鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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・しがみついているようです、に少し関連がありますが見ていなくても大丈夫です。
・少しグロテスクな描写があります。


参拾伍話 たわわに実った腕があるようです(前編)

 

 

 「……わかりました」

 「! しかし、まい子……」

 「申し訳ございません行冥様……少しだけ、行ってきます」

 

 隣に座っているまい子の弱々しい声色で、断固反対していた私の言葉か喉元で止まる。止めさせようにもそれは不可能だと理解したから。

 座布団の上から退き頭を畳に擦り付けていた男性が歓喜の声と共に頭を上げる。何度もの念押しの声を繰り返して。

 

 

 彼の立場も理解出来ない訳ではない。上の偉い立場の者達から何としても承諾させろと言われて来たのだろうから。

 だが藁谷家から離れた彼女を調べあげこうしてわざわざ出向き要請してくるという()()は確実に望ましい物ではない、だからこそ彼女は断るも彼は何度も何度も頼み込み……やりたくも無いだろう土下座まで行使してきた。

 

 だからこそ押し問答に終わりはないと判断し、彼の立場に同情した彼女は折れた。

 最悪私が共に同行すれば、大抵の事はどうとでもなるかもしれない。面倒事を回避出来る率は高くなるだろう。

 

 ……だが。

 

 

 「私の事は気にせず行ってくださいませ。行冥様がいればすぐに解決しますよ、きっと」

 

 どうしても出向かねばならない任務がある。それは柱としても、一人の鬼殺隊としても、一人の……人間としても。後回しにすればそのまま時間が被害の大きさに直結する可能性がある。見えぬ目ですら見て見ぬふりを出来ない。

 何より、それらを放り出し彼女の手を取る私を……彼女が一番望まないだろう。

 

 

 「……すぐに、終わらせ、向かおう」

 「ふふ、もしかしたら行冥様のが先に目的地に到着して私を出迎えてくれるやもしれませんね」

 

 彼女の手を取り、覆うように握る。笑う彼女と、彼が戸惑っているのがわかる。

 これは願いと牽制なのだと、理解するだけの思考を持っていて欲しい。出来る限りで構わない、彼女を守ってくれないだろうか。

 

 勿論これは自身の感情のままの行動でしかない。彼女を傷付ける可能性から遠ざけれず傍にいる事が許されない憤りであり、彼女の向かわねばならない物事が平坦であり余分な企みに捲き込まれず何もない無事を願う勝手な心情だ。

 まだ不安であれども、この疑心暗鬼は事実ではない。可能性でしかないのだからそうであってほしい。

 

 それになにより、私自身で守り抜こう。後悔の無いように。

 

 人の悪意は世に溢れていても、それに出来る限り関わらないで欲しいと願うのは欺瞞だろうか。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 淀んでいる。腐敗しているかのように臭い。空気が、人の笑顔が、言葉が全部。

 どれだけ年月を重ねても変わらない、それらに……いつまでも関わるつもりは欠片もない。

 

 

 「いいえ、これっきりにさせていただきます。最早藁谷を離れた身です、最後の義理を果たしたまでです」

 

 持っていた筆を置き、提案をハッキリと断ればにこやかに話していた御老体達が一斉に黙る。机におかれた文言が書かれた紙に書いた署名に目を通し、再度宣言する。もう二度と関わらないと。

 最初は宥めんとばかりに紡いでいた優しい言葉が私の決意の固さを理解する内徐々に口汚くなっていく。最後の凶弾に似た何かを聞いても私の答えと態度は変わらず、変える気もなかった。

 

 「それでは失礼致します」

 

 三つ指をつき、頭を下げ言葉を背に様々な淀みを浴びせられながら部屋を後にする。何をどう言われようとも、ここは私のいる場所ではないのだから。

 そもそも……折れて来たからって何でも言う通りになつもりはない。私は行冥様程優しくないし、決して何でも頷くお人好しでもない。それなら意地悪な性悪になってやる。

 

 遣いに寄越された青年が庭を挟んだ向かいの離れから私を無表情にも似た困った顔で見ている、予定より早くに出てきた私に戸惑っているのだろう。

 なぜあんな場所に隔離されているのか、そんな事を考える事はない。彼の微妙で複雑な立場はわかるけれどもだからといって同情し続けて雁字搦めになった私に災厄が降り注ぐなんて冗談じゃない。

 

 私に何かあれば、迷惑をかけるのは他でもない行冥様なのだから。

 

 

 玄関に無事に置かれていた草履を履き、玄関扉に手を掛け開く。隠され、最悪捨てられている可能性も考えていた。単なる嫌がらせではなく家から出られぬように閉じ込めて……そして、と。偏見だけど座敷牢とかありそうだもの。

