鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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捌話 仮面のようです(後編)

 

 

 

 行冥様から言われている意味がわからなかった。

 

 首をかしげ、どういう意味なのかと問えば明確な答えは返ってこない。二、三言われた言葉も理解できなかった。

 

 

 なに、とは何の事だろう?彼は████なのに。とても素敵な笑顔をしているのに。

 人でない、とは何?彼は████の███だから████だけど…どうしたのだろう?

 

 

 『おや彼は……もしやわたくしが見えてないのですか?』

 「はい、行冥様は目が不自由でして…それでも関係なくとても素敵な方なのですよ!」

 『盲目でしたか、なるほどどうりで……それも、その特殊な布地……ああ、なるほど。鬼殺隊、とは貴方たちの事ですね』

 「!!…まさか、お前は鬼…血鬼術で作られたものか…!」

 

 構える行冥様は本当に素敵な人、頼りになって、愛おしくて……ああ、盲目だけども████の言う通り鬼殺隊の柱として人々を救っているこの上ない優しい人だ。

 彼のためなら私はなんでも出来る、死んでも良い。死んでも、ああ、そうだ、死んでも良い。死んでしまおうか。

 

 『いえいえ、わたくしは違います。あんなか弱くたかだか陽に当たった程度で死ぬような生物と一緒に……おっと。とにかく違いますよ、証拠として雨が上がった際に陽の下に出ても構いません』

 「…鬼ではない、とでも?」

 『勿論です!むしろ鬼の始祖、鬼舞辻無惨には興味はあります。陽の光に弱いという弱点はあれど回復力は……。まぁ、とにかくわたくしは鬼でもなく、鬼を狩る者でもないですね』

 「名を……鬼ではないのか」

 

 ████の言葉を行冥様は静かに聞いていた。眉をしかめた顔も素敵…普段全く怒る事をしない彼がそんな表情を浮かべているだけで幸せで、とろけて、死んでしまいそう。ああ、そうだ、死んでしまおう。

 愛おしくて恋しくてたまらなくなり、彼にもたれかかれば邪魔になるだろうに片腕で抱き寄せてくれる。ああ、好き…好きです、愛おしい……このまま死んでしまいたい。

 彼に感情のまま抱きつけば、片腕できちんと抱き締めてくれる。ああ、優しい。

 

 「……何者だ、山の妖(あやかし)か?まい子を、私をどうする気だ」

 『とんでもない!わたくしはただただ、貴方達と同じく雨宿りをしていた、それだけですよ。ああ、ほら。服を置きっぱなしになっています、返しますよ』

 「あ……申し訳ないです…お手数を…」

 

 ████が土間から上がった、床に置いていた行冥様の隊服の上着を手に取る。私が着るためにまず着物の脱いでいた時そこに置いたものを████はつかみ、胸元へと持ち上げ知らせてきた。

 彼の仮面の目や口部分から当然のようにボタボタと水滴が、液体がこぼれおちる。当たり前だ、それはそのまま仮面を伝い隊服へと落ちる。それも仕方ない。

 

 

 それを受けとるために近寄り、腕を伸ばす。行冥様が止めようとしてきたけれど、何を止めなければならない事があるだろうか、服を受けとるだけ。それも彼の服だ。

 

 ████から隊服を受け取り、そのまま胸元に抱こうとする。あれ、記憶の中では濡れていなかったはず隊服が、ドロリと、なんだかぬめっていた。それが布地と私の手を覆う。

 

 

 

 『みすぼらしく哀れだからこそ可愛らしい、愚かな貴方に祝福を』

 

 

 

 ████がぽつりと呟く。

 

 

 

 瞬間、チリリと左手に激しい火を押し付けられたような気がした。

 

 何事かと見る間もなく、弾け飛ぶほどの衝撃が左手の指を執念に、瞬きをするような一瞬で焼き尽くした。

 

 

 「ぁ、あ、ああぁああああ!!!」

 

 「!?まい子!?」

 

 喉がちぎれそうなほどの音量で声を上げるのを止められない、どうしようもない痛みが神経を刺激し勝手に言葉が、悲鳴が飛び出す。

 ジウジウと何かが沸騰するような音が微かに鳴り猪肉を焼いたときのような生臭いニオイが鼻孔をつき、べしゃりと液体混じりの何かが足元に垂れ落ちた。

 

 

 『おや?どうし…』

 「触れるな!!」

 

 鈍い大きな衝突音と共に奥の壁を壊し勢いよく何かが当たった、のだろう。目の前が見えない、よく見えない…赤黒くて、ぼやけて…

 

 「!」

 

 瞬間強い腹部の圧迫と目の前が激しく後ろへと動いて、破壊音と共に景色が室内からポツポツとほぼ止みかけのわずかな雨が降る室外の地面へ……!

