「大分涼しくなってきましたねぇ、猫達も固まって眠るようになってきましたし」
「ふむ、確かにそうだな。朝晩などかなり冷え込むようになってきた……南無…」
耳を壊しそうな程にうるさかったセミの声はすっかりと落ち着き、ヒグラシのどこかもの寂しさを感じさせる声に移り変わっていた。
紅葉の季節には早く、しかし夏とはもはや呼べない寒暖の激しい季節に変化したそれを。私は膝の上に乗ってきた猫のおでこを撫でながら彼…行冥様へ軽い世間話として話していた。格子窓から見える外の山々はまだ緑が青々しいが、すぐに赤や黄に色付く事を想像しながら。
「油断をしていたらすぐに冬になるだろう…この後修行に行く予定だったが先に冬支度をするべきか…」
「えっ、行かれても大丈夫ですよ?」
「しかし私がいないと仕舞っている火鉢等出せないだろう?」
「ん…それは、そうですが…」
しかしそんな何気ない会話から、まさか彼の行動を変えせてしまいそうになるなんて考えもしなかった。効率から考えれば彼の言葉に何も間違いはないかも…けれどそんな訳にはいかない、彼の邪魔なんてしたくもない。
だから快く送り出そうにも、彼の言う通り部屋の奥に仕舞われた重たい陶器は私では持ち出せない。私一人では冬ごもりの支度すらろくに出来ない。でも。だけど。
「今日は天気も曇天模様ですし…また晴れた日に行いましょう?厚手の着物や布団はその時に干したいですし、火鉢もまだ使いませんし…ね?」
「……そうだな、そうしよう。明日…任務の呼びがかからなければ、晴れるだろう…明日行おうか…?」
「はい。行冥様」
私の必死の弁明の効果か、はたまたその声色の奥の申し訳なさの懺悔を感じたからか…行冥様は私の提案を素直にそのまま受け入れてくれた。
優しく微笑んでくれたその優しい笑顔に、何度見ても見慣れず首筋から頬から耳まで熱がたぎり、色でいったならば赤く染まっていただろう事が見ずも予想できた。彼は絶対にそれには気付かない。ああ、もう、本当に……ずるい、愛しい、いけない人。
*
「ならば、薪の分の木をついでで構いません、斬ってきて貰えませんか?これからの季節多くて困るものではないので」
そう言い、彼を送り出した。最後まで修行に行くのを渋っていた彼の背を押す言葉として。
あの手に持てるほど小さな斧で、どうやって私の胴体よりも太い木を…あれほど美しい切り口で切っているのかなんてわからない。それは全集中なる呼吸の技術で切っているのだろうから。出来ない私では何もわからない。
だから私に出来る事をしよう。倉庫となっている部屋の奥に仕舞われた火鉢を持ち出すのは無理でも…その場所にある持ち出すのに邪魔になる軽い物を動かすくらいは出来るのだから。
普段立ち入る事もないために少し埃っぽい部屋の中。入り口への道を整理して多少咳き込みながら、細かな品物を部屋の隅や邪魔にならない品物の上に動かしていた時だった。
「……ん?」
遠く、玄関の方から何か…室内の騒音の隙間を縫い微かに聞こえた気がして手を止めた。気のせいかもしれないけれど…本当に気のせいならば再び片付けを始めればいいのだから。
けれど、聞こえたそれは本当に鳴っていた。遠く、遠くの玄関の方から扉の木の枠で作られたガラスを叩く音がかすかに。それと共に、かすかに声も聞こえている。
『……い子……まい子…!』
「!…行冥様?」
聞こえたそれは、何より誰より、聞き慣れた愛しい人の声だった。私を呼ぶその声に導かれ倉庫から出て玄関へ向かう。いつもの修行時間より短いような気がするけれど何かあったのかな?
『すまない、先ほど鎹鴉から連絡があり緊急に柱集結せよとの呼び出しがかかってな…羽織を取りに帰ってきた。その後すぐに出る』
「あらっ、それは大変ですね!」
玄関外から聞こえる珍しい少し大きな声。そして緊急の柱集結なんて珍しいのでは?…何かあったのだろうか?
