鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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弐拾捌話 貴方の望みを叶えますのようです(後編)

 彼は何かをさらさらと書き綴っていた。内容は私からでは見えなかったが、口に出している事と恐らく同じような事を書いているのだろう。

 代償、の言葉を言われても特に不思議はなかった。タダで望みを叶えるなんて甘い考えは最初からなかったし、私が出来る事で人の幸せを作り出せるなら命なんて当然にどんな事でも。

 けれど、言われたそれがあまりに予想外で…

 

 「……家族の記憶?」

 『はい。契約が完了した瞬間から何一つ貴女の記憶には残りません、いかがですか?』

 「………」

 

 家族の、記憶……

 

 逞しかったお父さん。物知りだったお母さん。優しかったお姉ちゃん。ふにゃふにゃと柔らかかった弟。そして血溜まりに沈む、ぐちゃぐちゃの着物、羽織り、ころりと転がる…

 

 「ッ!」

 

 鬼さえいなければ、きっと家族は今でも生きていた。例え病気や事故があったとしても人としての尊厳は保てていた。

 今でも鮮明に思い出せる泡沫のように尊い愛しさと、そんな姿にした現況への煮えたぎるような怒り。鬼へと体を震わせるほどの怒り。

 

 

 そして、そして。家族は、今の私にとって家族はこぼれ落ちた人達だけではない。それこそ片手で足りる守るべき家族がいる。

 彼らが私をどう思っているかなんて言葉が通じなくてもわかる。何よりも平穏を願うべき家族が。

 

 

 そしてそんな私を含めた小さな家族を、この美しい世界を守っている……

 

 「行冥様の、記憶も無くしてしまうのですか…」

 『例外はありません。いかがですか?』

 

 ……彼の再度の問い掛けに何も返せなかった。

 

 家族を忘れるという事は穏やかさも惨劇も憤怒も忘れると言う事他ない。そしてそれらに不本意に深く刻まれるように絡み合う鬼への因縁すらも忘れてしまう可能性すら……

 家族だけでなく罪のない人々を苦しめる鬼が許せない、その心で戦えるかもしれない。けれどそれだけを残せるという自信も根拠もなくては何も言えやしない。

 

 

 弱い体を変えたいのは家族の為、苦しむ人々の為、鬼の為、尊い未来や世界の為。

 それら全ての事実を知った事を忘れ、ただ平穏に生きるだけの命になりたい訳じゃない。行冥様が日々命を懸けて闘っている壮絶な理由も荘厳さも忘れて、一人、何も知らず何も見ようともせず生きるなんて出来る筈がない。

 

 

 「…せめて、逆に。私の事を世界中の全てが忘れるように!なんとか、いえ鬼を、鬼舞辻を討てるすべの一欠片にでもなれるのならその瞬間から後の命も尊厳も魂もいくら、でっ、むぐっ!?」

 

 

 興奮する体はどうしようもなく熱く、息は荒くなり立ち上がってはいけない規則さえなければ椅子を倒すほどの気負いで声を荒らげていただろう。

 そして……そんな周りを省みない行動をしていれば当然に彼に届いてしまう。騒ぐ私を止めに来た行冥様の大きな手で口を塞がれ、声がくぐもってしまう。

 

 「……。行…め、さ…」

 「少し…黙りなさい」

 「!」

 

 私が黙った事を確認して大きな手が離れていく。その離れる手と同じ速度で彼の顔を見上げ……言おうとした謝罪の声が詰まる。

 吊り上がった眉も、細められた目も、妙に微笑んだ口元も、首筋やこめかみに立てた青筋も……本物の行冥様の、ほぼ一度も見た事の無い表情だったから。

 

 あ、ああ。こ、れは。

 

 「……ぁ、の」

 「謝罪と弁解は後に聞く、その前に端的に説明をしなさい」

 「……。……はい、行冥様…」

 

 ……後でとてつもなく、懇々と説教される。経緯とか決意とか心境とか…汲んではくれるだろうけれど、それでも怒られる。勿論私を思っての言葉だけど、うん……怖いから今はあまり考えないようにしよう。

 

 片手で軽く引かれるだけで簡単に立ち上がり、見えて聞こえていた彼の姿も声も霧が晴れるように何もなくなる。まるで始めから居なかったように。

 そして出来る限り端的に、要点だけを行冥様に伝える。椅子に座った人だけ分かる存在。そして望む願望を叶え、代償を支払う取引の事を。

 

 

