鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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参拾肆話 城を攻め落とすようです(中編)

 今行けばあの槍に貫かれてあっさりと確実に殺されるだろう、何せ私には戦う為の知識も手段も体力も無いのだから。

 それでも止まらない、進む足を止めれない、止める気もない。

 一撃で良い、命を落とそうとも目の前の城の一端を削れるなら……雑兵(ぞうひょう)一人をせめて相打ちで倒す為に身を引き番傘を構え……

 

 

 「止まれまい子!」

 

 …た所で、後ろからの大きな力に抱きすくめられ強制的に止められる。じたばたしても微動だにしない。

 誰なんて考える意味もない、この声、この力、この熱。ああ……行冥様だ。

 

 「離してください、私は……私はやらねばならな…」

 「笑止!正気に戻りなさい!」

 

 普段頼りがいしかないその太い腕から再びなんとか抜け出そうとするも、先程は予想外の行動だから出来ただけなのだろう。今度は全く出来る気配すらなく、そのあまりの力強さに逆に僅かな体力が削れていくだけ。

 

 そんな雀の涙のような抗争なんて第三者には関係ない、それも……たった今私が攻め込もうとしていた敵対している相手には。

 二人の城番が突き刺し串刺しにせんとばかりの突撃体勢でこちらに走ってきている。その行動がなぜだかゆっくり動いているように見え、対して危ないと思えども……止めるも流すも私なんかの力で出来る訳がなく。

 

 普通ならば刺されて殺されていただろう。

 普通ならば、一人だったならば。

 

 

 空気を切り潰すような鋭い音が身の回りを包み、瞬きをした一瞬の合間に目の前にいた筈の城番は槍を折られた状態で大手門の灯りの届く範囲……ここから十間(約18m)程度の場所に転がっていた。

 

 

 お腹を押さえ苦痛に悶えている様子と、片足を曲げて立っている行冥様の状況から考えるに……素早く槍をへし折り二人同時に蹴りでも叩き込んだのだろうか。

 

 

 ………。なん、だろう。胸の中の燃えるような感情が……知ってはいても目の当たりにした行冥様のあまりの強さに呆気にとられた事で、少しだけ冷えた気がする。

 

 「……ぎ、ょうめい、様。申し訳ないです、ご迷惑をおかけしまして。ありがとう、ございます」

 「うむ。どうやら……山の瘴気にでも当てれたのではないだろうか、アレも人でも当然に鬼でも無いのだから」

 「……え、人では無いのですか」

 「そうだ。蹴りあげた衝撃から伝わる感触……どうにも、な」

 「……なら、教えてもらった亡霊とは、彼らの事なのでしょうか」

 「恐らくそうなのだろう……南無」

 

 やっとまともに会話が出来るようになった私を彼は拘束から離した。何かを確かめるかのようにその手が髪から頬を撫でるように動いている。

 確かに今思えば妙な行動だったとは思う。私みたいな人が、傘を手に攻め入ろうとするなんて無謀が過ぎる。それでどうやって攻め入れるのだろうか、今現在はそう思う。

 

 安心して欲しい。操られていた訳ではない、とは……なんとも言い切れない。あの燃えたぎるような感情は……今現在おとなしくしてはいるもまた復活しそうで怖いのだから。

 早く、この場から逃げたい。なのに目線が門やその先にあるお城……きっと本丸があるだろう場所から逸らせないのは、未だに囚われている証拠なのかもしれない。

 

 

 行冥様は関わらないようにと、私の手を引いて行こうとする。けれどもその行動に、意識ではなく身体が反射的に抵抗してしまう。帰りたくない、引きたくない。おめおめと引き下がりたくない。

 これは……ああ、まずい本当に囚われ続けている。わかっているのに……逃げられない。

 

 

 「………なるほど、やはりそうなのだな」

 「申し訳ございません。無意識ですが、北畠■■の頸をとらずに戻れるか、と……体が、勝手に……」

 

 私程度の力で行冥様を止めれる訳がない、だから彼が自主的に止まってくれた。この不可思議な現象を解決せねば……元に戻らないのではと。私自身、そう思っている。

 彼が手を離した後に、数歩前に、城へと近付くように進んだ。どれだけ年月を重ねようとも、目的である頸をとらねば、終われる気がしない。

 

 

 「そうか」

 

