・強引な販売員のようです、の時系列的に続きです。
・仮面のようです、の続きでも面白いですがこちらは読んでなくても大丈夫です。
朝晩の冷え込みはますます増し、秋の気配を否応なしに感じさせてくれた。猫達は当然のように布団の上や中に潜り込んでくるし、触れる自然の水も体の芯まで冷やそうとばかりに冷たくなってきた。
今は彼…行冥様は柱としての担当区域の見回り中でいない。彼がいる内はこんな勝手をするのは少し憚れる…こんな、近くの森とはいえ一人で勝手に出歩くなんて。
私は病気ではない。一人で歩けるし、落ちている葉や枝を踏んでずんずんと進む事に何の問題もない。……途中で力尽きて倒れる何て事、恐らく無いだろう。多分。…ないと思う。
彼は少し心配性だけど……そう思わせてしまう私の体がひ弱なのも事実。ああ、そう思わせなくならないかな。…ならないだろうな。そうなる時がくればいいな。
「ん…いい香り…」
整備はされてはいないものの、平坦な道を歩き続けていれば鼻先をくすぐる甘ったるい香りが漂ってくる。
この匂いは…近くに金木犀の花があるのかな。あの橙色の小さな花を顔を動かし探していればほんの僅か頭上の岩肌に生えている金木犀を発見。あんな岩肌に咲いているなんて…立派な木だなあ…
そう、思っていれば気付く。
その木が生えている岩肌の下、割れ目から出ている苔むした根っこに突き刺さっていた人工物の存在に。
「……え、なんで…?」
その人工物は夏の日差しを忘れ去った照り具合に順応し、私の元へと穏やかな明かりを反射させていた。
あれは…斧?
** SCP-437 **
どうしてまたこんな所に斧が?不法投棄?でも根っこに刺さっているし自然に出来た形ではない。というかまるで使用途中のような…それなら忘れ物?
けれどここら一帯は鬼殺隊…というか岩柱の敷地だろうし忘れ物はおかしい。……んん?不法侵入の上忘れるなんてあり得るのかな。
近付き柄に触れてみる。木製のそれに誰かが触れていた熱は残っておらず、金属製の刃の部分はサビに覆われていた。この状態では切れ味の一欠片も感じない。
家で使っている斧に形は似ているけど別物。こんなに錆びるほど放置なんてしてないし…やはりこれは長い間放置されている。突き刺さっている事実、それさえなければ投棄物と考えれたのに。
とりあえず持ち帰ろう。自然の物じゃないこれをそのままにしておくのは良くない。
何かの機会に行冥様がこの斧の存在に気付いたら心を痛めて慈悲の涙を流されるだろうし…黙見て見ぬふりは罪だ。
大丈夫、そんなに大きくないし私でも…うん。問題なく持てる。
軽く持っただけで根っこから錆びきった刃は抜けて…こんなにあっさり抜けるのならどうして突き刺さったままだったのかという疑問が出てくる。うーん、やっぱり不思議。
まぁいいや。とにかく散歩は切り上げて持って帰ろう。
来た道を戻り、家の屋根が見えた時ふと思い付く。有り得ないとは思うけれど一応家の薪を切る斧を確認しようと。
玄関から道を外れ、近くの薪割りをしている場所へ向かい確かめる。うん。間違いなく普段使いの斧は大事に保管されているし錆びるような事もなく手入れされている。
なら当然ではあるけどこの斧は別の人があの場所に……忘れたものと信じたい。答えのない憶測で悪意のある考え方はしたくない。
このサビを取り除けばまだまだ使えるだろうに、あんな場所で錆びて……ああ、彼ならこう考えただけで泣いてしまうのではないだろうか。
しかし、斧。うん、斧だ。薪割り用ではない小さい、木を切るための斧。彼の鬼を斬るためのものでもない…斧。
片手で持てるかな。出来そうなほど小さいし……うん。
「……岩の呼吸三ノ型、岩軀の膚!!……ふふっ…」
静かな辺り一面にツンと鳴った私の声。
彼のように鎖も鉄球もない、そもそも危ないから斧だって振り回したりもしていない。呼吸も使えない貧弱な体で出来るだけの、斧を前に突きだし憧れの遊びをしただけ。
子供のような、みっともないというか…何だか少し恥ずかしくなって照れ笑いをしてしまった。型も何もない、刃物をただ振り回すという少し危険な遊びをしただけなのだから。
「……んんっ」
「!!!」
なのに近くから聞こえてきた咳払いに体が跳ね固まる。擬音でしかないそれだけど、その音には声が混じっていて…その声は何より聞き覚えのある……
恐る恐る……ゆっくりとその場所に顔を向ければ…家の中、厨房の窓から見慣れた隊服と羽織が覗いていた。手には湯呑みを持ち喉を潤しにでも来てい、た……?