 彼は渋い顔で私の話を聞いていた。そして深く息を吐き、数粒の涙を流したあと後ろでおろおろと狼狽えていた店主へと向き直り。

 

 「差し出がましい事だと思う、が言わせていただく。管理しているだろう品々の取り扱い方を知らないのなら、再度詳しく検品してから販売の場に置いていただけないものですか?」

 

 そんな彼にしては本当に珍しい辛辣な言葉を告げていた。店に来た時より更に深く謝る店主の行動を止めていいものなのか悩み、行冥様を見上げれば言葉を発するその前に自ら止めに入っていた。

 優しい彼は怒鳴ったりネチネチした厭味をほぼほぼ言わない。言いたい訳でもないだろうし、それでも……言わずにいられなかったのだろう。

 

 ……確かにあの箪笥も、この机と椅子も不思議な商品というだけでなく、生命すらも脅かす危ういものなのだから。全面的にではなくそれに毎度毎度巻き込まれ、首を突っ込む私が悪いところは勿論あるが……もし他の人が関わり、そして……。

 

 か弱き人々や美しい世界を()()()である彼に怒られるのなら、仕方ない。私もそれになりたかった……けれど、彼を怒らせ悲しませ、苦しませるのなら。たった一人大切な人さえ苦しませてしまう私が何を守れるのかと。

 そんな手段を取る人もいるだろうし、そんな優しい人を責める事はしない。これは、私がただ思う私の結論なのだから。

 

 

 「取り敢えずもう一つ、の件は私達の間で話は済んだ。詳しくはまた追々話すとしよう…」

 「はい、了解しました」

 「それでは……。……この、椅子だが……」

 

 店主とのやり取りは後半全く見ても聞いてもいなかった為、どのような結論になったかはわからない。後で教えてくれるというのだからその時を待とう。

 彼は店主の方へ向き直り、先ほどまで私が腰かけていた椅子に手を置いて何かを言おうと口を開き……数秒そのまま固まった後、眉を潜め、瞬きをした後。

 

 椅子へと腰かけた。

 

 

 「えっ、行冥様!?」

 「……!……。……一つ問う」

 

 予想外な行動につい大きな声で叫んでしまう。だって、そんな。いや……確かにこの椅子や机は箪笥のように危険と隣合わせのものではないし、座る事に罪はない。けれど考えようによっては何よりも危険なこれで何を……

 

 行冥様は私の大声に反応せず、目の前にいる存在を真っ直ぐ見つめていた。否、少しだけ目の前の存在に対して驚いたのか目を見開き、何かを言おうと口を開け、閉じて、一呼吸おいたあと問い掛けた。

 ……行冥様の目には、耳には、肌には、誰が見えているのだろう。

 

 

 「たった今。鬼舞辻無惨の討伐を願った場合、私から何を奪う?」

 「!」 

 「………」

 

 そして問い掛けられたそれは、先ほど私がしたのとほぼ同じもの。しかしそれは力を求めた私より端的で、何よりも合理的に判断されたものだった。討つのは確かに本人でなくても良い、鬼舞辻さえ討てるのならば。

 ……けれどその場合の代償は、どれほどの……

 

 「……そうか……いや、申し訳ないがそれらを支払う気はない。失礼する」

 

 問い掛けの返答を聞いたのだろう。彼は大人しく頷き、しかし会話はせず前にいるはずの存在に会釈すらもせず行冥様は立ち上がり、私の頭を軽く撫でたあと店主の方へ改めて向き直った。

 

 「それではまた、改めて。先ほど確認した手続きで頼みたいのでお願いします。…さあ家へ戻ろう…」

 「は、はい…?」

 

 私の理解が及ばない会話を交わし、なお謝り続けていた店主に見送られ店を後にする。箪笥ともう一つの…何らかは、また今度来るのかな?それとも持ってきてくれる?ううん、わからない。

 いや、それよりももっと解らない事がある。なぜ彼はあの椅子に座りあのような問い掛けをしたのか。一応私の説明でどのような椅子と机と相手がいるのかは理解はしてくれた筈だったけれど。

 

 

 意図がどうにも読めなくて、数歩先に行く彼の羽織を掴み隣に並んだ後顔を見上げる。訊ねようとする前に瞳から幾筋の涙がこぼれ落ちるのを確認する。

 そして店内では吊り上がっていた眉を八の字に曲げ、ふにゃりと柔らかな笑みを落とした後。

 

 

 「嗚呼……あのような問い掛けをした私は、まい子にとやかく言える立場ではない、な…?」

 「……ッ!」

 

 そう言葉を掛けられ……息が詰まる。あまりの大きな優しさにまるで押し潰されたかのように胸が爆発したかのように高鳴り、もはや痛む。顔も首も耳も、背中も熱い。

 危険な行動を取った私を怒るも優しさだけど、そうではなく同調の上緩和として…更に危険を自ら確かめる為に。ああ。もう本当に!

