彼は『転移』で屋外の人目につきにくい場所へ移動してから、迷いの無い足取りでどんどん進んでいく。
今回の『転移』でアカネとの物理的な距離が短くなった事を感じた。おそらくここは、広品市内なのだろう。
到着した場所は……警察署?
彼は建物内に入ると、受付にある椅子に行儀悪く腰かけている、金髪をツンツンと逆立てた見るからに軽薄そうな男に声をかけた。
「長谷川さん。どうも、元気にしていますか?」
「来やがったな水瀬……。テメーのせいでこちとら商売あがったりだぞ」
浅黒い肌で、柄物のシャツと擦り切れたジーンズを身に着けた彼は不機嫌そうな目つきをしてユウを睨みつけた。
「あれ、満員御礼で商売大繫盛だって聞いたんですけど」
「それが問題なんだっつってんだろ!強面のおっさんどもがゾロゾロと押しかけてきたら、店の評判ガタ落ちで既存顧客が逃げるわ!」
「あー、あはは……。そうなっちゃいましたか」
「あのおっかないねーちゃんと交渉して、オレの方から出向くようにしたからなんとか店は無事だったがよ……。どう落とし前付ける気だ。ええ?」
「すいません。今度何か差し入れするので許してください」
「言ったな?じゃあ、イイ女を店に連れてこい。普段は真面目そーな面してるくせに性欲を持て余しているむっつりちゃんで、ムチムチでスケベな身体つきをしている女だ。血や硝煙の匂いがしたり、片手で首の骨をへし折ってきそうな女は論外だ。分かってるな?」
「僕は師匠みたいに鼻が良くないので、むっつりとそうでない人の違いなんて判別できませんよ。というか、警察署の受付でよくそういう発言ができますね……」
長谷川と呼ばれた男はやや不機嫌そうな様子だが、なんだかんだでユウと仲良く話をしている。
「……わーったよ。じゃあこっそりオハナシできる部屋に案内するから付いてこい」
「お願いします」
男の先導に従い、建物内の奥の部屋へ進んだ。
☆
「ここだ。カツ丼はねえが、秘密のオハナシには最適な部屋だろ?後であのねーちゃんも来ることになってる」
彼が案内した部屋は、机と椅子と小さな窓だけがある、いわゆる取調室と呼ばれる部屋だった。
「『探査』……うん、問題無いかな。リリウムさん、出てきていいよ」
『はい』
ふわりとその場に立ち、男と向き合う。
彼は、無遠慮な目つきで私の全身を舐めまわすように見てきた。
「惜しいな……。素晴らしい素質を感じる。ロリでなければ最高だったんだが」
「師匠は何でちょっと見ただけで分かるんですか……」
「経験と勘だ。オメーもオレぐらい場数を踏めば分かるようになるかもな」
二人は私を置き去りにして何かの話をしている。素質……?何のことでしょう。
私が視線を強めると、ユウは何かを誤魔化すようにそっぽを向いて、男はニヤリと笑って見せた。
「オレは長谷川マサキってもんだ。マッサージ店の店主をやっている」
「はじめまして。私は精霊リリウムです」
ぺこりとお辞儀をすると、ユウが口をはさんできた。
「ついでに言うと、僕のマッサージの師匠で、治療分野を専門とする魔法使いで、今は警察に協力している人でもある」
「オレぁ、公僕連中に関わる気なんざさらさら無かったんだがな?」
この人物が、ユウが以前話していた協力者の一人で、アカネを骨抜きにするマッサージを教えた者らしい。
見た目は完全にチャラい男だが、ユウが師と呼ぶ人物なのだ。見かけによらず、意外としっかりとした人なのかもしれない。
「それで、最近の警察の様子はどうなんです?負傷者の状態や、士気が心配なんですが」
ユウがそう問うと、彼はガリガリと頭を掻いて、吐き捨てるように話し出した。
「ろくでもない状態だな。犯罪発生件数が史上最多を更新していて、それを対処する警官どもも生傷が絶えねえ。それだけならまだマシなんだが、『リベレーター』の連中に運悪く出くわしたらもう最悪だ」
彼はうんざりとした表情を隠そうともしていない。
