鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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参拾話 忘れ去られる世界のようです(中編)

 

 

 

 

 上弦の陸を宇髄が討ち取った。正確には共に任務にいた竈門隊士と我妻隊士、嘴平隊士と共に。

 ただ何事もなく無事に、という訳ではない。片腕と片目を犠牲に、引退との幕引きと共に。討ち取ったのだから。

 

 

 去り行く宇髄の存在の欠ける喪失を嘆けども、上弦という遥かなる高き壁を壊せたそれは輝しき祝い事。

 長年の鬼殺隊の望みの第一歩。

 

 

 「どうしたのです、この沢山のお芋は」

 「麓の町で頂いた。とりあえず茹でようかと芽を取り除いているのだ」

 「わぁ、結構な量がありますね。行冥様も気を付けているでしょうが、芽取りの残りも変色したものもあるやもしれません。一応後で彼に確認してもらった方が良いのでは?」

 

 手に持っていた芽取りを終わった芋を横に置いてある籠の中へと入れる。そして新しい芋を手に取り、包丁を突き立てる。何でもない、普通の包丁を。

 

 「大丈夫だ、そこら辺は私でもわかる。ありがとう」

 「とんでもないです。私の想いは、貴方の想いですから」

 「………」

 

 私の見えぬ目でも判別できるそれを心配する彼女は、何よりも…()()()。丈夫で健康な私を何よりも心配していた彼女らしい言葉だ。

 遠くの廊下から現れ、籠の中の芋を覗き込んでいたまい子は恐らくそのまま座り込んだ。少し離れた場所に座る彼女には、手を伸ばしても届かないだろう。

 

 

 「上弦の陸を倒せるなんて……いやぁ素晴らしき事です。場所はどちらに潜んでいたのです?」

 「何でも花街に潜んでいたらしい…」

 「ぁー…それはそれは。行冥様には似合わない所ですね」

 「………南無…」

 

 音もなく座り込んだまい子が何気なく無邪気に訊ねてくる。鬼の居場所と、その居た街の事を。

 彼女は子供ではない。健康であればその場所に縁があったやもしれない彼女があっけらかんと口にする言葉は……私に対する悪口なのだろうか。いや悪口というか……うむ、これまぁ確かにそうだな。そう思われても仕方ないと思えるものだ。彼女は意外とそういう発言をしていた。

 

 

 「うーん、貴方ならばすぐに鬼の頸を潰せたでしょうか。えっと二人同時、でしたっけ?片方を倒した上で、すぐにもう一人を……なんて行冥様なら出来るでしょう」

 「………」

 「片方の頸を跳ね、片方を鉄球で潰す。うん、行冥様ならいけますよ!」

 「………」

 

 まい子の自信満々で元気いっぱいな声が…どうも体をすり抜ける。納得出来そうで、どうも……いやしかし、こうして聞いていると言う事は。……これは、なんというか。

 

 「私は……自惚れているのか…?」

 「ぇっ違いますよ!そうではなく、私が行冥様をとてもとてもお慕いしていると…それだけです!」

 「………。そう、だな。確かにそうだ。まい子は……そうなのだろうな」

 

 まい子は私を信じてくれている。そして……愛し、恋い焦がれてくれていただろう。だからこそ彼女がそう言うであろう事は、理解出来る。…それこそが自惚れなのかもしれないが、結論は…今後も出ない事だ。

 

 

 黙ってしまった私に対し、彼女は戸惑っていたのかもしれない。キョロキョロも顔を振り向き、手のひらを大きく開いて閉じてを繰り返し……戸惑っていただろう彼女を、私は生涯見る事はない。

 それでも、彼女がそこにいるならば決して変わりはしないだろう。妙な態度や振る舞いをする事などは。

 

 「ところで、宇髄様は大丈夫だったのですか?目や片腕を…その、失くすという大怪我をして」

 「うむ。隠も連絡を聞き付け柱の中で唯一現場に辿り着けた伊黒も姿見て無事を確認している。何より当人が引退…そう決めているらしいのでな。動けたとして、無理強いに止める訳にもいくまい」