まさか…鬼舞辻の場所が判明したとか…!?だとしたら!…いや、早計。帰ってきて聞ける内容だとしたら聞いてみよう。
寒くなるという話をしたばかりなのに滝に打たれる修行の邪魔になるからと、置いていた南無阿弥陀仏の羽織を途中の部屋から手に持ち、玄関へと向かう。
廊下の途中白猫が真ん中で寝転がっていたその脇を通れば立ち上がり合流して共に歩いてきた。こちらも珍しく出迎えをするのかな?
玄関前の角を曲がれば玄関扉越しに見える大きな黒い影。手に何かを抱えているようには影でも見えないから薪として使う丸太は斬ったとしても持って帰って来なかったらしい。
それにしても……なぜ玄関扉を開けて入って来ないのだろう?手が塞がっている訳でもないのに。
「お待たせしました行冥さ…」
「かはっ」
「……ん?」
上り框に足を掛け降りようとした、その時。背後から聞こえた妙な音に足を止めて振り返る。
ついて来ていた白猫は廊下の途中で立ち止まり、その場所で下を向き廊下に何かを吐き出していた。今の苦しそうな声といい…そしてその色は赤色、に見えて…
…まさか!血を吐いた!?
「ええっ!?大丈夫!?」
慌てて玄関から彼の名前を呼びながら駆け寄る。血を吐くなんてどうして…病気!?そうだとしたら早く猫を見てもらえる病院に連れていかないと…!
そう、大慌ての頭の中で様々な事を駆け巡らせながら猫の元へ走り、座り込んで手を伸ばそうとして……気付く。
赤色に見えたそれは橙色。橙色のそれは……ニンジン。
え、ニンジン?……ニンジンを、吐き戻した、だけ?そもそもニンジンなんて猫のご飯に出して……ぁ。
「…あなた、つまみ食いをしたでしょう」
吐いた事など何事もなかったかのように平然としている白猫の鼻先を軽くつつく。怒られているというのに白猫は何も反応せず可愛らしい顔をしたまま私を見上げていて…ああ、もう、全く可愛いなぁ。
勿論ちゃんと怒りたいけど怒るのは苦手だし、怒っても猫達がちゃんと聞いてくれるかはわからないし…そもそも怒るより病気でなく単なる吐き戻しだった事に、ほっとしすぎて録に怒れそうにない気がする。
そんなこんな、怒られているはずの白猫が撫でられようと手に頭を擦り付けてきている事実に深いため息を吐いて……気付く。
猫が無事だったなら、こんな廊下にへたり込んでいる場合じゃないと。早く彼に羽織を渡して廊下に吐き戻されたニンジンを掃除しないと、と。
気付いた勢いのまま、勢いよく玄関に目をやって………呆気にとられる。
玄関扉の向こうに影が、七尺以上ある影が……微動だにせず、立っていた。
……なぜ、入って来ないの?私の悲鳴も、猫を心配する声も、全て聞こえていたはずなのに。
「…行冥様…?」
ガシャンッ
「ひっ!?」
玄関扉が叩かれ、揺れた。それは私の問いかけに対する返事だったのかもしれないが、酷く乱暴で…力ずくに抑え込もうとするものだった。
弾かれるように立ち上がり、一歩、二歩下がる。猫が何事かと見上げている気がするけれど何も返せず…
ガシャンッ
『まい子…どうした?早く開けてくれないか…?』
ガシャンッガシャンッ
大きな音を立て、叩かれ続ける玄関から後退りをして更に遠ざかる。声も、音も、未だに鳴り続けているけれど…もう、わかっていた。わからないはずがなかった。
見上げてくる白猫を抱き上げ、抱っこを嫌がる白猫を力ずくで抑え込めば違和感に気付いたのか大人しくなる。そう、そうして。じゃないと、これはおかしい。異常だ。だって。だって。だって…!
玄関の向こうにいるのは、彼じゃない。
** SCP-872-JP **
*
扉を開けて入って来る訳でもなく、猫の体を気遣う訳でもなく、ただただ玄関を叩く"それ"が彼の訳がない。
これは、なに?玄関扉の向こうにいる影は、何なの?彼と同じ姿をしているそれは…幽霊?妖怪?あやかし?中に入ってきて、どうするつもりなの?
ガシャンッガシャンッ!
