空は厚い雲に覆われ、月明かりが微塵も差さない夜道。いつもなら合唱のごとく聞こえていた虫の声も蛙の声も、雨上がりでは静まり返り辺りに聞こえるのは生物が生き動くわずかな音だけだった。
そんな中私は足音も立てず走り続けている。荷物を入れ背負う籠が体の動きに合わせ、跳ねる。
例え目が不自由で見えなくとも様々な音の反響で付近の形はわかり、何の問題もなく動けていた。
向かう先は████村の███区。そこで、四十■人の人々が不可思議な死を遂げ、そのほぼ全ての人が夜の内に食されたと。そして調査に向かった鬼殺隊員も戻ってこなかったという。
だからこそ、柱である私が向かわねばならない。弱く儚く哀れな人々を守るためにも。
私に情報伝達をする鎹鴉の報告では何人もの村人達は健康な体のまま胸元を押さえ、喉をかきむしり倒れていたという。それは昼夜問わず。
半端な場所で倒れ込み、宙吊りになった村人の口からはおおよそ体内に収まっていたとは思えないほどの水が溢れだしていたとも聞いている。
そこから弾き出されるのは…鬼による血鬼術をくらい時間経過により、苦しみ溺れた人々の姿。
人を一撃で仕留める力のない弱き鬼なのか、はたまた人々が苦しむ様子を見て楽しみ食らう鬼なのかはわからない。わかりたくもない。
私が出来る事は、悪鬼を屠る事のみ……嗚呼、南無阿弥陀仏…
一時間ほど経っただろうその時、私は████村へとたどり着いた。生き残っている人々の声が眠りにつき、生き物の気配が大人しいそれに、私は足を踏み入れた。
おぞましい気配は…今のところは感じれなかった。
被害者は町のあちこちに散らばり、鴉や鬼殺隊員もその原因を調べた。無造作で繋がりの薄かったそれらのかすかな共通点…そうしてそれらの中心には、役場があった。
西洋の建築技術を取り入れ出来たばかりの建物が。そこに、鬼がいるのだろうか。隊員何人もがやられるほどの、鬼が。
たどり着いた役場に鍵はかかっていなかった。押した扉がギィ、とにぶい音をたてて開く。
中は何の音もなく静まり返っている。かすかな呼吸音も、身じろぎも、何も聞こえない。木の床の上で私の草履が擦れるかすかな音だけが響く。
鬼も、血鬼術の気配も感じない。
私は目が見えない、確かに盲目だ。だが、その分を補う能力は用いていると自負する。そうして私が出した結論は…ここには鬼はいないという事。
ならば調査間違いかというとそうとは言い切れない。今この時現在、いないだけかもしれない。鬼殺隊員の存在を確認したから隠れたり、柱である私が来たのを予感したからと隠れているのかもしれない。
鬼は時折そうして狡猾で残酷だ。
ならばどうするべきかといえば……待つしかない。おびき出すしかない。
力をこの上なく脱力させ、手に何も持たず無防備な状態で座り込んだ。
今現在の私は……ネズミよりも狩りやすい獲物といわんばかりに。
そうしてどれだけの時間が経っただろうか。
ぴりり、と首筋に震えるような悪寒が走った。下衆く汚ならしい気配を体が感じた。上…上だろう。天井近くからよどんだ醜い気配を感じ、視線を浴びせられていた。私を…見定めるようなそれを一身に身に付けて。
だが私はそれでも動かなかった。力を抜き続け、まるで九相図の血塗相のごとく微動だにしなかった。
その姿を見てか気配が動く。天井を蜘蛛のごとき這い、遠い建物の隅から私の頭上の近くまで移動してくる。
そして。そして。
「アァアガッ!?!!!」
天井から飛び掛かってきた気配を感じる間もなく、背負いの荷物から日輪刀と同じ材質で作られた鎖斧と鉄球を取り出して即座にヤツを鎖で縛り上げる。
こすれる金属音と共に鬼の体を焼き上げるジウジウとにぶい音が響く。それと同時の叫び声。
陽の光をまんべんなく吸い込んだ鎖は、鬼ごときに砕く事など出来ないだろう。耳をつんざきそうな悲鳴を上げ鬼は縛られたまま床に叩き付けられた。
びちびちと苦痛に跳ねる鬼の肉体。その体は何十もの人々を食い散らかしたであろう汚ならしい、にぶい気配がする。
様々な悪態と、心にもない謝罪と救援の言葉を紡ぐ鬼を無視して踏ん張り見下ろす。何十もの命を奪ったこれは、もはや慈悲を与えるべきものではない。
「何でッ!?何でだ畜生ォッ!?」
「悪しき鬼は、滅びるべきだ」
「違う!確かに食ったのはおれだが…殺したのはおれじゃない!あいつらは勝手に死にやがっただけだ!」
「言い残す言葉はそれで良いのか…?」
斧を手に持てば鎖が連動しヂャラリと鳴る。
ギリリと鎖を締め上げれは鬼は更に咆哮をあげ、バタバタと地面を跳ねていた。もう少しで溶け落ちそうなほどの声で。
「村人達は勝手に死んだんだ!おれは知らねぇ!それはただそこにある絵画を見ただけで、おれはなにもしていない!」
「…絵画、だと?」
それは死に際に叫ぶ、すがり付く言葉にしてはなんとも異色なもの。原因を他に擦り付けるもよりにもよって…絵画だと?