 「なるほど……まぁ命に別状がなくて何よりです。確か奥様も沢山いらっしゃいましたよね」

 「三人だな。大切な人達を守る為に退く決意は……優良なのだろう」

 

 上弦の陸の頸を跳ね、結果を出し……これからは今までよる遥かに劣る力しか出せない、と足を引っ張らないようにと彼は引退を決めた。それは…その判断は責められるどころか、素晴らしい事だ。

 大切なものは、失ってから後悔をしても遅いのだから。腕を伸ばし傍に立ち、囲おうとも守れるのならばそうするのが…良いのだろう。

 

 「…行冥様、落ち込んでいます?」

 

 まい子のその問い掛けに、一瞬返事が出来なかった。まるで予想外の言葉を投げ掛けてきていたかつてのようだ。

 

 「……む、?……いや、そんな事はないだろう」

 「いやいや。宇髄様は行冥様に続く、永らく柱を勤められた方ですからね。少し寂しいものを感じたりしているのでは?」

 「………」

 

 だが、落ち着いて聞いてみればなんて事はない。ただの質問だった。

 確かに宇髄は今や最年長であり最長となってしまった私に次ぐ、柱であった。そんな彼がいなくなってしまったから……か。ああ、そうだな。それぐらいだろう、思い付くのは。

 

 

 「大丈夫だ。彼がした事は鬼殺隊が百年以上成し得なかった宿願(しゅくがん)だ。褒められ称えられるものに違いない」

 「…なるほど!つまり鬼舞辻に対して宣戦布告に等しいものでもあるという事ですね!」

 「…そう、だな。そのようなものなのだろう」

 

 私の発した言葉に、彼女が強く意気込んだ状態で返してくる。その言葉に頷く。頷くのもどうかと思えど……頷くしかない。

 

 「炎柱、音柱と二柱を失えど上弦を一人落とせた。今まで失ったものを数えるより……これを切っ掛けに先を見据えるのが、今望み振る舞うべき事なのだろう」

 「そうですねぇ……それが今までの、今いる全ての鬼殺隊の望みですから!」

 「……そうだな、それが我らの望みだ」

 

 憎き鬼をこの世から屠り、存在を無くすという事を。憎き鬼舞辻の頸を斬るという事だけを……我らは望んできた。それは鬼殺隊に入れなかった彼女、まい子も同じこと。

 ……だが。そうであれど……こうではない。

 

 

 「私が望む事と、鬼殺隊が望む事と、まい子が望む事……それら全ての到着地点は同じでも、意見まで同じではないだろうに…!」

 「………」

 

 私の呟きに対し、まい子は何の返事もしなかった。例え私の発言が何もかも違っていたとしても、彼女は間違っているとは言わないだろう。言えるはずがない。 

 

 握った芋がぎりりと鈍い音をたてた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 こぽり。こぽり。

 

 

 

 沈んでいる最中、目を開く。

 

 

 

 

 暗い。暗い。暗い。

 

 何もない。色も、光りも。

 

 

 

 

 

 ここはどこなのだろう?

 

 

 

 

 こぽり。

 

 

 こぽり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥に、奥に。

 

 

 

 

 沈んでいく。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 上弦の肆、伍を柱である時透無一郎と甘露寺蜜璃が倒した。

 偶然……ここまでくると偶然という言葉で片付けて良いのかもわからない、竈門隊士とその鬼の妹と、私の継子を願い弟子にした玄弥と共に。

 

 上弦の鬼の三体討伐をしたにも関わらず柱である彼、彼女らは柱を存続出来るという。更に……()を出せば更なる増強を望めるという事実が、手の少し伸ばせば掴めるほんの目の前に置かれた。言い伝えという曖昧なものでなく、結果として。

 代償として寿命が二十五までとなる。高々()()()()のもので今までを遥かに、鬼すらも凌げる力を手に入れれるというのならば……少なくとも、この暴れる鬼すらいなくなり決戦に備える今は誰も躊躇も後悔もしないだろう。

 

 

