放課後、わたしの家のリビングでリリィとユウ君と顔を合わせながら、今日のヒロイン活動の作戦会議を行う。
会議と言ってもユウ君が立案する作戦の説明を聞いて不明点を確認する程度のもので、わたしはほとんど聞いているだけでいい。
「今日のミッションは『リベレーター』が拠点にしている廃ビルの攻略だ。場所は裏通り。作戦目標は敵戦力の撃破と、可能であれば怪人を誘い出してこれも撃破すること。推定敵戦力は戦闘員80名、中位の魔物20体、低位の魔物30体。それと……捕らえられている女性が3名居る。これの救出も行う」
「それって……」
「まあ、いつも通りだね」
つまり、監禁され凌辱されている女性が3名も居るということだ。紙に印刷したビルの見取り図を指差しながら、彼の説明は続く。
「まず僕が先行して女性達の救出を行う。救出が終わったらリリウムさん経由で連絡を入れるから、天峰さんは1階から突入して敵を順次殲滅していってくれ。この廃ビルにある罠は警報装置だけだから足元は気にしなくていい。逃げようとする戦闘員が居たら僕の方で対応する」
続けて、作戦続行の判断基準について説明される。
「呪術の対策が用意できている『紋章』か『魅了』の怪人が単体で増援として来た場合は優先撃破対象とする。それ以外の怪人が来たり、怪人が2体以上同時に来た場合は作戦を放棄して即時撤退するように。状況の把握はリリウムさんが『カサンドラ』を使って行ってくれ」
「任されました」
ふんす、と胸を張って指示に従うリリィ。戦っている最中に周囲に気を配るのは難しいので、留守番をしている彼女が管制官のような役割を担当している。
「不明点は無いかな?」
「ええ、大丈夫よ」
「……よし、靴を履いて出撃準備だ」
『変身』とその解除は基本的に家でするけど、外で解除せざるを得なくなった場合に備えて念のため靴を履く。
ユウ君は靴を履いた後、クチバシのついた白い仮面を顔に付ける。すると、黒いもやのような物が彼の全身にまとわりついて、黒い布地に変化した。
巷で噂の『白い仮面を付けた黒づくめの怪人』の完成だ。
「いつも思うけど、その格好してるユウ君って完全に不審者よね。怪人よりも怪人らしいというか……」
「アハハ、僕モ天峰サンミタイニ、上等ナ認識阻害ガ使エタラ良カッタンダケド」
明らかに加工されていると分かる、ボイスチェンジャーを使ったような声で話すユウ君。『変身』が使えない彼が悪の組織に身元を特定されないようにするには、これぐらいは必要らしい。
続けてわたしも『変身』を行う。一瞬だけ身体が光り、それだけでわたしの着替えは完了した。
三つ編みでまとめていた髪は独りでに解かれてロングストレートに。髪の色は燃えるような赤い色に変化する。
着ていたセーラー服はどこかに消えて、白いサイハイブーツとロンググローブ、そして若干ハイレグ気味で肩も脇もがっつり露出している白い袖無しレオタードに変わっていた。
……ユウ君には何も言われないけど、結構恥ずかしい服装だと思う。おへその形がはっきり分かるぐらい薄くてピチピチな布地だし。水に濡れると透けるし。リリィに文句を言っても、変身コスチュームのデザインは変えられないって言うのよね。
「警察ニ連絡ヲ入レテ……ット。今回ノ転移座標ハビル前ダカラ、一応人目ニツカナイヨウニ気ヲ付ケテ。ジャア行ッテクル。……『転移』」
そうして、ユウ君の姿が消えてから暫し待つ。しばらくして、『カサンドラ』で廃ビルの様子を観測していたリリィが顔を上げた。
「ユウから救出完了の連絡が来ました。突入してください」
「分かったわ。……『転移』!」
★☆★☆★
視界に映る景色が、一瞬で屋外のものに切り替わる。対象の廃ビルを確認した後、正面玄関の扉をぶち破って内部に突入した。
「ひっ……ヤツが来たぞ!総員戦闘はい――ぐべえええっ」
さっそく戦闘員を一名見つけたので、行動不能になる程度に手加減してぶん殴る。戦闘員は殴られた勢いのまま壁に叩きつけられて、ピクピクと痙攣するだけの黒い塊になった。
その勢いのまま1階に居る戦闘員や魔物を掃討していると、リリィから連絡が入った。
『敵が2階の階段付近に集まって動きを止めています。どうやら待ち伏せをしているようですね』
『そう、それなら……』
分かっているならやりようはある。
虚空に手を伸ばし、掌の中に武器を実体化させた。灼熱したルビーのロングソード。わたしの魔力で作り出された、わたしだけの魔法剣。