「ひっ!」
外にいるそれが、更に玄関扉を強く叩いた。木枠やガラスが揺れ激しい音を立てる。壊れるほどの強さではないがそれでも力はかなり強く…大きく揺れる扉に悲鳴をつい上げてしまう。強く抱き締めてしまった猫が暴れて逃げ出そうとしている。
『まい子、まい子早く、早く開けてくれないか。急いでいるんだ私は早く行かねばならないんだ、早く』
「…あ、貴方は行冥様ではない!…です、よね!」
『………』
ガジャァンッッ!
「きゃあっ!」
ガシャンッ!!ガシャンッ!!
「……」
扉の向こうからかけられる声は間違いなく、聞き慣れた行冥様の声。扉を叩くのも声かけも何の違和感もなく聞こえるのに、普通なら本人に間違いないと思えるのに……絶対に本人じゃない。そう思えるなんて、まさかそんな。
…逃げなきゃ、逃げないと駄目だ。
胸に抱えた白猫をそのまま、玄関から走って遠ざかる。守らなければならない家族の元へと。
玄関から遠く離れた、猫の部屋へといつの間にかなっていた部屋の中に飛び込めば幸運として手の中にいる他三匹が部屋の中にそれぞれ散らばってくつろいでいた。
腕の中から白猫が飛び降りる。それでいい、一匹だけじゃないから。
「み、みんな…逃げるよ!早く、えっと……このカゴの中へ!」
全員連れ出す。家族を守れるのは今や私だけだ。だから……カゴに全員入れて抱えて逃げ出すしか方法はなかった。勿論猫が言ったからと大人しく指示に従うなんて事はない。私の言葉を聞けどもキョトンとした顔で見てくるか、もしくは聞きもせず室内に転がっているかのどちらか。
だから私が詰め込むしかなかった。手が震える、早くしなければと思えば思うほど上手くいかない。猫達は大人しく抱かれ、さほど暴れる事もなくカゴに入ってはくれるもののどうしても他の子を入れている間に他の子がカゴから出てしまう。
「お願い、お願い大人しく入って…!でないと…ひっ!!」
遠く玄関から壊さんばかりに激しい音が聞こえてくる。焦る気持ちを追いたてるかのように……い、いや。
何、何これ?もしかして……一人じゃないの?音が、叩く音が到底一人では出せないほどの早さと大きさで…
ガジャッ!バギャッ!
「ひっ!…ぅう…お願い、みんな、早く…」
玄関を叩く音に破壊音が混じってきた。あの激しい音…開こうとする力を全て込めたかのような、叩くそれ。このままでは…壊されてしまう。玄関扉のどこかが歪み、今すぐにでも入って来てしまいそうなそれに限界を越えた恐怖で涙がこぼれ落ちる。
"あれ"…が入ってきたらわかる、終わりだ。そうなってしまえば終わりだ。だから、だから…
「…に゛ぁ…」
「ぁっ……。…あ、りがとう皆…」
膝から崩れ落ちた私を心配してくれているのだろう。四匹がそれぞれの形で私に寄り添い、近くに来てくれた。鳴き声をあげ、体を擦り付け、まるで大丈夫だと励ましてくれるかのように。
用意したカゴには白猫と虎猫が入り、黒猫が近くに寄ってきてくれていた。茶白猫は私の着物に爪を立てていて…膝にのろうとしているのだろうか。…私の家族は、守れる家族達は、全て手の届く範囲にいつの間にか来てくれていた。
これなら、私でも……こんな私でも、守れる。守らなきゃ。
黒猫をカゴの中に入れ、体の小さな茶白猫を着物の胸元を広げて中に入れたあとカゴを持ち上げて急いで家を飛び出そうとする。
…なのに。
「んんっ!?…おっも!……大きく、なりましたねぇ…貴方達……!!」
三匹を入れたカゴを持ち上げようとしたのに、あまりの重さにほんの数寸しか持ち上がらなかった。何これいくら三匹入っているとはいえ…恐らく四貫【※15kg】近くもなるなんて…この家に来たときは皆合わせても一貫も無かったのに…ああ、本当に立派になって。
「んっ、あァッ!…ん、ぐぅ、んんんっ!!」
それでも持たないなんて選択肢はないから、全身の力を込めてカゴを持ち上げ、歩き始めた。一歩一歩、ゆらゆら力無く歩けども引き返す事も止める事もせず。
ただただ…外へ向かって歩きだした。
玄関には…向かえない。未だに大きな音が…今にも壊しそうなほどの音が聞こえるのだから。あの"何者"かがいる以上向かえない。けれど草履は玄関、もしくは玄関近くの厨房にしかない……ならば、その、まま行くしかない。
猫部屋から近くの縁側へと向かい…カゴを淵へと一旦置いた後外へと足を踏み出す。足袋を履いているから大丈夫。そもそも怪我なんて気にする事じゃない。私の体の無事より、他の大事な大事な、私の唯一の家族を守るんだ…!
