鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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弐拾漆話 箪笥の中の迷路のようです(中編)

 

 

 それに、触った床の感触も妙だった。木じゃない。錆びた鉄ような……鉄……だから、かな。何だか空気が重く、臭い。錆びた鉄の臭いのような…

 

 床を這うように動けば、差し出した手は壁に触れた。それは床と同じく錆びた鉄のような感触。振り返り、手を伸ばす。するとあっさり反対側の壁に手が届いた。

 どうやらさっきは思ったより体が縮こまっていたみたい。壁から壁の広さは4尺【約120cm】ほどで…地震が起きる前に見た若草色の箪笥の大きさくらいかな。

 

 でも、奥行きが全く違う。こちらはいくら手を伸ばしても何にも触れない、反対側も同じく。箪笥の奥行きより遥かに…広い。

 そもそも倒れ込んだからといって転がるほどの広さが箪笥の中にあるはずがない。あ、意識をしたらあちこちぶつけたであろう肩や腰に痛みを感じてきて痛くて……うーん…これは何?

 

 

 「…行冥様ー…?」

 

 返ってくるとは思わなかったけど、一応呼び掛けて見る。一番何より頼りにしている彼の名を。勿論返事はない。

 それに声の反響もしなかった。どうやらかなり奥行きは広そうで……実は箪笥ではなく、洞窟か何かに繋がる隠し通路だったとか?…それはないか、お店の隣は違うお店だったし隠された地下に通じるよう下に転がった覚えもない。

 

 なんだろう、ここ。…まるで鬼の血鬼術で作られた迷路に迷い込んだみたい。そんな経験ないけど。

 そうか鬼の可能性はあるかな、そうだと判断できるような経験は私にはないけど。それなら。

 

 混乱の上の混乱をした事で逆に冷静になった頭で考える。とりあえず何よりも優先すべきはどうすればここから出られるのかだ。考えたからってわからないけれど。

 まあ、とりあえずここが何処なのかはわからなくとも入ってきた入り口があるだろうからそこから出れば……と、思ったのに。

 

 「……え…なん、で」

 

 とにかく立ち上がり歩き出さないと始まらないと手を大きく振り、壁に添って入ってきたであろう出口を探す。なのに見付からない、まるで閉じた出口が消えたとばかりに。

 そんな事が有り得るの?……いや箪笥の中にこんな場所がある時点で"有り得ない"なんて事はないか。

 

 

 ……え。

 背中に言いようのない悪寒が走る。……寒い訳もないのに。

 だって、まさか私……

 

 

 この中に、この出口のない迷宮に、閉じ込められた……?

 まさか食べられるまで、もしくは永遠に死ぬまでこのままさ迷う事にな……

 

 

 「……ッ!」

 

 そんな思考を吹き飛ばすように両手で頬を打つ。擦りむいたそれはもう渇きかさぶたになろうとしていたけど、打てば痛い。だからこそ、強く打った。

 弱音を吐いたり弱気になってる場合じゃない、弱いのは体だけで充分!心は何よりも強く在らねば、命を絶えず燃やし戦い続ける鬼殺隊のように!

 

 

 戦う手段も力もない私が出来る事…出口がないなら探せば良い。入ってきた入り口があるのならば、きっとどこかに出口がある!はず!多分!きっと!恐らく!……ないと、困る。

 突如消えたであろう私の姿を行冥様が探しているだろうから。この不思議な空間内に入った瞬間に行冥様の記憶から消えたりしない限りは。そうだったならば……まぁ、うん。仕方ないと割り切ってこの世からの意味がある諦めも視野に入れよう。

 

 

 「ん…?」

 

 視野うんぬんを考えていたからか、実際の視野…視界にとあるものが見えた気がして、とりあえず行く宛もない足をそちらへ進める。

 暗闇の中、曲がる角を見付けて…ゆっくりとそちらに歩みを進めて。

 

 

 明るい中であればすぐにたどり着くだろう長さ…けれど暗闇の中躓かないよう慎重に歩みを進め、探していたそれを発見した。

 

 「……明かり…?」

 

 上、天井と呼ぶべきなのかはわからないけれど、とにかく上から吊るされたほんの僅かな明るさのそれが通路を照らしていた。あまりに儚いそれは手の届く範囲しか照らしていないほど弱く…発見出来たのは幸運だった。

 でもこれってガス灯や石油ランプではなく、電球では……まさかこんな未知数な通路に電気が通じているの?誰が電気を通して……ええ……凄い。どんな仕組みなの?

 

 電球が吊るされた天井の高さは六尺七寸くらいで……あの箪笥の高さほど。やっぱりここは箪笥の中なの?

