私とまい子は、家から少し離れた森林の中へと来ていた。
散歩がてら、昨日の大雨で落とされたであろう銀杏をついでに探しに来たのだがどうやら予想は当たっていたらしい。
地面に転がるそれらの具合の良いものだけを少しずつ拾う彼女を少し離れた場所から見守っていた。人里から離れたからこの場所、危険がないとは言えない、それこそ木の実が落ちるような今の季節こそ獣類に注意しなければならないのだから。
付かず離れず、辺りの気配を確認しながら彼女が楽しげに掛けてくる声に返事を返していた、その時だった。
「…あれ?……なんでしょうあれは」
楽しげに着物の袂に入れていたが重みが増し耐えれなくなる前に羽織を脱ぎ、そちらに包み直すために地面に屈んでいた彼女が不思議そうな声を出した。
私の返事を求めていた訳ではないのだろう、満足のいくように包めた羽織を胸元に抱えそちらへ足を進めた。踏み出した足がぺきりと木の枝を踏み、折れた音が聞こえた時には一瞬で距離を詰め、離れないよう彼女の隣へ即座に移動していた。
「…それほどまで、興味深いものでもあるのか?」
「興味深い、といいますか…え?何でこんな所に?といいますか…」
主旨がつかめないそれは具体的な品名が何もなかったから。再度訊ねようにも彼女自身納得のいかない、何もつかめていない状態らしく言葉にならない悶え声だけが返された。
目的の場所は数十秒でたどり着いた。銀杏拾いをしていた場所から軽い起伏があっただけの何でもない平坦な場所に、それはあるらしい。
「ああやはり…これ……刀?いや、刀のような物が、土に突き刺さっています」
「…刀?」
彼女が手で軽く叩いたそれは私達の前、ほんの一尺先に確かにあった。剣先が刺さっている事を確認し柄の部分だろう場所に触れて見るも……ふむ、確かに刀…のようなものだ。
刀にしては柄の部分の無意味な生物で象られた模様や形が悪趣味だ。鍔である場所にある不規則で、意味があるとは思えない装飾と耐久力を考えてすらいない造形は声も出せず…刃自体は錆びていないというのに切れ味の欠片も感じれない。
………なんだこれは?
** SCP-572 **
「なんでしょう、帯刀禁止となる前に作られこちらに置かれていたのでしょうか?それにしては…峰もなく、鞘も辺りに見当たりませんが。いえそもそも、このように湾曲した刀では鞘に納める事自体が出来ませんね」
「…まず日本刀ではないなこれは。可能性として…西洋かどこかのものだろう」
「なるほど!ですからこのような場所に隠してあるのですか」
私の言葉に納得し、両手の平を合わせて叩こうにも抱えた銀杏入りの羽織が邪魔で叩けず手の半端な所を叩くに終わったまい子。
しかし隠してあるというより、放置しているというか…何の整備も備えもなく突き刺しているだけでその要素は微塵も感じれない。はっきりいってしまえば不法投棄された廃棄物にしか思えない。
……なんとまぁ、元の造形がいくら奇抜で武器として使うには不便でしかない不良品であろうとも、このような形で朽ちていかねばならなくなったそれを思えば……南無、涙が止まらない。投棄するというその行為事態が、罪深いというのに……
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」
「…しかしこんな所に捨て置いておくのも駄目ですねぇ、持ち帰って供養でもしますか?」
「南無…供養するかどうかはわからないが、このままにしておく訳にもいかないな」
「ですよね!…あの、私が持っても良いですか?」
「む?」
放っておいても周りの木々に悪影響を及ぼすわけではないにしろ、このままはいけない。まい子の言葉に肯定の意思を返せば、はしゃいだような声色とハタハタとその場で足踏みをするような動く音がした。
この刀擬きを、持つ?なぜ?持つ事自体にさほど支障はなくとも万一怪我をする可能性を考えたら私が持った方が良いのでは。
彼女の質問に首を傾けなぜかと訊ね返す。私のその反応に彼女は苦笑いをしつつ…
「刀…これは少し違うかもしれませんが、持ってみたかったのです。ぁ、他意はないですよ?」
「……嗚呼…」
彼女の真意にすぐに気付けなかった己の情けなさに涙が出る。隊員になれなかった彼女は、日輪刀を持てない。色変わりの刀を持てなかった立場だ。だから、せめて。
様々な事情を突き詰め完成した私の武器、鎖付きの斧や鉄球では叶えられない願いになぜ気付けなかったのだろう。
「…そうだな。なら私が一時的に銀杏を持とう。それに…重みなど辛くなったらすぐに言いなさい」
「はい、ありがとうございます行冥様」
彼女から渡された羽織を片手で持ち、地面から刀擬きを引き抜こうとする彼女に合わせて少し距離を置く。
通常の真剣ならば重さは半貫程度。しかしごてごてとした装飾をつけたこれはどのようなものなのか…まず、重みで地面から抜けないなんて事はないだろうか。
「ん……!よい、しょっ!ぁ、抜けました」
「そうか…大丈夫か?」
「はい。どこも怪我は…しかし、想像より少し重いですね。猫…一番小さなあの子ほどの重さはあります」
「む?…ならば、
…刀としては重すぎるのでは。使い勝手として如何なものか……しかしあのナマクラのような切れ味や湾曲した形、日本刀のように斬るというより重さで潰す使い方でもするのか……はたまた、使う事を考えていない造形にこだわった美術品か。
まあ何にせよそのようなものを捨て置いておくのは許されざる事、早く戻って処遇を検討しよう。
「しかし…ふふ、これが私の刀ですか」
「家に戻るまでのわずかな時間だけだがな」
「ですが行冥様、この刀さえあれば何でも斬れるような気がしますよ」
「…いや、すまないがそれは不可能だろう」
まず片手でろくに持てないそれでどうやって斬るというのだろう。それに刃が斬れるものではない、言うならばそれは形だけ刀のような装飾された鉄の塊でしかない。
斬る、というより殴る、もしくは潰すだ。
「いえいえ、この刀ならばいけます。一番強い剣士だって目指せますし、辺り一面平らにだって出来ます」
「………」
「この刀さえあれば…全て全て、斬る事が…」
「…まい子?」
なんだ、この違和感は。冗談を言っているというような様子ではなく……嫌な予感がする!
