「……?…りょうめ、ひゃま…?」
「誰なんだそれは。…いやそうではない、大丈夫なのか。体は辛くないか」
「ふぁい…へーきれ……、あの…くちづけ、しないの…?」
「……し、然るべき際に、する」
「??ふぁ、い…?」
両頬を挟み、上を向かせたこの体勢ならではの質疑をされ…心を乱してくるそれらから今だけ目を逸らそう。それどころの話ではないのだから、何とかしなければならない。この熱はこのまま何でもないと放っておくわけにはいかない。
取り敢えずこの高温…衣服が燃える事は無いだろうが、床などは危ない、良くて焦げ跡がつきそうだ。取り敢えず……そうだな、私が抱えておくのが今考えれる一番だろう。
「あ、れ?なんれす…?」
無防備なまい子をそのまま抱え、胡座をかいた膝の上に乗せる。まだ…待っていた可能性は目をつぶる事にする。そしてもっと体温が上がった場合は…その時は、改めてまた考える。
「何でもない、眠いのではないか?構わない寝てしまいなさい」
「ん~?…ぁっ、なぁん、なぁ…にゃんた…」
「!おっと!」
突如始まった猫の物真似に何事かと思えば、どうやらどの猫かが寄ってきていたようだった。慌てて避ける為に庭先に飛び出し、木を経緯して屋根に飛び上がる。
一人ならば直接行けたろうが、手の中には今は何より動かしてはいけない存在がいる為に仕方ない。瓦屋根の上で、再び胡座をかいて彼女を乗せる。重みで崩れたりはしないだろう。
「ふぇあ……あ、おつきしゃま、ら、きれーですねぇ…」
「そうだな、距離も近くなった」
「ふふ、あついれすねぇ」
「…大丈夫だ、もし熱が益々高くなれば共に川へゆき飛び込もう。川の水が蒸発しようとも私がついている、大丈夫だ」
恐らく縁側では猫が困っているだろう、突如主人達の姿が消えたのだから。しかし…この熱を持つ彼女に猫を触れさせ火傷などさせる訳にはいかない。
…もしかして猫が逃げなかったのは暖かな体が心地よく、いなくなったのは熱さに耐えきれなくなったからだろうか。
……ならば、いや、可能性として考えてはいたが…
「原因は酒か、温める為の装置かどちらかだな…後日確認せねば」
「なにが、れす…?」
「酒が抜けるまで、取り敢えず待つかという話だ」
ほぇん、と。もはや言葉なのかすらわからぬ言葉を呟き、私の胸元にもたれ掛かるまい子。散々言ってきたがようやく眠くなってきたのかもしれない。就寝準備は…今の状態では諸々出来る訳がない、諦め朝を迎えるまで待とう。
眠りにつくならば、移動する訳にはいかないな。それにここならば高温の被害は出ないだろう…私は眠れない。ならば朝まで少々思考を巡らせる事にしよう。
彼女の方が熱が高い理由や、今度の身の振り方や最悪の想定。そもそもなぜこんな事になったのか等。結論の出ない思考回路は酔いの上で何度も何度も、堂々と巡っていった。
*
目が覚めた時、いつもの見慣れた天井がひどくいびつに歪んでいる事に驚いた。
何事かと飛び起きようとしたけれど体が妙に重く、頭が揺れて……歪みはひどい眩暈のせいだと数分後に気付く。なにこれ…
胸元に粘りつくようなものすごい吐き気がするし、頭はずきずき割れそうに痛い…首に触れれば熱いようなそうでもないような…まさか風邪?けれど咳は出ない。
あれ。いや、そもそも昨日の記憶が…
「ぅ、あ……」
「目覚めたか、存外に早かったな」
倦怠感で重たい体を持ち上げようにも録に動かず、背中に根が生えたみたい。それでも呻き声をあげながら起き上がろうと
なんて丁度の、情けない姿を見せる瞬間に現れたのだろう。いやもう陽は高くまで上がっているようだし、私が寝過ごしたせいでなっただけだ。ああ、情けない。
「お、はようございま…す、行冥様…」
「うむ、おはよう。調子はどうだ声を聞く限りあまり良くはなさそうだが」
「あ゛、い……すみませ…」
「ああ、辛いならば横になっていなさい」
彼の手を借り何とか上半身を起こし、布団の上に座る。そのまま額や首筋に触れられ、何かを確認される。
「ふむ…まだ体温としては少々高いが…お湯レベルまで下がったな。まだ少し酒の臭いが残っているからか」
「体温…?……ああ、お酒……昨夜飲酒をしたんでしたっけ…」
彼の低い声が心地良い。大きな声を出したり騒いだりしないから体に響かない。今の私に高音の騒音なんて毒以外の何者でもないのだから。なんでこんなに悪いのかは……そうだ、風邪ではなくお酒を呑んだからか。
この不調は…副作用というか、いわゆるあれですか。…頭が痛くて、気持ち悪くて…体もギシギシとなんだか痛い、これは。
「これ、二日酔い…ですか」
「恐らくそうだろう、まだ酒の成分が抜けきっていない。取り敢えず水分をとった方がいい、水を持ってきたから飲みなさい」
「何から何まで、すみません…」
差し出された湯飲みを受け取り喉に流し込む。ああ、乾ききった体に水分が染み込んでいく。それでも気持ち悪いのは治らないけど…仕方ない。仕方無さすぎる。
