鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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弐拾陸話 性的に襲いたいようです(後編)

 

 

嫌悪、などではない。悪寒に似たそれ。このか弱き優しい彼女に大して悪意を持った感情など用いれる気がしない。

 

 

 ならば、私のこの感情は。

 …違う。そうではない、考えるべきは"それ"ではない。

 

 

 なぜ。彼女は唐突にこんな行動をしてきた?万が一にも考えれる、秘められた感情を自他問わず怪我を負わすにも等しく爆発させるような行動を起こすなんて。

 

 

 まるで、何かにあてられたかのような……。……いや、まさか、そんな。

 

 

 「…と、とにかく、落ち着きなさい!」

 「ぅ、あ……ぃや、です…悲鳴嶼、さま……ん…」

 「南無三……」

 

 湿った水音が、すぐ目の前の手のひらにある。

 彼女の声が私を呼んでいる。何よりも熱い、熱い声色で。

 

 

 ああ、思考が鈍る。絡み合う。戸惑っている。何が起きている。

 

 熱い吐息を吐きだした柔らかな唇が手のひらをついばまれていた。何度も何度も、歯をたてないよう甘噛みされ、舌先で舐められ、吸われている。

 

 手で覆っていなければ、私の力が彼女より弱ければ間違いなく。壁を作る手を押し退けられ、私と比べ薄く小さなそれを私の口唇に押し当てられ溶け込むかのように、思い切り吸われていただろう。口吸い、として。

 ただでさえ、今手のひらを味わうかのようなぬめる舌先で滑り込むように、それを。

 

 ………。

 

 

 「…藁が、や……ッ!?待っ…!」

 

 首筋に巻き付いていた腕が襟元から下に下がり、滑り込んできた。数珠を鳴らし襦袢を撫で、その、中へと。

 擦り付くように撫でつくようなしなやかな体が着物の帯に阻まれるも、足元が絡み付いてくる。すそがはだけ、足首どころか、もっと上まで。

 

 ああ、これは。

 …目の前がチカチカと、揺らぐ。空を見上げた時より遥かに激しく。

 

 

 「藁谷!」

 「あっ、あ……っん、う!…ぁ、あぁ。ん、なんで…悲鳴嶼様…!」

 「落ち着……いや、違う。目を覚ましなさい…!」

 

 これは、駄目だ。猛毒でしかない、私も、彼女を滅ぼす、劇薬だ。

 そして…こんな事をしている、のではない。させられている。きっと、恐らく。確実でなくとも核心はある。

 

 

 吐き出された吐息を掴み、腕を掴み、体を担ぎ上げ地面を蹴り室内へと戻る。

 すがり付いていたとろけそうなほど柔らかく揺らぐ細い体を、鬼を縛り上げるかのごとくたまたま部屋の中に置いていた背負い籠から取り出した武器の鎖を巻き付ける。傷つけぬように、行動不能にする強さで。

 

 

 彼女はこのような事をしない。するとは思えない。理由などわからぬ、まるで催眠をかけられているかのような状態のこのまま…好きにさせていては駄目だ。

 彼女自身が動いていない、望んでいないような真似をさせてはいけない。例えこの行動の大元が本当に彼女の心から産まれたものだとしても、だ。

 操られている今この藁谷が起こした行動が、目覚めた藁谷を傷付けるならば。私は、彼女を止めなければならない。

 

 

 「ぁっ、ああっ!…ひめじ…さ、ま…お願、お願いします……わたし、私と床入、し、っ…」

 「ッ…!」

 

 強く巻き付けた鎖は、彼女の力ではどうあがこうとも外せないようにしている。何度もほどこうともがいていたが不可能だと気付いた彼女は動きを止め、私に声をかけてきた。

 その声色は徐々に揺らいでいき。言葉尻に届く時には、こらえるかのように溢れ落ちた涙で濡れていた。その声に、後頭部を殴られたかのような強い衝撃を受ける。 

 

 「…そんな、に。私とまぐわうのが、嫌で…」

 「嗚呼、南無…!頼む!これ以上…!」

 

 彼女を、壊さないでくれ。

 

 

 操られ深く深くしまった意識を無理矢理に引きずり出され望まぬ行動をさせられている、彼女を、傷つけないでくれ。

 想いを無理矢理に増長させ艶やかに淫らに私へと絡むその行動を止められるなら、このまま鎖で縛り上げ続けていよう。しかし語る口を止める事など、それこそ塞ぐぐらいしか…

 

 

 にぶい音。

 

 何かしらの硬いものを、硬いものにぶつける音。縛っている手足ではない、それよりも大きなもの。

 

 

 「ぁ、あぁ…!あ"ぁ!!」

 「…!!!」

 

 瞬時に理解した。

 

 それは、鎖で縛られ自由を奪われた彼女が壁に思い切り自身の頭打ち付けていた音だと。

 先ほどの抱擁と口付けをしようとした速さと同じ素早さで、強く壁に側頭部をぶつける音だった。

 

