鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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弐拾肆話 舞い散る桜の美しさのようです(前編)

 

 

 「お帰りなさいませ、行冥様。ご無事でなによりです」

 

 何気ない日々は過ぎ、穏やかに徐々に暖かくなってきていた。爽やかな明かりを放つ日中はポカポカと心地よい日差しに包まれ、温かな縁側で猫達は時にまとまり時に離れ…各々自由に眠りについていた。

 そんな中私は鬼の出現や情報に伴い、夜毎出掛ける彼の安否を願い心を傷め……そして太陽が真上に昇る前に無事戻ったその大きな身体を目に入れ安堵の息を吐き彼を玄関で迎え入れた。

 

 

 私の声色から彼が何を受け取ったのかはわからない。何も映さない彼の目がわずかに細められ、微笑まれたかと思えば。

 

 「うむ。ただいま戻ってきた、まい子」

 

 口元に笑みを浮かべながら、私の頭を包み込んでしまいそうなほど大きな手のひらをこちらへ伸ばし…そのまま形をなぞるように頭の登頂部から髪に沿い、頬や顎を撫でた。

 くすぐったいその手付きに笑いがこぼれれば彼もつられるように笑う。

 

 

 ああ、なんて幸福なのだろう。何よりも恋しい彼がすぐ目の前にいるこの瞬間は。

 

 

 そう思った瞬間から心の奥から何とも言えない気持ちが大きく沸き上がってきて……こらえきれなくなり、そのまま了承も取らず彼に抱き着く。

 力無い腕を目一杯身体に巻き付けど、大きな身体は覆えずどうしてもしがみついているような体勢になってしまう。上がり框の高さでいつもとは少し違う場所の、胸元に頬が触れた事で柔らかな隊服に沈んだ事でその香りに包まれ……少し経ってからその罪深さに跳ね退く。

 

 「! す、すみませ……ひゃっ」

 「…構わない。出迎えの、戯言だろう?悪くはない……」

 

 跳ね退こうと、した。けれど丸太のように大きな腕に抱え込まれてしまってはもはや微動だにも動けるはずがない。

 そのまま、もとより更に深くまで沈み込んでしまいそうなほど顔を埋めてしまった。そのまま衣類や彼の硬い筋肉質な身体に埋もれてしまいそうになっていた……その時。

 

 

 「…あら行冥様…?甘い、香りがします。果実たっぷりのさくらんぼのような」

 「……。……む?」

 

 ふうわりと。決して無理強いではない自然な香りが私の鼻腔をくすぐった。その穏やかな香りに無意識に顔にまとわせるかのように顔を何度も擦り付けたせいなのだろうか。

 彼の声色の音質が先ほどよりも……下がったような?まさか。私が感じるなんてそんな訳ない、気のせいなのだろう。

 

 

 「……甘い、香りがしたのか。私、から?」

 「はい。さくらんぼのような……行冥様どうかしましたか?」

 「……いや。しかし…そうか、さくらんぼ……うむ」

 

 行冥様の低い声が更に低くなって……んん??

 けれどそれに深く追及する前に話は移り変わってしまい、見上げた彼は何度か頷いた後何らかの結論が出て再び私を見下ろしてきた。

 その目は、とても優しくて。

 

 

 「それは恐らく道中にあった山桜の香りだろう。もし良かったら今から見に行かないか?」

 

 

 穏やかなのになぜか有無を言わせないようなその声色に、意識する間もなく頷いていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 お花見とは呼べないそれはただの近所への散歩。と…言っても私の弱々しい身体や足では景色が変わるほど遠くにすぐに行く事は簡単ではない。結局行冥様の腕に抱えられ、普段通る事も出来ない険しい道なき道を私達は二人で進んでいた。

 しかし目当ての山桜の木がある場所は私の足でもたどり着ける場所にある。少し時間はかかるだろうけど…こんな抱えられてまで向かうべき違う場所があるのかな?まあこの山は彼の、岩柱の山みたいなものだ。任せよう。

 

 抱えられ強い力で固定されてはいるものの、高さのある彼では多少揺れてしまう。一応の安全の為首筋に手を回し、落ちないようにすがり付く。

 

 

 そのままの流れで目に付く背負いの荷物と肩紐に言及する。

 