 

 

 「い、ぅ…!」

 「すまない乱暴したな」

 

 混乱間もなく激しい痛みが身を焦がす。押さえようと身もだえれば彼が、行冥様が抱き抱えた体勢のままねぎらってくれ……優し…あ、ああ。そ、う。

 

 彼が、行冥様こそが……優し、い……ああ、私は今まで何を…?

 

 

 視界の赤黒く点滅するそれは痛みのため、ぼやけるのは痛みの涙が溢れているため。けれどそれとは別に頭の中で渦巻いていたドロリとした重たい思考が抜けていく。

 目の前にいた仮面の彼を慕う気持ちも、世界を呪い死の世界へ激しくまとわりつく望みも…そもそも████の事は、どうやって知った?

 

 

 私は、何を考えていた?まるで何かに操られていたかのような…

 

 

 「まい子、痛いだろうが何とかこらえて教えてほしい、傷はどうなっている」

 「…ぁ……ッ!」

 

 行冥様は私を抱えていた手を離し、体勢を整え家屋を真っ直ぐ睨み付けたまま訊ねてくる。

 

 色々な状況が徐々にわかってきた。彼は恐らく私を抱え、背後に勢いよく飛びはね背中で扉を破壊し外へと飛び出たのだろうと。片方の草履が無いのは…仮面の彼を蹴り飛ばした、のだろう。その時に脱げたか、脱いだか。

 

 

 訊ねられた、未だに激しい痛みを持続させ続けている傷を、左手の傷を確認しようとして、息をのんだ。

 想像なんてした事もなかった。

 

 「…ッ、左、手首…!」

 

 産まれてからずっと共に育ってきた、利き腕の手が…無くなっている。

 有るはずの重みはなくなり、変わりにやってきたのはジグジグと肉を溶かし続ける謎の液体。それが、未だに腕をひどく侵しながら、こちらに向かって侵略してきていた。

 

 ああ、ああそんな、先ほど滴り落ちたのは、私の手…!?…痛い。こんな!自覚した途端ますます痛みが増幅する、骨が見え肉が永久的に腐り溶け落ち続ける痛みなんて味わった事…!冗談じゃない、痛い。痛い。

 

 「ぐ、ぅ…!」

 

 痛みをこらえるため歯を強く食い縛ればギリリとにぶい音が鳴った。まだ無事な二の腕あたりを強く強く握りしめ、痛みをごまかす。それでもこのままではいずれこの部分も…

 

 グジグジの液体の隙間から体内の赤色と黄色の断面図が、綺麗な白色が覗き、心臓が脈打つ度に激しく痛み続けている。

 これだけの傷なのに血はわずかに垂れるだけの少なさで、実際に見ないと、痛みがないと……利き腕が無くなっているなんて信じられなかった。

 

 徐々に溶けてきた腕の一部が再び、べしゃりと地面に落ちた。

 

 

 「…手首…いえ、もう少し上から、先が無くなってます……ぃ、づ!…それも未だ激しく爛れ続け、どんどん侵食するよう上へと…このまま、だと……」

 「………。…すまない、むごい事を言うが」

 「行冥様、腕を切り落としていただけませんか」

 「!」

 

 爛れ続けるそれは、すぐに肘を越え二の腕、肩、首と来るだろう。そうなってしまっては……その前で食い止めねば。

 痛みで流れる涙と脂汗は止められなくとも、腕を無くす決断は素早く決めれた。入る資格すら持てなかったけど、鬼殺隊員ならば…そうするだろう。出来るだろう。

 私の力では切り落とすなんて到底不可能だから、彼に役目を押し付けるしかないのは申し訳ないけれど。

 

 「……。…ああ、しかし……む?」

 「…?どうし、まっ!?」

 

 私の言葉に目を細め、一筋の涙をこぼして了承してくれた…と思った途端。行冥様の両腕が私の胸元の襦袢を掴み、力付くで引きちぎった。

 繊維が破れるビーッとの音が妙にゆっくり聞こえその一瞬、痛みも何もかも訳がわからなくなった。

 

 「…え?」

 「…駄目だ、それでは間に合わない」

 「……ぁ、そんなっ…」

 

 引きちぎられ投げ捨てられた襦袢に目をやればそこにも例の謎の液体が。さらし出された胸元を見下ろせば大きなホクロ程度だけども確かに液体が胸元に付着し、ジグジグと周りを、体内を溶かそうとしていた。

 腕のが強すぎてこちらの痛みに気付かなかった…そうか、あの時の私は抱き寄せたのだった。こちらに着いていてもおかしくはない。

 

 ならばここも皮膚ごと…いや、でも心臓が近すぎる。自発的に切り離した場合の血がどうなるかはわからないし、こんな道端でやっていい事じゃない。

 呼吸も使えない私では、血が止められない。

 

 それに万一行冥様に液体が移る可能性を考えるのなら……もはやこのまま受け入れるのが、最善なのでは?

