「…まず確認したいのだが、花びらで、とは?」
「あ、えっとですね。先ほどやっていたように舞う花びらを掴まえようとしましたら……」
訊ねられ、行冥様に事のあらましを説明する。奇妙なそれを大真面目に聞き、多少首を少しだけかしげながら全て話終えたあと何度か頷いた。
「ふむ……肉を裂く、花弁などがあるとは些か……しかし傷を負わされた以上どのような形であれ事実確認はせねば」
「はい、行冥様」
にわかに信じがたいそれを疑わず信じてくれるなんて、彼は本当に優しくお人好しだ。怪我をした事実があっても、突拍子もないそれを真実と認めるより私が嘘を付いてる可能性こそ高いのに。
だって、花びらが、なんて。あの柔らかい花びらでどうやって手を切れるんだろう。肉を裂けるんだろう。いくら満開の桜が咲いているからって。
…それに日が差す今、鬼に関係せず本当に地面に散らばる無数の花びらの一つが私の肉を裂いたならば、それは大変な事だ。違いを確認しなければならない。ちらりと見た限りでは何の変哲もなかったそれを。
目で見える。逆に言えば目でしか見えない。怪我をするまで行冥様が気付かなかったという事は、気配自体に危険性はないのだから彼だけでは見付けるのは困難になる。
「…では」
「はい、行きますか」
「うむ。風で飛ばされたとはいえ、元の樹からさほどの距離はないだろうから……よろしく頼む」
「了解しました。行冥様」
原因を探し当てる為に、彼が一歩踏み出した。その大きな足で踏み締めた花弁に似たそれを探すのにどれだけ時間がかかろうと…探し出すつもりで。もちろん私もそれに最後まで付き合うつもり。それは全く嫌ではなく…少しでも彼の力になれるのが、何より嬉しい。こんな、ひ弱な私が。
行冥様の大きな頸に腕を回し、体の全てを彼に任せた。
*
「…まさか、このような……」
「本当にあるなんて…」
あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。数分か、数十分か。
とにかく私を抱えた行冥様は、目的の場所へと辿り着いた。どうやって見つけたかなんてとうでもいい、とにかく目の前にあるのだから。
私の肉を切り裂いた花弁……それらを無数に着けた…桜の木の、元へ。
一見何の変哲もない花びらと木部。表面はツルリとなめらかで、見た目にどこもおかしな場所はなかった。
しかし地面に落ちていた花びらを手に取り気付いた事がある。薄桃色の花びらはうっすらと向こうが透けて見える透明度をあわせ持っており、普通の厚さと変わりないのに折り曲げる事が不可能なくらい硬い。
下手に力を入れればまた手を切りそうで怖くて…それに私はともかく行冥様でも折り曲げるのに苦労するほど、とてもとても硬い。本当に硬い。
こんな硬い花びらをつける枝を折るのは骨を折りそうだ。もちろん桜の枝を折るなんて、罰当たりだしやってはいけない事だけど。
とにかく行冥様と私は辿り着いた。
薄紅色の花弁を満開に咲き誇らせた、何でも切り裂きそうな桜の木の下に。
** SCP-143 **
「なんて不思議なのでしょうか。このような樹木が自然に生成されるとは…」
「なんともまぁ…いかに信じられなくとも事実であるに間違いはなく……いやはや…南無阿弥陀仏…」
目的地に辿り着いて私は地面に降ろされ、いくらでも自由に歩く事が許されていた。勿論遠くに行く体力も気力もなく目的もなく…気になる地面に落ちている花びらに手を伸ばし手にとっていた。
なめらかなそれは綺麗で美しいのに…縁は包丁のように手を切り裂いてくる。触れないように気をつけないと。
しかしこんな危ない花びらを付ける桜の木があるなんて…本当に不思議。
あ、でも鬼殺隊隊員になる為の試験が行われている場所には一年中藤の花が咲いているというし、植物には時折そのような突然変異が現れるのだろう。多分。
「…それで、どうしましょうか行冥様?どうやら近くを見た限りこのような花びらを付けるのはこの木だけみたいですが…」
「うむ。一応お館様に報告をしておかねばな、私の担当区域の敷地内にこのような樹木があったと。それに…」
「それに?」
大きな体を屈ませ、地面に落ちている花びらを一枚大きな指で掴み手に取る。見えないそれを掴むのも、手を切らずに掴むのも、流石としか言えない。
行冥様と花びら。目を細め、優しい瞳から一筋の涙がこぼれ落ちて……ああ、綺麗だなと思う。行冥様がというわけじゃない、その光景が。訊ねれば優しく微笑み返してくれるその心が。
「この切れ味は……刀鍛冶の里の役に立つやもしれぬ。何か日輪刀の助けになるやも…」
「…あっもしや花びらのように、可憐で柔らかな日輪刀が出来るかも、と?」
