鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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壱話 上半身しかない猫が迷い込んだようです

 

 「あちゃあ……遅かった…」

 

 目の前の光景に私は溜め息を吐いた。

 「なゃあん」と猫が鳴く。まるで返事をするように。

 

 

 数分前に私は洗濯物を取り込み、それらを室内へと全て移動させた。

 中でもタオル、と呼ばれる西洋の手拭いは給水率がすごい上に手触りも良くて…干し終わったそれはとてもとても、罪深いほど心地の良いものだった。

 けれど、そんな良いものはかなり高価なのではと私は睨んでいる。けれど彼は値段を教えない上、私を気遣い……全くいけない人。

 汗ばみそうな頬を押さえ、ゆっくりまばたきをする。

 

 

 とにかくそんな、ふわふわの洗濯物らの暖かな熱と感触に惹かれたのだろう。

 家のどこからか私が部屋を出て目を離したほんのわずかな時間で猫達が集まりイタズラをしていたのだからため息の一つも出るというもの。

 

 とある猫は中へ潜り込み、とある猫は上に乗り…とある猫は我関せずとばかりに縁側で寝転んでいたが。

 

 

 「…もう。イタズラしちゃダメだからね」

 

 洗濯物の上で体を擦り付けていた小さな猫を抱えて退かす。抗議なのか「なぁん」と鳴かれる。

 中に潜っており、唯一見えている灰色のキジトラ模様の前足をトントンと指先で軽く叩けば、勢いよく引っ込む。

 

 その行動に対しどうしようもなく笑みがこぼれ落ちてしまう。

 ああ、なんて愛らしいんだろう。こんなイタズラをされても許してしまいそう。

 

 

 …でもそれはダメだ。自己嫌悪。

 洗濯したばかりなのに猫の毛まみれになった事はなあなあにしてはいけない、どっちにしろすぐに猫の毛まみれにはなるのだけれど。

 

 「ほら出ておい……あれ?」

 

 洗濯物を一枚、また一枚とめくっていけば灰色のの毛色と虎模様が現れる。

 暗闇にいた事で真ん丸だった瞳孔が細く変わり…それもまた愛らしいけれど、そうではなくて。

 

 

 ……この子は誰だろう?

 

 

 頭をよぎった考えと同時に首を傾げる。

 

 灰色のキジトラなら見慣れている。けれどその見慣れた顔と少し違う。

 目の大きさが、口の形が、ヒゲの長さが、模様だって全然違う。虎猫が一瞬の内に顔を変えたのでなければこの子は別猫だ。

 

 「猫ちゃん?どこから迷い込んできたのかな…?とにかく出ておいで」

 

 さらに一枚洗濯物を猫の上から退け、じっとこちらを見上げている大人しい猫の両脇の下に手をいれて抱き上げる。

 その体はなぜかとても軽くて。

 

 「よいしょっ、と……。……ぇっ」

 

 

 

 

 持ち上げたその猫には、お腹から下が何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 ** SCP-529 **

 

 

 

 

 

 

 玄関を出て直ぐの開けた場所で私は薪割りをしていた。

 パキン、と綺麗に割れた音が心地良い。

 

 横に重ねてある丸太と割られた木々の数々。触った感覚からして……残りはあと僅かだ。

 早く終わらせようと斧を構えた、その時だった。

 

 「ひゃわぁぁああ!?!」

 「!?」

 

 突如家の中から悲鳴が聞こえた、それもちょっとした驚きなどではない心の底からの声が。

 ひやりと嫌な気配が背中を走る。

 

 斧を切り株に突き立て、素早く玄関に移動する。

 扉の向こうからもバタバタと大きな足音を立てながらこっちに向かってきているのがわかる。

 

 なんだ、何があった。

 虫や蛇が出たなどではない、それだけではあんな悲鳴を上げないだろう。

 獰猛な獣の気配などは感じなかった、いくら薪割りをしていたとしてもそれくらいはわかる距離だった。

 

 ならば?