 こんなひ弱な体ではあるけれど、汚れた悪意を持つならば関係ないだろう。弱いそれは逆に利点でもある。味方でない場所に足を踏み入れれば、安全なる場所などないのだから。一応……気を付けて、出来る限りの個人で出来る用心はしていたけれど。

 

 大きな屋敷を後にして、振り返らずに足を進める。さて、これから()()()へ戻るにはかなりの距離を歩き、汽車に乗って移動して、また歩かねばならないのだから気合いを入れねばならない。

 私の体で、体力でなんとか行かねば。

 

 

 「はい?」

 

 だから慌てたように後ろから駆け寄って声をかけてきた見覚えのある人達を見て怪訝な顔をしても仕方ないと思う。迎えに来た青年と、もう一人は話し合いを場の隅にいた高齢の婦人が私を呼び止めてきた。

 

 「……いいえ、結構です。私はこのまま……え?」

 

 彼らは必死だった。私の帰宅の足を止めんとばかりに、あらゆる甘い言葉を紡いできた。それでも頷かずそのまま足を進めようとした私の腕を婦人がとり、一つ、二つ言葉を紡いだ後……諦めたように息を吐いた。

 そして呟かれた。本当に帰るのならば、帰りの足を用意してある、折角用意したそれをせめて使ってほしいと。

 

 言われた意味は分かれども言葉の紡げない私を婦人は引っ張り、屋敷の陰に潜むように待機させられていた人力車の前に置かれた。

 これが本当に、私の為に準備されたのかは判断出来ない。けれど……待ちに待たされ、やっとかと喜ぶ俥夫さんに否定の言葉を告げる事は出来ずに、そのまま私は乗り込んだ。

 

 逆に考えよう。徒歩数十分ある駅までの道のり、歩かずに行けるのならば利用せずにはいられない。料金は……まぁ、後で行冥様に説明をしよう。

 これで帰り道の一部を早く戻る事が出来て、帰宅時間も早まり彼の心配事も無くせるならば良い。彼が早めにこちらに着き、落ち合う事は流石に厳しかったのか出来なかったのは残念だけど。

 

 

 「しかし、珍しいですね。周りを囲った人力車など」

 

 カタンコトンと揺れる人力車。普通ならば遥か遠くまでゆったりと見れる筈の乗り物だというのに、今現在私は乗車箇所と屋根を覆うように纏われた布地に囲まれ、何も見えないままに進んでいる。

 何年も、それどころか初めてと言っていい来た事も無い道を何も見えない状態で進まれれば今どの辺りなのかわからずに……取り敢えず、身をのりだし、布地をめくって訊ねた。

 

 俥夫さんは冷静に納得出来るようなそうでないような答えと共に、危ないから座っておくようにと注意を促してきた。

 同時にガタリと道に埋まった大型の石により跳ねた車体に翻弄された私は、言われた通りに大人しく座った。打ちつけたお尻が痛い。

 

 

 それから何を話し掛けようとも俥夫さんは返事を返してはくれなかった。幾度となく無視されてしまえば流石に心が折れる、黙るしか無くなった私は揺れる人力車を覆う布地をただ見つめる事しか出来なかった。

 

 

 「んっ?……。……あの、どうかしましたか?」

 

 そんな最中、人力車の動きが突如ゆっくりゆっくりと……止まった。止まるのは構わない、けれど動き出す気配もなく止まったままのそれに違和感を感じて訊ねた。

 しかし身をのりだし、布地を押し退けようとした私の行動を制するかのように俥夫さんは言ってきた。遠くに大きな熊のような影が見えたから止まっている、騒がないで欲しいと。

 

 

 そんな事を言われて喋れようか、動けようか。

 大人しく獣が去るのを待っていた。数分、十数分。喋らず、物音も立てないように。

 

 ……けれどいつまで経っても驚異が去ったとの声は掛からなかった。それどころか……物音一つ聞こえなくなかった。

 妙だ。おかしい。なんだか……嫌な予感がする。

 

 

 強く決意を固めて、世界を囲っていた布地に切れ目を入れるように押し退ける。

 

 

 

 そこには誰もおらず、近くに気配もない。ただ山中に放り出された無人の人力車に何も知らない私だけが座っていた。

 

 棄てられた、そう思った際に浮かんだのは混じり気の無い純粋な怒りだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 「何!全く……もう!」

 

 何なの。目的も意図もわからない、何の嫌がらせなの。

 怒るという行為事態あまり無いからどう振る舞えば怒りを静められるか良くわからない。とにかく近くにある人力車を覆っている布地を力任せに引っ張り続けた。

 

 慣れない怒りの為か背中が膨れ上がりそうな程熱くなって、比例するように胸が押し潰されそうに苦しくなって……引く腕を止めて車内に寝転ぶよう転がる。

 ああ、もう怒る行為はなんて体力を削るのだろうか。八つ当たりなんて、本当に無意味。これから体力を使わないといけないのだからこんな事をしている場合ではない。

 

