鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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参拾参話 貴女の願いを叶えますのようです

 

 

 

 

 「行冥様……はっ…ぁ……少々、待っ…」

 「辛いか?……そうか、なら戻ろう」

 「まだ、行けます……少しだけ止まっ…もら、えれば……」

 「無理しなくて良い、また次にしよう」

 

 言うが早く地面にしゃがみこんで胸元を押さえていたまい子を抱き上げる。しばらく無言の抵抗をしていたが構わず元の道を歩きだした私の首筋にこつりと軽く頭をぶつける抵抗を最後に大人しくなった。

 密着する胸元が大きく早く動いている、呼吸が苦しいのだろう。数度軽い空咳をする背を負担のかけないよう撫でた。

 

 

 近頃天気が長く崩れていた。恐らくそう遠くない所を颱風が通ったのだろう。

 そのぐずついた気候が終わり、止んだ雨上がりと少しの暇が出来た私の時間が重なった為に少しだけ遠出をしようとの話になった。彼女の要望が体力をつけたいとの事で、あまり通った事の無い坂道のある場所へと。

 

 結果は……南無、意欲があるのは悪い事ではない。屋敷内にずっと閉じ籠っていれば息が詰まるよう感じる事もあるだろう……私がいるのだから、多少甘えてくれれば良い。

 

 

 彼女を抱えて数分、呼吸も落ち着いてきたまい子が顔をあげいつになく近い位置から声をかけてくる。

 

 「けほっ、すみません行冥様……迷惑を、かけまして……重い、とは貴方は思わないでしょうが手間でしょう」

 「大丈夫だ、まい子が例え五人いようとも片手で抱えられる。気にしなくとも良い」

 「……えっと、ありがとう、ございます?」

 「うむ」

 

 私専用の鬼と対峙する際の武器と比べれるものでもない存在と軽さで何を言うか。強風で折られ地面に転がっている太い木の枝を跨げば、多少軸が揺れたのか小さな悲鳴と共に襟元に柔かな手がすがり付いてきた。

 ……やはり、抱き抱えて正解だった。風に飛ばされた木々や落ち葉などで足元が悪く危険でもあるのだから。

 

 「まさか迂回せず跨ぐとは……流石ですが、少し驚きまし……ん?」

 「どうした?」

 「今自然物ではない色が見えた気がしまして……飛ばされてきたゴミでしょうか」

 「なんと……! 自然に煽られての事だとしてもやるせの無い…」

 

 まい子の見たそれが捨てられた物でも、風に不本意に飛ばされた誰かの必要な私物だとしても言葉に出来ない程切ない。

 

 下ろして欲しいとの願いを叶え、彼女をまだしっかりしている足場のある場所へと下ろす。滑らないよう一歩一歩踏みしめながらその場へと向かう彼女の背を考え、涙が止まらなくなる。

 ただでさえ塵と呼ばれるしかなくなったその物に思いを馳せていたというのに、拾い手を差し伸べる彼女の優しさに止めどなく涙が溢れだす。

 

 

 「お待たせし…!?……えっ、だ…大丈夫ですか行冥様…?」

 「南無……なんといじらしき事だ…」

 「………?」

 

 

 

 *

 

 

 

 あの後も再び行冥様に抱えられ、そのまま屋敷へと戻ってきた。

 猫達の熱烈な出迎えに感涙しながら遊ぶ行冥様を座ったまま眺め、そのまま手に持つ拾った物を見つめる。

 

 

 持ち帰り捨てようとしていたそれが少し奇妙である事に気付いたから。

 

 片手で持てる小さなそれは恐らく食べ物が入っていただろうブリキ缶。雨風に晒されていたにしてはどこも錆びていないし、捨てられたばかりなのだろう。

 蓋は開いており中身は綺麗さっぱり何もない。商品名や説明の文字は西洋の文字で書かれていて何が入っていたのかは正確にはわからないが、表に描かれている絵からしてお肉の缶詰……だったのかな。

 

 

 不思議なのは空っぽの筈の缶に少し重みを感じる事。缶そのものの重さでない……どう言えばいいのか、空なのに何かが入っているような重みを感じる。

 もう一度蓋を開け、中を見る。何もない。蓋を閉めて軽く振ってみる。……うーん、やっぱり何かあるような……

 

 「まい子、手を切らぬようにな」

 「大丈夫です、気を付けて触っ…」

 

 

 ぽとん

 

 

 「て……、ぇっ…?」

 

 開いているブリキの蓋の縁で指を傷付けないように忠告してくれる行冥様に軽く返答をしていれば。

 その言葉の合間に()()()が空の筈の缶から()()きた。心なしか持っている缶の重さも変わった気がする。

 

 目線を行冥様に向けていた上から下へとゆっくりと移す。重さから考えてもそんなに大きくないそれは正座している私の膝元より小さいだろう。

 

 

 案の定、そこに()()はいた。

 

 飛び出た衝撃で転んでいたものの、私の視線に気付き何もなかったとばかりに畳の上に堂々と仁王立ちする二寸五分(7.5cm)程の真っ赤な人型の実体が。

 

 

 ……なんだろう、これ?