「魔物に襲われる様子を無線で実況生中継する羽目になった不運な警官が居たらしくてな。それを聞いた連中は、顔面蒼白になって「こんな仕事をするために警察官になったつもりは無い」っつって転属願いや辞表を出したり、無断で失踪したりしているらしい。まともな反応だ。オレが警官だったら同じことをする」
「警察は、極力『リベレーター』との接触を避ける方針で動いていると聞いているんですが……」
「上の連中はそのつもりで指示を出しているかもな。だが、負傷による人員交代が頻繁に発生していて、その穴埋めに各地域から応援をかき集めている状況だ。現場が混乱するのも無理はないと思うぜ?」
二人は示し合わせたように、同時にため息をついた。
「怪我をした警官の中には「これで現場を離れられる」って喜ぶようなヤツすら居る。まあ、全員が全員そうってわけでもないのが救いだな。すぐに現場復帰したがる負けん気が強いヤツも居て、そういうのは『怪我がすぐに治る不思議な病室』に優先的に入れている」
「あれ、『浄化』だけじゃなくて、『治療』もやっているんですか?」
「人員が減り過ぎてこの街の治安が悪くなるとオレも困るからな。ったく、こういうお医者さんじみた仕事はアニキに押し付けて来たつもりなんだが」
この人物は、不満を抱きながらも警察の稼働率向上に貢献しているようだ。
アカネが戦った後の後始末は警察が行っている。私達の活動を間接的に支援していると言えるだろう。
「大体分かりました。まだまだ余裕はありそうですね」
「ハッ。このままの状況が続けばいつか全面的に士気崩壊する日が来るぞ。それでいいのかよ?」
「そうなる前に決着が着きますよ。多分」
「そーかい。そうなる事を願っとくよ」
話が一区切りついたところで、ユウが次の話を切り出した。
「では、次は師匠へのインタビューですね。師匠はどうして、この騒ぎが起きても広品市から離れなかったんですか?」
「店の運営が順調で、リピーターもたくさん居るからよぉ。ヤバそうな状況になるまでは様子見しようとしただけだ」
「なるほど」
「言っとくが、勝ち目が無いと思ったらオレはすぐに逃げるからな?あの『精霊憑き』が負けたら、公僕のお手伝いなんざ放り出してケツまいて逃げるぞ」
「今の働きでも十分に助かっていますから、これ以上は望みませんよ」
「オメーがそういう事言うのは筋違いだと思うがねぇ。オレは家業をアニキに押し付けてきた身分だが、オメーは跡取りなんだろ?こんな所で油を売っていて良いのかよ?」
「あー……。まったく良くはないですね。そこはなるべく考えないようにしています」
「チッ。大した親不孝者だな?おい……」
「返す言葉もございません」
彼に指摘を受けたユウは申し訳なさそうにしている。
そういえば私は、ユウがどういう経緯でこの街に居るのか聞いたことがない。これも、後で確認するべきことだろう。
「では次に、愛情についてですけど……。師匠は真面目に考えてきてくれましたか?」
「そんなもん、オレがどう答えるかなんて分かりきっているだろ?」
「分かってはいますけど、一応……」
『教会』のシスターにしたものと同じ質問のようだが、なにやら不穏な空気が漂ってきた。
「愛っつったらそりゃ、エロい事に決まってんだろ。高まる鼓動、迸る汗、荒くなる呼吸。お互いに限界まで高まった所で、最高に気持ち良くなって、それを分かち合うこと!これに勝るものはこの世に無いぜ」
「師匠ならきっとそう言うと思っていました」
情熱的に性愛について語って見せた男に、ユウは困ったような表情をしている。
見た目や言動からそんな気はしていたが、やはり、人並み以上に性的な物事に関心が強い人物らしい。
「なんだよ、師の言うことに不満があるのか?」
「できれば別の表現も教えてほしいです」
「真面目にか?」
「真面目にです」
「……ハァ、しゃーねえなぁ。なら、別の言い方をしてやろう」
