鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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・強引な販売員のようです、の時系列として続きものですが読んでいなくても大丈夫です。
・時代背景的に未成年者飲酒禁止法前のため、飲酒しています。未成年者の飲酒を推奨するものではありません。駄目、絶対。


拾参話 美味しいお酒を呑むようです(前編)

 

 

 その鬼は血鬼術も持っておらず手間取る事なく頸を潰す事が出来た。だとしても、奪われた命が戻る事はなく脅かされた人々の心に深く傷を負わせたのが治るわけでもない。

 

 私がもう少し早く来れていれば。守れていたかもしれない、失わなかったかもしれない。

 だから、感謝の言葉を貰えるだけで充分だ。私に出来たのはほんの僅かな事。

 

 ……だから。

 

 「…いや、本当に結構…」

 「いいえ!感謝の印として、どうぞ受け取ってくださいませ。代々造ってきた日本酒なのです、そしてこちらも。これだけで熱燗が作れるという品になりますので、どうか!」

 「……」

 

 ……押しの強いそれに対し、断る力を私は持っていなかった。ここで頑なに断って折角の立ち直ろうという心すら折ってしまってはいけないだろう…

 

 

 

 *

 

 

 

 

 「成る程それで一升瓶を三本も……しかし行冥様お酒飲まれないですよね?」

 「飲めない訳ではないのだが…好んで飲むような事はしないな」

 

 鬼狩りとしての任務が終わり、数日ぶりに戻られた行冥様。お土産として渡されたのは甘味なお菓子と今夜のご飯になりそうな食材…そして謎の一升瓶とその付属であろうちろりや徳利等の品物。

 意図が理解できずかなり挙動不審に訊ねたのだろう、説明不足だったと謝罪をされてから事情を教えてもらえた。お土産ではなく贈り物をもらったとの報告を。

 

 

 いつの間にか集まりまとわりついてきた猫達を撫で回しながら、行冥様は色んな感情で流れる涙そのまま話してくれた。手に入れた経緯と断れなかった理由もわかり、その上で困ったそれを見下ろす。

 

 一升瓶三本……どうやって消費をすればいいのだろう?配る…いやそれはない。人を呼ぶ?いやそれも……神棚に上げたり料理に使用したとして、それでどれだけ使う事やら。開封さえしなければ平気だろうけれど一度開けてしまえばすぐに消費しないとすぐに悪くなってしまうだろう。

 聞けば神事や付き合いで飲み、決して苦手ではないという。確かに行冥様ならいくらでも飲めそうだけれど…しかし好んで飲まない以上減る見込みが……

 

 

 「ところでまい子は飲んだ事はあるのか?」

 「いえ、全然……あ、昔梅酒の味見で少し飲ませてもらった事があるくらいで、このような日本酒は全く…」

 

 うんうん、と唸りながら困っていれば予想外の質問をされる。飲酒経験は…遥か昔、母親が浸けていた梅酒をほんの少し飲ませてもらった事くらいしかない。味すら覚えておらず、好き好みの意見も持たないほどの記憶でしかないそれは飲酒経験と呼ぶかどうかすら微妙なもの。

 どうしてそれを訊ねてくるのだろう?そんな私が疑問に感じているのを肌で理解したのか、優しい顔で微笑んでくれる。猫がはしゃぎすぎて思いっきり噛み付いているが平気なのだろうか。 

 

 「そうか、なら今夜共にどうだ」

 「えっ……晩酌?……私も、宜しいのですか?」

 「頂いた好意は早く受け取ろうかと。それにまず一口試してみねば解るまい。勿論無理強いをする気はないが」

 「あー、はい…そうですね。……うん、一口だけ、なら」

 

 確かにそれはその通り、飲んだ事がないからと遠ざけていれば何もわからない、もしかしたらお酒とやらは物凄く美味しいものなのかもしれないのだから。

 もし私がめちゃくちゃにお酒に強く、このお酒を飲みたくて飲みたくて仕方ないとばかりになれば無駄にはしなくなるだろう。そうなれば素敵……なのかな?いや、それはまた違う話かな。無いものを求めだしたら目も当てられない。

