「はぁー。……ひぇえ、行冥様もう吐いた息が白いですよ、先日までは暖かかったというのに何だか急激に寒くなりましたね」
手が届く程の至近距離の隣で、彼女が宙に向かって吐息を吐き出したのを感じる。
夜露が出来上がる夜更けの時間、畳の上に折り畳んでいた布団を敷き詰めながら私達は会話を進めていた。
「うむ。確かにそうだな、明日
「あの子達の為にも火鉢も用意しなければなりませんね。手をお借りしてもよろしいですか?」
「勿論。とりあえず埃を被っているだろう倉庫から動かし準備を整えるべきだな」
無意味な皺一つ出来ないように布団を敷き詰め、いつでも就寝出来るよう準備を終えた部屋から襖を開き後ろに続く彼女を待つ。まい子が廊下へと出たのを空気の揺らぎと足音と気配の移動で確認した後少しだけしゃがみくぐってから後ろ手で襖を閉める。
灯りの乏しい暗がりの廊下を前にいる彼女と歩を合わせ、会話を続けながら進む。時折ある梁をくぐりながら。
「そう言えば絶佳君の悩みは解決したのでしょうか。行冥様聞いてますか?」
「む?……何かあったのか、私には思い当たる節が無いのだが……」
「え?そんな事は無いでしょう、彼のし……ん??」
彼女との何気ない会話の最中、それは確かに聞こえてきた。私だけでなく、確かに彼女の耳にも届く音量で。
『Trick or Treat!』
確かに、間違いなく。聞き慣れなれないような言葉を使う子供の声が玄関から聞こえてきた。
** SCP-1994-JP **
「……ああ、もうそのような季節なのか」
冬支度の準備を考える今の季節、訊ねてくるのも当然の事だ。
「確かに今日は"はろうぃん"でしたね……私は厨房に行ってきます、対応……お願いできますか?」
「大丈夫だ。多少の時間潰し程度なんとかなる」
厨房へとハタハタと掛けていく彼女の足音を背に聴きながら私は玄関へと向かう。普段人が訊ねてくる事を想定していない全く整えられていない厳しい道のりを乗り越え我が家に来たであろう苦労を考え、涙が流れる。
軽く涙を拭い取った後、上がり框を降りて玄関扉の向こうにいるだろう人物を驚かさないようにゆっくりと開く。
見えはしなくともわかる。そこには先程の声の主である一人の子供が立っていた。
『こんばんは!良い感じに不気味な夜ですね、トリック・オア・トリート!』
「うむ、こんばんは」
元気逞しく掛けられた幼い声の挨拶に出来る限り穏やかに対応する。目の前の子供が身動ぎをする度にハサリハサリと体を覆っている布が上下する音がする。
着物や西洋の洋服ではない、単なる一枚の布をまとっているだけなのだろう。この肌寒くなってきた季節それだけでは……ああ、先程拭いた涙が流れる。
「すぐに甘味を持って来る、少し待ってくれるか?」
『わかった!……じゃないや、わかりました!』
「うむ……一人で、来たのか?」
『はい!』
私の反応に対し目の前の子供は何も言わず何の反応もなかった。ただ、私の言葉に対して微笑ましい回答だけをしている。
そのままこんな場所にある、明かり一つもない夜の山道を幼い子供一人で訊ねてきたのかと訊ねた私の問い掛けに対して子供は大きく頷き、変わらずの元気いっぱいの声で返事を返してくる。
『そうです!他のみんなは近くの街の違う所に行ってます!』
「そうか……ここまで大変だったろうに、頑張ったな……南無阿弥陀仏……」
苦労を微塵も感じさせないその明るさにどうしようもなく心を打たれ、とめどなく流れる涙そのままに手を伸ばし子供の頭上に手を伸ばした。
そのまま通常であれば頭や髪の毛がある部分の硬い
嗚呼……子供は。何時如何なる時さえも素直なる実直で、その素直さが、他人に牙向く凶器でもある。
………。
「お待たせしました!」
きっと頭である南瓜に手を置いたまま黙ってしまった私を、きっと子供は不思議そうに見上げていただろう。何があったのか、何故私はこうしているか、と……。……それらを説明などする気もない。語るには玄関では狭く、一晩では短すぎる。
そんな私の迷いをふわりと覆うように柔らかな声色が音から素早く歩いてきていた。
振り替えれば手に何かを抱え持っているまい子が。走る事で体調を崩す事が多い為か、限界の速さでこちらに向かってきている。
