鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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参拾肆話 城を攻め落とすようです(前編)

 

 

 

 

 鬼の被害が無い日なんてものは、この世から全ての鬼を屠りさった時しかないだろう。それでもその日を私達鬼殺隊は一日、一秒でも近付ける為に日々命を燃やしている。

 

 それゆえに完全なる休暇など有り得ない、有るとするならば傷つきながらも再び戦う時に備えての療養中だけだろうか。傷一つすら持ってない今の私は、そうではない。ただ……少々個人的な用事があり、出掛けていただけ。

 服装は馴染みの隊服であり、日輪刀と同じ素材で作られた私専用の鎖で繋がれた鉄球と斧を肌身離さないよう荷物として籠に入れ背負っている。

 

 

 そんな出先から帰宅の最中、空気が湿ってきたかと思えば突如辺り一面を覆いつくさんとばかりに振ってきた大粒の雨に降られた事で、雨宿りを余儀なくされていた。

 私一人ではともかく、共に用があり出掛けていた彼女…まい子を連れてこの本降りの中進めるとは思えなかった。進む事は可能だとしても濡れそぼつそれでは素早い帰宅以外何一つ好転するものではなかったのだから。

 

 

 普段で有れば立ち寄る事のない近くの小さな集落の外れにある家屋の軒下を間借りさせていただき避難していた。勢いよく音を立てながら降り注ぐそれはまるで無慈悲な弾丸。

 一度打たれれば私はともかく彼女のようなか弱いものでは蜂の巣になるかの如く打ちのめされ……数時間後には煮えたぎるような熱を出すだろう。

 それゆえに屋根がある場所の下に、そんな理由で軒下に入り雨宿りを続けて早十数分……未だに止む気配を感じれずに立ち往生を私達は余儀なくされ続けていた。

 

 「止みませんねぇ、どうしますか行冥様。このままここにずっと居る訳にはいかないでしょう」

 「ふむ……しかしこの豪雨の中そのまま戻る訳にはいかないだろう?」

 「……えっと、私が邪魔なら……置いていきますか?」

 「なんとも笑えぬ冗談を……そのような事をする筈がない」

 「優しい貴方はそうでしょうが。それでもここで立ち往生するには勿体……」

 

 すぐ近くで大きな音を立てて扉が開かれた。

 

 「きゃあ!」

 「む……?」

 

 中から顔を覗かせこちらを見る人の気配がする。私と彼女の会話の声を聞きつけ、何事かと様子を見に来たこの家の住人なのだろう。擦れる足音が、随分年輩で有る事を表していた。

 五月蠅かったであろう事の謝罪をし、この通り雨が止むまでこの場を貸していただけないかと訊ねる。拒絶され追い出されたりせず、許可さえもらえれば私達はそれで良かった。

 

 

 だが、事態は思いも寄らない方向に転がった。

 

 「……え……これ、は……申し訳ないです、そんな!」

 

 この場に留まっていた説明をしようとした私達に、住民の方が差し出してきたのは……一本の番傘だった。それも通常のよりも少しだけ大きな番傘を……近くにいた、まい子に手渡した。

 そして情の籠もった声色と、関わりたくない

とばかりの突き放した声色で告げられる「風邪を引かない内に、亡霊に巻き込まれない内に……早くお帰りなさい」と。

 

 私達がどれだけ、何を言おうとも住民は首を縦に振らず受け入れようとしなかった。唯一受け入れてくれたのは、差し出された番傘の代金代わりの小銭だけ。

 その上で何度も何度も忠告をされた。この近くの山には亡霊がいる、それはこの時期だけに現れ人を食らう。それに食われない内に、早くこの地を去った方が良いと。

 

 

 彼女が訝しげに、何か思い当たる節があるとばかりの不安げ視線で私を見上げているのを感じていた。……まさか。そんな筈は。

 南無阿弥陀仏……改めて、確かめねば。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ザアザアと雨は未だに強く降り続いていた。どれくらいの時間降り続いているのだろう、少なくとも夕暮れの血に染まったような真っ赤な空が曇天模様に早変わりしてから数時間は経っている。

 

 今は……時間で言えば夜の八時…九時近くになるだろうか。辺り一面の暗闇の中、まるで見えているかのように夜道を進めるのは流石行冥様と言わざるをえない。

 ただでさえ雨が降りしきる禄に手入れも舗装もされていない山の中の獣道に似た夜道、滑らずに進めるのは本当にすごい。

 

 「あの、行冥様」

 「何だ……?」

 

 かのご老人が言っていた事を思い浮かべ……いつもより遙かに近い位置にある行冥様の顔に話しかける。土砂降りの雨の中一本しかない傘を差して持つ、私を抱き抱えてひたすら見えぬながらも見えている夜道を進む行冥様に。