 三度ぶつける前に力付くで止めるも、異常とも呼べるその速さと強さは藁谷のこめかみにぬるりとした血を滲ませるに遅くなかった。手のひらに血が触れる。恐らく壁にも。

 

 

 「…藁谷…まい、子。……」

 

 苦しめている。秘められた私への情慕は暴走し、狂わされ、そうして今彼女を傷付ける手段へとさせられている。

 違う。そうではない、そうであってはいけない。動きを止めても、それでも無駄ならば。流れる涙を止めれないのならば。

 

 

 どうすれば、どうすれば良い。

 

 

 私が、出来る事は。しなければならない事は。縛る以外に彼女を、止める手段は。

 

 

 「んぐッッ!」

 「…す、まない。本当に、申し訳ないっ!」

 

 彼女の意識を、落とす事。無意識だろうが、深層心理だろうが…関係ない。全ての意識を何にも及ばない深くまで落とす事。その手段として何よりも手早く出来る事をせねば。

 彼女の細い首筋に腕を回し、そして何よりも素早く強く、力を込めて。

 

 

 「…!!…!……。……」

 

 くたりと、沈み…そうして彼女は意識を飛ばした。

 もがこうとした腕が、体が。だらりと垂れ下がり、力の抜けた体が前のめりに倒れかけるのを慌ててひっつかむ。

 

 あぁ…嗚呼。本当に、本当に申し訳ない。私は、私はなんて事を。

 

 

 畳の上に寝かせ、呼吸と脈拍の無事を確認をし…多少の安堵の息を吐いた。怪我も後遺症も残したい訳ではないのだから。

 次は壁に打ち付け負った怪我の治療をして、その後は壁の清掃だろうか。血糊がついているだろうから。彼女が目覚めるまで傍にいて…目覚めた後は……。

 

 

 さて、どう説明すべきなのだろう。説明……。出来るならば、口を閉ざしていたい。間違っても彼女自身に、真実を告げるなど…。

 

 嗚呼。南無阿弥陀仏……彼女を傷付けるそれらを、想像から連れ出したくない。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ……そうして当時の私は黙り、真実を告げない事を決めた。嘘をつく訳ではない、一部を話さないだけ。

 

 結果論として彼女の想いを受け入れ、分かち合う事になった今でも……それは、変わらない。傷付ける恐れがあるあの夜の事は、禁断のものとして抱えていく事に変わりない。

 そもそも真実を語った所で信じてもらえるかどうか……いや、彼女ならば信じてくれるだろう。だからこそ、語れない。

 

 

 「行冥様!」

 「!」

 

 思考をあの時の夜に巡らせていた私の耳に届いた、今現在の私を呼ぶ彼女の声。まい子の、声。

 庭先にしゃがんでいた体を起こし、こちらに向かってきている彼女の元へと私からも向かう。庭先に降りようとしたそれを止め、縁側で出迎える。

 

 「どうしたまい子?」

 

 聞こえた彼女の声色は去っていた時より随分嬉しそうで、炊事場の片付けをしている最中に何があったのだろう。

 あの子達が何か愉快な事でもしたのだろうか。また白猫が桶に落ちて、大慌てなその足で廊下を走り回り水浸しにでもしていたのだろうか。

 

 「思い出したのです!」

 「む、何を?」

 「先ほど話した、壁の染みの正体です!」

 「………」

 

 ……嗚呼、なんと、まあ。

 私が思い出していた、それを。彼女もまた思い返そうとしていたのいうか。そしてそれは…私にとって決して望ましい事ではない。

 もし、あの一時の一瞬でも思い出してしまえば、どうなってしまうのか。あんな、嫁入り前の娘がすべきではない……彼女としては思い出せなかった記憶の靄(もや)が晴れ、爽やかな心持ちになっているのだろうが。

 

 「一年ほど前ですかね…ここで理由は思い出せませんが頭を打って気絶したとかではなかったでしょうか。そして私の治療と介抱を行冥様にしてもらいましたよね」

 「……まぁ、大体そのような感じだったな」

 

 違いはない。さほどの大きな違いは。

 …心配していたあの時間の記憶は戻っていないようだ、そもそも催眠状態のようなあれでは記憶するものではないのかもしれない。

  

 「いやぁ、本当にお手数をおかけしまして。今さらですが、改めて謝罪とお礼を」

 「大丈夫だ、当時も貰った。何より守れなかった私の失態でもあり……それに何より、あれは不意の事故だ。想定すら出来るはずもなかったのだから」

 「えっ、行冥様がそう言うとは……私どれほど奇抜なすっ転びかたを…」

 「………」

 

 うんうん、と唸り考え始めたその姿になんと声をかけていいものなのかわからず口を紡ぐ。結して愚かではない彼女に勘づかれるような余計な事を言いたくはない。

 

 「…あれ、そういえばその次の日でしたっけ?庭先にある花を咲いてる草木すら全てを引っこ抜き、それらを燃やしたのは」

 「…うむ。その通りだ」

 

