鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

47 / 61
・箪笥の中の迷路のようです、の続きです


弐拾捌話 貴方の望みを叶えますのようです(前編)

 

 

 

 

 店内に入り、私と彼の姿を確認した店主は土間である土くれの床に土下座せんばかりに迫っり謝ってきた。彼と共に慌てて止める。

 別に謝って欲しい訳ではない。あれは、いわば事故なのだから。

 

 たまたま妙な箪笥があり、たまたまそこに迷い込んでしまった事で起きた事故。私は彼…行冥様によって助けられて無事に生きている。彼も怪我無く大丈夫だった、それで良いでしょうと店主を起き上がらせる。

 

 「だから大丈……えっ、お詫びに、ですか?」

 

 顔を上げた店主が謝罪の言葉と共に伝えてくる。お詫びとして、替わりの箪笥を用意していると。それも料金としては目玉が飛び出しそうなほど、かなりお安くして……えっ。

 

 「いやいや、そっそれは流石に申し訳ないです!」

 「そのような目的があって私達は再度訪れた訳では…!」

 

 あのような事を味わったこのお店に再度来店したのは付近の街に家具店がここしかないから。彼の足では隣街に行って箪笥を抱えて持ち帰る事も容易いだろうけれど、購入する家具は隣街に行くにも一苦労な私の箪笥で……品物の外見や使い所を確認せず無許可で購入するのは誠意を通してないとこうして私が健康に来れる範囲のこの家具店へ連れ立って来たのだから。 

 

 

 「…そ、れは。……えっと、どうします行冥様…?」

 「……そこまで言われてしまえば、断るわけにもいくまい…」

 

 柱である彼の給与は無限大で支払うならばいくらでも、となる。しかしだからといって私は豪遊したい訳でもなく、かといって出来る限り安く買い叩きたい訳でもない。

 だから……店主が謝罪と誠心誠意の限り言われたそれを突っぱねる事など、私には出来なかった。彼を見上げ訊ねれば、困り顔と溢した涙と共に受け入れていた。店主の優しさを受け止める為に。

 

 

 店主の案内の元、隊服の彼と共に跡を付いていく。何せ忙しい鬼殺隊最高位である柱の身である行冥様、この家具店へ来れたのもあの不可思議で不気味で恐ろしかったあの日から幾分かの日にちを開けてやっと来れたのだから。

 

 

 案内されたそこは、以前訊ねてきたその時より少し奥まった所にある複数の大型の家具が置かれた場所だった。

 そしてそれは。

 

 

 黒光りの漆塗りに包まれた輝く箪笥。私一人がすっぽりとくるまれてしまいそうなほど大きく堂々とした存在がある。

 逆に全て木材で作られたであろう戸棚もある。硝子張りの正面扉はきめ細かく、引き出しも多く入りそうだ。

 立派な机と椅子もある。きらびやかに彩られ、座った者は自身がさぞかし立派な者だと思いそうな物もある。

 

 

 ここは……店主の取って置きの場所なのだろうか?表…というか、入ってすぐの場所に置かれていたものとは明らかに雰囲気が違う。恐らく値段も。

 きっと目玉が飛び出しそうなほど高価な物なのだろう、そしてそれをお詫びとして。……なんだか本当に申し訳なく感じてしまう。だって、私は生きている。行冥様も無事だったのに。

 

 

 「ふむ、こちらにある無数の箪笥の中から……む?どれだ?……ああ、なるほど、こちらから……選べ、と。どうだ、まい子」

 「えっ、あ……そ、そうですね…」

 

 何だか少し臆してしまって彼の隣から半歩後ろ、南無阿弥陀仏の羽織を掴み歩いていれば店主と確認を終えた彼が顔を下げ訊ねてきた。

 

 慌てて目の前にある複数の箪笥と向き合い…そして、悩む。案の定豪華そうなそれらから選択しなければならないらしい。

 どうやって決め手を見つけ出せばいいのだろう、大きさはほぼ変わらず違いといえばきらびやかな装飾の違いしかわからない……どれもこれも豪華だなとしか見る目がない私の目で。