一旦ビルの外に出てから2階の窓に向けて跳躍。素早く剣を振るい、窓枠ごと窓を切り開いて2階へ突入した。
怪しげな薬品が入った瓶、投網のようなもの、目潰し用の砂などを投げる構えの戦闘員達の背後を取る。慌ててこちらに向き直る動きをしだしたが、遅い。密集した敵集団に向けて『ファイアストーム』を放つ。
「「「ぐあああああっ!」」」
「ちくしょう、何でそっちから来るんだよ!」
「怯むな!敵は一人だ、囲んで袋叩きにしてやれ!」
「うおおおおおっ!」
こちらの背後を取ろうとする動きを見せたが、無駄だ。火力と速度に圧倒的に優れるわたしを止められる相手は、この拠点には一体も居ない。
散発的に襲い掛かってくる戦闘員を蹴散らし、密集する動きを見せたら『ファイアストーム』で吹き飛ばす。触手やスライムのような魔物は接近を避けて『フレアジャベリン』で串刺しにしてやり、素早い動きをする体長3mほどの狼型の魔物を一刀両断に切り捨てる。
敵を殲滅し、2階を制圧した。
『2階の敵の排除は終わったわ。相手の様子はどう?』
『2階に増援に向かう敵影が多数。戦闘員から数名の逃亡者が出ていますが、ユウに制圧されています。怪人が来る兆候はありません』
『了解。このまま上階に上がりながら敵を殲滅していくわ』
★☆★☆★
結局、怪人が増援として現れることは無くそのまま制圧が完了した。この後は警察が来て、行動不能になった戦闘員達を回収する手筈になっている。
わたしがこの場に残っていると、駆けつけた警察官に不審人物として職務質問をされてしまうので、すぐに『転移』で帰宅してシャワーで汗を流した。
リビングに戻ると、ユウ君が折り畳み式のマッサージ台を準備してわたしを待っていた。
「お疲れ。怪人は釣れなかったけど、敵の数を減らすことはできた。天峰さんのおかげで街の平和に一歩近づいたよ。本当にありがとう」
「どういたしましてっ」
いつものやり取りを終え、わたしがマッサージ台に横になると彼が苦笑するような気配を感じた。シャワーから上がった時に、フィットネスクラブで使うようなスポーツブラとショートパンツに着替えたのでこちらの準備は万端だ。リリィがジト目で見ているけど知らんぷりをする。
「今日は怪我してないよね?どこか痛めた所とかはないかな」
「ん……大丈夫よ。怪人も出なかったし、あれぐらいはもう楽勝なんだから」
走り回って酷使した脚と、武器を振るって疲労した手から上半身にかけて。負荷がかかった部位を重点的に、優しくマッサージされていく。
初めの頃は、日常生活で使わない筋肉を使ったせいで身体が悲鳴を上げていたけど、何度も出撃しているうちに慣れてきた。ちょっとずつ筋肉もついてきた気がする。もしかしたら、乙女的には結構ピンチなのかも?
戦う魔法使いは、どうしても魔物の持つ瘴気に触れてしまう。瘴気が身体に蓄積すると、心身ともに悪い影響が出て来る。身体に溜まった瘴気は放置しても自然に減るが、戦う頻度が高い場合は『浄化』をした方が良い。身体に触れて『浄化』の魔法を使うだけでも9割ほどは取り除けるけど、念入りにマッサージすれば10割取れる。わたしは瘴気を溜め込んだことが無いから分からないけど、リリィが必要だって言ってたからそうなんだろう。
でも、そういうよくわからない理屈よりも、わたしにとってもっと重要なことがあった。
ユウ君の手を通して、彼の体温とわたしを思いやる心を感じていると、戦いの最中にあった嫌な事を忘れられる。ただそれだけの理由で、わたしはこの行為に依存していた。
★☆★☆★
「まったく、男の前でこんな無防備な寝顔を晒して、年頃の娘がはしたない……」
「リリウムさんがそういう言い方をすると、なんだか天峰さんのお母さんみたいだね」
「あなたの方こそ、安らかなアカネの寝顔を見ながら嬉しそうにしている様子はまるで父親のようですよ」
「天峰さんとは同い年なんだけどな。喜ぶべきか、悲しむべきか」
「大人っぽい男性はモテるらしいです」
「モテても別に何かの役に立つわけじゃないからなあ……。いや、こういう考え方は良くないか」
「……?何か気にかかることでもあったのですか?」
「何でもないよ」
「そうですか」
「……」
「……」
「天峰さんが穏やかに眠ってくれるだけで、僕は幸せな気分になれるよ」
「家族でも恋人でもない相手に抱く感情としては不適切ではありませんか?」
「あはは。でも、彼女が元気で居てくれるなら、これ以上嬉しいことは無い。リリウムさんもそう思うでしょ?」
