鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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弐拾壱話 寒い山にいるようです(前編)

 

 

 寒い。寒い。寒い。

 ああ、本当になんて寒さなのだろう。体の芯まで冷えきってしまいそう。

 

 今現在は夜で、闇夜に紛れて辺り一面を白く染め上げている雪景色は見えない。それでも家の中ですら吐いた息は白く染まるほどの気温で。

 火をくべた囲炉裏や火鉢を焚いていた部屋から寝室へと移動する廊下や移動し終わった室内ですらどうしようもない寒さを感じる。灯りの乏しい室内はますます冷たく感じる。

 

 

 「うぅッ!冷たい、寒いぃ…」

 

 柔らかな綿の布団は熱を閉じ込めるには適していても一番始めは冷たくて仕方ない。氷とまでは言わないけれど体温をさらっていく布地に熱を奪われてしまう。震える体を抱きしめ、熱い熱い息を吐き出すしか私には出来ない。

 このひ弱な体はこれだけで熱を出してしまいそうだ。

 

 「南無……大丈夫か?」

 

 すぐ近く。二尺も離れていない距離からかけられた心地良い低音は常と違い同じ高さから。中に潜り込みかけていた頭を布団から出して声の主の元に寝転んだまま向き合う。

 かろうじて表情が見える暗がりの中、私を気遣うような優しい顔で行冥様がまっすぐこちらを見ていた。もちろん彼用の大きな布団に寝転んで。

 

 

 今のように吹雪く風の強い日でさえ鬼殺隊に休みはない。鬼がこの世からいなくなるまで、鬼の始祖を滅するまで終わらないだろう。だから束の間の平穏は大事に過ごしてほしい。

 こんな季節柄のささやかな辛さに心配させてはいけない。そもそも彼のいない時にも同じような弱音を吐いているのだから、今くらい我慢すればよかったのに…ああなんて愚かなのだろう!

 

 「大丈夫です行冥様!…ただ布団が冷たかっただけですので」

 「嗚呼…確かに凍える、な」

 「いつもは猫達が一人か二人は共に添い寝してくれるのですが…今日は振られてしまおました」

 

 私が寒いのと同じく猫達だって寒いのは寒い。いくら毛皮があろうとも寒いのは寒い。

 今日は火をいれていた部屋に全員留まっている、もちろん火は火事にならないよう消してきたし陶器にお湯を入れた湯たんぽを置いては来たけれど徐々に気温は冷えていくだろう。けれどまぁそうなっても困らないよう温かな布地をたくさん置いてあるし、潜り込めばかなり暖かいはず。何より全員で集まり猫団子を作れば大丈夫。

 だから今平気でないのは私だけだ。行冥様は元々寒さに強いのか、それら関係の弱音を聞いた事はない。理由は恵まれた体格の為なのか呼吸の為なのか…どちらかはわからないけれど。

 

 

 「なるほど……ならば今日は私と寝るか」

 

 だから、そう穏やかに告げられても理解出来なかった。一瞬どころか、しばらく。

 

 

 「……え。…あっ、いや…大丈夫です、よ?」

 「遠慮など必要ない。嗚呼、氷のように冷たい手…早く暖めねば」

 「ふぁっ…!?」

 

 暗がりの布団から出てきた大きな手が私の布団の中に入ってくる。ガサゴソと何かを探るようまさぐっていた大きな手のひらが私の二の腕をつかんだ……と思った瞬間。

 一瞬にして暖かな布団の中に潜り込んでいた。

 

 「…ッ!?」

 

 あまりのその早さに何がなんだかわからなくて。そして理解しても何も声はでなくて。行冥様の動きが追えないのは常の事ではあるけれど…こんな風にされるとは、こんな事が起こるとは想定もしていなかったから。

 いや別に同衾事態は今夜が初めてではないけれど、それにしては急すぎて……すると前もって決まっていた時と違い心臓の脈打ち加減が違う。うろたえドコドコと早鐘を急激に打ち初めて、少し苦しい。

 

 「ぎっ、行冥様…?」

 「もっと近くに来なさい。嗚呼…なんと凍えるような体だ、暖めよう……」

 「…えっあ……ひゃ…ッ」

 

 大きな手が足が、体に巻き付いてくる。長い長いそれらは私の体を拘束するにはいとも容易く、また暖めるには簡単過ぎた。ごうごうと熱を発しているかのように暖かなそれらは、言うが早く瞬きを数回するだけのわずかな時間で私の体を暖めてくれた。