 そして続けざまに彼女が語ったそれにも、間違いはない。多少…合間が抜けているだけで。…なぜ、そうしたのか経緯の謎は残るが当時の私はどう言って彼女を納得させたのか、思い出せない。

 彼女の言葉に大人しく目を閉じ頷く。そう、その行動に関してはなにも間違いはない。

 

 

 確かに当時の私は目覚めた彼女の無事と健康面の確認をした後、問答無用で庭先の草花を全て引っこ抜きその青々しく燃えないそれらの若葉達を時間をかけてでも燃やした。引っこ抜いただけでは脅威の排除を納得出来ずにいたから。見えぬそれらを姿形残さず消してしまわねば納得出来なかった。

 狂ったかの如くの私の行動に当時の彼女は何と言ったろうか。咲いたそれを喜び告げてきたそれを手折(たお)り燃やす私の事を…よくまぁ嫌わずにいてくれたものだ。

 

 そして野焼きと同じ効果があったのか、何も無くなった筈の草木は幾度も絶えず生え続けておりそれらわ引き抜く作業は今現在今日も続いている。これは、彼女に任せる訳にはいかない。

 …そうした事に関して、何も後悔はない。

 

 

 本当に原因があの花にあったかどうかは今では解明できず、あくまでも状況証拠だけで決定的なものは何もない。

 

 だが花の持つ不思議な効果の力は……私は良く知っている。鬼を寄せ付けぬ藤の花のように。人をまどわし狂わす藤色の花もあり得るやもしれぬ。

 

 

 「……」

 「行冥様?」

 「いや…しかし良く、傍にいてくれていると思ってな。開花した花の末路を覚えているだろうに」

 「ああ……その事ですか。確かに不可思議で、録な説明も無かったですが……行冥様は無意味にあんな事はしないでしょう。当時から行冥様はとてもとても優しい方だとわかってましたから」

 

 両手を動かし耳や口を塞いで仕草で感情を表し「それに」と言葉を続けた。

 

 「知らなくても良い事も、それこそ話したくない事もあるでしょう?そうした方が最良だと行冥様が判断したのならば、私は何も云いません」

 「……まい子」

 

 彼女の心は何と無く、理解はしていた。しかしそれでもこうして直接言われるのは別だ。当時の彼女は私に対して少し控え目に、申し訳なさを思い距離を起いていたのも否めなかったから。

 

 「南無……すまない、その信頼を裏切る真似はしないと誓おう」

 「あ、でも多少恐怖は覚えました」

 「……ああ、まぁ、そうか」

 「はい。親の仇かの如く草花を抜き燃やすそれは阿修羅を彷彿とさせるような姿でしたので」

 「………」

 

 人間理解の範疇を越えると恐怖になるのは仕方ないだろう。それは良くわかっている。しかし、当時の私……阿修羅だと思われていたのか。

 いやまぁ…こうして、思いの丈をぶつけられるだけ心開けたのは良い事なのだろう。……そうだろう。きっと。…そうだな、無意味に掘り起こすべきでないのだからこれ以上下手な事は言わずにおこう。

 

 「……思い出したそれで傷が痛んだりは?」

 「え、とんでもないです。傷痕すら残っていませんし、そもそも私のうっかりで……行冥様?」

 

 戸惑う縁側に佇む彼女の肩筋に顔を埋める。着物越しでさえわかる細かな震えは戸惑いと、恥ずかしさからの震え。幾度と触れているというのに変わらないそれ。

 嗚呼…埃で汚れてさえいなければ、腕を回す事も出来たのに。あの時とは違いその行動に罪悪も嫌悪も口惜しさもないのだから。

 

 

 「…忘れて、しまいなさい。あの夜は悪夢でしかないのだから」

 

 

 ……南無阿弥陀仏。なんと、まぁ。儚く尊い事か。

 

 

 

 




 SCP-034-KO オオカミの花

 オブジェクトクラス:safe(まぁ安全)

 SCP-034-KOはホタルブクロの花によく似たもの。上弦後5日から下弦前5日までの約6~7日の期間中に月明りに照らされると透明な液体を出す。その液体はすぐに気体に変化し、それに触れた人を狂わせる。
 具体的に言えば好きな相手(恋愛感情、尊敬感情、男女性別関係なく)に性的に襲い始める。まぁガス状の媚薬のようなもの。時間は一時間から一時間半。その間の事は当人は全く何も覚えていない。相手を抑え込もうと拘束した場合頭を壁に打ち付けたり舌をかんだりの自傷行為を始める。


 まい子だけ狂ったのは悲鳴嶼より低く近くでその気体をもろに浴びたから。悲鳴嶼が狂ってたら大変でした。まじで。



 


SCP-034-KO http://scp-jp.wikidot.com/scp-034-ko

著者:brewmaster 様

この作品はCC BY-SA 3.0ライセンスの下に公開されています。


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