 

 

 「ぎっ、ぎ、行冥様!ま、迷い猫がすっぱりと半分で…!なのに、けれど、とても愛らしくてですね…!」

 

 扉を開け玄関に入れば廊下の向こうからやってきたまい子が勢いそのまま私の胸元の布地に震えた手ですがり付く。

 上がり框のおかげでいつもより身長差が近いためか、困惑しきっている気配とほんの僅かな距離を走ったとは思えない苦しげな息づかいが聞こえる。

 

 「とりあえず落ち着きなさいまい子」

 「ぁ、は…はい…」

 

言葉が支離滅裂で意味がわからない、そう暗に示し細い肩を掴み、鎮(しず)める。

 

 

 大きく呼吸を繰り返すまい子。

 …そうして十数秒後、乱れた呼吸が大分ましになってきた彼女が言葉を紡ぐ。

 

 「えっとですね、ねこ…一匹の猫ちゃんが迷い込んできていまして…」

 「猫?」

 「はい。その子は…なんと言えば良いですかね……えっと、その猫ちゃんは、お腹から後ろの足や尻尾等が何もないのです」

 

 その言葉を聞いて脳内に浮かんだのは血を滴らせながら必死に助けを求める姿だった。想像だけで哀れに感じ流れる涙はともかく、疑問が残る。

 その姿がいかに哀れだったからといって、あんな悲鳴をあげるだろうか?

 

 「…怪我をしているという事か?」

 「いえっ、血も出ていなくて。むしろ生きている事すら信じられないほどなのですが…しかし確かに元気に動いていまして」

 「………」

 

 追加の言葉を聞き不安な考えが一つ思い浮かぶ。

 

 まさかその猫……いや、猫の姿をした鬼なのでは、と。

 

 陽が沈むにはまだまだ早い、しかし雲などで遮られている間に行動をして室内へと入り込んでいたとしたら?

 油断を誘うため小動物の姿をしていたとした?

 そもそもその姿すら幻惑でない可能性がどれだけある?

 

 危険な可能性が微かでもあるのならば、私は微塵も油断しない。

 

 

 その"猫"がいる場所を確認し、玄関内に置いてある"仕事道具"を手に取れば戸惑いと怯えの気配が。

 

 「えっ、いやそんなまさか…」

 「陽が射しているのならば外に出ていなさい、私が声をかけるまで入ってこないように」

 「は、はい了解しました…部屋の中にはまだあの子達がいます!…あの…気を付けてください」

 

 私とあの子達、両方へと気遣う言葉を貰い廊下を進む。

 猫。山にある我が家。小さなその姿、逃してしまえば追うのも厳しいだろうが少なくとも陽が出ている今ならば。

 

 

 襖の前に立つ。

 開いたままだ、逃げていなければいいが…中にいる幾つかの音を発する存在に耳を傾けていれば……む?

 

 

 「……まい子!庭の方へ来てくれないか、陽の射さない軒下は通らないように」

 

 遠く玄関の外から了承の声がする。

 そして土と小さな小石を踏みしめる音と共に現れる気配。

 

 「行冥様!もう終わっ……あれ?」

 「…その庭先を掘っているのが、例のヤツだろうか?」

 「…そうですね、思いっきり陽の下にいますねぇ…」

 「むぅ…?」

 

 私たちの困惑する声をよそに、ザリザリと未だに"猫"は砂を掘っていた。部屋の中からは…怯えた気配も音もなく、のんびりとしている猫達の気配がする。

 一体どういう事なのだろうか……嗚呼、南無阿弥陀仏…

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 行冥様はこの猫が"鬼"なのではないかと思ったらしい。

 

 確かにお腹から下が無くなっているにも関わらず、生きて動いているこの猫の存在を伝えればそうなっても仕方ないのかもしれない。

 裁断されたかのような上半身と下半身との継ぎ目はどれだけ目を凝らしても何も見えない穴でしかなく。

 

 この猫は鬼の不思議な力、血鬼術を使い動いている存在と考える事も出来る。

 けれど陽の光をもろともせず、日輪刀と同じ素材で出来ている鎖にもじゃれついていた。血鬼術ならば苦手などちらにも全く問題なく。

 

 鬼であるならば被害を出さずにいる奇異な存在で……。…しかし鬼でないならばこの子は何なのだろうか。

 

 

 「あ…喉を鳴らしていますね」

 「確かに…なんと、南無猫愛らしい…!」

 

 あれから、今現在の出来事を軽くまとめると。

 土を掘っていた猫を私と行冥様、二人で見守っていれば掘るのを終えた猫ちゃんがこちらを見て鳴いた。

 そして足元に近付いて匂いを嗅いできたその体を持ち上げ、縁側へと置いたあと私も行冥様も縁側へと腰かける。

 

