どんな状態になっても行冥様は素敵だなあ。姿が変わっても変わらず大きな行冥様を見上げながら私は思う。
突如猫になるという訳のわからない出来事でも落ち着いて、冷静沈着に元に戻れる方法を探っているのだから。
私なんて慌てるばかりで到底そんな…反省。もっとしっかりしなきゃ。
『ねえ、遊ぼう』
黒猫は楽しそうに私と彼に向かって話し掛けてきていた。頭の中に話しかけれて相手を猫に変えれる不思議な猫……猫又か何かなのかな。そうだとして、そうじゃなかったとして私に何が出来る訳じゃないけど。
「そちらが望む通り遊んだならば元の姿に戻してくれるのか」
『なんで?仲間と遊ぶの楽しいよ?キミは体が大きいから大丈夫。ボクより体が小さいコはすぐに疲れちゃうんだ、そのコみたいに』
「えっ、あ…まさか虎…!」
行冥様の探りも、猫ならではというか…ふにゃりと
と、いうか。黒猫の言う通りならばこの部屋の隅で萎びたキノコのように寝ている虎は…他の子達を庇い、一番大きな体の猫として遊んでいた結果なのだろうか。
わからない、ただ遊びたかっただけかもしれないけれど普段疲れはてるほど遊んだりなんて全くしない大人しい子なのに…!
単なる思い込みかもしれないそれに私が勝手に感動している内に彼らは話を進めていた。
「…ならば次の相手は体の大きな餅汰か好戦的な小豆、だったという訳か…なるほど。承知したその遊びとやら、付き合おう」
「!行冥様」
「大丈夫だ、この子達を頼む」
他の選択肢はまだあっただろう、それでも行冥様は危険は承知でそれを引き受けた。黒猫との話を進めるために。猫は遊びたがってる時やお腹が空いてるときに何か他の事をやらせようとしても上手くいかないから。
それでも不安は不安。行冥様の胸元に顔を擦り付ければ私を安心させるかのように登頂部をざらりとした舌で舐めあげられた。
彼は強いから大丈夫だろうとは思う、けれど同じくらい心配で不安に思ってしまう。この気持ちは恐らくどれだけの時が経っても変わらなさそうだ。
……ん?
「……あれ?」
「…まずいな、思考回路が猫に支配されかけている。いつの間にか四足歩行に疑問も持たずに動いている」
「ですよねぇ!よろしくないですよね、このままでは!」
普通に手のひらで撫でられるのと同じような感覚で舐められているのを受け入れようとしていたし、行冥様も行動していたみたい。何が危険がないだろう、だ。とてつもなく危険な気しかしなくなってきた!
このまま放っておいていたら身も心も完全に猫になってしまうのでは!最悪私はよくても彼は駄目、鬼殺隊の柱である彼はもっともっと沢山の人を救うのだから、これからも。
『じゃあ今度はおいかけっこしよー。ボクが逃げるからキミが追いかけてねー!』
「むっ……行ってくる、気を付けてくれ」
「は、はい!お気を付けて!」
勢いよく駆け抜けていった黒猫の後を行冥様も勢いよく追いかけていった。室内のどこに何があるかは全て把握しているだろうけれど、猫の姿でも通用するだろうか。
あと四足歩行でも早いのは早いけれど、いつもの早さと比べたら遅いかもしれない。その動きが同じくらいになるのは…あまりよくない事だろうなあ。
「…ごめんね皆、元に戻らないとご飯も満足に用意出来ないっていうのに…」
部屋に残ったのは私と四匹の猫達。私達のやり取りを猫目線でもわからないほどの無表情で見届けていた餅汰や逆立てていた毛がいつの間にか戻っていた小豆。体力が戻ってきたのか顔をあげて伸びていた虎や香箱座りで不思議そうに見ていた月美。
彼らに騒がせた事や自身の情けない姿、そして彼らにとって何よりも大事であろうご飯の話を謝罪する。時間はまだあるけれど猫の姿ではご飯の用意が出来ないのだから。
猫の姿でも頭を下げる事は忘れない。家族だからと真意に心を込めるのならばするべき事だ。けれどまるでそんな事をしなくていいと言わんばかりに…
「えっ…?」
頬を、頬というかほぼ目玉近くを舐めあげられる。舐めてきたのは常々小さいと思っていた小豆だったけれど猫の姿になってみればそれはそんなに小さくもなく…何より普段誰にも毛繕いをする事のない彼がしてきた事に驚いて。
「 」
「………」
耳に届いたその声に動揺する。いつも聞くにゃあ、との声が今の私には意味のわかる言葉として聞こえてしまうのだから。
それに続くかのようにあちこちから、声が聞こえる。聞き慣れた…けれど初めて耳にする、意味のある言葉として。
人の姿ならば口を押さえ、涙をボロボロと溢していただろう。けれど猫の姿では涙をろくにこぼす事も出来ず、出来る事はただただ前足を舐めあげ毛繕いをする事だけだった。
*
「ひっ!?何ですかこれ…」
あれから"おいかけっこ"をしているだろう二人…一匹と一人?を部屋から出て探していた。猫達は無情にも追いかけてきてはくれなかった。それもまた、猫らしいが。
やっと見付けた彼らは、陽当たりの良い縁側の端で行冥様に組伏せられ一目で遊びは終わったと判断できる体勢だった。その近くに四足で歩き、向かおうと近付けば縁側の外の庭に転がっている猪の死体が否応なしに目に入る。大きな生き物に噛み砕かれ絶命したかのような死体が。
『ひゃあ疲れたぁ、でも楽しかったよー』
「そうか何より。……まい子、悲鳴が聞こえたがどうした?」
「ぎ、行冥様…すぐそこに猪が、その死…!」
「大丈夫だ、落ち着きなさい」
私の声を聞きつけ黒猫の上からすぐに飛び退き、私の元へと駆け寄ってくれる行冥様。邪魔をしただろうし、申し訳ないと思うも怯えきった感情のまま彼にすり寄る。怖くて怖くて仕方ない、大きな猪が庭の奥で死んでいるなんて耐えられない…!
