鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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弐拾漆話 箪笥の中の迷路のようです(後編)

 

 逃げないと。逃げる?走って逃げなければ。走れないのに?殺される。喰われる。襲われる。無残に食い散らかされる。

 

 

 死ぬ。

 

 

 「ぁ……ぃ、やぁぁああああッッッ!!!!」

 

 

 叫びながら、今まで来た方面へと走り出す。十字に道分かれる所などどこから来たかなんて考えずただただ、がむしゃらに走る。

 何もわからない。思考が追い付かないただ叫びながら逃げるだけ。

 

 鬼や人間の悪意に立ち向かうのなら。構わなかった。どれだけ私の体が傷付こうが、傷つけられようが構わなかった。

 人間も鬼も恐ろしく哀れな存在だ。憎らしく、憎悪にまみれ、儚く、労しい"人"だ。

 

 

 これは違う。追ってきているこれは違う。鬼じゃない、決して、絶対に鬼じゃない!!

 

 

 悪意も敵意もなにもない、ただ。そう、それはきっと。無意味に等しいほどの…

 

 

 「ぎっ、ょ…う……ぎょ、うめ……さ、まぁ…ー!…ぎょめ、さまぁあ…!」

 

 

 ほんの数十秒…十数秒かもしれない時間を、距離を私は走った。速度も無くどれだけ走ろうとも見える景色は変わらず、ぼんやりとした薄明かりとそれに照らされた錆びた鉄のような通路だけ。

 

 後ろには始めに聞いたより大きくなった音が随分と近付き、迫ってきていた。音が反響して何もわからない。遠くにいるのか、手が届くほどのすぐ後ろに迫っているのか。

 

 

 涙がこぼれる。なんて無意味な終わりなのだろうと。

 声の限り叫ぶ。走っている事で目の前に閃光や揺動が飛び散っているその無情に。

 

 

 

 ああ、嗚呼、ああ。せめて。せめて。

 

 次に巻き込まれる人にこの場の悲劇や危険を伝えねば。

 次に私のように巻き込まれる人がいないようにしなければ。

 私の生涯の細やかな意味を、呑み込まれ噛み砕かれ生き絶える僅かな瞬間まで残さねば…

 

 

 すぐ後ろ、手が届きそうな距離から大型獣に似たわめき声が聞こえる。

 もはや手を伸ばせば届きそうな距離で。

 

 

  「   ぁ  !」

 

 

 ()()()の鼻先か指先か爪先が私の羽織に届き、微かに破れる音が振動で伝わってきた。

 ああ、終わりだ。ここで私は終わり。

 

 

 何も見えない暗がりにただひたすら手を伸ばした。背に食い込む重さに反比例するかのように。巡り巡り、平穏で平和な世界の命を繋ぐ為、に…!

 

 後ろのそれは私の心も体も関係なく、飲み込むよう食い込み迫り……そして、そして。

 

 

 

 「南無ッ!!」

 

 

 前から突如現れた大きな存在に包み込まれた。後ろから迫ってきていた殺意など何のその。そしてそのまま、私が走っていた早さの何倍もの速さで移動し始め……て。

 

 丸太より大きな大きな、暖かな…腕に抱えられ……て。

 

 

 

 ……ぁあ。まさか、まさかそんな。

 

 

 「何よりも果敢ないこの命…奪取などさせぬ…!!」

 「ッ、ゲホッ、ぎ、ょうめ…さまッ…!」

 「…すまない…遅くなった」

 

 暖かな私を抱く莫大なる存在の首筋に、今にも力尽きそうなほど弱々しくも力の限り抱き付く。その滑らかな優しさに涙が大粒でいくつもこぼれ出す。

 

 諦めていた。不可能だと思っていた。

 また彼に、行冥様に会え触れれる事が出来るだなんて…!