 その後猫ちゃんは軽く周りの匂いを嗅いだあと、私の足元を登り、膝枕の体制になったあとことりと体を崩した。

 まるで眠りにつこうとせんばかりに。

 

 

 そして額や耳裏、喉を撫で続けていればぐるぐると音を鳴らしてくる……この可愛らしい猫が悪いものとは到底思えない。

 …と、考えてしまうのは浅はかでしょうか。

 

 「この子もしやただの下半身がない、ただの猫なのではないですかね」

 「うむ、しかしそのような体で通常生きていけるはずが……」

 「しかしこうして動いていますし…」

 「……南無…?」

 

 我が家にも猫は何匹もいる。

 それらの子達はどこも欠けてはいないが元気だ、その猫達と同じように動くこの子も元気だ。

 ならば?この上ない特有だろうが、もしかして?……そう考えるのは邪道で間違いなのだが、でも否定する根拠もない。

 

 

 「そもそもどこから迷い込ん…だ、と……」

 「ん?どうしまし……えっ!?」

 

 お腹から下がすっぱりと切られたように無い、それは見たらわかる事。

 しかし見えない彼はどうだろうか。

 

 どれだけ口で伝えたところで実際触ってみなければどうなっているかわからないだろう。

 

 

 猫ちゃんを撫でていた行冥様の手が…確かめる為か、はたまた迷い込んだのかはわからないが手首から先がすっぽりと切れ目に収まっていた。まるで暗闇に導かれるかのように。

 

 

 「えっ、手が入るのですかそこッ!?」

 「…私は今どこに手を入れているのだ…」

 「猫ちゃんの…その、体の、中になるのですかね?」

 「……なるほど」

 

 そのまま行冥様は手を入れたまま、ゴソゴソと動かした。中を探っているのだろう。

 一応猫の様子を確認するも、苦しむ様子も行動もなくむしろ喉を鳴らし続けていてご機嫌に見える。

 

 「いかがです…?」

 「うむ。中々奥深く、緩やかに曲がっている所もあり…触り心地は悪くない」

 「不思議ですねぇ、体の中を触られて痛くないとは」

 

 苦しまないならその不思議な場所を私も触ってみたいと頭によぎる。

 しかし見えているからこその謎の恐怖が沸き上がり中々伝える事が出来なかった。そんな事を考えている内に。

 

 

 『ンニャッ、シャアッ!』

 「むっ!?」

 「あ、猫ちゃん!」

 

 急に猫が身をよじり、威嚇をしたあと物凄い勢いで膝から飛び降り庭先を駆け抜け塀を飛び越え出て行ってしまった。

 

 「……逃げてしまいました」

 「触りすぎて嫌がられてしまったのだろうか…嗚呼、南無阿弥陀仏…」

 

 ポロポロと涙を流す行冥様をなだめながら逃げていった庭先とその先の塀を見上げる。

 先ほどの動きは前足しかないとは思えない…まるで四本足全てがあるかのような動きで、後ろ足のみが地面に付いてるだろう時は空中に浮いていたのだから。

 

 

 ゾワリと、なんとも言い知れない感覚が背筋を走った。

 

 

 

 「なぁーん」

 「!」

 

 そんな飛びかけた意識が小さな掠れた声で呼び戻された。

 見れば寂しがりで甘えん坊な、我が家のキジトラ猫が鳴きながら廊下を歩いてきていた。

 

 呆気にとられていた私と、鳴き声で存在に気付き腕を伸ばした行冥様に体を擦り付けてくる。

 その可愛い行動で再び涙を流している行冥様につい笑ってしまう。

 

 

 …うん、先程の半身の猫と色合いは似ているけれどやっばり顔は似ていないなぁ。

 

 我が家の猫の方が可愛らしい。

 …と感じるのは、贔屓目だろうか。

 

 

 

 

 




 SCP-529 半身猫のジョーシー

 オブジェクトクラス:safe(まぁ安全)

 腹部から下が何もない猫。本人(猫)はあるかのように振る舞っている。
 切れ目は真っ黒な穴になっており何も見えない。触ると緩やかな曲線になっていることを確認出来る。触ると喜ばれるが触りすぎると怒る。
 危険性は特にない。可愛い。


 SCP-529 http://scp-jp.wikidot.com/scp-529

 著者:不明

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