鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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漆話 強引な販売員のようです(前編)

 

 「スマナイ迷惑ヲカケル…」

 「いえいえ、大丈夫ですよ。はいっ、折れた骨が動かないようかっちり止めましたので安静にしてくださいね」

 「代わりの鴉は時期に来る…治るまで短くとも数週間はあるだろう、ゆっくりしていなさい」

 

 首元の数珠を彼女が外し、折れている翼の部分に添え木をし包帯を巻き終わる頃には、小さな体をなおさら小さくしそうなほど鴉は落ち込んでいた。

 原因は他でもない、任務の途中での不慮の事故。誰が悪い訳でもなく、避ける事も出来なかったもの。

 

 そう慰めの言葉をかけても鴉の落ち込みは変わらない。

 私としては今まで良くやってくれたのだから少しの間の療養くらい良いと思うのだが。家ではなくどこか専用の病院などがあれば心持ちも違うだろうがないものは仕方ない。鬼殺隊にも薬学に強い人や施設があればいいのだが…

 

 「綺麗に折れているから何ヵ月もかかったりはしないだろう、それまで…この子達と遊んでいたらどうだ」

 「サスガニ今ノ吾輩デハ喰ワレテシマイソウダ」

 「…そうだな。そうかも知れぬ…」

 

 近くにいた伏せている白い猫の背中を撫で上げる。短い毛並みが心地いい。遊びが好きなこの子が燃え上がりその延長で襲い掛かったとしたら機動力の低い今の鴉では逃げれまい。

 弱肉強食…食物連鎖の並びで食しにかかったとしても罪はない。そうなってしまっては我ら誰にとっても良くない事ではあるが…南無。

 

 

 「そんな物騒な話は止めましょうよ、私がそうならないようちゃんと見守っていますから」

 「ソノ手間ガ申シ訳ナクテナ」

 「大した手間ではないですよ、とにかくお茶でも飲んで一息つきましょう」

 

 安らかな休息の為にお茶を一杯、元々用意をされていたおぼんの上に乗せられた湯呑みと急須が動かした事で軽くぶつかりコツリと小さな音をたてた。

 急須の中で蒸された茶が湯呑みへと注がれれば、室内に茶葉の良い香りが淡く広がり目元が弛む。

 

 「良い香りだな…」

 「そうですね、味も美味しいですし。けれど茶葉が残り少なくて…そろそろ買い足さないといけないかもしれません」

 「ふむ、ならば次町に行く時に…」

 

 

 「ジリリリリンッッッ」

 

 「!」

 「きゃあ!」

 

 突如鳴り響いた機械音のような甲高いもの。音量としてはそんなに大きくなくともいきなり鳴れば驚くだろう、体の跳ねに合わせて注いでいたお茶がこぼれても仕方ない。床とおぼんが濡れただけだ。

 

 そんな音を立てる機械など我が家にはない。なおかつ…聞こえた位置には鎹鴉がいて、その喉元から発せられる音?

 戸惑う私たちを意にも介さず、鎹鴉は甲高い音で鳴き続け……そして。

 

 

 『はじめまして!悲鳴嶼さんでいらっしゃいますね!前々からわたくし、悲鳴嶼さんのような方とお取り引きをしたかったのですが何分電話をお持ちないようであぐねいてましたが、こうした連絡手段を持っていらっしゃるとの事でこちらにご連絡をさせていただきました!』

 

 鎹鴉とは全く違う男の声で勢い良くまくし立て始めた。

 

 

 「…は?」

 

 

 

 ** SCP-1840-J **

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 聞いた事もない声。声色からして男性だろう。けれど…なぜそれが鎹鴉から聞こえてきたのだろう。

 

 電話…電話?電話というのは自働電話の事だよね多分。直接見た事はないけれど、確か電話というものは遠く離れた場所にいる人と話せるというものだったかな。

 その言い分ならば、鎹鴉も同じ事が出来る…出来ている…?よくわからない、わからなすぎて床を拭こうとした体勢のまま固まってしまっていた。

 

 「なに、どういう事だ…?」

 『わたくし悲鳴嶼さんの…そう!旦那さんや奥さんにおすすめでピッタリの品物を手にしているのですよ!こんな何もねえクソ辺鄙な…おっと失礼、自然に溢れた環境では手に入らない素晴らしい商品をご用意してますよ!』

 「鎹鴉の悪ふざけ…という訳ではなさそうだが」

 

 行冥様はさすが。落ち着いて状況の分析をしているけれど、そうしていて解決できるものなのかどうかはわからない。

 

 『今の時間は午後の落ち着いた時間のティータイムという所ですね!しかしそんな何の面白味もないマグカップではくつろげても楽しめはしませんね…そんな時にこそ!わたしくが紹介するマグカップがおすすめですよ!』