 

 

 「後九つほど曲がり、半町ほどの直進を進む。力を込め、堪えてくれ」

 「はい…!」

 

 素早く端的な説明に返事をしたまさにその瞬間から、言葉も発せない速さになり慌てて言われた通り力の限り抱き付いた。辿った道取りを覚えている、流石です行冥様。

 

 後ろに迫っていたナニカの存在遠ざかっていく。それでも諦めずに追ってきている。

 姿形を見たかった、好奇心ではなく危険を認知するという意味で。けれど安堵と疲弊した体は速さに潰されいずれにしても確認は出来そうになかった。

 

 

 そうしている内に視界の端に僅かな光が見えた。天井にある明かりとは違う、それが何かを確認出来る前に……

 

 

 

 ズジャァアッッ

 

 

 何よりも速い勢いを殺す為に差し出された草履と地面の擦れる音が凄まじい。その急激な運動の変化に行冥様の体が大きく揺れ、それでも止まる為の距離が短かったのか先にあった箪笥にしたたかにぶつかった。それでも私を挟まないよう反転し背で受け止めてくれたが。

 

 

 何が起きたのか……瞬きをする間に気付く。色とりどりの溢れる物、明かりは吊るされた謎の電球ではなく自然の大きな日差しで照らされた…ここは行冥様と来た街の家具店だと。

 

 正面にある若葉色の箪笥の扉は大きく開かれており、決して閉じないよう重しで止められていた。

 その中身は遥か遠くまで続く通路と暗闇。私が入った場所に入り口は無かったのに。まさか入った時に入り口の場所が変わっている?…いや、まさか。そんな店内の明るさと反比例している為か何も見えず…それでも、何か、先程まで背の後ろで感じていた"ナニカ"の存在が大きな音と共に近付……

 

 

 「封鎖をお願いします!早く!!!」

 「ッ!?!!」

 「は、はい!」

 

 すぐ傍から聞こえた重音のあまりの大きさに体が驚き、跳ねた。それを聞きつけ箪笥の側に立っていた店主が慌てて重しを退け、扉を勢い良く閉める。

 扉がぴたりと閉じられた箪笥からは何の音もしない。動きもしない。……大きなナニカがいるような箪笥の迷宮が広がっているとは全く思えない極々普通の箪笥のように。

 

 

 ところで……今の、は。今の低い声は。行冥様の声…?……普段の生活どころか出会ってから大きな声などほとんど聞いた事がなくて、かなり驚いた。普段の彼は穏やかで優しいから。

 

 つまりそれだけ気を揉ませて……。未だ抱かれたままの体勢で顔をひねり、彼を見上げた。大きく息を吐き首を落とした彼を。

 

 

 「ぎ、行冥様…?」

 「…少し、目を離したら……これだ」

 「………」

 

 柔らかな巻かれた腕が更に強く、抱き止めてくる。力はほどけないほど強いのに決して潰す事のないそれは、彼の優しさ。…ああ。

 彼は強い。彼はたくましい。彼は頼りになる。彼は…砕散りそうなほど、優しい。

 

 どうやらかなりかなり心配させてしまったらしい。それは、そうだろう。原因が不本意に地震によって巻き込まれた上の騒動だとしても……かなりの危機一髪のものになってしまった事に変わりない。彼に、行冥様に助けられなければ私はどうなって……ッ!

 

 背筋に走った悪寒を抑える為に、彼の優しい好意に答えるよう抱き付いた。その温かな体温を全身で深く感じた途端……見えない緊張の糸がブチ切れたのか涙が止めどなく流れてくる。

 あ、ああ。そうだ、そうだ怖かった。死を覚悟した。誰かの役に立ちたいと願った。それで、助けられた。彼の胸元の布地を湿らせながら、何度もすり寄った。

 

 

 「あのー…」

 「!」

 「南無ッ」

 「あぁ!申し訳ありません!」

 

 掛けられた声に反射的に飛びのき、そのまま顔を伏せていた行冥様の顎に頭を強かに打ち付ける。そうだここは我が家ではない。お店で、店主がいた。このような事…命の危機を救ってくれたからといって人前でこのような行為をするのは…いや、一応は許されそうではある。

 しかしだからといって、命を助けてくれた行冥様に頭突きをして良い筈がない。慌てて謝罪をするも平気だと手のひらを差し出され窘められる。…結構強く、打ったと思うけれど。彼も顎を手で覆っているし、私も後頭部がかなり痛い。

 

 

 「だ、大丈夫だ……それ、より。どこか怪我は?長時間助け出せず、悪かっ…た」

 「とんでもないです!行冥様のお陰で私は助かったのです!それに……。…あ、れ?」

 

 行冥様がいなければ、助けに来てくれなければ、私は間違いなく命を落としていた。その事を強く彼に伝えようとして……妙な事に気付く。

 一つ。行冥様が妙にくたびれている。頼りになる強かな強さを持つこの人が?

