ここまでほんの数秒。どうしてこんなに思考を巡らせれたのだろう、頭が冷えきってズキズキ痛むのに妙にスッキリしているのが関係しているのだろうか。
行冥様が私を畳の上に下ろす。これできっと最後、なのだろう。体を伝い流れ落ちた水が畳に染み込むのを草履越しに感じる。
中にいた人数はそう多くなく、また突如考えれもしない場所から現れた二人に呆気にとられていた。戦略でも立てていたのか大量に焚かれた行灯から魚の生臭い匂いが漂っていた。
『何奴、曲者じ── 』
「南無阿弥陀仏……安らかなる昇天を」
天守閣のように高いそれに広さはさほどない。狭い室内に行冥様の鎖の音が響いて、幾つもの行灯の隙間を抜い動いた。
立派な鎧を身に付けている男性が何かを叫ぼうとした瞬間。
急に立っていた足場が無くなり、急激な身を包む風に覆われる。
「 ひっ、ぁあ!」
息を吸うだけの時間訳がわからずただ落下だけしていた。そして……今の今まで立っていたお城が無くなったと何とか理解した途端咳が漏れるほどの小さな悲鳴だけが喉から漏れた。
落下してる事は理解出来てもなぜそうなったのかわからず、ただ灯り一つもない空中に放り出されて……!
そんな中突如体が動かなくなった。腕が体に固められるようにギチギチに締め付けられて……縛ってきたそれがジャラリと鳴って。
一体何なのかと恐慌して、更に強い力でどこかに引っ張られたかと思えば……力強い腕に抱え込まれて……ようやく落ち着く。
「大丈夫だ、必ず助けるから心配しなくて良い」
今が何なのか、どうなっているのか何もわからない。怖い、恐怖しか感じない。
けれど……行冥様がそう言うのなら、その言葉だけで恐れは揺らぎ何も心配いらないのだと思える。
至近距離で高速に動き合う鎖の音がする。
「岩ノ呼吸 参ノ型 岩軀の膚」
鎖だけでは有り得ない何かを打ち付けるような甲高い破裂音が、複数付近で鳴っている。反射的に彼に手を伸ばそうとして縛られていて動けない事を思い出す。
私を縛っている鎖の部分以外で何をしているのだろう。
何も見えないけれど心なしか落下の速さが、遅くなった、ような気がする。……気のせいかもしれない。
そう頭によぎった瞬間彼の私を抱く腕の力が強くなった。私を上に抱き込むような体勢で……
耳をつんざくような様々な騒音に包まれた。
引き裂き無数の折れる音がぶつかり巻き込むような音と共に体に強く何かが当たってくる。痛い、苦しい、何が起きてるの。ひゅんひゅんと鎖が絶えずに動いている音もして続けている。
メギリッ、と大きく何かがしなった音と共に、体を包み込んでいた落下の感覚が無くなる。
今のは……枝?木の枝?それもかなりの太さを持っている立派な枝が撓(たわ)んだ音に聞こえた。
……木の枝?なら今までの騒音は、山々の木々の上に落っこちてその枝々にぶつかりへし折っていた音なのだろうか?
ということは……落ち、終えた?
