・今回複数の猫が入り乱れている為、わかりやすくするため猫の名前描写があります。今回だけです。
白猫 → 餅汰(もちた)
灰色キジトラ猫 → 虎之助(とらのすけ)
小さな茶白猫 → 小豆(あずき)
黒猫 → 月美(つきみ)
太陽が登り始め、目覚めた人々が動き出し少しずつ騒がしくなる時間帯。町から離れ、騒がしさの気配もない我が家の玄関扉を開き戻った旨を伝える為声を上げれば奥からハタハタと足音が聞こえてくる。
「お帰りなさいませ行冥様!お怪我などはされてませんか」
「うむ、平気だから走らなくて良い。今戻ったまい子…そして虎之助」
上がり框をまたぎ、廊下に足を進めて彼女の動きを静止させる。そして挨拶を交わしていればふくらはぎ辺りに擦りついてくる柔らかいものが。
しゃがみ込み手を出せばこちらにも顔を擦り付けてくる。この毛並みといい撫でられる事に貪欲な姿勢といい大きさといい…何より必ず出迎えてくれるこの猫は間違いなく虎之助だ。
少し乱暴に感じるほどの強さで撫で回していればゴロゴロと機嫌の良い音が聞こえてくる。
「あ、もう一人来ましたよ。ゆっくりですが」
「?………餅汰か、珍し……む、なんと可愛らしい…」
彼女の言葉の通り座った体勢で待っていればもう一匹猫がゆっくりと近付いてきた。虎之助と違い鼻先を近付け匂いを嗅いできたその頭を撫でれば匂いをつけるかのように擦りあげてくる。
一番の気まぐれで出迎え自体滅多にしてこない猫の甘え方についこぼれる涙。その感情のまま抱き上げようとすれば全力で暴れられて廊下の奥へと逃げられる。それもまた愛らしい…
「ふふ、今起きてる二人が出迎えてくれたようです」
「そうか嬉しい限りだ…何か変わった事はなかったか?」
「んーそう、ですね……あ、夜中家の周りに猪が来ていたようです、声がしてましたね」
「そうか後で問題がないか確認しておこう」
餅汰を構っていた為に虎之助は私達の戯れに笑っていた彼女の元へ向かい、足元にじゃれついているようだった。そんな気分屋な所もまた愛らしい。
そして立ち上がり廊下を歩いていけば隊服から着替えるか確認されるが、昼の食事を済ませた後鍛練を積む事を考えていた為に丁重に断る。
それまで時間がある、普段任せっぱなしにしている家の事を何かしようか。
「ええっ、大丈夫ですよ!休まれていてください」
「南無気にしなくていい…私がやりたいのだから」
「んん…そうですか…?」
襖を開き背負っていた武器を部屋の隅に降ろし、手伝いを申し出る。普段任せているものをいきなり勝手にすれば手助けどころか邪魔にしかならない、だから彼女が望む事をしよう。申し訳ないが何もせず大人しくしておくという望みは断るが。
手を貸して片付けなどの時間だけとられるものが素早く終われば、ゆったりと二人語れる時間が作れる…良き事だろう?