 

 「うむ。ならば急遽となるが頼めるだろうか」

 「勿論です、畏まりました!……あの、手大丈夫ですか?」

 「む?……嗚呼、この痛みもまた愛らしいが……止めなさい」

 

 そうとなれば晩酌にしても違和感のないご飯を作ろう。幸い行冥様が沢山の食材を持って帰って、もしくは購入してきてくれたのだから。

 全く気にしていないそれをついでとばかりに伝えれば噛まれていた事自体気付いていなかったようでその出来事にやっと気付き…涙を流しながら猫の口を離していく。

 手に噛み傷がハッキリと残っているけれど、その痛みより噛みついたという行為に涙を流していて……私が行冥様を理解するにはまだまだのようだ。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 適度な夕食をお腹に入れた後、私と行冥様は縁側へと移動していた。お酒のお供に摘まむ為に作った長芋と胡瓜の梅和え、白菜とキノコの塩きんぴらと、一升瓶とそれと共に渡された数点の品物と共に。

 緩やかな風が頬を撫でてくる、ああ。今夜の半月はとても美しい。

 

 「えっと……日本酒を注いだちろりを上に乗せて、このつまみを……熱燗、にすればよろしいのですかね?」

 「恐らくそうなのだろう。何でも異国の技術で作った、電気を溜め込んでいる部品使っておりこの小さな物だけで温めれると…」

 「はぁ…凄いですねぇ。仕組みがよくわかりませんが……取り敢えず待ちますか」

 

 つまみの横には色々な種類が書かれている。人肌や熱燗などはわかるけれど…あるみ燗やすちーる燗とやらはなんだろう?聞いた事がない…

 もしやそういったお酒の種類なのかな?異国の技術が組み込まれているのなら異国のお酒の呼び方とか…その可能性はなくはないかな。

 

 しかし…この小さな品物だけで温めれるとか、本当にどういった仕組みなのだろう?囲炉裏や竈で温めなくてもいいなんて、不思議でしかない。消耗品らしいけれど、かなり高そうな…

 

 「虫避けの線香は焚いたが、平気か?」

 「はい。あまり近いとお酒やつまみの香りの邪魔になりますかね、少し遠ざけましょうか」

 「いやそちらに動かすと猫達に煙がいく、このままでいい」

 「すみません……もう貴方の為にしてくれてるのだからもっと…ああ、全く可愛い姿をすれば許されるって訳じゃないのに可愛いなもう」

 

 右側で茶白猫がひっくり返りコロコロと転がっていた。その様子を左側にいる行冥様に伝えれば感涙を流し…膝上に乗っていた黒猫に構い倒し逃げられていた。

 その何気ないやりとりについ笑い声をあげてしまう。寂しげな行冥様の表情が特に狡い。

 

 「…何も笑わなくとも良いのでは」

 「ふふっ、すみません…さてそろそろ温まりましたかね」

 「誤魔化すにもあまりに適当な、流石に二、三分ではまだ…」

 「……え?……あの、行冥様温まっています」

 「……なんと」

 

 確かに行冥様のいう通り、私は笑った気まずさを誤魔化すためにちろりに手をかざした。どれだけ薪をくべた竈や囲炉裏でさえこんなに早く出来る訳がないのだから。

 しかしちろりから少し離した場所ですらわかる熱気といい微かに立ちのぼる湯気といい…どう見ても温まっている。

 

 こぼさないように、火傷しないように徳利へと注げば……うん、これはちゃんと熱燗になっている。

 

 「ええ…本当に凄い技術ですね。これが一般的に広まれば画期的過ぎますよ、生活ががらっと変わります」

 「消耗品である事を考えても便利だ。もう少し電気自体が普及すればそう遠い未来でなく広まるかもしれぬ…」

 「流石に数年どころか十数年では不可能でしょうが…」

 