 ザアザアと降り続く雨音にかき消されそうな程小さく低い彼の声がぽつりと呟かれた。

 

 

 どちゃり、と何か重たいものが地面に落ちた音がする。

 

 振り向く。

 

 

 「ならば、終わらせねばならぬな……」

 

 いつの間にか行冥様は背負っていた荷物から自前の武器を、正確な重さはわからないが七十貫(262kg)を軽く越えるだろうそれを持ち構えて佇んでいた。

 右手に鉄球に繋がる鎖を持ち、左手に闇夜にでも光る濡れた鋭い斧を持って。

 

 

 「……行冥様」

 「素早く終わらせよう……このままでは、君も私も、彼らですら……幸福には程遠い」

 

 行冥様の頬を伝っていたのは雨粒だったのか涙だったのか、私には検討もつかない。判断が出来ない。

 ただ、彼がそう告げた数秒と経たない内に……彼の姿は無くなり、十間離れていた二人の人影より遠くに立ちすくんでいた。

 足元には先程の蹴られ倒れ込んだ二人、の、首が飛ばされたか潰されたかの胴体が転がっており……そして、その体は霧が空中に溶けるかのように音もなく爆散した。

 

 ……自身の体に起きた異変がある、信じていなかった訳ではない。

 けれど……消えたその人影を見て、心の底から理解する。

 

 

 ああ、この状態……この現象はまずい。彼が城番二人に止めを刺したのも理解出来る。

 息の根を止めれば生命であれば必ず残る亡骸すら残らない存在がはびこって存在している、そして付近の生ける者を呼び込み命を奪っている。

 このままこの夜な夜な現れるお城を放っておいてはいけない、と。

 

 

 門扉を突破し中に潜んでいた兵を次々と手斧と、鉄球と、鎖で刎ねていく行冥様の後に続く。

 霧のように溶けていくその人影は恨めしげにこちらを睨んでいるも関係ない。行冥様が言うには幸福には遠いのだから討たれた以上大人しくしていて欲しい。

 

 そもそも優しい行冥様に、人でないとはいえ、人を討たせないで欲しい。

 

 彼は望んでいない、遠くから迫りくる兵を倒す事も。

 雨が幸いし火縄銃が使えず狼狽える者を壊滅させる事も。

 大きな城の立地を生かした奇襲すらも通用せず蹴散らしていく彼も。

 

 全て全て、この巨大なる亡霊に絡みとられてしまった私と……中にいる者達の解放のために動いているのだから。

 

 

 物凄い勢いで進む彼の背中を、番傘を手に乱れに乱れきった呼吸で追いかけていた。途中から迫り来る人影も何もかもわからない程疲れ、揺れ、朦朧としていた。

 雨が髪の毛の先端一本一本、着物の繊維隅々まて染み込み体温と思考を奪っていく。

 

 途中で眩暈と手足のしびれが来たが構わずに大きな背中の彼を追いかけて……いた筈なのに私は地面に倒れ、いつの間にか行冥様に抱えられる体勢で呼吸を整えていた。

 未だに彼は迫り、襲いかかっている亡霊と戦っている。ジャラリと鎖が鳴る度に付近の迫り来る何十体もの亡霊をなぎ倒している。私を片手に抱えたままですら。

 

 

 ……ああ、本当にこの人は。

 

 

 「お慕いしています、行冥様……」

 

 燃えたぎるような憎き北畠■■への恨みとはまた違う、心のままの衝動そのまま彼に伝えながら胸元へと気ぶれるかのようにすがりついた。それがこの大きく頼りがいのある手を振り払わない証拠と言わんばかりに。

 

 すがり付かれた彼は、一瞬凍り付いたかのように動きを止めたが……周りの者が取り返しのつかない場所に攻め込んでくる前に正気に戻り対応していた。

 

 

 

 *

 

 

 

 どれだけの時間が経ったのかはわからない。いつの間にか行冥様と私は、本丸だろうものが目前にある場所へと辿り着いていた。

 心に何度も滾るような衝撃が訪れ、それが向かう場所への道順を記していた為に彼に案内を出来ていた。彼が亡霊をなぎ倒し、私が行き先を記していたそれは最適の道順で進めていたのだろう。

 

 通った後には死骸の一つも残っていない。みな、倒れた後いなくなってしまっているのだから。

 

 「ここは平気だろう……少しだけ休もう」

 「はい」

 