 私は提案した。鬼が邪魔をしない幸いな今現在すべきだろう"柱稽古"の存在を。

 

 

 

 柱稽古での私の順番は後半となっていた。一般の隊士が来るまでは同じく隊士が来る前の柱との稽古になるだろう。

 通常の日輪刀を使用しない私では、他の柱達とは連携の仕方が全く違うだろう。しかしだからといって手を抜いたり、やらない訳にはいかない。寧ろ今こそ、すべきなのだから。

 

 

 「……そうですか、産屋敷様が…」

 「…お館様は偉大な方だ。この千載一遇である好機、命の灯火を燃やすだけでなくきっと何か考えを練られている…」

 

 準備をしていた私の背中に、彼女が声をかけてきた。灯りをつける必要のない薄暗い室内。気分が上がるどころか沈んでいる私を心配し、優しい言葉をかけてきたまい子も…お館様の症状を語る際に声を落とした。

 お館様は私よりも年齢は四つ程下だというのに出会った時から荘厳で、偉大で…元々体が弱かった。年々崩されていく体の弱さを持っていたが、今はもう立ち上がる事すら…と。

 

 「少しでも永くその命の灯火を燃やして欲しいですね……あ、そういえば私と産屋敷様は同じ年齢でしたかね?」

 「…そうだな。そして私はあまね殿と同じだった筈だ」

 「ああそうでした。成る程、それでああだとは、あの方は本当に…偉大な方ですね」

 「………」

 

 今現在使っている、日輪刀と同じ素材で作られた鉄球と斧が付いている鎖と似たような鎖を倉庫から探していたいくら稽古だとはいえ、真剣と同じようなものを使う訳にはいかないのだから。

 まい子の言葉に、私は沈黙を返した。その言葉はつい先程、私が思った言葉だったから。通常ならばそれは喜ぶ事だ。何より尊敬する方の印象を、共にする愛しい人が同じように思ったのだから。

 

 ……だが、これは、そうではない。

 

 「例えお館様と歳が同じだろうと…まい子はまい子だ」

 「ふふ、そうですねありがとうございます」

 

 彼と彼女を同一する気は微塵もない。私の構成する気持ちと、その存在は…全く交わる事のない別のものだ。だから今こうしてきちんと口に出して告げれば良いだろう。良い筈だ、そうに違いない。

 

 

 「…ですが行冥様、私と産屋敷様は正確には同い年ではないですよ。でした、ですよ」

 「そんなのは、些細な事だ」

 「…心配なのです行冥様。わかっていると思いますが…」

 

 なのに彼女は私の心情とは真逆の言葉を告げてくる、何かを言おうにも背中越しの彼女の声色は何も変わらない。

 振り向き、声色が聞こえてくる場所を見ても私の瞳は何も映さない。彼女の存在を見付ける事は視界だけでは出来ない。

 

 「…何が…。…いや、大丈夫だ言わなくて良い」

 「気付いているでしょう?わざわざ言わなくても、理解しているでしょうが……行冥様」

 

 その存在を見付ける耳を、聞こえぬように塞いでしまいたいのに塞ぐ事は出来ない。本当に塞いでしまえば……本当に、何も見えなくなってしまう。

 だからこそ、彼女が紡ぐ言葉を……

 

 

 

 

 「私はもう、死んでいるのですよ」

 

 

 

 聞き入れ、受け止める事しか出来なかった。いや、わかっている。わかっている……

 ……もう遥か昔に失ってしまった、まい子の現実を……もはやこの世にいる筈もない、彼女の言葉で再度、受け取る。

 

 

 「……わかって、いる。君が……いなくなった日も、時間も温度も、気持ちも……眠っている場所も全て全て覚えている」

 

 忘れれる訳がない。どれほどこぼれ落ちた時間が過去になろうとも、喪失の凍えるような震える気持ちは過去にならず……

 そしてまた、二度と聞こえる筈がなかった声色が聞こえたその時も。聞こえ間違いではなく、会話の応答が出来る…今この現在の、君の存在を認識した時も。

 

 