こんなに迷惑を…と思うが、それをハッキリ言える記憶がない。記憶がないからこそ迷惑をかけた事はわかるが。
縁側で楽しく呑んでいた記憶はあるけど途中から全く…何も覚えていない。ここに来た記憶もない。着物から寝間着に着替えた記憶も布団に来た記憶もない。
だとすれば、まさか全部…?記憶を飛ばした中でキチンと出来た訳が……ああ、かなりの迷惑を、恥ずかしすぎて身悶えるけれど具合が最悪で動けない。
「うぅぅ…気持ち悪い」
「嘔吐した方が楽になるが、するか?」
「いえ、あの息が止まるのが怖いので…大丈夫です…」
「そうか…熱も下がってきたようだし、単なる二日酔いだとは思うが…もし何らかの不調が続くようならば例の薬も検討せねばな」
「うう、すみません…けれど使わなくて大丈夫ですよ…」
こんな事になったのは、頭が痛いのも眩暈がするのも吐き気がするのも全部自業自得。あの薬を飲めば綺麗さっぱり、すぐにでも治りそうだけれどもそれは駄目だろう。
あれは命に関わるような大怪我をした時などに使うべきだ。二日酔いなんか治すために使うものじゃない。間違いない。
「まぁ、辛くなったら言いなさい。後片付けも私がしておいたから気にしなくて良い」
「うぅぅ…何から何まで本当に頭が上がりません…!」
ああ、やっぱり…!それが、その事が本当に申し訳なくて、両手で顔を覆いうつむくしか出来ない。彼に何もかも、全部任せて私はだらしなく寝ていたなんて、それも二日酔いなんてひどい結果で。
これは初めてなのに調子に乗って呑みすぎた罰だ、私より多く呑んだろうに平然としている行冥様は自分の限界をわかっていて、それを越えなかったから他ない。
なんて事。こんな迷惑をかけるなんて。彼の優しさに甘えすぎている。
ああ。
「本当に申し訳ございません……もう、二度と呑みません…」
「いや失敗は誰にでもある。それに最初だからまぁ仕方ない、特に大きな失敗もしていないのだから」
「うう……あんなに美味しかったですけど、お酒はこりごりです…」
確かにお酒は美味しかった。虜になりそうなほど美味しかった。
けれどこんな情けなく恥ずかしい思いを、彼にとんでもない迷惑をかけてまで呑むものじゃない…この反省の気持ちを保たせ増幅させるために二日酔いという現象があるのかもしれない。それほどまでに……気持ち悪い。
「…まぁ、当分の間はそうしなさい…私だけで確かめるから」
「…?なんの話で?」
「なんでもない、二日酔いのものは大人しく寝ていなさい」
私の絞り出すような声があまりに切実だったのか、少し苦笑混じりの声で優しくとがめられそして頭を軽く髪の毛を梳かすかのように撫でられる。
……なんだろう、行冥様…ひどくお疲れになられてるような。
いやでも考えれば当然の事。確かに数日任務で出掛けていて、帰ってその日にお酒の面倒をあれこれ押し付けてしまったのだから。
だからといって今の私の状態で出来る事は……ああ、彼の言うとおり大人しくしておくことだけだ。
にゃあん、と鳴きながらすり寄りに現れた灰色のキジトラ猫を撫でながら小さく息を吐いた。その息がまだお酒の臭いたっぷりな気がして……再度今度は深く深く息を吐い……んん?
「あれ、行冥様……今、頭…髪に、口づ…え?」
「ああ、昨夜約束をしたからな」
やく、そく……えっ。それは……。
……顔が熱い。お酒を呑んだ最初もこんな風に熱くなったのを微かに覚えている。けれど…行冥様の言う、約束とやらは一切、微塵も記憶になく…
ああ、なんて事だろう!せめて、それだけでも……!せめて何を言ってそんな、なんで、どうして、どんな流れで……
…お酒は本当に、止めておこう。深く深く…そう心に刻んだ。
SCP-1538-JP ど燗酒
オブジェクトクラス:safe(まぁ安全)
SCP-1538-JPは電気式酒燗器、ちろり、徳利、平盃で出来たSCP。これで温められたお酒はとても美味しくなり、呑むと異常なほど体温が上がる。摂取したものに触れた物や生物はその異常な温度で、場合によっては燃える。本人は何があっても燃えない。
酒燗器に温度設定がついており、最高温度は1600℃よりも上。
お酒の種類は体温の上昇と関係ありません。ただ悲鳴嶼はお酒に強くまい子は弱かっただけです。
あと時代的に電気式酒燗器はありません。まず電池がこの時代日本ではほぼ作られてません。なので電池があったとされる、西洋の不思議な発明とされていますが、SCP-1538-JPは日本で発明されたもののはずです、たぶん。
SCP-1538-JP http://scp-jp.wikidot.com/scp-1538-jp
著者:inemurik 様
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