 

 「…どうしましょう行冥様?」

 「自分が使う物だ、自分で決めなさい……勿論助言はするが」

 「うぅ、ん……そうですねぇ…」

 

 彼に訪ねても極々当たり前の事を返され、言葉に詰まる。選択するのは確かに私だから、私が決めないと。

 

 

 そうして様々な質疑応答を店主と、行冥様と繰り返し……一つの箪笥に決めた。それは今まで使っていた箪笥と似通っているものの、豪華さは格段に上。

 なんというか本当に……申し訳ない。心から感謝をします。

 

 

 「それでは本当にありがとうござ……え?……いや、流石にそれは……」

 「確かにもう一つ、いくら御厚意とはいえ……う、それは確かに……南無…」

 

 店主にお辞儀をし感謝の言葉を告げていれば、私の言葉を遮り店主が更に告げてくる。箪笥だけではまだ足りない、と。だからもっと他のを貰って欲しい、と。

 勿論それは彼と共に断りにいった。そんな申し訳ない事は出来ないと。しかし……店舗経営をしている人の口の上手さだろうか、なぜか私達二人とも丸め込まれ、何かしらのもう一つ持ち帰る事になってしまっていた。

 

 

 この時点で、それなりの時間が経過していた。街に降りてくるまでとこのお店の中でと…結構な時間を使っている。自宅で立ち続けるのはまた違う疲れがどっと体に響いて、少し……

 

 

 「…行冥様、あの……少し、休んでも構いませんか?」

 「む?……ああ、そうだな。確かにそれなりの時間が経過しているな。…申し訳ない店主、構わないだろうか?」

 「……ありがとうございます、それでは、すみません……」

 

 店主にも行冥様にも了承を取った事で私はその場から離れ、休憩出来る場所を探す事にした。座れる場所を探そうにもここにあるのは売り物しかない。他には何もなく、元の場所に勝手に戻るのはいかがなものだろうか。

 しかし流石に売り物に腰掛けるのは申し訳ない……そう思い躊躇をしていれば離れた場所から店主がどの商品に座っても構わないとの許可をくれる。

 

 ああ本当に何から何まですみません。その言葉に礼を言い……けれど流石にどの商品にも容赦なく座ると言うわけにもいかない。しかし疲れからか、どうもくらくらと揺れる視界が更に気分を悪くしてくる。おさめる為にはどこかに座らなければ……

 そうして一番近くにあった、洋風の二対の椅子と机を見る。

 

 

 滑らかな木材で作られたそれらは黄金色の…恐らく真鍮の綺麗な装飾で二対の椅子と机を飾り付けられていた。布地は藤色より更に深い色で覆われ同色の布が机の上に敷かれている。

 

 手前の椅子は垂直に聳え立ち、座るならば姿勢よく座れるだろう。後ろの帯を潰さないようにしなければならないだろうけれど。

 奥の椅子はこちらの椅子より少々豪勢で背もたれや肘おきに彫刻が彫られており、また背もたれも柔らかに傾きそうだった。お偉い様が座りそう。

 

 普段使いのもの、というより何らかの商談に使うものかな。それも豪華絢爛な洋館に置かれていても何一つ引けをとらなさそうなそれ。行冥様のお屋敷も立派なものではあるけれど、和建築なあの家では合わないだろうと思う。

 

 

 こんな事でもなければ生涯触れる事もないだろう椅子に触れ、床を傷つけないよう引いた後背もたれにもたれ掛からないよう浅く腰掛けるも座面の余りの柔らかさに少しふらつく。

 わぁなんて柔らかさ、ふわふわで空に浮かぶ雲の上に座っているみたい。勿論そんな経験はないから想像上での話だけど。

 

 

 腰掛けれた事により少し楽になり、遠くの彼と店主の様子を確認出来た。時間をあけた事で話している内容が変化しており、すぐに理解出来なかった。とりあえず…呼ばれるまで大人しくしていよう。

 

 

 ああ。本当に……こんな、少しの運動で疲れたりしない…

 

 

 『頑丈で丈夫な体に変えてあげたら、私に何をくれるかなお嬢さん?』

 

 「そうですね。そんな強い体になれ……ぇっ?」

 

 

 優しく穏やかに掛けられた言葉に返事を返そうとして、気付く。今私声に出してたっけ?そして今…そんな私と"会話出来る相手"がいたっけ?店内には私と、離れた場所にいる行冥様と、店主しかいなかっ……だ、れ?