 ええ、いやでも……まぁいいや。考えても答えが出ない事は考えても無駄。とにかく出口を探さないといけないから。

 

 

 ん?……あ、れ。五間【約9m】先にも同じ明かりがある…チカチカと今にも消えそうだけど。その先にもあるように見えるような…?

 もしかして今までもあったのかな?あっても電気が届いていないとか、故障とかで灯っていなくて気付かなかった?……でも、同じ距離ではないように見えるし…うーん、わからない。とにかく、暗いところは何かを判断するにも困るし明るい所を進んでみよう。

 

 

 「……暗いなぁ…」

 

 何だか寂しくなってぽつりと、独り言を呟く。

 

 ……行冥様はこれが、常。暗闇。手で、耳で、気配で見るしかなく…それを、あれほど正確に捉えて。

 ……ああ、なんて。なんて凄い。体が恐怖とはまた別に震える。本当にどれだけ心を愛おしく狂わせるつもりなのだろうか。

 

 彼を想えばこの恐怖しか空間ですら、傍にいてくれるように心強い。

 

 

 

 *

 

 

 もう、どれくらい歩いただろう。どれだけの時間が経っただろう。途中途中で少しずつ休みながらでもこれだけ長い時間歩くのは久しぶり。それに何だか寒い……外とは気温が全く違うのだろう。両手で体を抱きしめ少しでも暖をとる。

 

 ここは何?狢(むじな)か何かに化かされている?それとも本当に鬼の血鬼術?

 

 もしここが鬼の血鬼術で出来た空間だったなら、日輪刀があれば出れたかな。どこか…壁か床にでも突き刺せば。

 この日光の差さない場所に鬼が住むのは合理的だし、迷い込んできた人間を食べるような厭らしい鬼もいるかも。しかし未だ襲われない時点で違うような気もしている、捕らえるのも難しい上に効率的ではないし。弱るまで待っているとか?だとしたら尚更厭らしい。

 

 でも…鬼が作り出したものだとしたら行冥様が気付かないなんて事あり得るだろうか?うーん……鬼ではないとしたら、ここは何。

 

 ああ、思考が堂々巡りをしている。

 

 

 ざり、ざり、ざり。

 

 錆びた鉄のような物の上を歩けばそれに草履が擦れて微かな音がする。それだけが、この……静まり返った空間に響く音。寂しい訳ではない、怖いのは…少しある。

 いや、壁にある鉄の管のようなものから微かに水の音がする。水が流れてるのかな?それを飲めば…しばらくは生きれる。その管を壊すほどの腕力も手段も私には無いから無理だけど。

 

 

 「……ぅ…!」

 

 転々と有ったり無かったりする明かりを辿り、時に暗闇を壁沿いに歩き、分かれ道を勘に頼り歩み進めた結果……景色は変わらず何だか、妙な臭いにがする所に迷い込み……そして何もない通路に響き渡る足音の他の音、私の声が口から漏れた。

 

 鼻奥に擦り付くような、不快な臭いが充満してきた。何これ、腐敗した食物が大量にあるかのような……でも、明かりが乏しくて何が何だかよくわからない。

 

 「…ぅえ……、…ん…?」

 

 そんな吐き気を催す空気の中必死に堪え歩いていた時一つの音を聞き付ける。それは…

 

 

 ……足音…かな?いや、違う?反響しているのかよくわからない。一人の足音にも聞こえるし、複数人の足音にも聞こえる。

 それに近付こうと進んでいれば通路の先の先に一つの物を見付け、少々の駆け足で近寄る。

 

 地面に転がっていたそれは、一足の草履だった。

 それを走った事で少々乱れた呼吸を納めるついでに、持ち上げ見えやすい明かりがある場所まで運び確認する。

 

 

 …否、草履というには形が妙だった。鼻緒は無く、足首辺りまで覆う布生地。足袋?けれど足袋とは違い紐で締め上げるような形で作られて…ああ、これは西洋の草履かな。

 えっと確か……そう!靴だ。その靴がなんでこんな所に落ちてるのだろう。それも…片足だけ。

 

 …見渡しても近くに誰かがいる気配はない。さっきの足音は関係あるのかな。行冥様のように気配を見る事は出来なくとも、いないだろう事は何となくわかる。

 その人、もしくはその人の内の誰かがここに来て……落としていった?どうして?…何か、慌てるような事でもあったとでも? 

 

 ……そういえばさっきから強くなってきている、この腐敗臭は、何の臭い?