顔が頭が噴き出し茹で上がりそうなほど熱くなっていく。背中には冷や汗が流れて、全ての事がなかった事にならないかと願った。
…ならなかったけれど。
「……お…お帰りなさいませぎょーめぇさま……もっ、どられていたとは……思いもよらず…」
「うむ。戻った。……まい子、その…」
「きゃああ!良いです、良いです!何も言わなくて!!」
震える声のまま出迎えの挨拶を外にいる私が家の中にいる彼に掛ける。それを行冥様は受け取り、そのまま私に何かを言おうと…
けれどそれを大声ではね除ける。今だけは優しい慰めも何も聞きたくない!わたわたと大慌てで弁解をしようにも…慌てた事で咳が出てきた為に、斧を持った反対の手で口元を押さえる。
「……すまない、声掛けするのも迷いはしたのだが…」
「…いえ、私の勝手な事情ですので……ですが何も聞かなかった事にして見逃して欲しかったです…」
そんなどたばたした気配を感じた彼の困った顔と涙を見て、申し訳なく思う。けれど…こんな自業自得とはいえ辱しめを受けるならばほんの少しでいいから…後からの声掛けにして欲しかった……いや、それはそれで辛いか。だろうけど
「南無……型といい…場所が場所だったのでな。まさか斧を振り回しているような事はしていないとは思ったが…」
「あっ…なるほど、そうでしたか…」
三ノ型は確かに行冥様のいう通り、斧を体の近くで振り回すみたいな型だから…彼の心配するそれもなんら間違いではない。場所の選択も彼の考えている事と違いはほとんどない。むしろ本当に私が行っていたならば声を掛ける事を選択するのも当然。
けれど、そうではない。
「大丈夫です、すみません。斧は振り回さず、それに斧は斧でも別の斧なので」
「む?」
「森の中で、斧を拾ったのです。それも錆びきった何も切れなさそうな斧を」
「…待て、そちらへ行く」
見えない行冥様では私がどうしていたか、そもそも何を持っていたかが詳しくわからないだろう。だからそう伝えれば…意図は理解されたのだろうけれど、それでも納得が出来なかったのだろう。
窓から姿が消えた後、大きな体を少し屈ませ扉から彼が出てきた。手に持っていた湯呑みは無くなっている、置いてきたらしい。
「どれだ?」
「これです。あちらの…えっと、三本のくぬぎの木がある所ですね。金木犀がとても良い香りでした」
「ほう、そちらまで一人で?私がいない間に散歩するとはよほど体調が良かったのだな?」
「……あっ…はい……スミマセン」
「別に責めている訳ではない」
差し出された彼の手に斧を差し出す。大きな手に触れ、錆びてはいるけど刃に触れるなら慎重にしなければと導く。
その最中……ああ、馬鹿な事を言った。嘘をつく訳ではないけれど、心配をさせる、勝手な事をしている自覚があったからいないだろう時間に行ったのに…
自己嫌悪な反省の真っ最中、彼は唸った。見上げれば斧の刃に触れ、柄に触れ…首を捻っていた。
「これが…その木の元にあったのか?…この、斧が?」
「はい。こんな錆びきった斧が置かれる…といいますか、刺さってました」
「ふむ……妙だな、誰彼構わず入られるような場所ではないのだが…」
「そうですよね!?あまり昔に置かれたものではないとは思いまして…!」
麓の町の人達は知っているだろう、鬼狩り云々ではなく誰かが所有する山だろう事は。それは今彼の事だけど…別に禁止を出している訳でも、入った所で咎めるような事もないから入る事はあるかもしれない。
それでもこんな山深くまでくるだろうか。うーん、わからない。
「…まぁ、何にせよだ。放って置くわけにもいかない…良く気付き持ち帰ってくれた」
「!…ありがとうございます」
差し出された大きな手に斧を手渡す為に差し出した。
…はずなのに。
ぶじゅり、と肉を断つ音と共に彼の手に乗ったのは切り落とされた私の左手首から先。
斧が到底有り得ないような動きをして、持っていた私の手を切り落とし、真横に飛んだ。そのまま近くの木にぶつかり跳ね返り戻ってきた。
そのままの勢いで今度は私の左脛から下を切り落とした。理解する前に支えを無くした私の体が倒れそうに崩れ、前にいた行冥様が抱き止め支えてくれる。
……えっ。
なに、何が起き…え?手と足を、切られた?痛みも無く?……えっ?
「…ぁっ、あ゛ぁぁ!!」
自覚した途端、赤くなるほど熱せられた火鉢を押し当てられているような痛みに鈍い叫びが漏れる。心臓が胸を大きく叩く度に腕先や足先から勢いをつけて血が流れる。
嘘、嘘だ、なにこれ、有り得ない!あんな錆びきった斧で、こんな!