縁側の外の庭先、足袋越しに食い込む小さな石の痛みにこらえカゴを持ち上げる。ああ、重みに更に痛みが増す。でも、そんな事関係ない。
そのままジリジリと、時折地面にカゴを下ろしたりして、蝸牛のようにゆっくりと動いて玄関から更に離れていく。
玄関から、家から離れようにも屋敷の周りは塀に囲まれている。私の背より高いそれを飛び越すなんて出来ない。せめて呼吸を使えれば……でも、無理なんだから、私が出来る事をするしかない。
ただただ…玄関から遠くへと、向かうしかない。
ガゴジャッ!ガジャ、ドジャァッン!
玄関からは、扉を壊しそうなほどの爆音が未だに聞こえている。決して一人では叩けないほどの早さと大きさで叩かれ続けるそれは。…ああ、玄関の外には何がいるのだろう。何人、いて、なんの目的で…
……いや、関係ない。私に出来る事は、手の中に、守れる範囲にいるこの子達を守るだけ。
ガゴジャッ!ガジャァッン!!ゴジャッ!ドガッ!
…大きな家の中の奥、玄関から一番離れた場所に行き隠れうずくまれば守れただろうか。こんな庭先で少しずつ悶えながら進むくらいならその方が正しかったのでは、と。
足袋の裏に小石のとんがったものが突き刺さる。土の隙間を縫って硬い何かが足を傷付けんとばかりに攻撃してくる。痛みなんて関係ないとは思えど素早く動けない。私がどうなろうともこの子達を守れればいいと思うのに、守れるほど離れられない。
ドゴォッ!バキャッ!ボガァッッ!!
でも…私はこうした。こうなったのだから。間違いだろうと、選んだ選択を今さらどうも出来ない。今この時、この子達を守らねばならない。
例え、私が…どうなろうとも……
「貴方達、だけ…は!」
ボグォッ!ゴギャッ!メゴォッ!
憧れ望み、鬼殺隊になる為の舞台に進めもしなかった私でも…家の中からはみ出すように飛び出てもこの子達を守ると決めたその心意気と気持ちの感情を重石にして。だから他の誰がどうしようとどう思おうと。
私は、今度、今度こそ、家族を守り抜く!
だから!
……私を犠牲にしたとし………。……ん?
……あれ?何、これ。
玄関先の音が、静かになった。
いくら庭の端に移動しようとも、玄関から離れようとも……つい今ほどまで聞こえていた音が聞こえなくなるなんて、有り得ない。なぜ。どうして?
…いなくなった?でもまさか。だってそんな、いなくなる理由が何一つないのだから。いなくなる…もしかして、そもそも最初からいなくて私の思い違い?幻覚?起きているのに見た夢?