 温めるこの品物を他の…例えば味噌汁などに使おうにも形が特殊過ぎて。ちろり専用のこれで味噌汁は作れない、使ったとして具なしでないと。それに消耗品ならばこうしてたまの贅沢として使うのが正解なのだろう。

 これが一般的に普及する遠い未来を想像し、そしてそんな破格に便利な物を譲ってもらえるほどの偉大な事を常にしている行冥様の凄さを改めて肌に感じた。

 

 「…さっ、どうぞ行冥様」

 「うむ、いただこう」

 「それでは僭越ながら御酌をさせていただきます」

 

 本当に素敵な人。そんな素敵な人の大きな手に合わない、私の手では決して小さくないけど彼には小さなお猪口を渡す。

 差し出されたそれに徳利をつけゆっくりと注いでいく。ふちギリギリまで注ぐような事はしない。彼ならばそれでうっかりこぼすような事はしないだろうけど、あれは特に意味がない行為だし。

 

 「それでは、お先に一口」

 

 お猪口を唇につけ、ぐいっと一口で。お酒の良し悪しはよくわからない、けれど日本酒って強いもののはず。そんなものを彼からすれば微量とはいえ一口で、一気に呑み込んで大丈夫なんだろうか?

 

 

 「どうですか?あの…大丈夫ですか?」

 

 舌の上で転がしていたそれを喉に流し込んだにも関わらず一言も発しない行冥様の様子に少しずつ不安になってくる。

 味を確かめているだけならまだ良い、何か不具合があったとか温めたこの機械の使い方が悪くて何かしら不味い事が……そんなどんどんと良くない想像が頭を埋め尽くそうとした時随分爽やかで熱い息を彼は吐いた。

   

 「……うむ、これはこれは…なんと美味な…」

 「え?」

 「今まで口にした酒のどれよりも間違いなく美味いのだ。大変まろやかで舌の上で踊り、喉を通せば心地よく体に染み込んでゆくようだ…温度も呑みやすく良かった」

 「!そうですか、良かったです!」  

 

 優しい目で見下ろされ微笑まれた事でやっと安堵の息を吐けた。慣れない事をした為にどうやらかなり緊張していたらしい。

 調子に乗ってもう一杯と徳利を差し出せばお猪口を乗せた左手を差し出してくれる。右手は箸を使い梅和えの胡瓜を摘まんで食べていた。

 

 「ふむ、これもまた美味い。酒が進む…が、私だけ飲むのは話が違うだろう?」

 「あっ、すみません……私としては行冥様が満足していただければそれで宜しいのですが」

 「ならば感動の共有をするべきだろう?さ、私が注ごう」

 「ええっ、そんなそこまで……あ、はい、ありがとうございます…」

 

 二杯目は一気に呑み込むような事はせず、チビチビと少しずつ口にして味を楽しむ行冥様。そのまま彼が幸せを感じるならばそれで良かったのに幸せのお裾分けをしてもらえるのならば受け取らない訳にはいかない。そもそもそういった話だったし。

 それでも初めての経験だからドキドキ胸を高鳴らせながらもう一つのお猪口を差し出す。普段お酒なんて呑まないから二つなければ…間接的な接吻するところだった。

 もしそんな事になっていれば確実に味なんで味わえず、わからなかっただろう。

 

 「わぁっ、あ、そんなには…っとと…!」

 「大丈夫だ、ゆっくり一口ずつ飲めば良い」

 「……い、いただきます…」

 

 勢いよく注がれたそれ。それでも決してこぼれないところが凄い。私に注いだ後、自身のお猪口へと注いでいく。それを再び何気なくぐいっと…それに見習い一口でいこうにも…日本酒は強いと聞くし、怖い。

 行冥様はあらゆる意味で大きく強いからいけるのだと納得し、取り敢えず唇だけ触れるだけ、から……

 

 ふわり、と。

 鼻孔を柔らかく甘い香りがくすぐり、舌先がとろりと優しく包まれた。

 

 

 




 ─ 中編に続く
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