 

 

 

 

 

 ** SCP-5655 **

 

 

 

 

 赤い霧を固めたようなその奇妙な存在に私は呆気にとられるしかなかった。

 だって……え?何だろうこれ、夢ではないと思うけど……夢の中みたいな事が起きてる。おもちゃのような、ゴムの人形のようなそれが生き物のように動いている。

 

 まるで何かを求めるかのように私に向かって手を動かしている。どうしよう動作だけで心がわかるほど、行冥様程私は聡くないし行冥様は見えないだろうし…どうしよう。

  

 

 「まい子?どうし……」 

 『貴方の望む願いを言ってください、私が叶えましょう』

 「!? 誰だ!?」

 「えっ、え……貴方喋れるの!?」

 『はい。なのでどんな願いでも── うわあ!』

 「えええ!?」

 

 その時の部屋の中の混乱具合といったら生半可なものではなかった。

 

 喋れないと勝手に思っていれば突然喋りだした小さく赤い人に困惑する私と。

 いきなり黙り込んた私を心配していれば存在すら知らない声が聞こえ警戒する行冥様と。

 声が聞こえた事でその存在に気付き、虫を発見した時のように鼻先を赤い人に近付け咥えんとせん猫と。

 死角から体の何倍もある獣に近寄られ、フンフンと荒い息をかけられて全力で逃げた赤い人とで。

 

 

 どたんばたん、と起きたそれからの数分間の抗争は上手く言語化出来る気がしない。

 

 結局飛び掛かった茶白の模様を持つ猫を私が抱上げて落ち着くように撫で続け、様子を見に来た他の猫達を行冥様が見守りながら赤い人を摘まみ上げていた。

 うわあ行冥様の指の第一関節ぐらいしかない。小さいのは小さいけれど……行冥様が大きすぎる。

 

 「南無…小人の存在有無をこうして触れている以上今更疑いはしないが……結局何者で何目的だ?」

 『そうですね私は魔人で、呼び出された以上願いを叶える。それが我らの法律なのです』

 「法……つまり持ち帰り、手段や結果はともかく彼女が呼び出した故に望みを叶えなければならないと」

 『はい。安心してください、願いの代償は一切何もいただきませんので』

 

 行冥様の淡々とした問いは人によっては尋問のように感じるだろう。なにせあの巨躯と抑揚の薄い低い声色で、時折念仏を唱えられながら泣かれるのだから。

 けれど赤い人は自分の何百倍もある行冥様に一切臆することなく聞かれた以上の問いを返してくれた。

 

 鬼の血鬼術のような超存在ではあるけれど、違うのだろう。行冥様が何も言わず摘まんではいてもそれ以上なにもしないのだから。とりあえず危険ではない、かな。

 行冥様も摘まんでいた彼を自身の手のひらの上に置き、私に見えやすいよう近くに差し出してきた。

 

 

 「えっと……私が呼び出した、のですよね。しかし……願い、と言われましても…」

 『余程の事でなければ叶えますよ』

 「んん……そうですねえ……」

 

 赤い人の自信満々な答えにもすぐに返せず、小さく呻きながら考え込んでしまった。

 こんな非現実な出来事軽く流せば良い、そう思う私と一世一代の好機なのかもしれないと思う私がいる。

 余程、とはどこまでなのだろう。

 

 少し歩いただけで崩れるような体でなく出来るのだろうか。

 何年も前に鬼によって終わらせられた我が家の再建が出来るのだろうか。

 そもそも全ての元凶である鬼舞辻を日の光の下に引きずり出し、滅せれるのだろうか。

 

 

 ……いや、昔話や物語ではよくある。金銀財宝を求め、化け物に襲われる……そのような欲を出して身を滅ぼす話が。

 でも私にはこの魔……なんだっけ、魔物だったっかな?魔物を騙せるほど頭は切れ者ではないしどうしよう。

 

 考えこんでしまった事で腕の中の猫を撫でる手を止めてしまった。その事に不満を抱いた猫は小さく一鳴きした後。

 

 『ぎゃあ!』

 