そうじゃなければ姿形や記憶を自在に操る超存在がいるという事に……
何も理解できず、私はその場から動けなかった。妙に静かな猫達そのままに。
*
足音のしない彼が戻ってきた事に気付けたのはお願いした薪用の巨木を玄関近くに下ろした音が聞こえたから。
どれだけの時間そこに立ち尽くしていたのかわからない。少なくとも体は冷えきり、猫達が待ちくたびれ鳴き始める程の時間は立っていたらしい。
「…様…行冥様…!」
玄関の外にいた異様なものとは明らかに違う気配に無意識に張り詰めていた緊張の糸が切れる。意図せず上げた声色は震えていて泣き声に似ていた。
大きな声なんて出せない。なのにそれを逃さず彼は聞き付けてくれた。
「まい子…!どうしたのだ、何があった…!?」
「……行冥さまぁ…!」
足音もなく一瞬で目の前に現れた彼、行冥様。到底人には出来そうにない素早い動きも体躯も盲目ながらの行動も。
全て全て、本物の彼である他なく…器から水が溢れたように涙がこぼれ落ち感情のまま彼に抱き付いた。腹辺りに来たいきなりの衝撃に何かを言う事もなく、逆に片膝をつき抱擁しやすくしゃがんでくれた。
首筋にすがり付き言葉なくしがみつく私を落ち着かせるよう背をさすった後片手で抱き、もう片手でカゴを持ち上げ立ち上がった。
なぜこうなったのか。事情を聴くにも今の私では返せないと判断したのだろう。猫達を全員連れ出し、履き物も履かず庭先に凍えるまでいた上泣いている私では。
だから、私達を楽々抱えれる彼の次の動きとしてそれは何も間違っていなかった。
縁側をぐるりと回り玄関に、向かうことは。
「ひっ!?」
「……?……何だ、これは?」
それ、を見て伝える事が出来るのはこの場で私だけだった。けれど予想は出来ても実際に目にするのとは訳が違う。だからなにも言えず咄嗟に彼の頭にしがみついてしまった。過去覚悟を決めた鬼の悪意とは全く違うそれは…防げようのない恐怖だったのだから。
私の奇行に首をかしげ、行冥様は一呼吸置いた後カゴを持った手を扉へ伸ばし…止まった。
見えない彼はそこでやっと気付く。
玄関扉の異常な変形に。
あちこち強い力で叩き続けた結果だろうそれは枠を歪め、硝子を割り、扉としての形を保っていなかった。無理矢理こじ開けたかのような穴もある。
それでも人が入れる隙間ほどは空いておらず通常ならば誰も入れるはずがない。私が見た影は行冥様の形をしていたのだから七尺以上はある。
けれど…"あれ"は、人でも鬼でもなかったあれは…
「…人の力でここまでの破壊を…?いやそもそも目的が…」
「違っ、あの……」
「………」
彼に伝えなくては。どんなものがどんな姿でどう騙して入って来ようとしたのかを。
けれど恐怖が喉を詰まらせて何も言えない。言葉が出てこなかった。伝えなければ行冥様は何もわからない。わからない、というのに。
口を魚のようにパクパクするしか出来なくて、伝える、言葉に出す事そのものが得体の知れない存在の恐怖に負けて出来なくて。
なのに彼はそんな私の様子を感じ取ったのだろう。支えている腕が微かに動いた後顔を、触れ合うように寄せてきた。あまりの近さと熱に別の意味で何も言えなくなる。
恐らく常のように撫でてくれようとして、両手が塞がっているから…かな。
「…どうやらお祓いをせねばならないな。そうだろう…?」
「はい、ありがとうございます行冥様…」
言わずとも、切れ者の彼は気付いてくれた。得体の知れない存在に。更に優しく気遣って解決法まで提案してくれた、優しく忙しい彼と違いほぼ常に家にいる私のために。
それで解決してくれればいい。してくれないと困る。
人からなる哀れで悲しい存在の鬼とは違い、超常現象に近い…お化けや妖怪、物の怪のような類いは命を食らわず隙間に入り込んで壊してくるのだろうから。
ああ……怖い。怖かった。
可能ならば、許されるならばこの恐怖が和らぐその時まで片時も離れずお傍にいたい。
優しい彼にそう言えば恐らく受け入れてくれるだろう。そんな甘えは……今だけ、今夜だけ許してくれないだろうか。
SCP-473-JP ごめんください
オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)
SCP-473-JPは一人でいる時に訪ねてくる、何者か。本来はチャイムを鳴らしてインターフォン越しに知り合いの顔と声と内容を伝えてくる。でも外から見ると誰もいない。
扉を開けたり、開けずに9分間家の中で待っていると中にいる人と共に消失する。どこに行くのかわからない、怖い。好き。
悪霊はお祓いする派な悲鳴嶼さん。そして多分本当に四六時中傍にいても悲鳴嶼さんは怒らない。優しい。
SCP-872-JP http://scp-jp.wikidot.com/scp-872-jp
著者:Red_Sun 様
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