「……ええ、私もそう思います」
★☆★☆★
「今日の晩御飯は、白米とピーマンの肉詰め、ニラと卵の味噌汁、ほうれん草のおひたしです」
「わーい」
ユウ君と協力関係を結んだ後、お父さんが単身赴任中でわたしが一人暮らしの状態だと知った彼は、自分も一人暮らしだから一緒に食事を取らないかと提案してきた。
わたしは料理があんまり得意じゃないから、こうして彼が手料理を振る舞ってくれるのはすごく助かっている。好物のピーマンの肉詰めを作ろうとしても、わたしがやると半生か黒焦げになるのよね……。
『6時のニュースです。東京都広品市××区にある廃ビルで本日16時頃、ビルを不法占拠していた"リベレーター"と名乗る反社会集団が不審な少女に襲われる事件が発生しました』
「あっ」
テレビから耳を塞ぎたくなるニュースが流れて来た。美味しそうなご飯が目の前にあるのに、胃がキュッとなって気分が悪くなる。
『警察の取り調べによると、彼らを襲った人物は白いレオタードを着た赤い髪の少女で、警察は他の"リベレーター"襲撃事件との関連を調べています。ビル内に捕らわれていた数名の女性も解放されており、少女の目的は市民の救出だったのではないかと――』
我慢できなくなってテレビのチャンネルを変えた。
「もうやだぁ……。わたし正義のヒロインやめたい……」
「まあ、戦闘員には姿を見られているから、事情聴取をする警察には伝わる。警察に伝われば報道関係者にも流れちゃうんだよね」
「うう……。せめてあの格好してる所は見られたくない。わたしもユウ君とお揃いの黒づくめが良い」
「無理ですね。アカネの変身衣装とユウのあの装備は競合するので、同時に使用する事はできません」
「そんなぁ……」
戦闘中は気にしている余裕が無いけど、プールでもないのに水着みたいな格好で歩き回るのはやっぱり恥ずかしい。
「変身中のアカネには強力な認識阻害能力があるので、姿を見られただけであなたと関連付けられることはまずあり得ませんよ」
「そうじゃないの、気分の問題なの。あああ……」
「ほら、ご飯食べて元気出してよ。ピーマンの肉詰めにかけるのはソースとケチャップのどっちが良い?」
「ケチャップ……」
★☆★☆★
夜、自室で明日の準備をしながら、今日あったことを振り返る。
朝はリリィと一緒に考えた作戦を実行した。予想外のトラブルはあったけど、一応成功した。成功したことにした。
昼はカエデにユウ君について聞いてみた。新しい情報は全然得られなかった。ユウ君は結構すごい魔法使いらしいから、カエデじゃ太刀打ちできないのも当然なのかな。
放課後は正義のヒロインとして戦い、『リベレーター』の拠点を制圧した。
「…………」
『リベレーター』との戦いの最中にあったことを詳細に思い出していく。
1階で出会い頭に戦闘員を殴り飛ばした。人を殴る独特の感触があった。慣れた。
2階に上がって戦闘員の集団に『ファイアストーム』をおみまいした。人が火傷に苦しむ悲鳴が沢山響き渡った。慣れた。
武器を持った大勢の大人が怒号を上げながら襲い掛かって来た。慣れた。
襲い掛かってきた戦闘員を蹴り飛ばした。人の骨が折れる感触が足に伝わって来た。慣れた。
触手やスライムのような魔物を『フレアジャベリン』で串刺しにしてやった。気味の悪い断末魔の叫びと共に、生き物が燃える臭いが漂ってきた。慣れた。
見上げるような大きさの狼型の魔物を一刀両断にした。骨と肉を斬る感触がした。慣れた。
真っ二つになった魔物の断面から内臓がドバドバと零れ落ちて来た。慣れた。
零れ落ちる内臓に混じって、人間の手のようなものが見えた。悲鳴を押し殺した。
「……っ」
ユウ君にマッサージをしてもらって、一度は記憶の奥底に封じ込めたものを鮮明に思い出してしまった。
大丈夫。これまでだってたくさん辛いことはあったけど、慣れれば何も感じなくなる。今回の経験も変わらない。魔物は人を食べるのだから、こういうことは普通に起きる。頑張って慣れればいい。わたしが我慢すれば全て解決する。
でも、そうやって感情を押し殺していると、どうしようもなく湧き上がってくる思いがあった。
どうして、わたしが戦っているのだろう。どうして、わたしが戦わなければならないのだろう。
今、この街では悪の組織『リベレーター』が暗躍していて、このまま放っておくとたくさんの人が犠牲になってしまうらしい。ユウ君は人々を守るために戦っていて、自分では力不足だからわたしの力を貸して欲しいとお願いしてきた。