 力が強いのは、敵わないのはわかっている。彼の手の中から抜け出す事なんて天地がひっくり返っても出来やしないし、もっと言えば彼を裏切るような事もしないだろう。けれど…

 

 「あっ、あぁあの、行冥様…!」

 「ふ、む。か弱き体だ…耳たぶまで儚く、冷たく柔らかい…」

 「ひゃっ!」

 

 寒さに負け霜焼け気味の耳たぶを、耳を彼が転がし、暖め、濡らし、溶けていく。

 常であれば顔と顔がこんなに至近距離で向き合うことはない。身長差がとてつもなくあるし、寝そべっていなければこんなに近い場所に顔はない。なのに。なのに、こんな…

 

 無意識に、息を飲んだ。

 

 寝間着をなぞる手のひらが。体の線をよりも大きな手が。耳をくすぐるその息が。身長差で固定された部分に触れる体が。

 

 

 「ぁっ……ぁ、ぎっ…ぎょめ…さ……ぅ、んっ…」

 「な、ぁ……まい子…。大丈夫、大丈夫だ、から……」

 

 

 触れそうな距離の、触れる距離の吐息が。熱い。

 

 

 「私が隅々まで、暖めようか…」

 

 

 彼の低い低い声に頷く間もなくとろけていく。

 心臓が異常に脈打って。吐息が濡れて。はだけた寝間着の隅々まで、熱を持っていた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 はいはい、ありがとう。間違いないよ。こんなに寒く足場も悪い中、遠くまで申し訳ないね。

 それに体調悪いんだろう?風邪を引いているんじゃあないかい?確かに今日の約束で、貴女じゃないと駄目とは言ったが歩けない中抱えられてまで来てもらえるとは…まあ、貴方は立派な体格をしていらっしゃるからね。抱えるならばさほどの苦ではないかもしれないが。

 …ああ、まあ、そういうもんさ。

 

 いや用事はこれで大丈夫だよ。もう少しゆっくりして……そうかい?急ぐなら仕方ないね。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 どうしても外せない用事がある、そう彼女に言われたのは今朝の事だった。

 

 その時点で「わかった、気を付けていきなさい」等とまい子一人を送り出すなど非道な事出来る筈がなかった。

 立ち上がる事も辛そうな彼女でなく、私で出来る事なら一人で済ませに行くと言えど…彼女自身が必ず行かなければならないという。色々強い話し合いの末、私が彼女を抱えて移動するという結論になった。

 

 道中、最中、色々あれどどうにかこうにか用事を済ませた私とまい子は帰り地を進んでいた。自宅まではまだまだ距離がある、そんな山中を。

 

 

 ハラハラと降りしきる雪は歩く道を不安定にさせ、時おり吹く冷たい風は羽織りを巻き上げる。まるで歩みを止めんとばかりに。

 

 寒さ。気温。吹きしきる風。舞い散り積もった雪。

 この程度の妨害で私が歩みを止める事はない。私が止まらなければ腕に抱き上げている彼女が止まる事もなく時間さえかければ無事に屋敷まで戻れるだろう。早く戻り、ゆっくり休ませてあげたい。

 

 

 「確かに今日だと言い忘れていた私が悪いですよ?悪いですが……あぁ、こんな……ぅぅうう~…!」

 

 腕の中で呟かれていた独り言はどうにもならない後悔混じりの呻き声で段々と小さくなりぶつぶつと念仏のようになったかと思えば勢いついたまま揉み上げから首筋に頭と顔を押し付けてきた。

 昨夜から数え続ければかなりの時間私の領域内にいて、抱き続けているまい子の体は相変わらずひ弱で小さく、血の気を感じれないほど冷たかった。どれだけ厚着をさせても絶対的に足りない筋肉量が彼女を冷やしていく。

 

 何の気休めにもならないかもしれないが、抱く腕の強さを更に強くする。肌に、着物や羽織りに張り付く雪を払いながら。

 …そして、これこそ何の気休めにもならないだろうが、声をかける。

 

 「そんなに気にしなくとも良いのではないか?御婦人に何を言われた訳でもないだろうに…」

 「…確かに言われてはないです…が。しかしあの生暖かい目が、目がですね…!」

 「しかしそれは責める訳でも咎める訳でもないだろう?」

 「それはそうですが…」

 

