鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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・強引な販売員のようですの続きです。

・少しグロテスクな描写、嘔吐未遂描写があります。


捌話 仮面のようです(前編)

 

 

 

 両親姉弟を"何者"かに殺害され、唯一生き残ったのが彼女。その悲劇から時は経ち、今私達が住んでいる場所から離れた場所にある彼女の産まれいまや朽ちた生家と墓標には、体調との関係上中々出向く事は出来なかった。

 

 月命日。運良く多少時間がとれた私と彼女の体調が噛み合い、見舞いをする事が出来たその時。

 帰り道に予想外の夕立にあい、人気のない道を走りやっと見付けた朽ちかけた家の軒下に入り込み雨宿りを始めた……これは、そんな日の出来事の話。

 

 

 

 *

 

 

 

 「ひゃあ-、凄いですねまさかこんな急に降るなんて予想外でしたね…」

 

 ポタリポタリと髪の毛から滴り落ち顔を伝った水滴を手持ちの巾着から取り出した手拭いで拭う彼女、まい子。

 湿った匂いだけでなく肌に感じるほど降り始めた頃から羽織りを彼女に被せ、出来る限り濡れないようにしたもののそれでも間に合わないほどの凄まじい豪雨を彼女は浴びていた。勿論私も濡れはしたものの濡れ鼠にならなかったのは撥水性が強い隊服を着ていた他ない。

 表面上は未だ濡れているが内部にまでは染み込んでおらず、また表面もすぐに乾くだろう事がわかる。濡れたといえば防ぐ事の出来なかった髪の毛と顔くらいだが…

 

 「行冥様もう少し屈んでいただけませんか?」

 「ん…?ああ、私は大丈夫だから自身を拭きなさい」

 「私はもう拭ける限り拭きましたから」

 

 言われた通り膝を曲げ屈めば頬に触れる彼女の手拭いの感触。その真意に気付きやんわりと断る。多少濡れたくらいでは私は体調を崩したりしない、だが彼女はすぐに発熱してしまうかもしれない。

 

 「もっと拭いなさい…嗚呼、肌が冷えているではないか」

 「んっ、だ、大丈夫ですよ…そも行冥様が濡れないよう庇ってくれたではないですか…」

 

 細い髪の毛の一本一本、肌をつたう水滴のそれにさえ負けそうな弱い体。冷たい頬。体温を冷えきりさせる訳にはいかず、とにかく手拭いを受け取りそのまま拭う。多少抵抗されようとも特に問題もなく拭える限りまでやり尽くすまで私は何と言われようとも止めなかった。

 

 とれる限りの水分はとれた。出来る限りの事をし終えたと判断した後、手拭いを絞り私も拭う。下から軽い抗議の声が聞こえるが今ばかりは耳の遠いふりをする。

 

 「もう…いけない人……しかし夕立でしょうがまだ止みそうにないですね」

 「確かにこのままでは宜しくないな。家近くの町までたどり着いていれば銭湯にでも行けただろうが…ここらは私の担当区域外だ。詳しく知らないからな…」

 「家までまだまだありますからね」

 

 濡れた手拭いと私の羽織り、水分を絞れる限り絞り、背負い箱を下ろし入れる。濡れたものは私が持っておこう。

 …しかし濡れた部分を拭い、羽織りで防いだといえ彼女の着物は濡れているし、薄単衣だから中の襦袢すら濡れている可能性がある。そうであるとしたらいつまでもそれを着ている方が宜しくない。体温がいつまでたっても奪われるだけだ。

 

 平気か確認したところで意味がない、どうせ大丈夫だとしか言わないだろう。ならば……ああ、そうだ。それが良い。

 

 

 「まい子」

 「何でしょう行冥様」

 「全て服を脱ぎなさい」

 「……はい…?」

 

 ざり、と彼女が私から半歩後ろに下がったのが激しい雨音の中でも聞こえた。声色がなんというか…困惑を通り越し幻滅した不快に近いというか……あっ。

 