 後ろ足で立ち上がった後目線の先にいた、行冥様の手のひらの上にいた赤い人を前足一本で押さえ込んだ。

 

 「!?」

 「……! ちょっと、大丈夫ですか!」

 

 本当に申し訳ないけど、猫が虫など小さな命相手に格闘する姿なんてかなりの頻度で見るから反応が遅れてしまったのはある。私より理解早く動いた行冥様がもう一方の手で猫を抱き上げる。

 私は彼から赤い人を受け取る。怪我は……してないように見えるけど、流れる血も赤くて判別が出来ていないだけかもしれない。

 

 『ああ、少しびっくりしましたが大丈夫ですよ。それより願いはどうしますか』

 「………」

 

 手のひらの上の赤い人は元気そうに手を差し出してきた。確かに言う通り元気に見える、けれど。でも……やせ我慢かもしれない。

 怒らせる前に早く願いを言った方が良いのかも、なんて思う。古今東西、未知なるものを待たせて怒らせて良い事なんて何もない。だからなんでも良い願いを言ってしまおう。

 

 

 「えっと、では願いを言います。私を……あの、私の体を丈夫に……出来る"方法"を教えてください」

 

 切れ者でない私が、昔話の主人公のように頭脳明晰に赤い人を騙して富や幸せを得るなんて出来ない。そもそも私にとって今以上の幸せなんて無いだろう。

 しかし断っての拒絶はどうなるか恐ろしいし、赤い人の言葉の雰囲気からして逃れるような事も出来そうにもない。万一誰かを指してその人に危険が及ぶような事もしたくない。

 

 だから私に出来る、被害を最小限にするのは私の体自身で確かめる事。

 そして極限に追い詰められ思い付いたのは、直接ではなく手段と限定して直接被害が来ないようにする事だった。

 

 「!……そうか、南無阿弥陀仏…」

 『了解です!丈夫な体になるですね!』

 

 だから相手は私に。そして体を変える……ではなく、方法を教えてもらう。これならばどこの誰にも被害はいかない筈、万一私に何らかの被害が来たとしても……

 まぁ自己責任、行冥様には怒られる覚悟をしておこう。横から聞こえる彼の声は仕方なしと思えども、どうにも不満そうに聞こえる気がするから。

 

 手の中の赤い人は私の願いを受け入れ、自身の胸を自信満々とばかりに拳で叩き上に向かって両腕を伸ばした。

 その姿は……何かが天から落ちてくるのを待っているかのような……、その時だった。

 

 

 その様子を見ていた私の手のひらと赤い人の上に手のひらよりも大きな石が何の前触れもなく空中に現れたのは。

 

 

 その石は数秒の浮遊の後に……

 

 

 「ぃだッ!?」  

 『うぐッ!』

 

 赤い人と私の手のひらもろとも巻き込み、落下した。痺れるような激痛が手首から肘へと電撃のように走り反射的に苦痛の声をあげてしまう。

 意味がわからない、なぜ私は手を潰されているのか。体を丈夫にしたいと願っただけなのに。それに……魔物本人も私もろとも潰された。

 

 その様子は被害を及ぼしたかった等ではなく、なんというか……どうしようもない不本意とばかりに。

 

 

 「まい子!怪我は!?」

 「ぁ……大丈夫です、多分」

 

 様子を仕方なく見守っていた行冥様は慌てて重りの石を軽々と取り除き、私の手を取った。怪我の有無の確認の為に大きな手のひらが私の指の一本一本を探っている。

 急激な重さに潰され鋭い痛みは感じたものの……腕から先と頭が切り離されているかのように、どうにも現実として飲み込めていない。痛かったけれども、多分平気。

 

 

 私はそのまま床に放り出された石と赤い人に目をやった。

 

 赤い人はなぜだか未だに一貫はないだろう石に潰されたまま、そこから抜け出そうとジタバタ暴れていた。何でも叶えると意気込んだ魔物とは思えないほど……なんともちっぽけに。

 

 その様子を見ていられなくて、怪我が無いと離された左手と右手の両方で赤い人を潰している石を退けるよう持ち上げる。

 少しだけ重かったものの……そんなに大きくない石を横に置くだけなら私でも出来る。私のそんな行動に行冥様が小さく何かを言おうとして止めたのが聞こえ、顔を見ればおもいっきりしかめ面をされていた。

 ……ごめんなさい、それしか言えない。

 

 『いたたた……助かった、申し訳ない』

 「これくらいは平気です。その……なぜ石が落ちてきたのか聞いても?」

 

 赤い人は痛みを振り払うように勢いよく立ち上がり、自分を誇示するよう大きく腕を振った。

 

 『勿論!この石がありますよね!』

 「はい。私と貴方を潰した石ですね」 

 『これを何度も何度も持ち上げれば、丈夫な体になれますよ!』

 

 石へと両手のひらを向ける赤い人の相変わらず自信満々のその姿に。

 

 

 「……えっ?……。……ぁ、はい」

 

 私は何も気の利いた一言も返せなかった。

 赤い人の堂々とした態度はまさに私の願いを完全に叶えたと言わんばかりで……いや、それはそうなんだろうけれども。そう……ではないような?