 

 

 「行冥さ…」

 「!そうか、すまないもう少しこらえて欲しい」

 

 言うが早く、目の前から行冥様が消える。足音すらないそれを追う事は普段は出来ないけれど、雨降りで地面に水溜まりが出来ていた今なら終えた。

 行冥様は家屋の中へ戻っていった。

 

 …なぜ、またあの中へ。確認?仮面の彼がどうなったか…とか?

 

 

 ほどなく行冥様は再び音もなく戻ってきた。その手には彼の隊服と私の着物を持っていて……え?もしかしてそれを取りに?隊服にはあの肉を溶かし続ける液体が付いているのに!?

 

 「ぎっ、行冥様!手は無事ですか、怪我、痛みなどは…!」

 「大丈夫だ、接触部分も最低限にした。これが必要だったのでな」

 

 私に脱いだ着物をかけ、隊服の胸元のポケットから小さな何かを取り出し地面に投げ捨てる。私のように愚かにも触れるような真似はしていないようだ、流石です。

 しかし胸元に入れていた、それは一体……いや、その大きさで入れていたとすれば数は限られ…?

 

 

 大きな手で小さな箱のようなものを開き、中に入れていた何かを取り出……あ。

 激痛が絶えない左肘辺りと左乳房の奥が激しく痛み、頭と耳に爆音で鳴り響く心音の中、その正体を思い出した……と同時に。

 

 

 「飲み込め、早く!」

 「ンぐッ!?」

 

 力付くで口を開けられ、中に小さな固形物を持った指を奥まで勢いよく突っ込まれる。いささか乱暴な口調と共に喉の奥に当たるまで深く入った指が例のそれを投げ込み、引き抜きそのまま顎ごと押さえ込まれる。

 

 「ぅ、ぶ、ッ!」

 「重ね重ね横暴ですまない、だが吐かずそのまま飲み込むんだ…!」

 

 喉に大きな異物が当たった事での体の反射で体内が波打ち、吐き出そうと軽い嘔吐の反応をしていた。しかし無理矢理に閉じられた口と、彼の行動を理解して何度も口内の空気飲み込んだ事でそれはなんとか抑えられて……

 衝動が落ち着いた事を知らせるために、右手で軽く彼の手を叩いた。ゆっくりと離されたそれは少し私の涎で濡れていて…確かに水は無いけれどそんな事をしなくとも大人しく飲んだのに、とは言わず右袖の襦袢を使いその指をぬぐった。行冥様が必死に、助けてくれた事は心で理解していたから。

 

 

 「あ…ありがとう、ございます……例のあの、薬ですよね」

 「ああ、すまない。販売員の言う事を信じれるならば、その腕も治るらしいが……しかしもう少し早く気付いていれば苦しみも短くさせれたろうに…」

 「とんでもない!私はもう駄目かと思っていたので……本当にありがとうございました……」

 

 薬を飲んだからといって、腕がにょきにょきと生えてくるわけでも痛みが全くなくなる訳でもない。謎の液体は未だ皮膚に付着し続けておりジグジグと痛み続けるそれと…まだしばらく付き合うしかないのだろう。

 それでも、希望は見えている。意識が飛びそうだった痛みが歯を食いしばるような痛みに変化したから。…痛いのはまだまだ全然痛いけれど。

 

 でも、そんな事ばかり考えてる場合ではない。気になる事は沢山ある。雨はいつの間にか止んでいてたけれどこんな泥にまみれた地面に座り込んでいていいものじゃない、傷じゃない。

 

 

 家屋を見る。最初は空き家と思っていた。けれど…いや空き家ではあったが、中にいたのは毒を持つ生物や獣なんかよりよっぽど怖い人だった。あれほどくっきりと死の警告を目の前に突き付けられ、死神に肩を掴まれる距離まで来られてしまう事になるとは。

 

 「彼は…仮面の彼はどうなったのでしょう。行冥様蹴り飛ばしました…よね?」

 「うむ。奴が危害を加えてきた事は間違いと判断し、骨を折る気で脇腹を蹴り飛ばしたのだ」

 「…うわぁ、それはそれは…」

 

 一番気になるのは謎でしかない仮面の人。謎の洗脳能力を持ち謎の液体を仮面の目と口の部分から垂れ流し続け、恐らく悪意を持って私を傷付けた人。最後に見たのは痛みの中、吹っ飛ばされる姿だったと思うけれど…彼に訊ねれば結構むごい話をされてしまった。