 「いやすまない言葉が足らなすぎた、何も裸になれと言う意味ではない!」

 「あ、はい……え、あ、の…どういう意味ですか?」

 

 途切れ途切れの声色が悲しい。この時見れぬ顔がもし見れたのならこの上なくいぶかしげな表情で私を見上げていただろう。

 言うにしてももう少し言い方があったろうが、私……嗚呼、南無阿弥陀仏…

 

 

 「濡れた衣服をいつまでも着ていれば風邪を引くだろうから脱いだ方が良い、という意味だ」

 「まぁそれはそうですが、着替えなど持っていないので……それこそ肌をさらす他ないですし…何も、は、その…」

 「私の隊服を羽織れば良い」

 「…えっ」

 

 ボタンを外し脱衣したそれを腕に持つ。私達の体格差であれば上着だけでまい子の体をすっぽりと覆えてしまうだろうから問題ないだろう。多少脚が出るかもしれないが…まぁ、そこら辺は人には見せないよう道を選んで帰れば良い。

 他人にそうそう肌など見せるものではない。それは私にとて同じ事。

 

 「そして着替えるのはこの空き家内なら大丈夫ではないだろうか。隊服ならば素肌の上からでもさほど違和感はないだろう…だが他人のを着るという不快感はあるだろうが我慢して欲しい」

 「えぇ…いや、そっ……」

 

 強い拒絶の言葉を言う前に隊服の上着をまい子へ渡す。慌てながらも落とさないように受け取り、深く困惑しながらも…胸元へと抱き込んだ。彼女が持つには大きいからな、そうやって持つのが楽だろう。そして…うん、その姿は愛らしい。

 私に対して何かを言おうとして口ごもり…小さな声で呻いている。抵抗の言葉だろうか、それを…伝えるかどうか悩んでいるのだろう。

 

 

 確かに恥ずかしい事は理解出来る、自宅ならまだしもこんな外れの空き家で着替え、まして大きさの合わない服一枚になるとは。誰に見られるという訳でもないが、そういう事ではないと理解できる。

 だが、それよりも。

 

 「…風邪を引く方が厄介ですし、行冥様のお膳立てを袖にする訳にはいきませんね」

 「む…?」

 「ありがたく着させていただきます、それに隊員でもない私が隊服を着れる絶好の機会ですしね」

 

 軽い笑い声と共に胸元に隊服を抱き寄せ、濡れてしまうと慌てて離す姿に私もつられて笑う。ここで断る事こそ逆に失礼と判断したのかもしれない…考えを押し付けて申し訳ない。

 入れる場所を探し、玄関へと軒下を移動する。一部穴の空いた場所から雨が漏れておりそれを避けた以外何もなく無事に到着する。

 

 「玄関に鍵は…かかっていないが、少しカビ臭い。あまり奥には行かないよう」

 「はい。埃も毒のある生物も気を付けないと駄目ですね」

 「それに建物内での倒壊がないとは言い切れない。私はここで待ってよう」

 「え、いえ中に入られた方が…風が吹くとここでも濡れますよ」

 「いや大丈夫だ」

 

 優しさで言ってくれているそれを断り、納得のいっていないだろうまい子を半ば強引に中に入れる。なあなあにしてはならない、そこはきっちりと線引きをしなければならない。

 

 「あ、行冥様扉は完全に閉めないでください!窓も閉めきられていて真っ暗で何も見えなくなってしまいます」

 「了解した、ならば…これだけ開けておこう」

 

 腐りかけた戸板をガタガタと動かし、光を取り込めるように半開きにする。空を見上げ聞けば未だ大粒の雨が降り続いていた。本当に夕立だろうか……あまり長く続くのは…

 室内に囲炉裏などがあればそこで暖まる事が出来るだろうが、あまり長居するのに向いていないほどこの家屋は朽ちている。かなり長い間人がいないのだろう。

 