 踏みしめた雪の下に石があったのだろう。音と感触が違った。この程度の事で揺らぐ体幹ではなく何事もなかったように進める。今の私は一人ではない、無茶な行動も運動も出来やしないのだから一歩一歩着実に進まねば。

 痛まないほどの強さで抱き締めている腕に力を巡らせる。この行動自体…他に手段がなかったからだ。しかし。

 

 

 「…それとも、私を…私では、恥ずべきと?」

 「!」

 

 まい子が驚いたのが感覚でわかる。

 嗚呼…この問い方ではまるで私の方が責め咎めるようだ。そうではない、そうではないが。困らせたい訳ではない。

 ただ少し……そう、少しだけ。

 

 

 「……もうっ、いけない人です行冥様!…意地悪です、そのような事……解られているでしょう…!」

 「ははっ、すまない」

 

 戯れたかっただけなのだろう。彼女が身動ぎするたび細い髪が首筋をくすぐり笑いがこぼれる。その事が心境と重なり声をあげて笑ってしまった。まい子の抗議の指先が頬を摘まむも、その冷たさそれすら愛おしい。

 

 

 

 その時、一つの風が私達の肌を撫でて吹き抜けた。

 そしてそれに混じり小さな…

 

 

 「……む…?」

 「…?どうしました、行冥様?」

 「いや……今、微かに猫の声が聞こえたような…」

 「え、えっ!?猫ちゃんがですかッ」

 

 聞こえ、思った言葉そのまままい子へと伝えれば案の定驚かれる。当然だ、呟いた私自身でさえ信じられない。まさか雪が降り、二寸近く積もっているこんな雪山の中……猫がいるのだろうか。それも声色からして…かなり幼い…

 絶えず進めていた足を止め、辺りを見渡し耳を澄ます。…聞き間違いなら構わない、気のせいであるならそれで良い。寒さで苦しんでいる猫がいないならば。

 

 木々の隙間を吹き抜ける風の音だけが聞こえる。それらを聞き違えたのだとしたらそれでいい。それで……あってほしい。

 ……だが。

 

 

 「!行冥様、今私にも聞こえました!子猫の鳴き声のようなものが…!」

 「南無…やはりか。まい子すまない、少しだけ寄り道をしても良いだろうか…」

 「勿論です!こんな寒い中…凍えているのだとしたら、早く助けてあげましょう!」

 

 私だけでなく再度聞こえたそれをまい子も聞き付けたとしたならばそれは間違いのない事実なのだろう。脳内に思い浮かぶは雪を避け、風の当たらない場所に縮こまり震えに震えている汚れ痩せこける猫の姿。

 その勝手な想像だけで瞳から涙がこぼれ落ちる。頬を伝い下に落ちたそれは雪を溶かすのかはたまた凍りつくのか…見えない私の目では何もわからない。

 

 それでも猫を助けに向かう事は出来る。見えなくとも、気配や音、全ての四感…いや味覚を除いた三感を使い探す事は出来る。それに、なにより。

 

 

 「私も探します!大丈夫です、目は良いのでどんなに小さくとも見逃さないようにしますから!」

 

 今の私にはか弱く儚くも、尊い眼がついている。抱き寄せた弱々しい体は今にも凍えそうでもその言葉は何よりも頼もしい。腕の向きを少々変え柔らかい頬に自身のそれを擦り寄せる。

 とっかかりにもならない傷を撫で上げ、触れ続け私の熱を移す。触れたそこの温度が上がったように感じるのは自意識過剰だろうか。それでも感情そのまま行動で礼を伝え。

 

 「うむ……頼りにしている」

 「は……。…は、いぃ…頑張ります…!」

 

 まい子の声が少し震える。それは寒さで、なのだろうか?今彼女がどのような表情をしているのか見えない私ではわからない。両手で触れれればわかるが、抱え塞がっているこの状況では不可能だ。

 しかし今最も優先すべき事はまい子の表情を読み取る事ではない。聞こえた小さな命を探す事だ。

 

 

 

 私は足を道から外し、山へと踏み入れた。

 

 猫を、早く鳴き声の主を見つけ出さないといけない。見付け、保護をして……迎え入れる事が最適ならば、そうしよう。

 

 

 

 




 ─ 後編に続く
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