 

 

 声を掛けられた向かいの椅子の方へと顔を向ければ、つい数秒前まで誰もいなかった場所に一人の男性が座っていた。

 

 

 彼は豪華な背もたれを軋ませるほどに深く座り机の横からはみ出るほど長い足を組み肘掛けに肘を立て、その手の甲に顔を乗せこちらを見定めるように真っ直ぐ私を見ていた。

 

 黒い髪。高い背丈は筋肉質で体躯が大きく、つり上がった鋭い目は太い眉と共に柔らかく下げられ、口は優しく微笑んでいる。

 そして目を引く……額に走る一筋の傷。

 

 

 「……ぎ…ょうめい……さま?」

 

 

 そこにいるのは間違いなく…行冥様……に、似た、人だった。だって彼ではない。彼は、向こうにいるのだから。けれど彼と同じ顔で、同じ体格と同じ声を持った男性がそこにいた。

 

 

 彼は私の声に、目を柔らかく細め微笑んだ。

 

 

 いや違う。全く同じではない。違う箇所もある。

 

 服装が違う。南無阿弥陀仏の羽織を羽織り黒い隊服の行冥様とは違う…赤と金色で作られた西洋の服を彼は身に付けていた。

 見た目にも違いはある。髪の隙間に覗く天を突くような牛のような大きな黒いツノがあり、背にも黒い蝙蝠のような翼が。そして座っている椅子からはみ出てうねっている、先が三角に曲がった黒い尻尾…が。

 そして指先の爪は鋭く尖り、微笑んだ口からは鋭い牙が覗い、て。

 

 

 ……鬼?

 

 

 「ひゃあっ!?」

 「!?どうしたまい子?」

 

 目の前の存在に言い様のない恐怖を感じ、悲鳴を上げながら立ち上がり後ずさる。そんな奇妙な行動を聞き付けた本物の行冥様の心配する声がする。振り返り、その姿を確認する。

 

 彼は間違いなくそこにいて私を何事かと見ていた。……振り返り、座っていたはずの椅子を見れば…そこには、何者もいない、ただの椅子が堂々と鎮座していた。

 

 

 

 

 ** SCP-738 **

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 「どうした?毒蛇でもいたのか…?」

 「だ、大丈夫です!き、気のせいだと思います!きっと!」

 「南無…?そう、か?」

 

 私を心配してくれる彼に、出来る限り穏やかに返事を返す。納得のいっていない彼に何度も平気だと返し…椅子や机と向き直る。

 別に…そう、毒のある蛇に噛まれた訳ではない。まさか、そんな……だって、今現在は何も、誰も……

 

 

 「……ぁ、の」

 『どうも。そんな獲って喰ったりしないから、警戒しなくて大丈夫ですよお嬢さん』

 

 …なのに、椅子に座れば彼は間違いなくそこに座っていた。一応行冥様のいる場所にまで届かないほどの小さな声で語りかけた私に比べ彼は通常の、彼にまで聞こえてもおかしくないほどの声量で語りかけてきた。…彼の声は私にしか聞こえないのだろうか。

 それも今度は意味がわからず怯える私を落ち着かせるかのように長い腕を伸ばし私の左手をとり、優しく大きな手のひらで包み込んで握ってきた。撫でるように何度も傷のある私の手の甲をなぞり、指先を絡ませ……

 

 「ぁッ…!」

 

 そんな行動されて、冷静でいられる訳がない。男性…それも行冥様と似たような姿の彼にされては。は、恥ずかしい…!