「あくまでも可能性だがな。そう出来るかなどはわから……!!!」
風が、吹いた。
軽く、辺り一面を撫で上げるだけのさほど強くないそれだったけれど…展開場所が悪かった。
私達は、無数の小さくとも切れ味鋭い刃物の下にいたのだから。
反射的に振り返り、空を見上げた。まるで走馬灯のように景色は穏やかに動き、私にその状況を教えてきた。
一面を覆い隠すかのような、多数に舞い散りこちらへと迫ってくる薄桃色の花びらの存在を。
少し触れただけで肉を切り裂くそれが何十、何百とこちらへ降り注いでくる光景を。
ああ、終わった。駄目だ。そう思うが当然の光景が目の前に広がり……そして。
そして。
「岩ノ呼吸、参の型 岩軀の膚」
爆音のような、空気を切り裂く音がした。
………。
……。
「大丈夫か、まい子」
「………ひゃい。ぎ、行冥様…」
目の前の光景を受け止める為に瞬きを何度もした。
何度しても、変わらなかった。
目の前に広がっていたのは…無数の斬り叩き落とされた花びらと、特殊な素材で作られた鎖と鉄球つきの斧を手に持っている行冥様の姿。
…背負っていたはずのそれをいったいいつ取り出したのかなんてわからない。私には見えない。見えるはずがない。
取り出したそれで空気や空間を切り裂くようら爆音を立てて何をしたかなんて……。……。
見えない、何も出来ない私ごときが何をしたかなんて気付けるはずがない。
恐らく…きっと、多分…柱である彼の美麗なる岩の呼吸で全てをさばききったのだろうけれど。
自身を。私を…守る為に。
「怪我は?」
「……ッッ!」
あれだけの。視界一面を覆い隠す何百もの刃物から身を守る事なんて……行冥様以外に出来るとは思えない。少なくとも、私は知らない。
呆気と感嘆の気持ちが混ざりあい、とろとろに溶けそうなほど情けない声出た。それなのに体は云うことを利かなそうなほど、燃え上がりそうなほど熱くなっていた。
とにかくその感情のまま彼にしがみつき抱き付きたかった。
腕を回し、恍惚と浮わついた心のまま放心状態で陶酔した気持ちを伝えたかった。出会い何度覚えたかもわからない慕情を。
「……。だ…大丈夫です、どこも痛くありません…行冥様のおかげです…」
「…そうか…」
でも、やらなかった。してはいけなかった。少なくとも…今すべき事ではないと、抑止した。
命の危機は一時的に彼のおかげで凌げはしたが、根本的な解決をしないまま二度目を迎えたならば自身を滅したくなるほど馬鹿らしい。
私が抱き付き、その間に再び風が吹いたらどうなるのか。そうなれば……本当に愚かこの上ない。
「…ならば、一旦家へと戻ろう。場所が判明した以上ここにひとまず用はなく、その手の傷の正確な治療をせねばな」
「あ、はいありがとうございます…。ぁ…でもこれら花びらを刀鍛冶の里へと持っていくのでは…」
「後で大丈夫だ。これだけ無数に落ちているのだから、場所さえ把握していればどうとでもなる。これだけ人里離れた場所だ、私達が近寄らなければ危険はないだろう」
言うなり行冥様は私を抱き上げ、歩みを進めた。
方向からして我が家に向かっているのだろうけれど…本当にどうして家の方向がわかるのか不思議でたまらない。目が見えている私でも家屋の姿が見えないこの位置では何もわからないのに。ああ。行冥様は本当に凄い。
「………」
彼の肩に手をかけ、軸を動かさないよう顔だけ振り返り後ろを見た。
桜の木は変わらずそこにある。
薄桃色の花弁をたわわに実らせ、緩い風に揺られ桜の木はそこに威風堂々と佇んでいた。微かに幾枚もの花びらを散らしながら。
肉を切り裂く鋭さなど微塵も感じさせないほどの美しさで。
SCP-143 刃桜
オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)
SCP-143はソメイヨシノに似た桜の樹。花びらはカミソリのように鋭く、簡単に肉を切り裂く。
花びらや木部はあらゆる天然・人工物質で最も硬い物質よりもはるかに硬い。ステンレスの二倍以上も硬い。そして摂氏1800度の高温に耐える。そして硬いのにしなやか。
摂氏1500度以上に熱すれば素材と掛け合わせることが出来、武器などに加工が出来る。奈良県に元の樹があり、伝統的な刀鍛冶の一族が保有している。していた。
こういう素材を掛け合わせて色んな日輪刀が出来ればそれもまた、楽しい。しなやかだし恋柱の刀とかそれっぽいし。
SCP-143 http://scp-jp.wikidot.com/scp-143
著者:Kain Pathos Crow 様
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