「試しに見せますね、見えないけれど見ていてください!」
「待ちなさ…」
「えいッ!」
ゴヅッ
止めようとしたが間に合わず彼女は恐らく近くの木に刀擬きを……打ち付けた。ナマクラに近いあの刃では斬るというより殴る、なのだから。
止めれなかった言い訳をしていいならば手に彼女の羽織に包まれた銀杏があったから。あまりに突拍子もない事を言い出した彼女に対して呆気にとられて思考が止まっていたから。刀擬きとはいえ刃に触れた所でどう足掻いても切れる鋭さがなく、油断していたから。
しかしまさか、音からして樹齢四十年はあろうかという大木に、絶対に斬れる訳がないそれに対して、力一杯殴りかかるとは思いもしなかった。にぶい音が悲劇的な状況を際立たせている。
「…だ、大丈夫かまい子!?怪我は!」
「………」
彼女は無言のまま、刀擬きを手から落とし、そのまま座り込んだ。せめて、木が折れるなどすれば良かっただろうが、微動だにしないそれへの攻撃は全て彼女の腕へ戻ってきたのだろう。
彼女の傍に座り込み、腕を取れば微かなうめき声を返される。あまりの衝撃と痛みに声すら出せないらしい。小さな痙攣は涙が出てきた証拠だろう。……泣くぐらい、痛いのだろう。
「手を貸しなさい…」
「い゛う…!」
「ふむ、折れてはいないな。強い捻挫…戻り手当てをせねばなるまい」
「うぅぅ…すみません…」
痛みと失態に落ち込む彼女を片手で、羽織とは反対の手に抱き上げて申し訳ないが羽織を渡しその手で刀擬きを掴みあげる。
それは切れ味が全くなく、鋼の塊であることの証明のように木に切り傷一つなく、しかしそのもの自体にも傷もなくその場所に転がっていた。
……今のは何だったのか、それを考える必要は今はない。とにかく早く家へと戻ろう。
*
包帯で動かせないように手首を少し強く巻き、固定をした。幸いだったのは痛めたのは右手の方で利き手が無事だった事だろうか。
そして、戻り手当てをしている間でさえまだ「あの刀であれば木を斬れる筈だった」との世迷い言をつぶやいていたが、突然……まるで夢から覚めたかのような声色で。
「…そうですよねぇ。私の力で、更にあの切れ味もない刀であの大きな木を斬れる訳がないですね。何を考えてたんでしょう私は」
「………」
呟かれてしまった。そのような事を言われてしまえば、どう返せば正解だというのだろうか。
「しかし本当に申し訳ないです行冥様……いたた…」
「構わない、が……そも何を考えていたかだけ聞いても良いだろうか?」
「はい?……何を、と言われましても…うーん、そうですねぇ……」
無事だった利き手で頬に手を当て悩むまい子。私はそんなに難関な事を聞いてしまったのだろうか。これに関しては疑問点の解決…私の好奇心の果てのものに違いなく、出てこない結論を無理矢理聞こうとするものではないと宣言しようとした、時だった。
「刀というものを初めて手にしたからでしょうか、こう……気分がとてつもなく高揚しまして、今なら何でも斬れる!誰にでも勝てる!といったような気持ちになりまして。その証明をしようとあのような莫迦な真似を」
「……その言い分では、まるで……そう思うかのように"誘導された"かのようだ」
「えっ、そうですか?けれど誰かに言われ操られたようなものではないと思いますが…」
困惑するように彼女は首を体ごと傾けた。まい子が紡いだその言葉から導き出される可能性の一つは…刀擬きを手にした者を究極無双出来る者だと勘違いさせる…ような、不可思議な力だと思えてしまう。
しかし万一そんな力が宿った物だとして、私もまい子より遥か長く触れていたが、微塵もそんな事は思うことはなかった。ならば?
…そう、思っていた彼女の目を覚ましたのは……
私としていた、会話の中に答えがあるのだろうか。
「無意味、廃棄、所有物、不可能……むう」
「え?…どうしました?行冥様?」
「いや……何でもない、何にせよ今後関わらなければ良いのだから」
「??…はい、行冥様」
思いか返せる限りの言葉を紡げど、どれもしっくりとこない。当然。思い付くは可能性の一つ、それが正しいかどうかは検証せねばわからないが……そんな事、する必要性など何もない。
だから私が出来る事は…しなければならない事は……そう。
その品物を、遠ざける事のみ他ならないだろう。
嗚呼、関わるべきではないそれらと、縁遠くあるように…南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏……
SCP-473-JP パッと見無敵のカタナ
オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)
アンバランスな形の剣。切れ味もない。しかし所有した人物は何よりも素晴らしい形でなんでも切れる、と思い込む。
その為その腕を確かめるため危険な真似をしてしまう(走行中の車を切ろうとする、発射された弾丸を切ろうとする等)。もちろん切れず、持っていた人が重傷を負う。
SCP-572 http://scp-jp.wikidot.com/scp-572
著者:SOYA_one 様
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