 ううん。そう、なのかな?私はこの石で丈夫に体に……なれ、る?んん?

 

 

 「……では願いを叶えたのだろう。これ以上まい子に詰め寄る意味もないのではないか?」

 

 そんな困惑の最中の私の思考を遮るかのように、行冥様は私の赤い人を見つめる視界を遮るかのように前へと躍り出る。私の視界が彼の大きな背中に埋もれる。

 ……危険ではないと判断をしたものの、行冥様はこの赤い人を常に警戒して見ていた。見えない真実だけを見つめる目で見ていた。だから……

 

 

 『そうですね!私は彼女の願いを叶えた!ですから……また、用があれば呼び出してください。どんな願いでも叶えてみせますよ』

 

 赤い人が満足げに頷いた後、自身が飛び出してきたであろう空の何も入っていない缶の中に戻り、最後こちらに向かって手を振ったあと中に入り……気配も姿形もなにもなくなるまで警戒し続けていた彼を責める権利は私にはなかった。

 私は、全ての思考を放棄していたに等しいのだから。

 

 

 あの赤い人は何だったのか。本当にどんな願いでも叶えてくれたのか。代償はないと言っていたけれど本当にないのか。これからこの石をどうすれば良いのか。

 

 

 それら全ての結論を、問題なし、と結論出すには早計すぎたのかもしれない。それでもそうではないと止めれる程の者は、自身の体など気にしない私以外にはこの場には一人しかいなくて。

 

 

 「……本当に大丈夫なのか?どこにも怪我や何か不調は無いか……?」

 「は……はい。平気です、ありがとうございます…」

 

 心配してくれている何よりも誰よりも優しい彼を、不安の場に招待するつもりなんて考えられなかった。

 

 全ては私が招いた不可思議な幻。森の中で飛ばされ捨てられた缶を拾ったのも、その中から赤い小さな人が出てきてどんな願いでも叶えると言ってきたなんて……夢でしかない。

 

 そう思おう。私は一人、頷いた。

 今の今まで見ていたそれは、白昼夢だ。そう思おうと何度も何度も決意し、何度も何度も頷いた。

 

 

 「ではこの缶はどこか、手の届かない奥地に隠してしまわねばな」

 「……はい、行冥様」

 

 

 何かを言おうとして……言わずに黙っておくのが今の私にとって正解だと気付き、軽い返事で黙り込む。

 

 

 

 

 だから、彼が手に持っているそれは。

 

 なんでもない、ただの夢。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 おまけの有り得たかも知れない世界

 

 

 

 

 「では願いを言います。美味しい食べ物をください」

 『了解です!えい!』

 

 赤い人が空中に手をかざした途端、空中から畳の上に何かが落ちて……。えっと、きゅうり?その周りに付いている薄茶色い、これは……えっと。

 

 『どうです!これこそ美味しい食べ物ですよ!』

 

 自信満々な赤い人。そんな赤い人に行冥様が一言二言伝えて……そして、帰っていった。畳の上に転がるきゅうりそのままに。

 

 「……えっと」

 「それで、彼奴は何を出したのだ?」

 「多分、厨房で漬けていたぬか床のきゅうりだと……」

 「……そうか。それは大層美味なのだろうな」

 「あ……りがとう、ございます?」

 

 

 

 *

 

 

 

 





 SCP-5655 空のスパム缶から見つかる類の魔人

 オブジェクトクラス:safe(まぁ安全)

 SCP-5655は空のスパム缶、振ると中から7.5 cmの透き通った赤い人型実体(SCP-5655-1)が表れる。「私が望むのは」から願いを述べるとSCP-5655-1は現実を改変して叶える。しかしSCP-5655-1の現実改変能力には制限があり、大した願いにはならない。"多元宇宙の干渉と安定した管理"を破らないように。


 この後赤い人が入った缶は倉庫の奥へと直されましたが、いつの間にか消えてなくなってました。二人はその事に気付いていなく、また気付いても覚えていません。
 



SCP-5655 http://scp-jp.wikidot.com/scp-5655

著者:AnActualCrow 様

この作品はCC BY-SA 3.0ライセンスの下に公開されています。


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