 

 「いけない人です、行冥様…!」

 「……南無…」

 

 胸元を強く握り締め、熱くなった頬を手のひらで覆う。脈打つ心臓がうるさい。そんな私の戸惑いに行冥様も戸惑っているらしく、落ち着きなさいの意味で頭を撫でられる。わかってはいるけれど……情けない。

 確かに私はすぐに危険なモノに巻き込まれ、時に自分で進んでしまうだろう。けれど行冥様も時にあまりにあまりな事をするから……頑丈になれなかった弱い体では本当に倒れてしまいそうだ。

 

 

 「まぁ、とにかく怪我無く無事で何よりだ。あの者に他に何もされてはいないな?」

 「あ、はい。それは大丈……」 

 

 行冥様に軽々しく返答しようとして……固まる。思い出すは、左手にされた事。

 

 手を握られ取られ、握られ、そして……。………。

 

 

 「……えっと、ですね」

 「………どうやら端的ではなく詳細に聞かねばならないようだな」

 「!」

 

 彼にされた到底口に出し告げれないような事が脳裏に浮かび、徐々に下を向きながら少し口淀んだ。その隙を見逃さないかの如く、彼の大きな手が肩に置かれる。見上げればにっこりと何よりも優しい満面の笑みで…何故だか背筋が凍りそうな事を言われてしまう。

 

 「あ、の……行冥さ…」

 「大丈夫だ。私達にはまだ時間が……あるのだから」

 「……。…は、ぃ…」

 

 そうだ、私達にはまだ時間がある。助けられた私には彼の為に捧げる時間がある。

 けれど助かった筈なのに、怒られる訳ではないだろうに。今、この時だけは……どうすれば良いのかわからなくなってしまった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 二人の客がいなくなった店内に一人、その店の主人が立っていた。

 主人は頭を抱えていた。困惑していた。嘆いていた。

 

 理解が出来なかった、なぜこのような事になったのか。このような品物があるのか。なぜ責を負わされる立場になっているのか。

 

 

 ふと、解決法を思い付く。

 

 二人が言うことが真実ならば、危険でしかない箪笥とは違いこの椅子と机はいくらでも使いようがあると。

 

 

 主人は椅子に腰かける。

 

 目の前にあった椅子にいつの間にか、████が座っている。

 

 声をかける。思い付いた何よりも素敵な発想を、そしてそれを叶えてくれる事を。

 目の前の存在はその言葉を受け取り微笑み、いつの間にか取り出されていた羊皮紙に文字を書き込んでいた。

 

 

 そして、その代償として発せられた言葉も。

 

 

 主人は躊躇もなく頷いた。

 

 

 

 

 

 目撃者のいなかったその結末は、誰も知らない。

 

 

 

 

 




 SCP-738 悪魔の取引

 オブジェクトクラス:Keter(本気でヤバい)

 SCP-738は机、椅子二脚で構成された家具。一つは背もたれが垂直な椅子で、一つは彫刻が施された「王座」形式のオフィスチェア。全て真鍮製の装飾と、高貴な紫色のビロードで出来たパッドが付いている。
 垂直な方の椅子に座ると目の前の椅子に何者かが表れる。その者の外見は人によって変化し「魅力的」「尊敬する相手」「大蛇」など様々な形をとっている。その存在を見れるのは垂直な方の椅子に座っている者だけで、カメラなどにも映らない。椅子が動く様子は第三者でも見れる。
 その者は願い事を叶え、代わりの代償を奪う。それは強制ではなく、交渉も出来る。羊皮紙のようなものは人間の皮で出来ている。
 

 ちなみにまい子の願いを叶えた場合、無惨を倒せる力を持てはしても普通に見つけれないし、万一見つけれても多分逃げるので無意味でした。悲鳴嶼が座った時に目の前に現れたのは産屋敷で、わかってはいたものの少し動揺しました。ちなみに悲鳴嶼に告げられた代償は「今まで、そしてこれから助け、そこから繋がっていく全ての人間の命」です。
 


 


SCP-738 http://scp-jp.wikidot.com/scp-738

著者:Le Blue Dude 様

この作品はCC BY-SA 3.0ライセンスの下に公開されています。


 
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