それでもじうじうと焦がされ続ける手首や足の痛みをなげくより、わめくよりしないといけない事がある。
私の手足を切り落とした斧は未だに跳ね続け、勢いをつけている。まるで私よりもっと大きな物を狙っているかのように。
跳ね返ったそれが行冥様へと向かって飛んでいくのが見えたのは偶然でしかなかった。身体能力も目も特別良い訳ではない私が見えたのは。
避けて、とも。危ない、とも言えなかった。それを言えるだけの時間もなかった。もはや斧の速さはそれほどの速さになっていたのだから。
斧は目で追えないほど速いのに、なのにその動きはゆっくりに見えたのはなぜだったのだろう。まるで走馬灯のように。
「岩の呼吸弐ノ型」
聞き慣れない音がした。大地が唸り怒るような音が。
「天面砕き」
目の前で爆発が起きた。
違う起きてない。揺れた。爆音が鳴った。違う。
……なに?何があったの?
私を支えてくれていた腕が私を抱き上げる。その反動、動いた事でどぷりと血がまとまって溢れ出た感触が手足から伝わってくる。
目線が上がった事で反射的に目線が下を見る。そこには予想もしていなかった景色が広がっていた。
私達…否、行冥様が立っている地面を中心に土の地面が大幅にへこみ、ひび割れていた。正確に言うならば行冥様の右足を中心に。足の下には地面に埋まり、踏みつけられた事で柄が折れている斧が。
…先ほどの爆発のような、ものは。彼が…
「すまない、少々動く」
言われるが早く景色が瞬きの間に移動し、気付けば厨房にある木の床に寝かされていた。何事かと体を起こそうとしたのになぜか異常に体が重く、起き上がるのが億劫で。それでもなんとか顔だけ動かし現状を把握しようとした。
目の前には…行冥様。着物の裾を膝上まで捲って……ああ、止血されているみたい。腕も、かな。行冥様の力で締め付けられてるから血管が完全に止められてるのだろう…けど……いた、い。
「ぎょ…」
「喋るな。呼吸による止血が出来ないまい子では出血が酷い、すぐに貧血を起こし意識を失ってしまう」
先ほどまで着ていた羽織が無くなって……ああ、頭の下にあるこれかな。自力で起き上がろうとする私を彼が支え、手の中にある小さな何かを口の中にいれてくる。
これは……錠剤?薬?……あっ、これは…"例の"?舌先に硬いそれが行冥様の指と共に入ってきたあと、口元に湯呑みを当てられ少し苦いお茶が流れ込んでくる。
「咳き込み吐かないよう、ちゃんと飲みなさい。"これ"を飲んでも失ったものはすぐに戻らない。だから……ゆっくり、眠りなさい」
喉が動き、飲み込んだのを確認したのだろう。頭を支えていた腕をゆっくりおろし、大きな手で顔を覆ってくる。暗くして…寝かせるつもりだろう。
全く…子供じゃないのです。そんな事をしなくとも、眠れ…ます。
……ああ、でも。目を閉じればとんでもない後悔が胸の中を占める。私が斧を持ち帰ったのが全て悪い。
持ち帰らなければ手足を失うような…事故、は起きなかった。彼が地面を叩き割るような技を出す事も手足を切る事がなかった斧を破壊する事も、貴重な薬を使う事も…
「自己嫌悪に陥る必要はない、あれ、は放っておいてはいけないものだ」
なのにこんな私の心境を見たかのように彼は言葉をくれた。気配で感じたのだろう、私の痛みが理由でない憂鬱を。
「あれ、は。普通ではない……まい子があれ、に危害を加えられただろう?この、細く儚い手足を」
そんな優しい彼の…低く落ち着き、一言一言が溶け込むような優しさの声が耳に入る度に意識が遠のいていく。
ああ…重たい。眠い……薬は睡眠薬ではないけれど、血が少なくなった体は眠りを求めている。けれど彼がまだ喋って…
「私の手のひらに乗せられた切断された手は……まるで霧か霞のごとく……一瞬で風化した。恐らく、足もだ。…まるで頸を斬られた……鬼の、ように」
手足の痛みが……徐々に引いていく。これは薬の…おかげなのだろう、か。目覚めた時には、どうなっているだろう。
別に手足が生えているとは思わない。けれど…
あんな危ないもの、二度と触りたくないし、触ってほしくない。善良な、誰かには。
SCP-437 きこりの斧
オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)
SCP-437はサビまみれの木製木こり用斧。サビまみれで木なんて全く切れないのに使用者の手から離れるとありえないような動きで跳ね返り、使用者の手足を攻撃し切断する。
切り落とされた手足は一瞬で風化する。実は切られた手足にほとんど痛みはなく、血もあまり出ない。でも見栄え重視で変更しました、ごめんね。
SCP-437が改訂された事に気付き、この旧SCPきこりの斧を気に入ってた為慌てて書きました。元報告書が削除されたって事で壊されました。
著者:不明
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