そのまま、上がり框を降り、私の隣と子供の前に立った。私を不思議そうに見上げていた子供が彼女に向き合いにこやかな声色で話し掛けた。
待ちわびた、とばかりに。
『こんばんは!トリック・オア・トリート!』
「こんばんは、良い夜だね。こんなもので大丈夫かな?」
そんな子供の声に対し、彼女もにこやかに微笑み返す。手に持っていた包みを差し出し、結んでいた布地をほどいて中身を見せる。音からして一つの器があり、その中に……何か入っているのだろう。
微かに甘い香りがする。中に入っているそれを見て、子供は声をだして笑った。
『ありがとうございます!わぁ、こんなに沢山いいの!?頂きます!』
「良かった、喜んでもらえたならなによりで。ん……あれ、もう帰っちゃうの?」
『うん!二人とも、お菓子ありがとうございました!』
そして子供は。
まい子の差し出したお菓子を身に付けた布地の中から……音からしてぬるぬるとした触手のようなもので皿の上の甘味を取り、引き寄せて自身の布地の中に収納をした。
子供はにこやかな声色と態度で、玄関を出た後腕の触手を大きく振りながら暗闇に消えていった。
……南無、阿弥陀仏。
「行冥様ありがとうございました、遅くなりましたね」
「いや大丈夫だ。それより、何を渡したのだ?」
「ぅっ……」
……こんな夜更けの暗がりだが去っていったのならば、それはそれで仕方ない。引き止める理由など私達には無いのだから。
玄関扉を閉め、振り向き様に彼女へと何気なく気になった事を問い掛けた。何の含みも企みもなく。なのに彼女は……話していた会話の続きをあからさまに反応おかしく、流暢に続けずに口ごもった。
その反応に僅かに首を傾け、訊ねる。何か不具合でもあったのかと。
彼女はそれを否定し……両手で顔を覆いながら答えを返してくれた。
「……違うのです。その、別に夜中食べようとか、思ってた訳ではなく朝……もしよろしければと用意しようとしていた…その……」
「?」
「……カルメ焼、が丁度あって、その……」
その言葉を最後に彼女はすっかり黙り込んでしまい、私の数点の問い掛けにも返答を返してくれなかった。
なぜそのような反応をしているのだろう。まさか哀しませて泣いているのかと伸ばした手の甲も僅かな隙間の頬も、濡れてはいなくとも熱を帯びていた。このまま彼女の体の弱さでは昏倒してもおかしくなさそうな、熱を持って。
「ケホゲホッ、すみません……こんな、まだ十一月には
「構わない。……気温の変化は仕方なく……それ以外でも、まぁ。構わぬ事だ」
……なんとも強がる愛らしいそれを、止める手段は持ち得ない。
身動ぎ出来ない彼女を抱き抱え、上がり框を乗り越え玄関から、廊下へとそのまま足を進める。
想定していた用事は全て取り止めだ、やろうとしてきた出来事を全て塗り潰すほどの予想外の出来事があったのだから。だから大人しく……寝室へと向かおう。
少し前に彼女と共に用意をした寝室の様子を思い浮かべ、私は理由の述べない涙を一粒流した。
SCP-1994-JP ハロウィンモドキ
オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)
SCP-1994-JPはイギリス、ウェールズの██████一帯に出現する10歳くらいの子供くらいの大きさの生物。頭はカボチャでジャック・オー・ランタン、それに黒い帽子と黒いローブを着ている魔法使いのような恰好をしている。
SCP-1994-JPは18:00から0:00までの間に高い笑い声を発しながら行動する。その時SCP-1994-JPを見たり、声を聴いたりすると何の不思議もなく「今日はハロウィンで、仮装をしている子供」だと思い込む。その日が10月31日ではなく、2月でも8月でもハロウィンだと思い込む。雪の日のハロウィンはオシャレだね。
SCP-1994-JPが不本意に人を傷付けた時に、お菓子をあげて謝るのがSCP-3092みたいで可愛い。
SCP-1994-JP http://scp-jp.wikidot.com/scp-1994-JP
著者: Chabuti様
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