 「あの、日輪の武器等は下ろして来た方が宜しかったのでは…」

 「む?いや、大丈夫だ。決して邪魔等ではない。少々の重さ等気にしなくて良い」

 「……少々ですか?…あの、重さが…?」

 

 行冥様が背負う籠には日輪の武器が入っている。鬼殺隊隊員の武器である刀とは違うそれは、形状がかなり異なっていて腰に差すには不便で…それに伴い重量も遥かに重い。

 私よりもかなり重いだろうに。それなのに私を抱えた上で楽々と……むぅ、流石です行冥様。確かにそれを彼は片手で扱う時もあるし…背負い続けるのもまた、修行なのだろうか。

 

 

 「ほら、そう言ってる間に……南無。見えてきたのではないか…?」

 「えっ、あ…!」

 

 私の心配も彼にとっては他愛ないものだったらしい。その間にも歩みを進み続け、気付いた時には視界は薄桃色の花びらに囲まれていた。

 遠くの山が所々鮮やかに白や桃に染まっているのに全く気付いていなかった訳ではないが…やはりこうして一町ほどの至近距離で見るのとは違う。

 

 

 満開近くに咲いた淡い花は私の髪色に似た葉っぱに囲まれ、仄かに甘い香りを漂わせていた。見えない彼が気付いたのはこの匂いで……だけど。これは。

 

 「わぁああ、なんて。……なんてっ……綺麗な、桜…!」

 

 視界に飛び込んできたのは各々一定の距離は開いてはいるものの密集して咲き誇っている山桜の大群。これこそまさに百花繚乱。

 

 

 軽く風が吹く度にひらひらと白桃色が舞い落ちる。

 そのあまりの美しさに声が、息が詰まる。心震えるほどに感じたそれらの感動を…うまく言葉に出来ない。嗚呼、なんて無力。

 

 

 数本…もしくは並木道沿いに意図的に植林されたそれは見た事はある。それも大変に美しいものだった。

 けれど、まるで一面を埋め尽くすような桜の畑は。こんな絶景があるなんて…。自然って凄いなぁ。

 

 

 「五日ほど前、絶佳にこの場所の話を聞いてな。開花しただろう時にまい子と来ようと思ってな、調度良かった…」

 「成る程、彼なら上空から見付けれますね。ここなら蕾の時点ですらとても美しそうですし…」

 

 鳥目な彼の視力はとても良い。それを見付ける事は簡単に出来るだろうけど……教えてくれるのは彼の優しさだ。到底任務にも何も関係ないのに。目が不自由な彼にはほとんど関係ないのに。

 それなら、教えてくれたそれは……私の。私達の。……ああ、なんて恵まれているのだろう。

 

 

 「……なんて幸せものなのでしょう、私は」

 「そう言わず、もっと近くで見たらどうだ」

 

 言うが早く行冥様はそのまま足を進め淡色の花の中へ意図的に突き進んだ。無数の幹や枝に当たる事もなく私達は白桃色の波に飲み込まれた。いつもより高い目線は花びらに囲まれるにふさわしい高低で。

 

 空気を変えるかのような仄かな甘さにくらりとする。

 ああ、これは。これはなんて凄いのだろう。

 

 視界の暴力に、香りに潰されてしまいそうだ。あまりに雄大な自然に気圧されたのか目の前がくらりと揺れ、彼の首筋に腕を回し抱き着く。

 

 「…綺麗、本当に綺麗です…ありがとうございます行冥様」

 「……。そう、か。それならば良き事だ…」

 

 彼の小さな微笑みの音に合わせるように、目の前に花びらが横切った。普段の私の目線では到底見ることの出来ないその光景に無意識に手が伸びる。

 片腕の支えをなくし揺れる私の体を彼が片手で軽く支えてくれる。縁の下のどころか、身近なる力持ち。

 

 「あ、花びらが……あぁっ、えい!」

 「どうした?」

 「舞う花びらを掴まえようかと!…行冥様は空に近いですから」

 

 だから空から舞ってきたかのような花びらを掴まえるのが相応しい。自由で美しく果てない空に近い行冥様に。

 

 

 そう思い伝えたというのに、動きを予測できない花びらを掴まえるのはかなり難しかった。少しの風で軌道が変わるそれを、大きく動けない私の手のひらに納めるのに相当な時間を有した。行冥様の呆れたのか一言も発する事のない時間をかなり費やして。