 「ええ、ええ。そうですね。今の…こうして話している私は、貴方の記憶の中から生まれたものだとわかっていますよね」

 「…ああ。…嗚呼、勿論わかっている。以前の彼女との会話には、私が到底思いもよらなかった事が含まれていた。今現在……私が考えるまい子との会話では、それは不可能だ」

 「んー、それはもうどうしようもない事ですね。何せ記憶からの生成は生産も成形もどれだけ本物に近付けようとも本物にはならないものですから。いや別に行冥様が悪い訳ではないのですよ?」

 

 倉庫の探し物を終え、腰を上げて室内から出る。そのまま彼女の声が聞こえていた…彼女がいるであろう場所に近付き、手を伸ばす。本来ならば誰もおらず空をきる筈の手が…冷たく艶やかな髪の毛に触れて止まる。そのままゆっくりと撫でればくすぐったいのか彼女が小さく笑う。

 まるで目には見えない彼女に触れているようだ。ならば彼女は、まい子は居るのか?今までの会話は全て嘘なのか?……否。

 

 

 「……南無」

 

 ()()()()()()()()()それを。()()()()()()()()()と、思い腕を動かす。

 するとそれだけで手が軽く空を切り、何者にも触れず空中を漂った。まるで、最初からいない、その通りのように。

 

 彼女はいない。それはわかっている。わかっては……いる、のだが。

 

 

 「むぅ、そんなに私は貴方を捕らえているのでしょうか。苦しめているのですかね」 

 「苦しめるなど有り得ない。私の人生において遥かに短いあの時間は…短くとも掛け替えのない、大切な時間だ。そしてあの時も今もどこの誰にも干渉されない、まい子との会話は霞のように儚く…掴み様のなく意義のあるものだ」

 

 なのにこうして会話が出来てしまう以上……どうしても。どうすれば良いのだろう。本物でないとわかっていても突き放す事が出来ない。

 もう二度と会えず声も聞けないそれが、こうして聞けるのならば…幻聴だとしても。私がおかしいのだとしても。突き放せない。

 

 彼女は本物ではない。だからといって今こうして会話をしている彼女を偽物だと吐き捨てるのは身勝手すぎる。

 気狂いとして生み出したそれを自己都合で消すなど。自身の中で折り合いがつかずに作り出した存在を、どうして消せようか。

 

 

 「んー…例え夢幻だとしても行冥様の中で糧になれているのなら私は嬉しいですよ。世界に溢れる多数の幸福の一つ、大切で身近な幸せとなれているなら」

 「…そうだな。こうして話し合う事で自分の中で消化しているのだろう」

 「なんとも不思議な悩みですねぇ。行冥様の悩みは他人に迷惑をかけないように、自己完結する気がありますからそれだけは気をつけてくださいね」

 「うむ」

 

 こうして話しているこれも、自己完結の類いなのだからどうしようもない。それでも口に出すようになっただけまだ良いのだろうか。

 

 「だから、私という存在を支えにしようだなんては駄目ですからね!大事にしてくれるのは嬉しいですが、大切なものはもっと他にある筈ですから」

 「わかっている……こうして話している君ではなく、本物のまい子は想いの中にいる」

 「………」

 

 私の言葉に彼女は返答として、私の羽織りを掴み軽く引っ張った。それは仕方ないと笑うようであり、そうではないと拗ねているようでもあった。どうしたと訊ねても返事はなく、顔を押し付けられる感覚だけがする。

 記憶の存在である筈の彼女がなぜ私に触れれるのだろう。私が触れなくても、彼女から触れるのはどう違うのだろう。

 

 否、これら全て……記憶の反芻としてそう感じているだけなのやもしれぬ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 こぽり。こぽり。

 

 

 

 沈んでいる。

 

 

 

 

 

 深い、深い。

 

 

 

 海の底へと。

 

 

 

 

 ずっと深くに沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 こぽりと口から泡が漏れる。

 

 

 

 手にも背にも腹にも顔にも何も触れない。

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返った水の中。

 

 

 

 

 

 

 「   」

 

 

 

 

 

 

 一つの声が水を震わせ聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 




 ─ 後編に続く
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