 …雨に濡れ、体調を崩すだろうほど弱い。体が丈夫であれば鬼殺隊に入ろうとしていたが、その段階にも進めなかった彼女の真意を考えずの提案は不躾だったろうか。最適な行動であれど、正解であったかは…

 

 

 「ひゃぁああ!!」

 「!どうした!」

 

 話し相手がいなくなり思考がどつぼにはまりそうになってあた時、彼女の悲鳴を聞き扉を乱暴に開いて中に飛び込む。考えての行動ではなく衝動的な行動だった。もう少し冷静になれとの考えと悲鳴を聞き付ければ仕方ないとの考えが私の中で争う。

 そんな思考を更に乱すように彼女が私に抱き付いてくる。着物を脱ぎ、中の襦袢一枚になっているであろうそれはうっすら濡れており…着替えの提案を成功と失敗で揺らがせる。

 

 何かに怯え、体が震えている、何が起きた?ムカデでも落ちてきたのだろうか?

 

 「な、何か、大きな何かが奥で動いて…!」

 

 …獣か?猪か熊でも入り込み住みかにしていたのだろうか?獣臭は感じなかったが…しかしもしそうだとしたら下手な真似はしたくない、相手の領域に土足で踏み込んだのはこちらだ。

 私達の気配を感じたのか、奥の奥、彼女の目でも何も見えないだろう暗闇の中で確かに大きな何かが動く音がした。

 

 こちらから攻撃はしない、ただ襲い掛かられた際に無防備に受ける訳にもいかず彼女を背に隠しいつでも反撃出来るよう神経を研ぎ澄ませる。例え蜂一匹ばかりで飛び掛かってきたとしてすぐに叩き落とせるよう……

 

 

 『ああ、待ってください、別に危害を加えたい訳じゃない!』

 「!?!!」

 「え、え…人?……すみません!不法侵入をしてしまいまして!」

 『いやいやわたくしも貴方達と同じ雨宿りで入ってきた者ですので謝っていただくのは申し訳ない、大丈夫ですよ』

 

 ピリピリとした空気を壊すように奥から聞こえてきたのは何よりも想定外、若い男の声だった。軽い足音をたてながら男は奥からこちらへと歩いてきているようだった。

 男が暗がりからこちらへ、近くまで来た事でまい子の目にはその姿が確認できたらしい。普通に挨拶を交わそうとしていたが少しだけ驚きの声をあげて、私の裾を強くつかむ。

 

 「っ……ぁ、すみません…お面?…いえ、仮面ですか…?」

 『ええ、少し人様にお見せできない怪我を負ってまして。それはそれはひどいものが』

 「ああなるほど、なんて素晴らしい気遣いでしょうか」

 

 小さな手が私の裾から離れていく。前へ一歩踏み出した。まい子…?

 

 『お二人も雨宿りですよね?もう少ししたら止みそうですし、わたくしも近くの町へ行こうと思ってたんですが一緒にどうですか?』

 「それは良い考えです、きっと皆さん喜ばれると思いますよ」

 『それは良かった、ここらから一番大きな町はどちらですか?』

 「ここからだと███の町になります」

 「まい子!」

 

 男と話し続けていたまい子の肩をつかんで名を呼ぶ。つかんだ肩が微かに上がり、振り替えって私を見上げた事がわかる。彼女の一挙一動ならば事細かにわかる。勿論全てという訳ではないが…それでも今のは、何だ、何だ、どうなっている?

 なぜ理解出来ない話が進んでいる?なぜ話を続けれている?

 

 

 いや、そもそも。

 

 

 「先ほどから……"なに"と、話している…?」

 

 

 

 近くにいるのだから、姿形が通常なら"見え"る場所にいる何者かの、気配すら何も感じていない。

 人の、人間の、生き物の気配すら何も感じない。

 

 

 首筋の後ろに冷ややかな戦慄が走り続けている。

 

 

 まるで声だけが無から産み出されているようだ。

 

 これは、なんだ。

 

 

 

 

 

 ** SCP-035 **

 

 

 

 

 




 ─ 後編に続く
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