 

 

 やっとこさ掴まえた一枚のそれ。小さく淡い桃色のそれ。

 それを彼に渡し、思いの丈を伝えればしばらくの無言の後…低い低い声で礼を言われる。下がった眉といい、困らせたかった訳ではないのだけれど。微かに赤らんだ頬や耳はこの陽気な気温に当てられた…訳でないなら嬉しい。

 

 「今度はお弁当でも作って来たいですね。この場所を教えてくれた功労者も含めて」

 「……。…うむ、そうだな。二、三日後…絶佳も誘って再び来てみるも悪くは……」

 

 行冥様の声を聞く最中、目の前によぎった、白桃色。考える間もなく反射的にそれを手のひらに握りこむように掴み…

 

 

 「あ゛ぃ、たっ!?」

 「悪くは……まい子?どうした!?」

 「…あ、大丈……ぇ、…?…っと、そ、の…」

 

 そして左手を手のひらから手の甲まで貫かれたような激しい鋭い痛みに悲鳴を上げてしまった。

 耳元近くでの大声だったろうに文句を言う訳もなく私の心配をする彼に反射的に平気だと返そうとして……手を見て言葉を失う。

 

 

 不健康な白い肌色に赤色の液体が流れつたっていたから。

 

 それは痛みを感じた事から予想は出来た事だった。痛みという事は……何らかの怪我をするような事態が起き、私がしたという事なのだろうから。

 

 しかし。

 

 「………」

 「見せてみなさい。どれ……。……?……これ、は」

 「ぃッ!」

 「……刃物で、切った……?…訳ではない、だろうに…こんな、場所で」

 

 行冥様によって開かされた左手、人差し指から腹の部分にかけて一筋の切れ目が走っていた。……大きさとしてはそんなに大きくはない、けれど。

 それは確かに刃物で切ったかのようなまっすぐな傷で…彼に触れられた痛みで声が漏れるそれは決して自然に出来るものではないもの。

 

 けれど……行冥様のいう通り。手のひらが切れる理由が思い付かない。だって私がした事は。たった今さっき触れたのは…ひらひらと舞う………

 

 

 ………。地面。土の上に転がる、無数の花びらを上空から見下ろす。

 まさか。いや。まさか、そんな。

 

 「…花びら、で?」

 

 そんな訳がないと笑い飛ばそうとした。切れ味鋭い草葉はあれど舞い散る桜の花びらで手を切るなんて。そんな事があり得る訳がないと…

 

 

 「まさかあり得……っ!?」

 

 人差し指に生暖かくぬめったものが這った感覚に咄嗟に見れば……考えていた思考が全て吹き飛んだ。

 

 …視界に納めるにはそれは暴力すぎて。だってさか、まさかそんな。行冥様の口が、舌が、私の指の、腹の……嗚呼!そんな!

 

 

 「ん、む……この血の量だと傷はさほど深くは……大丈夫か?」

 「はっ、はい!平気です!お心遣いありがとうございます!!」

 

 視界の暴力のそれを見ないように目をそらし、礼を言いながら手を彼の大きな口や手から取り出す。

 ああ、嗚呼なんてこと!頬が、耳が、熱をもって燃えてしまいそうなほど熱い…!な、生ぬるかった…!

 

 「だっ、大丈夫です!これくらいの傷…なんとかなりますから!」

 「……。……家に戻らなくて大丈夫か?」

 「平気です!血なんてすぐ止まります!だから気にしないでください!」

 

 何か言いたげな彼の言葉をさえぎり、袂から取り出した手拭いをいささか乱暴に巻き付けながら手当てをする。巻かれた手は大人しく吹き出す血を布地に染み込ませて。

 まるで営利な刃物に切られたかのようなそれはジクジクと痛むけれども…けれど傷口自体はさほど大きくない。血もすぐに止まるはず。だから。だから大丈夫。のはず。

 

 行冥様は私のその行動に何か言おうと口を開きかけて…何も言わずに閉じた。

 

 

 「……そうか。すまないな……わかって、いるのだな」

 「は、い。確認せねばならないでしょう?」

 

 私の手を切った存在、それを。

 

 




 ─ 後編へ続く
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