 

 起き上がり大きく深呼吸を何度かした後、ゆっくりと地面に降りる。踏んだ草が小さく鳴った。

 取り敢えず冷静に辺りを見渡す。一面木しかない森の中だけど、落ち着けば色んな事がわかる筈だから。

 

 

 「……参ったなぁ」

 

 そうして分かる、結構な絶望。山育ちだから山を一切舐めていない、だからこそ……怖さがわかる。

 理由不明で民話姥捨山のように棄てられた。としても、人力車を来た道で戻れると思っていた。けれど……振り返っても道そのものが無い。多少車輪に踏まれ倒れた草があるだけで、どうやら道の無い道を通ってきて人力車が通れる限界な所で棄てられたらしい。

 

 

 人の手が入っていない山は本当にまずい。下手な行動が何も出来ない。

 

 

 山で遭難した場合は下るのではなく登るのが良いと聞いた事がある。もしくはその場で助けを待つ、と。

 ただ……状況から考えて人手多く捜索されるのは絶望的。他の村人に助けを求めるのも危険かも、どこまでこの計画を知っているのかわからない。一族だけなのか、村ぐるみなのか。

 唯一助けてくれる可能性のある彼がこの状況を把握するのはいつになる事やら。

 

 川沿いを下っていけば何とかなるとも聞いた事はあるけれど……それは本当に良かったのかな。そもそも川のせせらぎの音はしないし我が家の近くにはあるけれど、そのような気配が全くしない。そもそも生えている木々が川沿いのものではない。

 

 

 今の私は山への生け贄、人柱のようなもの。人力車一台を取りに戻る事すら想定していないだろう……荒んだ呪い。田舎ってのはもう……本当に余所者に厳しい。信仰や伝承を否定するつもりはないけど巻き込まれるなら冗談じゃない。

 勿論狭い身内通しの監視と共有心の均等がなんらかで崩れれば被害はその比ではないだろうけど。

 

 

 「ん……仕方ない、か」

 

 困った。打つ手と私が打てる手とそこから導き出される手がどれもそんなに宜しくない。それでもただここでじっと立ち続けているのも宜しくない。

 もう夕方近い。日が沈んでしまえば気温が一気に下がり暖を取る手段がないのだから、冬が見えてきた今の季節では自殺行為になってしまう。

 

 意を決して進む決意をする。一応辿れるだけ辿ってそれからは無い道を進み、無事に下山出来ても先程出発した屋敷どころか村にあるどの家や人にも見付からないように駅に行かないといけない。

 そして何より、汽車の出発時間に間に合わないと……ああ。大変だなぁこれは。私の体力でどこまでやれるだろう、でもやらないと終わりだからやるしかない。

 

 

 ふうわりと微かに漂っていた金木犀の良い香りを深呼吸で吸い込む、この香りが事実ならば集落は思ったより近くかもしれない。

 少なくとも空が茜色に染まる前に場所が特定出来るものが見えれば良い。腕を回せない程太い大木の幹に苔むしていない箇所がある方角へと足を進める。

 

  

 

 歩きだして三十分程度経っただろうか。

 

 整備されていない山道を進むのはかなりの体力を使う。みるみる体力を奪ばわれて呼吸が苦しくなり、少し立ち止まり休んでから歩く。それを繰り返し進んでいた。

 その内に背の高い草や枝葉で細かな傷が剥き出しの手や顔についていた。後々変な草木に触れたって事で腫れ上がったりして荒れそう……そんな事を現実逃避とばかりに思っていた。

 

 

 少し前から見付けた獣道を進んでいた。何も指針が無い今、他に比べ歩きやすい道は助けでしかなく進む選択肢他無かったから。倒された草を踏み締めて作られた道は今までに無い早さで進めている。

 だからこそ、この道を作り通っている獣に鉢合わせてしまえば私に万一にも勝ち目はない。今となっては本当に俥夫かも怪しいけれど、彼が言っていた大きな獣は森にはいるだろうから。

 でもそんな危険を犯してでも通らずにはいられない。なにせそれほどに山の中では通りやすい道。

 

 

 前方に剥き出しの一本の腕が指を無数の足のように動かし、歩行しながら現れてもおかしくない程に。

 

 

 ………。………。

 

 

 「……え?」

 

 おかしくはなくとも、おかしい。声が漏れても仕方ない。だって、だって。

 人間の腕が、まるで()()()かのように堂々と自走していて……わたしの驚きの声が届いた時には耳があるかのように止まるのだから。

 

  

 目の前のそれが本当に理解出来なくて……ただ、固まってその目すらない"腕"と見合って数秒……腕、は。

 

 

 勢い良くこちらへ駆けてきた。

 

 

 




 ─ 中編に続く。
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