……なんで、なんでだろう。心が猫に引っ張られてるのかな。そんなに大きくない猪でも大きいと感じている。
『ああ、大丈夫あれはボクがネズミに変えてやっつけたヤツだよ。襲ってきて怖かったなぁ、でももう平気だから』
なのに黒猫は平然と、行冥様に負けた体勢のひっくり返った仰向けのまま柔らかに言ってきた。
……ネズミに変えた?やっつけた?猪を?……姿を変えられるのは、猫だけじゃないの?勿論そんな事は断言してなかったし、人を猫に変えれるならば猪をネズミに変えるのは簡単なのだろうか。
「……それで目的は…いや、そもそもお前自身何者なのだ」
『ボク~?ボクはえっと…ジュニア、そうジュニアって呼ばれてるよ?』
「じゅ、にあ…?変わった名前……もしかして西洋から来たのですか…?」
『ん?んー、そうなのかな?』
のんびりと答える黒猫こと、ジュニア。どういう漢字を当てはめるのだろう…いや、当てはめず本人…本猫?自体が海外の存在ならば、と訊ねるものの的を得た回答は得られない。
縁側の廊下でコロコロと転がる姿を見ていれば上空から行冥様が舐めてくる。ざりざりとした舌先で登頂部を舐められ、耳の近くをガジガジとかじられる。毛繕いにしては少し乱暴。何だろう?
彼を見上げればそのまま鼻先から額にかけてざりざりと大きく舐められる。毛繕い……なら、仕方ない、のかな?
『んー、ん~そうだなあ。何だかよくわからないけど家に帰ろうかなぁ。遊び疲れたしお腹も空いてきたし、眠たいや』
そんな私達の様子なんて気にもとめず、ジュニアは立ち上がって縁側を飛び降り、庭先を堂々と歩いていた。猪はそのまま、まあ軽く食べるには大きいから仕方ないか。そうか、疲れてお腹も空いたなら家に帰るのは仕方ないかあ…
足をたたんでその場に座り込む。ああ、暖か…
……いや、違う!
帰るのは良い!構わない!だけれども!
「ち、ちょっと!ジュニア!?」
「我らを元の姿に戻す方法を教えるのが先決なのではないのか!?」
のんびり、猫のようにジュニアの言った言葉を受け流そうとしていた私と行冥様。彼の姿が遥か遠くの庭先に進んでいた所でようやく質問を投げ掛けれた。
まずい、もうぽかぽかと暖かい陽射しに負けて寝転んでしまいたい。心の奥底でよどむ疑問や困惑なんか忘れてお昼寝でもしてしまいたい。
『だいじょーぶ、その内戻るよ~』
そんな私達の困惑を全く気にせずはね除けるかのようにのんびりとした声はただ一つの彼しか知らない言葉を口にして消えていった。
その内。その内……その内かあ。なら良かったなあ。
…いや、良くない!その内って、いつ!?その内?……その内にかぁ。戻るなら、いいかなぁ。私はともかく行冥様が戻るなら……
「…よ、良かったですね行冥様…元に戻るらしいですよ…?」
「……なんともまあ、恐ろしい事だ」
彼に微笑み、首筋を舐めあげればお返しとばかりに耳元を舐められた。くすぐったいそれに身動ぎをすれど体の大きな彼には敵わない。
強いなぁ、行冥様は強い。どんな姿ですら……あれ、猫?……あれ?人だったのに?あ、れ?
………。あ、ああ。
猫。
猫だ。
猫は、可愛らしく、恐ろしい。
*
一時間後、元の人間の姿に同時に戻れど、衣服を何も身に付けていない姿だった事を知るのは私達、当事者以外にはいない。
それこそ、いつも必ずくれていた朝御飯を逃し真上に登った太陽の存在なんて気にしない猫達にとっては、素っ裸で混乱しきっていた彼女にまとわりつくのも動作もないほどのどうでもいい事なのだから。
SCP-795 現実改変猫
オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)
SCP-795は毛が長く大柄で8.2㎏ある黒猫。30メートルの範囲にいる生き物にテレパシーを送れ、物理的に形を変えれる。そしてその範囲にいる他の猫に力を渡すことが出来るが、SCP-795から離れた三時間後に力をなくす。変化させられた生き物たちは一時間後に戻る。
仲のいい、もしくは仲良くしたい相手を猫に変え、そうでない相手は弱い生き物に変えて殺す。
SCP-795 [[jumpuri:SCP-795 > http://scp-jp.wikidot.com/scp-795]]
著者:eric_h 様
この作品はCC BY-SA 3.0ライセンスの下に公開されています。