこいい系のファッションだけど……。うん。思ったより似合うし、まとまりも良い感じ!」
「そう?こういうのもおしゃれなのかしら」
「いやー、アカネってかっこいい系もいけるんだねえ。まあ水瀬の好みかどうかは知らんけど」
そこはしょうがない。ジーンズは家にあるからシャツだけ買い物かごに入れ、次の服を着る。
「白のブラウスに紺のロングスカート。これは……」
「これは?」
「こいつは……やべー威力が出てるぞオイ。すれ違っただけで童貞を殺せそう」
カエデは変な顔をして物騒な事をつぶやいた。よく分からないけど、良い感じらしいので買い物かごに入れて次の服を着る。
……ユウ君って童貞なのかしら。
「タンクトップにホットパンツ。そしてデニムジャケット!パンクなコーデがいかがでしょうか?」
「ちょ、ちょっとこれ胸の谷間が見えてるんだけど?」
「こういうのも似合う人には似合うのよ。んー……でも髪型が絶望的に合わない。三つ編みやめない?」
「やだ。わたしは三つ編み好きなの」
三つ編みをやめたとしても、これはちょっと攻めすぎだと思う。次の服を着る。
「ワイシャツにタイトスカートに黒タイツ。さらに伊達メガネを加えてバランスが良い。アカネ先生風味!」
「これってデートっぽい服装なのかしら……。あと、お尻がきついんだけど」
「結構大きめのサイズ持ってきたのにきついかー。まあ、これはこれで尻がぱっつぱつになっててエロいわよ」
ヒールのついた靴とか動きにくいファッションはわたしは苦手だ。これはやめておく。
そんなこんなでわたしはカエデと一緒に服を選び、良さそうな物を購入してから店を出た。
カエデは何やら感慨深げにしている。
「いやー、楽しかったわ。にしても、あんなに真剣に服を選ぶアカネは初めて見た気がするねえ」
「今日はありがと。でも、なんでそんなにニヤニヤしてるの?」
わたしがそう聞くと、彼女はからかうような声でその質問に答えた。
「気になる男子が居るって聞いた時は半信半疑だったけど、今日の様子を見て本気だって分かったからさあ。アカネにもついに春がきたようで、あたしは嬉しいよ」
「何よその言い方……。今までのわたしがおしゃれにも異性にも興味がなかったみたいじゃない」
カエデはわたしのことを何だと思っているのか。少し真剣に問いたださなければならないかもしれない。
「いや、だってさ?アカネって去年の海水浴に学校指定の水着で来たじゃない。そりゃあ泳ぐのに支障は無いけど、遊びにいく時用の普通の水着を持ってないのはうわーって思ったわよ」
「うぐっ」
痛い所を突かれてしまった。確かに、そんなことをしていればおしゃれに興味が無いと思われても仕方ない部分はある。
でも、これにはわたしにも言い分がある。
「その……服のサイズがね?去年着ていた服がきつくなっちゃうことがあって。うちは裕福でもないし、一年で着れなくなる服を買うのはお金がもったいないから、必要じゃなければあんまり買わないようにしているの」
「あー、だから今回も少し大きめのサイズを選んでたのね。というか、それだけ大きくてまだ成長中って……。あたしにもちょっと分けろください」
「無茶言わないでよ。もう」
たった今得た新しい情報を凄まじい速度で手帳に書き込むカエデ。
あいかわらず奔放な彼女の姿を見て、わたしはふっと笑った。
☆
二人でカラオケボックスに入り、マイクを握って歌を歌う。
カエデが同じ曲で点数勝負を仕掛けて来たので、正面から受けて立った。
…………。
ふっ、カエデごときがわたしに勝とうなんて100年早いわ。
「また負けたー。ちくしょー、この機械壊れてるんじゃないの?」
「負け惜しみは見苦しいわよ」
飲み物に口を付けると、カエデも釣られたように茶色っぽい色をしたドリンクを飲んだ。
彼女はドリンクバーを頼むと探求心が抑えられなくなるようで、何度痛い目に遭っても未知の味を求めて挑戦を続けている。
今回はそれなりに美味しいものができたようなので、残す心配は無さそうだ。
ふと、カエデが話し掛けて来た。
「アカネはさー、水瀬のどういう所が好きになったの?」
「えっと……?」
「好きになったんならそれなりの出来事とか積み重ねがあったんでしょ?大親友のあたしに聞かせなさいよ」
彼女はからかうような軽い口調だが、その視線には真剣な雰囲気が含まれているようだ。
「……。普通に恥ずかしいからあんまり言いたくない」
「ほーん?アカネはこういうの恥ずかしがる方なんだ。嬉々として惚気話されるかと思った」
「確かに、話したい気持ちもあるけど。……どうしても聞きたい?」
「どうしても。好きな所の一つも挙げられない男にアカネをやることはできんぞー」
カエデは、妙なキャラ付けの発言をしながら譲らない姿勢を示した。
ユウ君が好きな理由。
彼と触れ合った時間で、わたしが何を感じたのか。
……。
…………。
………………。
しまった。魔法関係の出来事を除くと、話せることがだいぶ少なくなってしまう。
と、とりあえずすぐに浮かんだものを……!