いつの間にかいなくなってしまった虎之助の気配を軽く探している内に彼女の中で何らかの結論が出たらしい。小さな「あっ」との思い付きの声と共に乾いた手のひら同士を合わせ叩いた音がした。
「そうです、箪笥の裏を掃除したいので動かして貰えますか?」
「ああ勿論、ならば上部の掃除もしよう…」
「あ、流石です私では台に乗っても届かないので…任せてもよろしいですか?でも本格的な家中の掃除はまた今度にしましょう」
「そうだな、そう遠くない時に時間がとれるだろうからまたその時に…」
『ねえ、もっとボクと遊ぼうよ』
「「!!」」
体が反射的に固まった。
突如聞こえてきた声。それはあまりに近く…まるで耳元でささやくかのように、頭の中で響いたのだから。
まい子ではない、勿論私でもない。声色が私達とは全く違うのだから。それは…その声は。
「…子供…幼い男の子のような声がしませんでしたか…?」
「…ああ私も聞こえた。……どうやら聞き間違いではないようだな」
本来聞こえる筈がないもの。いるはずのない存在の声。子供など…いるはずがない。この家に。近くに。子供、が。
それも、どのような状況になればこんな人里離れた我が家に子供が現れ、遊びに来るというのか。
何らかの事情で隊員の誰かが私を直接訪ねてきたとして、その内容として喋ったのは支離滅裂でおかしすぎる。そもそも頭の中に直接話しかけてくるような存在が普通の人間である訳がない。
「と、なれば……」
「こんな朝早くからお化けですか…!」
「おっと!……そうと決まった訳ではないが…まぁ確認すべきだ」
「うう、ですよねぇ」
腹部にそれなりの衝撃。それは勢いよくぶつかってきたまい子の頭だろう。隊服を掴み、あの子達のように擦りついてくるがあの子達と違い甘えているのではなくそれは怯えているから。
その背を抱くように抱え込み励ましながら軽く叩く。それを続けていれば少しずつこわばっていた体から力が抜けていく。
そしてその声の正体の確認の為に歩きだした私の左斜め後ろにまい子はピタリとくっつき、腰辺りの服を強く握りしめて着いて来ていた。
「怖いのならば逆の方へ逃げていたらどうだ?」
「お化けがいるかもしれないのに一人でいるのも怖いから嫌です、行冥様の傍にいた方が安心ですから!」
「そ、うか……危険ではない事を祈ろう…南無…」
ブンブンと裾を掴んだまま大きく振り回す彼女の声は震えている。怖がっているのだろう……どんなものでも守るつもりだが、いざとなれば真っ先に逃がそう。
頭の中に直接聞こえるというのに相手がいる方向がなんとなくわかる、何度か聞こえたその声に向かって歩いていけば陽当たりの良い、猫達の遊び場となっている部屋にたどり着く。
猫がいつでも通れるように少し開けている襖に手をかけ、開く。まい子も後ろから恐る恐る覗いているのだろう。
室内には人の気配も、鬼と対峙した時の嫌な気配もない。気配や物音からして中にいるのは…
「あれみんなここに集まっ……あれ?」
「どうした?」
「ひい、ふう……一人…猫が一匹多いですね」
「……猫」
そう、猫だけだ。中にいるのは。少なくとも私が気配としてわかる、生き物は。
我が家に常にいる家族の猫は四匹、四人。先ほど出迎えてくれたのと、寝ていた二人。たまに迷い込んで来たり食事をねだる為か野良猫が平然といたりするが、その類いだろうか?
謎の声の事はひとまず置いといて…増えた猫をまず確認しておこう。他の猫達と相性を調べ追い出すか、受け入れるか考えなければ。
「どのような猫だ?」
「毛の長い黒猫ですね、月美に似てます。しかしかなり大きく…虎より一回り大きいので
「なるほど…」
黒猫…月美と同じ黒猫か、月美もいつの間にか迷い込み、そのまま居座った猫なのだから黒猫はそういうのが多いのだろうか。しかし一番大きな虎之助より大きいとは…毛の長さで誤魔化されているだけで意外と小さいかもしれないが。
そして彼女の説明で、その黒猫に対峙しているのは餅汰と一番体の小さな小豆だと知る。虎之助はまるで疲れきっているかのように隅で寝そべり、月美は伏せた姿で他の猫達を見ているという。
威嚇の声は聞こえない。しかし警戒しているのか、寝そべっている虎之助以外誰も黒猫から目を離さないらしい。
その様子を考え…どう贔屓目に見ても。
「相性駄目ですねぇ、何だか険悪な雰囲気です」
言葉に出さずとも頷く事で同意する。会う機会を重ねていけば慣れるかもしれないが、子猫の時から受け入れられていた小豆や初めから他猫の戸惑いに構わず堂々と居座り続けた月美とは場合が違う。
まい子が私の後ろからするりと抜け出し、猫達の見合っている場に入っていく。まい子は猫に好かれる人のようで初めて合う野良猫ですら問題なく撫で回せる。
だから、今回も。
「よしよし…あ、毛並みが良いですね。飼い猫ではないと思いますが…ずいぶんと大人しいです」
まい子が猫の首辺りを、背を撫でても抵抗はせずむしろ受け入れるとばかりに小さく鳴いた。座ったまい子の横に片膝を立てて座り、その背を撫でる。確かにかなり大きな猫だ、我が家の猫達なら何らかの攻撃されたならば体格で押しきられるだろう。
「ふむ、悪気はないのだろうがこのままではいけないな。せめて他の部屋に移して縄張り外に…」
『優しい。ねえ一緒に遊ぼうよ』
はさっ
「出し……は?」
再び先ほどの頭に響く謎の声と共に、隣から布生地を落としたような音がした。音に疑問を覚える前にまい子がいるだろう場所に手を伸ばしても空を切る。
理解できなく一瞬漂った手が床の上に積み重なっている着物に気付く。
……これは、この手触りは彼女が着ていた花柄の着物だ。そう身に付けていた着物だけ。……中身はどこにいった?