 

 

 「………」

 

 ……向かいの通路の、照らされた明かりの隅に見えている色は、何?錆色、茶色、黒色、赤茶色。

 この鼻を塞がないと耐えられないほどの強烈な臭い……吐き気を催し胃液が動く。ああ、堪えないとこの臭いだけで戻してしまいそう。手で覆っても漏れてくる臭いは眩暈を起こすほどで。

 

 ああ。そう、山の中で赤黒い液体を流している猪の死骸を見付けた時と同じような……蛆が沸き蝿や烏が集っていた猪を見付けた時と同じような…

 

 

 ………。

 

 

 

 『ドバァンッッッッ』

 

 

 「ひぃっ!?」

 

 辺り一面を轟かすほどの爆音。

 

 堪える間も、耐える間もなくその音に対し私は反射的に引きつるような悲鳴を上げてしまった。慌てて口を両手で塞ぐ。靴は地面に落とした。

 

 

 しかし私の声など関係なく、いまだに音は鳴り続けている。これは……壁?壁を叩いている?それも、恐らくそう離れていないほんの目線の先の壁を私がいる通路の反対側から。

 まるで力付くで無茶苦茶に壁を壊さんばかりに叩き続けている。これは……人間……?

 

 

 …では、ない。恐らく、きっと、多分……いや、確実に。

 

 

 人間が腕を使って叩くより数が多い、複数人で叩く音ともまた違う。音の感覚がおかしい。それに手のひらなんかよりももっと大きなもので叩いているような……

 この音は何?"人間ではないナニカ"が壁を叩き始めた?何のために?私の存在でも感じたとでもいうのだろうか。…私の存在を感じたからって、なぜ、こんな音を発する必要がある?

 まるで、小動物を威嚇し追い詰める"狩り"だと言わんばかりにするそれは……

 

 

 

 『あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ゛ぁ゛!!!!!』

 

 

 「!!!!」

 

 

 思考が混乱してぐるぐる回っている最中、狭い通路全てに響き渡りそうなほどの絶叫が聞こえた。それは反射的に悲鳴すらあげれず縮こまった体を跳ねるほど大きく震わせる声だった。

 それは狼狽どころかこの世の全ての恐れや畏怖を詰め込んだ膨れ上がった袋を無理矢理に引き裂き溢れ出たかのような声。その必死な声では男性か女性かすらもわからなかった。

 

 な、に。何なの。何の声なの。

 

 

 ……決まっている。考えたくないだけ。

 人間ではない…"ナニカ"に襲われた……断末魔の叫び。

 

 

 それは……さっきの、靴の、人?

 

 

 声が決して漏れないように押さえている口が震えている。ガチガチと歯が震え合わせ鳴っている。音を鳴らさないよう足を動かすも、体が震えて録に動かない。

 

 

 ゴリゴリゴリ、と何か固いものが砕かれている音が遠くから響いている。生臭い、血生臭い。ああ、何年も前の生家での悪夢が蘇る。嫌だ、嫌だ。

 

 

 人が死ぬ場面は見た事がある。血塗れで腐敗した無残な遺体を見た事もある。それは長年の知り合いや、掛け替えのない大切な家族だった、けれど今感じているこの感覚は……それとは全く違う。

 

 失う怯えでも呆気なる喪失でも未知なる恐れでもない。

 

 

 暗がりに渦巻き蠢く、"体も精神も全て"を破壊しそうなほど、圧倒的な憂惧。

 

 怖い。怖い、怖い、怖い!!!

 

 

 「…ッ……ぅ…!」

 

 先ほど聞こえた声がもう何も聞こえない。暗闇に溶け込む化け物に囚われてしまったのだろうか。囚われ……その暗がりに、呑み込まれて、しまったのだろうか。

 

 

 声も、音も、もう何も聞こえない。

 

 

 ……何か、出来る事があっただろうか?出来ただろうか。

 こんな…暗がりの訳もわからない中で喉を突き破るような悲鳴を上げた彼か彼女を助けるような事が私に。

 それが出来れば…血反吐を吐くほど努力し、死人のようになれば鬼殺隊に入れただろうか。こんな四貫【15kg】すら録に持てず、走れもしない私でも。

 

 

 どれだけ後悔をしても、時間は戻せないのに。

 

 

 『ガリッ ガリリッ』

 

 

 遠くから聞こえる音。…これは……大きな鋭い何かが、床か壁か天井かを引っ掻く音…?まさか爪?牙?棘?なに、ナニカの、音。

 

 なら。

 

 

 『ヅァカカヅァカカカッッッッ』

 

 

 

 ……これ、は?

 

 この絶え間なく、無数の重なった遠くから近付いてくる音は……

 

 ナニカ、が。こちらに物凄い速さで駆け寄っている音。

 

 

 恐らく巨大なナニカが四つん這いで手足を素早く動かし、一旦の食事を終え……次の、獲物を目掛けて。

 

 

 

 

 




 ─ 後編に続く
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