ユウに要望を受けた男は、少しの間目を閉じてから、静かな口調で語りだした。
「犬を飼ったことがあるか?こういう抽象的な問いに関しては、人間よりも犬の方がよほど賢い。あのいじらしい生き物は、飼い主が楽しそうにしていれば楽しそうにするし、悲しそうにしていれば悲しそうにする。近くに寄り添って、共感すること。そういうのが愛情であり、優しさってもんだろ」
マサキは何かを懐かしむような目をしながら、ごく自然体でその問いに答えてみせた。
「師匠……。ありがとうございます。そっちを先に出してくれればもっと良かったんですが」
「オメーはもうちっと師を敬え」
「僕は師匠のことをそれなりに尊敬しています」
「やめい。男に好かれたって嬉しくなんぞないわ」
「いや、その返しは理不尽じゃないですか?」
「覚えとけ、世の中ってのは理不尽で出来ているんだよ」
☆
「オレはこの後、警察相手に出張整体サービスをする予定だ。ここにいれば『神無月』の犬が来るから、オメーはしばらくのんびりしてろ」
話が終わり、マサキはこの場を立ち去ろうとしている。
彼は、ユウの目を真っすぐ見つめながら口を開いた。
「水瀬。率直に聞くが……、この戦い、勝てると思うか?」
「勝てますよ。もし負けそうだったとしても、僕が勝てるようにしてみせます」
「ガキの分際で言うじゃねーか。さすがは名家のお坊ちゃまだな」
彼はニヤリと笑うと、おどけたような口調で続きを言った。
「オメーにはまだまだ教えきれていない技術がたくさんある。叶えたい夢があるんだろ?暇ができたらみっちり教え込んでやるから、それまでくたばるんじゃねーぞ」
「師匠……。はい、僕は僕のロマンを実現してみせます……!」
二人はがっしりと握手をして、お互いの健闘を祈った。
☆
「ユウ。先程話していた、あなたの夢とは何なのですか?」
彼は、おおよそ欲というものを表に出そうとしない性格だ。そんな人物が持つ夢とはどのような物なのだろうか。
「あー、あー、あれはその……。個人的な趣味の話です。なので秘密です」
何故か敬語で返された。
「あなたにはいつもお世話になっていますから、私にできることがあればお手伝いがしたいのですが……」
「……リリウムさんに相手をして貰えれば、すごく楽しいことになるだろうな。いや、冷静になれ僕。今はそれどころじゃない」
「???」
彼は額に手を当てて、妄念を振り払うように頭を振り、それっきり黙ってしまった。
☆
オレが趣味で磨いた技を、価値のあるものだと信じて受け継いでくれる奴が居る。
誰かに教える気なんざさらさら無かったんだがな。意外とどうして、悪い気はしなかった。
オメーが死んだらオレの教えが無駄になる。だから、死ぬんじゃないぞ。弟子一号。
長谷川マサキ
年齢:32
身長:175cm
体形:筋肉質
魔法:治療魔法、魔法薬作成
特技:観察眼、エロマッサージ
在野の魔法使い。非戦闘員。
治療魔法使いの家系の次男。家業は兄が継いだので、趣味に生きることにした。エロマッサージはロマン。
真面目ちゃん気取りのくせに性欲が強い女を、エロいこと大好きな女にするのが生き甲斐。
多くの女性と関係を持つ愛の伝道師だが、特定の誰かを特別視することはない。
驚異的な嗅覚で後腐れない関係を持てる女性を嗅ぎ分けて、そういう女性を主なターゲットにしている。
そのため、痴情のもつれでトラブルになったことがない。ユウ君はよく刺されないなこの人と思っている。
この世界において、戦闘の技術を持つ魔法使いは全体の一割にも満たない。
ほとんどは魔法を活かした職に就くか、魔法と関係の無い職に就くか、魔法関連の学者として生きる。
この人物は「魔法を活かした職に就く」に該当する。彼が提供する魔法のオイルマッサージは、予約が数ヶ月先まで埋まるほどの人気コース。合意があればヌルヌルなエロいサービスもする。
あえて血生臭い道を選ぶのは、そういう家系の人間か、ごく一部の変わり者だけである。