戸惑うわたしに彼は、悪の組織と戦うか、大切な人を全員連れてどこか遠い所へ引っ越すかを選ぶように迫ってきた。
広品市はわたしの生まれ故郷で、他の地域に逃げるなんて考えたこともなかったし、知り合い全員に対し「悪の組織が暴れているから引っ越しなさい」と言って説得するなんて到底できっこない。
それに、人を傷つける悪い奴らが居て、自分にそれをやっつける力があるなら、そこで逃げてしまうのは卑怯だと思った。
だから、わたしは戦う事を選んだのだ。
それでも、辛いことがあるたびに疑念は膨らんでいった。
どうして、学生のユウ君だけが戦っているのだろう。リリィに聞いても人間の都合は分からないと言われたし、ユウ君は他の魔法使いは他の地域で戦っていると言うだけだった。
疑念を抱きながら戦っていると、だんだんと心が分かれていくのを感じた。良い子で居ようとするわたしが、辛い事はやりたくないと言うわたしを無理矢理引きずり回している。
結局のところ、わたしは見ず知らずの誰かの為に戦えるほど正義感の強い人間ではなかったのだ。だから、自分勝手でわがままなわたしが納得できるだけの、戦う理由が欲しかった。
ユウ君が、わたしを犯して、屈服させて、逆らえないようにして。『戦え』と命令してくれれば。そうすれば何も考えなくていいのに。
それか、ユウ君がわたしを愛してくれて、わたしもユウ君のことを愛して、愛を理由に戦えれば。愛というのは人を狂わせるらしい。世の中には愛の為に命を懸ける物語が溢れている。愛が何なのか、わたしにはよく分からない。
「……はぁ」
頭の中で感情がぐちゃぐちゃになっている。このままでは眠れない。ただ、辛いことがあるたびにこうなっていたわたしは、これを解決できる秘密の方法を知っていた。
★☆★☆★
家の中にある転移魔法陣を使ってユウ君の家に来た。協力関係を結んでご飯を一緒に食べるようになってから、行き来を便利にするためにそれぞれの家のリビングに設置してある。
ユウ君のベッドがある部屋に入った。棚や引き出しの中の物に触らなければ自由に入って良いと言っていたので、一応不法侵入ではない。
本棚と薬棚があり、PCデスクがあり、ディスプレイ2枚のデスクトップPCがあり、ベッドがある。衣類は壁の収納の中だ。残念なことにベッドの下にエロ本は無かった。
ユウ君は夜の時間帯は大抵どこかに出かけていて、遅くまで帰ってこない。なんでも、回復魔法をうまく使うと短い睡眠時間でも平気で居られるらしい。ちょっとズルい。
でも、彼がこの時間帯に外出してくれるから、わたしがこうして好き勝手できる。
ユウ君のベッドにごろんと寝転がってみた。彼の匂いを感じて安心する。それと同時に、いけないことをしているという自覚で背筋がゾクゾクしてきた。
そのままタオルケットを被ってみる。良い子で居ようとするわたしが心の中で苦悶の叫びを上げて、頭の奥がじんわりと痺れるような快感を覚えた。
最初はほんの気まぐれだった。何の意図も無く、なんとなくベッドに横になってみただけ。しかし、その一回で理解してしまった。こういう行為をすると、我が物顔でわたしの心の主導権を握っている良い子ちゃんのわたしを痛めつけることができる。
良い子ちゃんのわたしの力が弱くなると、普段抑圧されている自分勝手なわたしが少しだけ解放されて、呼吸をするのが楽になった。
これを知ってからは、息苦しくなるたびに彼の部屋にこっそり入って心のバランスを取って来た。
いつもはこのあたりで満足して部屋に戻るのだけど……。
「ちょっと、だけ……」
今日の辛いことはダメージが大きかったから、という言い訳の元、更なる暴挙を試してみることにした。
今朝の刺激的な体験を思い出しながら、部屋着のTシャツの裾をまくりあげる。
ゆっくりと腕を上げていると、良い子ちゃんのわたしが必死に制止するのを感じた。無視して腕を上げていく。二つの突起が「こんばんは」と挨拶をした。良い子ちゃんのわたしは苦しみにのたうち回っている。楽しい。
その体勢のまま、少し冷静に状況を俯瞰してみた。自分の部屋ではない場所でこんなことをしている。ユウ君が急に帰ってきたら見つかってしまうかもしれない。そう思うと、何も考えられなくなって頭の奥がグラグラしてきた。
この感覚を忘れない内に、素早く自室に戻る。
……ふぅ。明日も戦いがある。お風呂入って寝よっと。
原作のアカネちゃんが持っていた『戦う理由』は次のユウ君視点で出てきます。