「なっ、まい子!?」
「 ぁ、にゃあ!」
「……??」
突如消失したとしか思えないその現象に困惑し、彼女を呼ぶ。呼んでどこからでも良い、返事を返してくれれば…そして持ち上げようとした着物の中で何かがモゾリと動き、めくればなんだか聞き慣れた、そして初めて聞く声が。
その声の正体に触れれば案の定、猫。大きさは小柄、小豆と変わらないくらいだろう。毛の長さは月美と似たような長さで、さらりと柔らかい。
また現れた新しい猫。その猫はバタバタと暴れ、大声で鳴きながら私の手を肉球のある手で力一杯叩いていた。爪を立てていないそれは全く痛くもなく、攻撃と言うよりまるで何かの抗議か警告をするかの……
「まさか……まい子か!?」
「にゃぁん!にゃっ」
「一体何でこん…」
『わあ、キミ大きい。ねえキミもボクと遊ぼうよ』
はさりっ
頭によぎったあり得るはずがない出来事、それを常識が否定する前に口から猫相手に質問を投げ掛けてしまった。
普通ならば否定どころか会話が成り立つはずもない相手がおもいきり肯定するように鳴き、更に何かを訴えるように手を叩きながら鳴いていた。
そして再び聞こえた声と共に謎の浮遊感。頭がかき混ぜられたような原因不明の眩暈で座る事すら辛くなる。
歯を食い縛り一瞬だけ目を閉じ、すぐに見えはしなくとも目を開ける。そして…現状把握をしようとして、戸惑った。
なんだ…?室内が異様なほどかなり広く感じる、天井が遥か高い場所移動にしたかのように。そんな馬鹿な、しかし…
それに音もいつもより詳細に、大分遠い場所まで聞こえるようになって…?
「行冥様!ああ、間に合わなかった…!」
「…まい子?無事……。……」
「貴方だけでも逃がせれれば…そう思ったんですが…!」
すぐ隣、いつもとなんら変わらない位置から聞こえてきた慌てた様子のまい子の声。先ほど原因不明にどこかへ瞬時に行ってしまったその姿を確認しようと手を伸ばそうとして……どうしようもなく感じる違和感。
指が動かない、いや動くがなにか違う。もう片方の手で確認すれば毛むくじゃらの手に触れる。ここまで毛深い腕だったか私の手は。
胸元にまい子の頭、だろうものが触れる。だが胸元も毛で覆われその感触を直接感じない。そもそもなぜ服を着ていないというか……
いや、もはやそうとしか考えれないのだが…
「私達…もしや猫になった、のか…?」
「そうです!私がなった時伝えようと頑張ったのですがどうも言葉が通じていなくて!」
「…何という事だ、南無三……」
大きなため息と共に目が潤む。常であれば頬を伝うほど流れる涙だがさほど流れなかった。ああ、猫だ。…猫だ。
猫になる。猫になった。…猫は大変可愛いものではあるが、別に私がなりたい訳でも彼女にもなって欲しい訳でもない。
この彼女が慌てている姿も私がなげくこの様子も端から見れば猫がにゃーにゃーと鳴いているだけの姿に見えるのだろうか…ならば、なんと無情なのだろう。
『わあ、仲間がいっぱいだあ。ねえ遊ぼう?』
…原因はほぼ間違いなく、この人の姿であった時から同じ言葉で、非現実的な方法だが話しかけてきていた猫に相違無さそうだ。
と、なれば。もはやなってしまった後悔になげくより戻れる方法を探さねばならない。戻れないという最悪の自体とまだ決まった訳ではない、可能性がなくなるまで足掻くべきなのだから。
私は諦めはしない。どのような事があろうとも最期まで足掻いてみせる。
怪奇な黒猫は楽しげに『にゃあ』と鳴いた。
** SCP-795 **
─ 後編へ続く