 慌てて手を引っ込めれば、強く握られていなかった為か簡単に抜けた。それでも顔の熱さは収まらず握られていた手で押さえる。あぁ、顔が赤くなっているかもしれない……こんな場所で手を、指を繋ぐなんて…!

 

 この人は、行冥様ではないのに。そうだ、行冥様にこのような…姿をさせてはいけない。こんな、まるで鬼のような姿を。

 

 

 「……あ、貴方は…一体誰、何者で…」

 『私の事など気にしなくて良い。それより私は貴女の願いを叶えたいだけなのだから』

 

 彼は出来る限り冷たく言おうとした私の言葉を笑いながら受け流し、椅子を軋ませながら机に肘をつき、私を見下ろしてきた。

 その顔はどう見てもあの優しい行冥様に見える。しかしどこか冷めきったような瞳は見た事がなく、弱い脈が狂ってしまいそうに脈打ち始める。違う、彼は違うから私の体よ落ち着いて。ほら微かに覗く鋭い牙が彼は違うとわかるでしょう。

 

 「…叶え、るとは。先ほど私の、体を…」

 『そう。弱く儚いその体を向こうの彼は承認しているのだろう?しかし貴女はもっと高みを望んでいる筈だ、私なら望む通り変える事が出来る』

 「……変える…」

 

 話す声は、彼と何一つ変わりない。けれど彼とは別人である事を、彼は言い切った。離れた場所で店主と話している行冥様と別人である事を。

 ……少し、冷静になれただろうか。大丈夫、私は確かにこんな体だけれど心は何よりも強く有りたいと思っているのだから今こそそれを証明すべきだ。

 

 

 『そう。飛ぶように走り、重量物を持ち上げ貴女の望むような動きを楽にさせる人より丈夫で頑丈な体を私は差し上げれる』

 「鬼殺隊に入隊出来、鬼の頸を切れる体に、私がなれると言うのですね」

 『勿論!それ以外にも道行く異性も同性も惹き付けるほど溢れだす魅力や、道行く全ての生き物が平伏す権力財力ですら…貴女が望むのであれば差し上げれますとも』

 「そんな事はどうでもいいです」

 『ん…?』

 

 彼が鬼殺隊を、鬼を、どれだけ知っているのかはわからない。日が差す今姿を現している彼は鬼ではないだろう。奇妙な私の行動でこちらを見ていた行冥様はともかく目が見える店主にすら見えていない彼は幽霊や妖怪…あの箪笥にの世界と似たような存在なのだろう。

 彼が何者でも、悪魔と呼ばれる魔羅(マーラ)でも構わない。

 

 

 私達が持つ、永き遥か昔から人々を苦しめてきた鬼の始祖への恨みなんて彼にはわからないかもしれない。

 それでも、構わない。

 

 

 「私の個人の幸福より、遥か多くの幸せを……鬼を、鬼舞辻を倒せるならば……私の命なんて」

 

 いくらでも。

 

 

 『なるほど、素晴らしい』

 「!」

 

 目に見えないほど素早く動ける行冥様とは違い、彼は私の目に見える早さで動いた。椅子を軋ませ立ち上がり机を迂回し、私の横で膝をついたあと先ほど振り払った左手を再度取りそのまま唇を……えっ!

 

 「なっ!」

 

 再度振り払った。速度は先ほどよりも絶対素早かっただろう、だって、今彼は……!!

 

 「ぁ、あなた今…!」

 『さて、それでは契約しましょうか』

 

 あああ、申し訳ございません行冥様!顔が!耳が熱い!なんて事を…!呆気にとられている場合ではなかった、早く振り払わないといけなかった!……ん、契約?

 乱暴な振る舞いをしたにも関わらず彼は気にした様子もなく、寧ろ冷静に元の向かいの椅子へと戻りいつの間にか羽根で作られたペンと皮で作られた紙を手に持っていた。

 

 

 『望みは()()()()()()()()()()()で、良かったですね?』

 「ぁ、は、はい……」

 『代償は()()()()()って所ですかね』

 「……え?」

 

 




 ─ 後編に続く
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。