 一つ。入ってきている日差しが何だか傾き、橙色に染まって……窓硝子を見れば、見える太陽の色が橙色に染まっていた。夕、方?え、でも来たのは正午過ぎだったと……

 

 

 「…あ、の。私…いえ、私達は。中に入ってどれほどの時間経ちました…?」

 

 箪笥の戸を閉め、私達の触れ合いに戸惑っていた店主に訊ねる。私が箪笥迷宮の中に転がり込んで…きっと、行冥様はすぐに助けに来てくれた。なら、ば。

 

 「えっと…彼が、戸を固定してから……一刻と少しは…」

 「い、一刻(明治時代では2時間)ッ!?」

 

 店主が壁沿いに置かれた置時計を見て、教えてくれる。その時間の経過はある意味納得で……ある意味残酷なものだった。

 時折休みながらも歩き続け疲れきった私の体は確かにそれほどの時間の経過を重ねたと理解している。それでも…行冥様、も?

 

 

 正面の箪笥を見上げる。その高さは私より高く…行冥様より小さい。

 

 行冥様の身長より一尺近く低い箪笥ではこうするしかないと気付く。入るには、膝や腰を常に屈め続け細やかに進むしかないという事に。

 

 …つまり、行冥様には。箪笥に呑み込まれ消えた私を一刻ほど屈ませ膝や腰に膨大な負担をかけさせた上で探させてしまった、と。

 

 あ、ああ。なんて、こと。

 

 

 「行冥…様……も、申し訳…」

 「……。大丈夫、だ。気にしなくて良い」

 

 謝罪の言葉は、再度差し出された手のひらに受け止められた。……今夜、家に戻った際に全身全霊かけて按摩(あんま)させていただきます。力が無いから満足なんてさせれる自信はないけれど、本当に誠心誠意させていただきます。

 

 

 予想外だった。

 箪笥が壊れる事も、代わりの箪笥が妙な迷宮に繋がっている事も。けれど、そうなったからには仕方ない。

 

 

 

 この箪笥がこれからどうなるか、私は知ることはないだろう。新しい箪笥は……えっ、と。今は、うん。

 

 

 

 

 

 

 「…あ、の。それでご購入は…?」

 

 「「その箪笥だけは結構です!」」

 

 とりあえず……今日は良いかな。新しい箪笥を買った所で持って帰るにも持つ行冥様に負担をかけてしまう。

 だから、全ては……また、今度。

 

 

 

 

 





 SCP-432 箪笥迷宮

 オブジェクトクラス:safe(まぁ安全)

 SCP-432は高さ2m×幅1.2m×奥行き1mの2ドア正面開き式の緑色のキャビネット。扉を開くと全面錆びた鉄で出来た未知の通路に繋がる。開閉する度に全く別の場所に繋がるため中の広さがどれだけかは判明していない。
 中には謎の遺体と謎の物品が転がり、未知の大型生物がいる事は判明している。


 家に戻り羽織を確認した所、鋭く破かれた羽織に絡み付く大きく腐敗臭のする硬い茶色の体毛がついていたとか。毛は普通に捨てられ、羽織は直された。
 SCP-432がどこからどうやってここ家具店に搬入されたかは不明。恐らく不気味だからと捨てる事も出来ず厳重に倉庫に仕舞い込まれる。


 


SCP-432 http://scp-jp.wikidot.com/scp-432

著者:evilscary 様

この作品はCC BY-SA 3.0ライセンスの下に公開されています。

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