「ええと、水瀬君は……距離感を測るのが上手い、気がする。近くに来て欲しいなって時には近くに居て、一人になりたい時はさっと離れてくれる感じ」
「ほほう。気遣いができるタイプはポイント高いね」
カエデは早速手帳を開いてペンを動かしている。
他に何か、何か浮かぶものは……。
「あとは……お父さんに雰囲気が似ている、ような……」
わたしは頭の中に浮かんだそれを、深く考える事なくそのまま口に出した。
それを聞いたカエデは、ペンを動かす手を止めて全身をピタリと硬直させる。
「…………。えっ?」
「……あっごめん今の無しで!?」
気になる異性の話をしている時に"お父さんに似ている"は流石にありえない発言だった。
わたしは急いで否定したが、カエデはスススッと後ずさり距離を取る。
「やっぱりファザコンじゃないか……やっぱりファザコンじゃないか!」
「ファ、ファザコン違うし」
「うひい!近寄るなあファザコンが感染る~」
「感染んないわよ!?」
わたわたと慌てるわたしを見て彼女はくすっと笑い、普通の姿勢に戻った。
「まあ、その。アカネにとって最上級の誉め言葉がそれだったってことなんでしょ?」
「そう、なのかも?」
「自分でも分かってないんかーい」
わたしはわたしの心が出力したものを言葉にしただけで、わたしの心がその答えを出した理屈は分からない。
恋は理屈じゃないって言うし、そういうもの、なのかな?
「なんかわたしの方だけ話しているのが不公平な気がしてきたわ。カエデの方はどうなの?好きなタイプとか、気になる人とか居ないの?」
「あたし?あたしはそういうのよく分かんないかなー。良い人だなって思う事はあっても、素敵な人だなって思う事が無い感じ。そもそも、クラスでも女子として扱われていない感じだし」
「分かっているならもうちょっと自重しなさいよ」
「今からおとなしいフリをしても意味無いから。あたしのことは誰にも止められねーんだ」
彼女は女子と言うよりカエデという生き物として扱われている節がある。
まあ、全て彼女がやらかしてきた事が原因なので、自業自得ではあるのだけど。
「むん。歌いたくなってきた。次はあたしの番で良い?」
「どうぞ」
「あいよー」
☆
「いやー歌った歌った。余は満足じゃ」
「どういうキャラなのよ。もう」
カラオケボックスから出て、洋服の入った紙袋を手に下げ帰路につく。
「アカネはこの後バイトなんだっけ?」
「……ええ。荷物もあるから一度家に帰ってからね」
アルバイト。
わたしは、放課後の時間に忙しくなる理由を周囲にそう説明していた。
土曜日である今日も、もちろん『バイト』の予定は入っている。
「時間はそんなに長くないみたいだけどさ、毎日シフト入れるのはきつくない?」
「確かに、疲れるなって思うことはあるわ。でも、我慢できないほどじゃないから」
「頑張るねえ。大丈夫?無理してない?」
「無理は……してないわよ。うん」
わたしはきっと、無理はしていない。
疲れるなって、投げ出したいなって思う事があっても、その気持ちを抑え込んで、何でもないように振舞えている。
だからきっと、無理はしていない。
本当に限界なら、こうして取り繕うこともできていないはずだから。
「んー。……まあ、アカネが大丈夫だって言うなら信じるけどさ。きつくなったらちゃんと周囲に相談しなよ?」
「わたしだって子どもじゃないんだから、それぐらい分かってるわよ」
「分かってるならいいけど。アカネはやせ我慢の達人だから、ちゃんと言わないと周りに伝わらないからね」
それだけ言って、カエデは立ち止まった。
「じゃ、あたしはこっちだから。またねー」
「ええ、また」
一人でぽつぽつと歩いていると、ふと頭に浮かぶものがあった。
どうして、お父さんとユウ君が似ていると感じたのか。その理由が何なのか。
ユウ君は、わたしに対して罪悪感を抱いている……気がする。
頑張って隠そうとしても、その視線に含まれる感情はとても見覚えがあるものだった。
そして、苦しみを抱えながらも、気付かれないように必死で隠してわたしに優しくしようとする所もそっくりだ。
お父さんは、未だにお母さんのことを忘れられずにいる。
