鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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弐拾壱話 寒い山にいるようです(後編)

 

 

 

 ろくに手入れのされていない木々の隙間を吹き抜ける風は遥かに強かった。寒さに弱い彼女を出来る限りの方法で暖め、それでいて目では探せるようにしていた。私も全ての感覚を使い、微かに聞こえた猫の存在を探していた。

 

 どこにいる。寒さで震えて苦しんでいるその姿を早く保護せねば。早く、早く。

 

 

 

 そうして、山に足を踏み入れ探す事数分。私の耳も、鼻も、感覚も何もとらえられず見付けられないまま更に足を踏み出そうとした……その時だった。

 

 

 

 「……ぇっ…」

 

 まい子の発しようと意識した訳でもない、こぼれ落ちた声が私の耳に入った。それはナニモノか、を目にとらえた為にこぼれ落ちた声色。

 だから一瞬探していた猫を見付けたのかと思った。が。

 

 首もとに回されていた腕が、力を込めて抱き締められる。それは嬉しさや達成感からのものではなく、むしろ……

 

 「…まい子…?」

 「……ぎ、行冥様…!」

 

 微かに震えるそれは寒さでない怖さから来たものだと声色含めすぐに理解する。突如怯え始めた彼女の背に手を回し何事かと、何を見たのかと、危険な生物…例えば冬眠し損ねた熊やうろつく野良犬でもいたのかと尋ねようとしたその時だった。

 

 

 『…に、ゃあ……』

 

 

 「………」

 

 私とまい子が探していたであろう、声の主を見付けたのは。

 それはほんの九尺先にいた。たたずんでいるのか座っているのかわからない……辺りに視界を遮るものは何もない、開けた雪深い場所に()()はいた。

 

 

 子猫が普通に何事もなくいるとは思えない、しかしそれでもそこに間違いなく声の主はいる。

 ならば状況はどうであれ、すぐに保護するべきだ。この寒さの中、屋外にいつまでもいるのはよろしくない。猫も、まい子も。すぐに抱き上げ、連れて帰るべきだ。

 

 

 

 普通、ならば。

 だが。だがしかし、そうはいかなかった。いけなかった。出来なかった。問題が…ある。

 

 

 その猫がいるはずの場所を見て、まい子が怯えている……私の首筋に力一杯抱き付き、触れ合う場所からわかるほど寒さとは違う歯を噛み鳴らし震えて…それでも目線を外さないようにじっと見つめ続けている。

 

 

 

 ……ここで一つの可能性を思う。いない、が。まさか、そんな?

 

 

 私達が聞いたのは、今彼女が見ているのは………なん、だ?

 

 鬼ではない。経験でだが肌で感じる、即座の対応での危険を感じてはいない。

 しかし………そう、だ。

 

 

 

 

 目の前にいるのは、猫でも、動物でも………そもそも()()()ですら、ないもの、だ。

 

 

 

 

 

 ** SCP-580-JP **

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 私の目に映る景色はほぼ全て、白かった。

 

 木々を染める、地面を染める、遠くの山を真っ白く染める雪景色。

 その中で私は景色に溶け込みそうなたった一つの白いものをただただ、見つめていた。いやむしろ睨んでいた。目を逸らす事が出来なかった。

 一瞬でも目をそらせば辺りの白に溶け込み、二度と見付けれないかもしれない。その可能性が視線を逸らす手段を奪ってきた。

 これは、目でとらえていないと駄目だ。

 

 ()()を見続ける事で体が気温ではない寒さを感じ、抱き抱えてくれている行冥様に強く強く抱きつこうとも、体が無条件で震えようとも……どう足掻いても、目を逸らす事が出来なかった。

 

 

 だってそれは、()()()のようなのに、()()()ではなかったのだから。

 

 

 なに、あれは……あれは、何…!?