 巨木でもへし折れるほど強い、行冥様の蹴りを食らって無事でいるとは思えない。事実飛ばされた先で壁を壊すほどの破壊力を持っていたし…今の私なんかよりよっぽど重傷なのではないだろうか。

 

 「だ、大丈夫でしょうか。医者か何かに見せた方が…」

 「いやもう関わるのはよした方が良い。まい子の怪我も治るとしてそのままにはしておけない、何より全速力で帰還に徹するべきだ」

 「確かに私のこの傷をお医者さんに見せると厄介な事になりそうですね…しかし彼は、お腹の骨が折れるならば動けないでしょうし内臓とかも…」

 

 いえそもそも行冥様片足素足ですし、帰るといっても……そんな心配は「私なら問題ない、平気だ」の一言で一蹴(いっしゅう)される。

 何だか妙に冷ややかな行冥様の反応に少し戸惑う。確かに悪意しかなかったろう、私は殺されかけたろう。けれど根本的に見捨てるというか、離れようとしているそれに違和感を覚える。

 

 ズキリと、今は無いはずの左手が痛んだのが答えかもしれない。嫌な予感がしてきた。

 

 

 「……これ以上怯えさせたくないと思ったから言わずにおこうと思ったが」

 「え、怖い話ですか…?」

 

 私を見下ろす目付きはかなり鋭く。

 

  

 「……骨を折る気で蹴り飛ばした、あの体の感触は……人体ではなく、木材のようだった」

 「………」

 

 

 仮面の彼を思い出そうとした。人らしい所を、一部を、人間である証明を。

 けれどいくら思い出そうにも脳内に浮かんでくるのは暗がりにぽつねんと浮かび上がる満面の笑みの仮面のみ。着ていた着物の柄も、そもそも痩せていたのか太っていたのか背は高かったのか低かったのか、どんな体格だったかすら思い出せなかった。

 

 

 仮面だけ。思い出せるのはそれと、死へと招かれた甘苦い欲求だけ。

 まるでその仮面が本人、本体だといわんばかりに。

 

 

 …雨に濡れた着物を娼婦より肌をさらしている上から羽織っているせいだろうか。鳥肌が止まらない、寒い。

 丈夫な隊服が液体に溶かされ、布の切れ端のように小さくなっている。あの、行冥様の服が。大きさが。こんなにも早くドロドロに。

 

 

 「人でも鬼でもないものと、人体を隊服をここまで無残に出来るようなものに、これ以上関わる気はない。関わるべきではない。取り留めれた命を大事にするべきだ」

 「そ、うですね……実は腕が未だ痛くて痛くてたまらないのです、早く帰りたいです…」

 「嗚呼…そうだな、早く我が家へ帰ろう。辿り着くまでに少しでも良くなっていればいいが」

 

 利き腕が無い私では彼に抱き付くのは難しい。それで軽々と抱き上げられ固定されれば微動だにせず、移動での振動を感じる事なく帰れるだろう。

 それでも荷物を背負い走り出した彼に右手だけで思い切りしがみつく。

 

 

 

 振り返り家屋を確認する事は一度もしなかった。人気を避けつつ、一般の方には到底目に見えない早さで彼は駆け抜けていた。

 

 家へとたどり着いた時には謎の液体は全て無くなり、痛みも多少薄れていた。

 

 

 そうして全ての指が元通り生え揃うまで数日間様々な不便を感じれど生きれているのを実感出来た、それだけで何よりも充分。

 

 

 

 

 

 




 SCP-035 取り憑くマスク

 オブジェクトクラス:Keter(本気でヤバい)

 035に近寄る、もしくは直接見た場合「顔につけたい」という衝動を感じる。
 人間、死体、マネキンのような人型生物に憑りつき、生きた人間の場合被った瞬間に脳死をさせ、精神を035が乗っ取る。憑りつかれた肉体はかなりの速度で衰弱し、ミイラのようになる。
 035はかなりの知性を持つドS、で言葉だけで自殺に追い込んだり、操り人形のようにしてしまう。
 目と口からなんでも腐食させる液体を無限に生み出している。そのため憑りついた人間やマネキンを溶かすため、腐食に負けない強い体を探している。

 年々腐食液の力が強くなり、もっとも腐敗しなかった素材で作られた封じ込めるスペースを溶かし続けており、あと一週間で壊れてしまう。
  
 

 500は死んでなければ治すけれど、一瞬で治す薬じゃない。まい子の手は五日で全て生え、一週間で痛みがなくなりました。






SCP-035 http://scp-jp.wikidot.com/scp-035

著者:Kain Pathos Crow 様

この作品はCC BY-SA 3.0ライセンスの下に公開されています。
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