 本丸を囲い守るようにそびえる普通より遥かに高い石垣を眺めていれば、端の雨の当たらない小さな軒下へと行冥様は一時的に避難した。

 流石にそれなりの時間ほぼ一方的とはいえ戦い走り続けていれば疲れるだろう。そう思い下ろしてもらった後に私に出来る唯一の彼を少しでも気遣う言葉を掛けようとする前に。

 

 

 「嗚呼、なんとここまで冷えきってしまっている……すまない。後々高熱に苦しませてしまう…」

 

 お城の敷地に入る前にされたように髪から頬を、そのまま首を握るように辿られる。

 今になってやっと気付く、あれは体温を体調を調べていたのだろうと。瘴気にやられ狂った私の精神と体調を心配して。

 

 ……そして同時に行冥様はさほど疲れてすらいない事を理解する。そういえば会った時より痩せていた時ですら一晩中鬼を……

 

 

 「……大丈夫です、ありがとうございます行冥様のせいでは。貴方はしないと思いますが急いてはいけません、焦らずに行きましょう。……そういえば今更ですがここは鬼とは関係ないのですよね」

 「うむ。関わって改めて解る、関係ない全くの別物だ」

 「全くの……はぁそれはなんとも、恐ろしい」

 

 抱えられて共に濡れていた筈なのに、頭のてっぺんから足先まで濡れ鼠な私に比べ行冥様にはまだ余裕があった。勿論顔や手足は濡れているけれど……隊服が本当に凄いのだろう。

 今更どうにもなりはしないけれど裾先を少しだけ絞りポタポタと落ちる水滴を見ていれば……少し、心が乱れる。苦しいいつものじゃない、無理矢理感情を作られるかのような……

 

 

 ……別の、事を考え思考をなんとか、逸らす。

 

 未だに雨は強く降り続いている。……こうして考えてみればこれも幸運だったのかもしれない。時折見えていた灯りに照らされる狭間(さま)から銃口は覗いていなかった、雨によって湿気た火薬が使い物にならなかったのだろう。

 そして夜というただでさえ見えにくい視界が雨によって更に狭められた。そしてそれら全てが……行冥様には関係がなかった。

 

 なんというか、本当に凄い人だと思う。手助けの一つも出来ない上足を引っ張るのが悔しい。

 

 

 「……行冥、様。行けるのなら、お願いしても良いですか?は、やく……終わらせ、ましょう」

 「! ……当然だ。真意はどうであれ、私もそうなのだから」

 

 私を抱き上げた彼に、胸の奥から込み上げる感情と共に城主がいるだろう場所を告げる。この、上だと。

 それと同時に探していただろう兵が雨宿りしている彼と私を発見して大声で叫ばれた。また大勢の兵が押し寄せてきて、彼が鎖を使い蹴散らすのだろうか。終わりとなる頸は後少しなのに……また遠ざかっていく。

 

 「まい子、今から短時間でいい……絶対に離れないよう私にしっかりしがみついていなさい」

 「……は、はい、行冥様」

 

 抱えた片腕がしっかりと抱き込むように動いたのを確認し、言われるが早く首筋にしがみついた。どうしてなんて考えなくてもいい、今からめちゃくちゃに暴れるのだろうから。押し寄せてきた大量の兵士達をぐるりと見渡して私はそう思っ、た……

 

 のに。

 

 

 行冥様が少しだけ動いた……次の瞬間には風を切り、高く高く遥か上空まで飛び上がっていた。急激にビシバシと強く多く当たるようになった雨粒に理解が及ぶ前に、再度加速がついてまた……

 なにこれ?何が起きてるの。飛んでるの?ただ彼に言われた通り物凄い重さと冷たさが行冥様から引き剥がそうと襲ってきている。だから必死にしがみついて……

 

 

 そして、気付いた。何も不思議な事はない。

 

 彼が地面に踏み込みただ高く飛び上がってから、その上で強靭な脚力で垂直な壁を蹴り更に高く飛び上がっていると気付いたから。

 そして激しい勢いが弱まていくのが何も見えない暗闇の中皮膚感覚でわかった。止まる。こんな空中でどうするのかと思う間もなく。

 

 城下を見下ろす為に作られただろう大きく開いた窓に飛び込んだ。

 

 

 




 ─ 後編に続く
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