 

 

 「まい子、大丈夫か!何がいるのだ!?」

 「ぁ……え、っと……」

 

 それ、との距離は九尺ほど。行冥様ならばその存在を感じるに問題ない距離なのに、彼の言い方では()()の存在をとらえられていない事を示していた。普通ならばありえない、彼は見えない代わりに耳や感じる感覚の鋭さは人並みより数倍鋭いのだから。

 なのに私にしか、目でしかとらえられない存在。真っ白なそれ。

 

 「雪で出来た…手足の短い人型の塊に見えます。大きさは大体…一尺四寸(約40cm)くらいでしょうか。その雪の塊が…その、う、動いて浮遊してます…」

 

 子猫よりは大きく、人としては小さく…雪だるまにしては人型でなおかつ動いている。顔に見える場所に目も口もないのに猫のような声は聞こえる。そんないるはずもない生き物が、目の前にいる。

 

 …実は私が寒さの限界を超えた為に見ている幻なのだろうか。それならば行冥様が見付けれないのも当然、問題解決。…そうであれば良かったけれどそうはならない。始めに声を聞いたのは私ではなく行冥様なのだから。

 

 

 なに、何なのあれは…。妖怪?幽霊?嫌だ…未知のものはとにかく怖い、悪意の有無も真意も計り知れないから。

 目がないそれはこちらを見ているのか余所を見ているのか何もわからない。無い口から発せられているのかもわからない言葉は意味を持たない。鋭い牙や爪がなくても鬼のように不思議な力を持っているかもしれない。

 ささやくほどの小さな声で彼に訊ねる。この距離ならば風に遮られる事もなく何の問題もなく通じた。そして小さく否定される。

 

 「…鬼ではない。報告を聞いていない上、感覚も違うと…ほぼ間違いなく思える。だが何かもわからぬそれにこれ以上…」

 「…です、ね。関わらず、離れた方が…?」

 「うむ。そうすべきだ…」

 

 わかる結論は寒さに凍える猫はいなかった、それだけ。それでいい。この存在の正体なんて知るべき事はではなく、本当に知るべきかなんてわからない。無意味に好奇心で首を突っ込むべきではない事態は世の中にはある。

 とにかくこれは、深く関わるべき存在では絶対に無い。寒さでない悪寒が先ほどから走りまくっている。行冥様の首筋に抱き付き、頼れる軸を傍に置かないとくらりと倒れてしまいそうだ。

 

 

 行冥様はゆっくり動き出した。雪の上で必ずする踏みしめる足音を消すなんてどうやっているのかわからないけれど、とにかく無音で歩き出した。

 ()()はこちらに対して何の反応もせず、ただ空中を漂っていた。距離が徐々に開き、数分前に通り抜けた木々に囲まれた岩の影に入るまで目を離さなかったけれど…"それ"は移動も何もしなかった。

 

 真っ白い景色から、真っ白の場所を抜け…真っ白の場所に移動する。

 

 「先ほどのは、追っては?」

 「来ていません。もしかしたらあの開けた場所を住み処にしていたのやも」

 「南無……雪で出来た正体不明の、生物かどうかもわからぬ存在。後に調べてみよう……だが今は至急に戻るべきだ。良いな?」

 「はい、了解しました行冥さ……」

 

 その提案はこの気温に徐々に弱る私を気遣っての提案。その優しさに心を打たれ、高らかに返事をしようとして……喉が詰まったように声が出なくなった。

 

 気付いた。

 

 ここは木々の隙間を吹き抜けるあれだけ強い風が岩で遮られている為に、とても静かで会話がしやすかった。なのに風が無いこの場所は、窪みになっているためか先ほどの開けた場所より体感的に寒かった。 

 …本当にこの寒さは地形と体感的なだけ?視覚のせいではない?

 

 

 本当に……目の前に広がる木々の影や岩の隙間にいる、軽く三十を越える雪で出来た人型に関係していないのだろうか。

 

 

 息が、つまる。

 目がないのに、多くの目に見られているみたいに感じる。

 

 

 「どうしたまい子…?」

 

 その視線を、存在を感じる事が出来ない行冥様に何事かと訊ねられる。その低音に雪の塊が反応した、気がする。こちらを殺意を込めた視線で睨み付けている…そんな訳ないだろうだろうに数の暴力でそう思えてしまう。

 

 「さ…さっきの、が……たくさんいて…こ、こちらを見て…」

 「!!……すぐにこの場を去ろう、それで…」

 「ぇあっ…!」

 

 動揺で震える私の声を聞き、行冥様はすぐに行動を起こそうとした。普通ならその素早い判断に何の問題もなかっただろう。なのに。

 

 

 まるでその内容を聞き付けたかのように。逃がすまいとばかりに()()らは五体あまりが方々から素早くこちらに向かってきていた。

 止める間も、逃げる間もなく…それらが、行冥様と私を囲い……小さな手足を伸ばし、触れてきた。

 

 不味い!攻撃をされ…!