 「まぐかっぷ?…え、あ、湯呑みの事ですか」

 『そのマグカップはある時は縦縞模様、ある日はガラス、ある日は金物製…と材質や形が変化し見た目で楽しませます!そして何より手に持つだけであら不思議!勝手に飲み物が生成されるのです!ああ、これはなんて事だ!これ一つあれば面倒なお茶汲みなんてしなくてすみますよ、ねぇ奥さん!』

 「えっ、私?」

 

 行冥様の方を向き、微動だにせず話続けていたから私は特に気にもせずこぼした水拭きを終えて再度お茶汲みをやり直していた。

 なのに突然私の方へ向き、話しかけられれば鴉のおかしな様子に少しずつ慣れていたとしても驚く。奥さん、って私の事だよね?行冥様はどう見ても女性には見えないし。

 

 「えっと…私は行冥様に出すこの瞬間も好きですから大丈夫です…」

 「まい子、応答しなくて良い。 …鴉は鬼と関わらなかったと思っていたがいつの間にか血鬼術にやられてたのか」

 『とんでもない!妙な術などかかってませんよ、ただわたくしが電話をしているだけ!例え刃物を突き立てようと、頭と首を斬り離そうともそこに残るはこの体の死体のみだ!ああなんと残酷な!出来ることならこの体、うちの女房と変わってほしいぐらいだ!』

 「………」

 

 するりと腕で庇ってくれるような体勢になった行冥様。けれど気にせずものすごい勢いで喋り続ける鴉に対して行冥様は何も返さなかった。いや返せるような言葉はないというか……なんというか。

 私も行冥様も、あまりこの鴉越しの相手は得意ではないような気がする。例えどれだけ強い言葉を言おうとものらりくらりと交わしそうなこの相手は。

 

 思いきり顔をしかめた珍しい表情の行冥様を見て、鴉を見る。鴉は変わらず、機械のように喋り続けていた。

 

 

 『ああ、もしやまだ使える物は使おうという精神ですか。じゃぱにーず、モッタイナイ、ってやつですねぇ、いやぁこいつは失礼!ならば先ほど無くなると嘆いていた茶葉の方を進めるべきでした、うっかりうっかり!』

 「…茶葉?」

 『そう、飲んで美味しい、香って美味しい、ウチの犬も尻尾を振って庭先を駆け回って壁を無数の足で這いずり回るくらい大喜びする至高のお茶ですよ!しかもなんとそのお茶…これはビックリ!飲んでも飲んでも金属製の蓋を閉めればいくらでも補充可能!』

 

 この鴉の向こう側の彼はなんなのだろう。何をしたいのだろう。

 

 『そしてなんとなんと!ここからが重要ですよ…罪人は飲むと裁かれるという素晴らしいお茶なのです!ああ、なんてこったい!旦那さんが相手する鬼は頸を斬るしかないというのにこのお茶は飲むだけで裁かれてしまうなんて!」

 「………」

 『もちろん旦那さんや奥さん、貴方達は飲んでもなんでもないでしょう!いくら鬼となったとはいえ元人である頸を躊躇なく跳ばす旦那さんと、無意味な優しさで嫁入り前の顔に生涯消える事のない傷を残す奥さんのような人、デ、ッ!』

 

 鎹鴉の声が揺らぐ。

 瞬きをする一瞬の間に行冥様の大きな背中が私の目の前に広がっている。

 

 

 息を吐いて……行冥様が素早く動き、鎹鴉の首を大きな手で掴んでいるのだと気付く。鴉の細い首を縛り上げた事で声色が揺らいだのだと。びくびくと跳ねるその姿を見て、それは……やっていいような事ではない、のでは…!

 

 「…ぎっ、行冥様!?駄目です、鴉を…!」

 「……逃げられたか」

 「絞めては……え?」

 「……カァ……」

 

 慌てながらかける私の声を聞き流すように、行冥様は手を離しため息混じりの声で呟いた。その意味を理解し、鴉を見てみれば咳き込む事もなく小さく鳴く鴉の姿が。

 

 「え?えっ…」

 「スマナイ二人トモ…吾輩デハ止メラレナカッタ…」

 「構わぬ…お主のせいではない。仕方のない事だったのだろう…」

 「…電話が、終わったのですか」

 

 私では今の一瞬でどんな攻防があったのか把握できない。けれど唯一わかるのは理解の出来ない存在から彼は守ってくれたのだろうということ。

 私も鴉も、守られたのだと。

 

 「全くなんと奇想天外な事だ…すまなかった、苦しかったろう」

 「吾輩コソ止メラレレバ…サスレバアンナ残酷ナ事ヲオ主タチニハ…」

 

 こうべを垂らす鴉の小さな頭を指先で撫でる。猫達より小さなそれは漆黒の羽毛が艶やかでするりと撫で落ちる。何度か繰り返せば羽根と同じ色をした瞳が私を見上げてくる。

 

 「不可抗力でしょう。そんなに落ち込まないでください、私は平気ですから」

 「そうだ、お主のせいではない」

 

 行冥様の大きな手が私の頭に乗せられ、軽く滑らすように撫でられる。まるで今私が鴉にしていたように…励まされて、いる?