いつの間にか瞑っていた目を恐る恐る開く。相変わらずの一寸先すら何も見えない程の暗闇。瞑っていても開いてもほとんど何も変わらないけれども……唯一違うのは。
「……行冥、様」
目を開けた世界には行冥様がいる。目を開ければ雨粒が入る為に薄く開いた目で見上げた私の声に反応するように目線を下げ、彼の目では光すらない為に明暗すらない暗闇で……私にとっても見えるかも判別出来ないだろうに、安心をさせるように穏やかに微笑んでくれた。
「大丈夫だ……不安だったろうが、もう心配しなくとも良い。すぐに降りよう……南無」
「はい、行冥様……えっ降りるとは?今……どういう……」
「下は見ない方が懸命だろう」
「………」
まだ地面ではない。降りる、の言葉のままに下を向こうとして彼の言葉を受け入れ下を向くのを気合いで止める。
なので上を……目を凝らしてよく見てみれば今現在行冥様は片手でかなり太い枝を掴んでいて、ぶら下がっているような状態だとわかる。下を見るな……という事はまだまだ高い位置にいるのだろうか。かなりの距離落下したような気がするし、どちらにせよ見えないけれど。
それからの行冥様は凄かった。そのまま枝の上にするりと上がった後背負っていた籠に武器を仕舞い、そのまま他の枝や木々に飛び移りながら徐々に地面へと降りていった。
それら全て私を片手に抱えたまま行った事も凄い。そして……行冥様と私、かなりの重さを持つ鉄球付きの武器を支えれた木の枝も、結構凄いと思う。
地面は雨に濡れてぬかるんでいるのだろう。それでも一揺らぎもしない行冥様の体幹は計り知れない。
未だに抱えられたまま……私は上を見上げた。遥か上空まで続いているだろう立派な木々を見たくて。それでもやはり暗闇で見えない上、上を見た事で雨粒が目に入り視界が歪んでしまう。ああ、侘しい。
「これで……大丈夫か?まい子」
「……はい、行冥様。ありがとうございます、そして……お疲れ様でした」
「……うむ。それでは遅くなったが改めて我が家へ戻ろう」
空から目線を逸らし、顔を伝う雨粒を手で払っていればその手を包み込むかのように大きな手が私の手を頬ごと覆った。
優しく怪我をしていないかと心配の言葉をかけてくる彼へ、精一杯のお礼と労いの声をかける。
彼は柔らかく微笑み、そして帰宅への足を数時間前と変わらず進め始めた。未だに夜は明けず、そして雨も降りやまない。
いつの間にか手の中から番傘は無くなっていた。どこで無くしたのか思い出せない、あの燃えたぎるような憎悪や情熱と共に置き去りにしてしまったかのようだ。
……労い、誠意ある言葉を彼へとかけたい。けれど私はそのような言葉をかけるような立場ではないような気がする。
彼を無意味な戦いの場に誘き寄せてしまった。疲れた云々は抜きにしても、きっと苦しめてしまった、情けない。恥ずかしい。
だからあの集落のご老人はその被害を知っていた。きっと何人もの人間が城に招かれ、帰ってこなかったのだろう。
私はまんまと疑似絵に釣られ、誘き寄せられてしまった餌だった。向こうにとって不幸だったのは"見る"事が決して出来ず餌になり得ない狩人も共にいた事だ。
あのお城が何だったのか、どういった存在で何が目的で何をどうすれば正解でどうすれば失敗だったのかなんてわからない。
だって、今現在……私は全てが終わった安堵と何もしていないのに、疲労と寒さによって思考を巡らす力と手足を動かす気力も何も込められなくなり彼の腕に抱かれたままグッタリと凭れかかるしかなくなってしまったのだから。
「……申し訳、ございません行冥様……」
「全くだ」
はっきり切り捨てられた声は低く。
「君が体調を崩してしまえば……私も、あの子達も心配するしかない。だから……謝罪する暇があるのなら大人しく、体調回復に勤めるのだな……」
髪と頬を撫で……眉を下げながら微笑むその顔は、何よりも優しかった。
ああ。彼は……本当に何よりも、誰よりも……優しい。
SCP-830-JP 凋落一夜城
オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)
SCP-830-JPは██県███山の頂上に8月30日の午後9時から翌日の午前3時の間だけ出現する戦国山城とみられる建造物。面積はおよそ150,000㎡、高さ55mの本丸、二の丸、三の丸に加え様々な郭や櫓、砦から構成されている。ちなみに東京ドームは46,755㎡。メチャクチャ広い。SCP-830-JPが出現するとそこに存在していた物品は消失する。家も人も木も山も。
SCP-830-JPの内部には安土桃山時代の鎧を着て刀や弓矢、鉄砲などで武装している人型実体が████体存在する。致命傷を与えると消失する。本丸にあたる部分には統率する個体が存在しており、この個体を無力化、もしくはSCP-830-JPの██%を破壊した場合「落城」し、SCP-830-JPは即座に消える。しかし落城出来なかった場合、面積と規模は限りなく増えていく。
SCP-830-JPを目で見た瞬間から持っている物の中で一番殺傷能力のあるもので攻撃を仕掛けに行く。しかし大抵殺され、翌年、SCP-830-JPの兵に混じっている。
きっと、悲鳴嶼さんなら余裕で落城できる。人は殺したくないだろうけど、もう人じゃない。無慈悲に囚われた亡霊。
SCP-830-JP http://scp-jp.wikidot.com/SCP-830-JP
著者: semiShigUre様
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