 こんな光もない暗闇の中進めるなんて本当にすごい、私なんてこんな近く、肌と肌が触れ合う程に近くなければ何も見えないのに。

 

 

 「あの人が言っていた、その……人を食らう亡霊とは、鬼の事なのでしょうか」

 

 ご老体から忠告されたその事を、一歩踏み込んだ推測の上で話す。夜間人を襲い、もしくは連れ去り姿形を消し去ってしまうそれは……私の知識の上では、鬼だとしか思えなかった。

 けれど私の言葉に、私を抱え振動も衝撃も加えないように優しく走り続けていた彼は一呼吸おいた後、僅かに否定の意味で首を横に振った。その行動に少し、驚く。

 

 「……断言は出来ないな。ここら付近で失踪が有ったとして、私達柱も鴉も……鬼であると判断出来ておらず、そして私は把握していない」

 「……えっ、鬼では無いのですか」

 「いや、断言出来ないのだ。幾人と村人が消えていたとしても……近くに鬼の存在を把握出来ておらず、なおかつ……期間も回数も多くないそれら全てに手間をさく事も出来ていない為に見逃している可能性も否めない」

 「そんな……」

 

 勿論人を襲う全てが鬼であるとは考えていない。元来人を苦しめるのは身近なる人間の悪意や災害なのだから。しかしそれらを除いたとしても、自然界に存在する全ての(ことわり)の外から……鬼は襲ってきている。

 だから、今回ご老体から忠告された詳しい事情もなにもない、人を襲っているという情報だけで私は判断した。けれど……うん、そうだよね。違うのかもしれない、ただただ偶然が重なって起きただけの悲惨な事故なのかもしれない。

 

 

 それでも巻き込まれただけの罪無き人が無事で、安らかであればいい……そう願わずにはいられない。

 そんな思考を巡らせていた時、視界の隅に()()が見えた。それはチラチラと揺れて……

 

 「……あれ?」

 「どうしたまい子?」

 「今……遠くに灯りが見えたような…」

 「灯り?この山中に民家などは無かった筈だが…」

 

 行冥様の言う通り、真っ暗闇でしかない山の中には何者も住んでいるような気配は無かった。それこそ人里離れた場所で修行を積む体も心も大きな方のような人がいるような気はしなかった。

 それでも逆に言えばこの暗がりだからこそ僅かな遠くの灯りが見えたのだと思ったのだけれど……

 

 「うぅん……やはり気のせいですかね」

 

 民家が無いならこんな土砂降りな雨の中灯りを持って歩いてるもしくは立ち尽くしている事になる。それはちょっと……考えにくい。

 私だって移動出来ているのは雨でも暗がりでも見えなくても関係がない行冥様に抱き抱えられているからなのだから。だからもし、本当に灯りがあったのなら。

 

 それは、普通では有り得なくて。

 

 

 ぐらり、と地面が揺れた気がした。それは支えてくれている行冥様が揺れたという事でつまり地震でもあっ、た……のか、と。

 

 

 思う間もなく、雄大なる()()は否応なく目に入ってきた。

 

 

 暗闇の中、木々しかない山中の中は私の目では何も見えない。だから見えたという事は灯りがともったという事。

 そして……それは、周りの木々を消滅させるようにしてなんの前触れもなく突然に現れた。

 

 

 

 突然の音もない出現に困惑、混乱する間もなく、また悲鳴を上げる間もなかった。何も見えない行冥様はその存在自体気付いてもいなかっただろう。

 何せ、何せ現れたそれは視界に収まる事もない程の大きな……

 

 

 ………。傘に、周りの木々や葉に打ち付ける雨の音が、聞こえ無くなっ……。

 

 ……ぁ……。

 

 

 

 「まい子?どうした、何かあっ……」

 

 

 「北畠■■!その頸討ち取ったり!!!」

 「!?」

 

 全ての感情を心の隅に押しやる程の強い強い猛りの感情のまま、私は叫んだ。普段大声なんて出さない喉がはち切れそうな程の大声を。

 

 抱き抱えてくれている彼の腕を力の限りで振りきり、地面に降り立った後手に持った番傘を折りたたみ日本刀のように構えながら全速力で走り出す。

 何も考えれなかった、ただただ城主である北畠■■の頸を落とし目の前の広大な城を落城させる事だけが頭の全てを占めていて……決意のままに強く強く傘を握り締めた。

 

 

 大きな門が見える、槍を持った城番の二人が派手な足音を立てて迫る私の存在に気付き構えた。

 

 

 

 

 

 ** SCP-830-JP **

 

 

 

 

 




 ─ 中編に続く
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