 見上げればはらはらと涙をこぼす彼と目が合う。………。

 

 

 「…もう、来なければ良いですね。電話が」

 「…そうだな。これで終わりであれば良い…」

 

 

 

 望んだそれは小さな願い。

 けれど、叶えられないのが世の常なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 あれから何度も"電話"は来た。そして様々な商品の紹介を受けた。

 それは様々な時間に。

 

 

 

 食事の最中、甘味の話をしていた時に。

 

 『いやぁ仲の良い会話ですね!甘くて甘くて溶けちゃいそうだ!そんなお二人の甘い時間に負けない甘ぁい商品がありますよ!食べても食べても、無くならない…大きく甘ぁいケーキ!いかがですか!

 たっぷり溢れる生クリームに新鮮みずみずしく甘いイチゴ、ふわふわ噛まなくとも溶けるスポンジ!一個満足なのに、明日になればあら不思議!全く同じケーキが現れる!購入したのは一個なのに!?そうこれは食べても減らないケー……え?ああ、そうですか』

 

 『蕩けるような甘さといえばチョコレート!…え、そうです貯古齢糖!実はチョコレートは媚薬にもなると言われてまして…おっとそんなのを口にし乱れた奥さんの姿を想像……ああ旦那さんそんな怖い顔をしないで!大丈夫奥さんとの絆は本物ですよ!

 さてさて、そんな媚薬になるというチョコレートを使った装置。チョコレート・ファウンテンはどうですか!金属を積み重ね山となったそれの一つのスイッチをポチりと押すだけ!無数のチョコレートが滝のように吹き出して、どこからなんて気にしないで大丈夫!浴びるように飲んでも何かにつけて、おっと奥さんに付けちゃあ……きゃー!旦那さん落ち着……ギァッ!』

 

 

 

 自室に戻った際に。

 

 『この沢山の本の量!何々、趣味の視写の為?いやあ愛されてらっしゃる!ウチの女房には花の一輪より離婚届の方を渡してしまうってのに!

 そしてそんな趣味に使うためのおすすめ商品がこちら!西洋の筆、鉛筆!それもただの鉛筆ではなく持つだけで鉛筆と心が通じ合い、最上のアドバイスが貰えます!するするっ、と画伯の絵が描けるかも!?これ一本あれば下手な絵なんておさらば!って事でお値段……え?…勿論、字も書けますよ。それより絵を……ああ、そうですか』

 

 『本を読んでいて、ああこんな素敵な世界に行ってみたい…そう思った事あるでしょう!ならばおすすめはこのブックスタンド!ええ、本を挟むものですよ!

 これの間にお好きな本を一冊挟めば…なんてこった!つい今まで読むしか出来なかった世界に入り込めているなんて!お好きなあの人と食事をしたり手助けをしたり…そうして親交を深めている内に感情は高ぶり、そして!……ああ、それより旦那さんの側にいたいと、そうですか』

 

 

 

 

 寝室で布団を整え、いただいた大事な大事な櫛で髪をとかしている時。

 

 『綺麗な櫛ですねぇ!ええっ、婚姻の櫛ですって!なんて素敵なんだ、うちの女房なんて櫛より串だ、バーベキューだ!なーんて!食べ物の方が喜ぶ喜ぶ!そんな櫛も良いですが、互いに指輪を付け合う…ってのも悪くないですよ!

 さあ、そんな指輪の一つは紫色のガラスのはまったスタイリッシュな金属製!はめるだけでものを浮かせたり変化させたり出来ますよ!例えばその櫛を黄金で出来た櫛に変えたりね!黄金で髪をとかすなんて無意味な事も出来るって事です!

 そしてもう一つは金で出来た指輪!これこそまさに結婚指輪そのもの!こんな黄金の輝きを指に持つものの言うことなんて絶対だ、例えばその手鏡はみずみずしい苺だと言えばみるみる内に美味しそうな苺になります!食べても手鏡ですから美味しくはなく口の中血まみれになるだけですがね!ハハハ!ですが、これを使えば人間も……えっ、指輪は大きさが合わな……ああ、そうですか』

 

 

 眠りにつくその時まで、眠りから覚めた朝一番、電話は時間を置いて何度も何度もかかってきた。

 そしてそのたびに何度も何度も断った。

 

 

 

 

 




 ─ 中編に続く

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