 

 

 「ひッ」

 「ッ!………む?」

 「……ぁ、れ?……?」

 

 避けられなかったそれに悲鳴を上げ、来たる痛みに咄嗟に悲鳴を上げる。しかし…それらの手は、ただ冷たいだけで。それこそまさに雪が触れてきているだけのそれは痛みという痛みはなかった。

 私の声に何が起きているのか理解も出来ず、気配を辿る事も出来ない雪にただ襲われた行冥様も体を強ばらせたけれど…攻撃と呼ぶには痛みも何もないそれに首をかしげていた。

 

 

 ()()らが触れる手、それはまるで雪そのもの。浮いていたりすれど、冷たいだけのそれは……ただ子供が好奇心から触れてきただけのものに近かった。入り込んで少々音を立てた私達を…いやそもそも…そういう意図で触れてきていたのでは。

 見ず知らずの、住み処に入り込んできた行冥様と私を何事かと触って確かめに……。………。

 

 

 「…大丈夫かまい子、痛み等は無いか?」

 「へ、平気です。少々冷たいだけで……あ、の。もしや、この子達……害がない、のでしょうか…」

 「…うーむ……」

 

 私が感じ、嫌がっていたそれらは…単なる気のせいだったのでは。見た目が常識外そのもので、訳のわからないままただ無意味に怯えていた…それだけだったのではと。

 私達が話し合う中、雪の塊達は目線の高さに浮遊をし続け時折羽織りや着物、髪や皮膚にわずかに触れるだけの行動を繰り返していた。その行動は…ああ、もしや本当に失礼な事を考えて、怯えていたのでは。

 

 

 「……とにかく、これらの正体…詳しくは後で調べよう。今はただこの冷えきった体を暖めねばならないからな」

 「……ぇっ、あ……は、はい。申し訳…いえ、ありがとうございます行冥様…」

 

 つんつんと雪と同じ温度で触れていたそれらは確認し終わったのか元の木の影や岩の隙間に戻っていった。

 危険がないと判断しただろう行冥様は私を手を反対に抱き直し、歩みを進み始めた。その言葉には優しさしかなく…頬を熱く感じたのは寒さのせいなのだろうか。

 

 

 

 木々の隙間や岩の影を通り抜け、私は後ろを振り返った。

 

 先ほどまであれだけたくさんいた、雪の塊達の姿は………全く、見付けられなかった。

 

 

 

 

 あれは、何だったのだろう。わからない。何もわからない。

 

 けれど好奇心だけで私のようなものが調べるべきではない、正体不明のそれらに関して……首を突っ込むべきなのは、私ではない。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 一人の男がいる。

 その男は大柄な男やその腕の中に抱えられていた女が十数時間前にその場にいた事を知らずに山にいた。

 男は南蛮由来の猟銃を構え、雪の降り積もる山に登っていた。

 

 

 目の前にいるは、雪で出来た浮遊する存在。

 

 男は恨みそのまま歯を噛み締めた。

 それは家族か、自身か、またはそれ以外か。

 

 

 

 銃を打ち、雪の塊を撃ち抜いた。

 弾に撃ち抜かれた雪の塊は耳を塞ぎたくなるなるような声を上げ、冷気と共に溶けるように消滅した。

 

 男の恨み声は止まない。溶け込んだ雪の塊は何もない。

 

 

 

 ふと、気がつけば男は辺り一面雪の塊に囲まれていた。

 喚きながら猟銃を撃ち抜く男。一発、二発、当たろうとも当たらない存在のがはるかに多く、そして。

 

 

 

 男は数多くの雪の塊に覆われ、そして。そして。

 

 

 

 

 

 残ったのは、真っ白な景色のみ。

 

 白の上に乗ったそれも、すぐに白に染まってしまった。

 

 

 

 誰も知らない、白い話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 SCP-580-JP コゴエ

 オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)

 長野県氷魚郡の白旅山付近にいる雪で出来た存在。雪だるまに似ている。顔はないが声は出せるし、猫の鳴き声に似ている。-2℃以上になると溶ける。
 何もしなければ何もしてこないが、殴る蹴る等の危害を加えたり大きな音を立てると高音で叫びながら冷気を噴出しながら消滅する。その際付近のものを凍結させ人体にかなりの損害を負わせる。
 地元の噂では雪女の子供と言われており、大量発生した際には雪女代わりの女性を生け贄にしていたとか。生娘では駄目だからひどい事をして。


 


SCP-580-JP http://scp-jp.wikidot.com/scp-580-jp

著者:ginger3738 様

この作品はCC BY-SA 3.0ライセンスの下に公開されています。
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