行方不明になってから15年近く経つのに、再婚の検討もしないで当時のアルバムを見てニヤニヤしてるのはちょっと一途すぎると思う。
ちょっと控えめな所はあるけど、かっこいいし優しいし家庭的なんだから、再婚しようとすればすぐにできたはず。
そりゃあわたしだって、知らない人をお母さんとして受け入れたり、弟や妹ができるのには困惑すると思うけど、お父さんも自分の幸せを求めてもいいのに。
わたしのお母さん。お父さんとは広品学園で出会ったって話してたっけ。
まっすぐな正義感と優しさを持つ、とても意志が強い人だったらしい。それでいて美人でスタイルも良いんだから、クラスではモテモテだったとか。
お父さんはわたしが寂しくならないように、お母さんとの思い出を何度も何度も語ってくれた。
お父さんは、お母さんが居なくなってしまったことに苦しんでいる。そして、わたしを『父親と母親が居る家庭』で育てられなかったことに罪悪感を抱いている。
でも、ユウ君は何が苦しくて、何に罪悪感を抱いているのだろう。
彼の感情の中身は分からないけど……その様子を思い浮かべると、わたしの中に得体の知れない衝動が沸き立つのだ。
これが、きっと、恋なんだろう。
今日は土曜日。わたしは、カエデと一緒にお出かけをした。
とても楽しかった。カエデも楽しそうだった。街を見ても平和そのものだった。
わたしがこれから悪の組織と戦わなければならないことが、悪い夢なんじゃないかってぐらい平和だった。
分かっている。これが悪夢じゃなくて現実だってことぐらい分かっている。
意識を向ければ、リリィとの確かな繋がりがそこにある。
『変身』のやり方も、魔法の使い方も、武器を手に取って戦う方法も身体が覚えている。
でも、この世界に魔法があるなら。魔法使いが、居るのなら。
白いひげを蓄えた偉大な賢者が、鍔の広いとんがり帽子を被った魔女が、不思議な呪文で悪い奴らをやっつけてくれればいいのに。 わたしの中に、そんな願望があるのも紛れも無い事実だった。
わたしは街の平和を守るために戦っている。
だから、人々が平和に暮らしていることや、カエデがいつも通り元気でいることに喜ぶべきだ。
わたしが苦しんでいることに気付かないで、お気楽な学生で居られることがズルいなんて、間違った感情だ。
間違っている。こんな、どうしようもない逆恨みのような感情は抱くべきではない。
こういう時の正しい感情は。あるべき振る舞いは。
お母さんなら、どう思ったんだろう────?
アカネちゃんの抑圧の正体は……。
ところでアカネちゃん。君は本当にユウ君が好きなのかい?
理不尽な責任を押し付けて来る、よく知らない人のことを、本当に好きになったのかい?
坂本カエデ
年齢:広品学園2年
身長:157cm
おっぱい:ふつう
成績:ふつう
特技:聞き込み、プロファイリング
天峰アカネの幼馴染みで親友。原作に立ち絵もシーンもあるキャラ。
アカネちゃんが気軽に遊びに誘える唯一の人物。
アカネちゃんには知人はそれなりに居るが、友達と呼べるほどの付き合いをしているのはカエデちゃんしか居ない。
趣味は情報屋ごっこ。
この趣味に目覚めたきっかけは、幼少の頃にアカネちゃんに『おかあさんを探して』と言われたこと。
お母さんは見つからなかったが、きっかけをくれたアカネちゃんに恩義を感じている。
天峰アカネの人格形成に多大な影響を与えた人物。
抑圧的な方向に偏るアカネちゃんを、奔放な性格の彼女が適度に解放することで、アカネちゃんはこの年まで良い子ちゃんを継続することができた。
彼女の存在が無ければ、アカネちゃんは中学ぐらいで抑圧に耐え切れずグレていたと考えられる。
ただし、中学ぐらいで不良少女になっていればここまで歪みが大きくなることは無かったはず。それもまた彼女の行いの一つの側面である。
原作ではプロローグで魔物に犯される。プロローグなので回避するルートなどは存在しない。
魔物に犯された彼女はルミナスレッドにより救助され、通常の病院で治療を受ける。
この際、治療魔法使いによる適切な治療を受ける事ができなかったため、後遺症に苦しむことになる。
サブイベントでは、身体の疼きを抑えきれずに夜の繁華街を彷徨う姿を見ることができる。彼女は、超人的な意志の強さを持たない普通の少女だった。