鬼が叫び声混じりで差し示した絵画とやらは、顔の動き的に北の壁に飾られているだろうもの。それは西も東も太陽光の差し込まないそこに飾られており、日焼けもせずに誰しもの目線を集めただろうもの。
私もつられるようにそちらに目を向ければ、月明かりのない暗闇だろうともこれだけ室内にいればその絵画を"見る"事は可能だったろう。
それこそ細かな部分は見れなくとも全体図を見る事は。
そして間違いなく私の目はその絵画を写し、視界にとらえただろう。
……通常ならば。
「馬鹿見やがれ、死ねぇ鬼狩り!」
鬼が巻き付かれた鎖そのまま、私へと飛びかかってくる。最後の抵抗、なにもしなければ日輪鎖でとけるしかないのだから。
しかし、ふむ。
「残念だ」
「うぐッ!?」
飛び掛かってきたその体は私が右手を引き、きつくきつく縛り鎖に巻き上げられ微動だに出来ぬよう空中に縛り上げたそれの。
「来世以降は正しき心で生まれ変わるよう…南無」
手斧で頸を跳ねる。綺麗に切れた頸は勢いよく吹き飛び、それのみとなった頸は壁へぶつかったあと床に落ち、何度か跳ねた間も悪態をつき続けていた。
反省も後悔もせず、ただただ、自身を殺した私への罵倒を繰り返して…そして音からして崩れてかけていた。
「クソッ、クソがッ!何で効かねぇんだ、あの絵画さえありゃいくらでも新鮮な死体が手に入ったのに!!!」
「残念だが、私は絵画を"見て"はいないし"見る"事もない……しかし何だと言うのだ、絵画を見るだけで…人々を滅すれるとでも?」
「畜生、畜生!!こんな、こんな事でおれが死ぬなんて!!あああああ!!!!」
鬼は最期の最期まで悪付きながら、恐らく口が崩れるまで毒づき続けていたのだろう。しかしそれも、口がなくれなれば何も聞こえずあとはただの残骸処理に等しい。
…あいにくだが、私の見えぬ目ではその絵画がどんなものなのか知る事は出来ない。どんな景色が、どんな人物が、どんな造形が描かれていようとも私には直接見ては生涯わかる事はないだろう。親切な誰かが解説してもらえない限り、ずっと。
しかし鬼の言う理屈は理解できない。絵を見たから何だというのか、まるで絵を見た人間が次々に"命を落とす"と言わんばかりのそれを。
「信じろとでもいうのか。血鬼術ですらない、それを」
崩れ落ち、骨も残らないそれに吐き捨てる。なんと哀れなのだろうか…思いも残らず、呪いの言葉を浴びせるしかない存在は……ほろほろと涙がいくつものこぼれ落ちる。
……そして、絵画。鬼は倒せど残るそれは……北の壁へと歩みを進め、その絵画へと触れる。
ざらりとした、極々普通の絵画だ。血鬼術の気配も感じず、触れた限りでは怪しいところは何一つない。
目の見えない私ではこの絵画がどんな、何を描いていてるのかはわからない。
それでも……
「信じる訳ではないが、芸術を否定はしない」
その絵画を裏返しにひっくり返し…"一般"のものでも何も見えないように返す。これではもはや絵画の背表紙、何もない木板しか
見えないだろう。こうする事でこれを描いた芸術家は傷付くのやもしれぬ。だが。
私は芸術家ではない。鬼を狩り、鬼を滅するもの。例え一枚の絵を裏返しにしたところで、なにというわけでもない。
鬼の叫び声で幾人かが目覚めたのだろう、人々が動く気配がする。
労いの言葉をくれるのか、ただ脅えられるか、鬼とまではいかない悪態をつかれるか…南無、わかりもしない。とにかく鴉を呼び、隠に来てもらわなければ。
鬼のいなくなり、静まり返った役場の中、私の吐き出した音はいやに響き渡った。
まるで労うかのように、もしくはなんて事をしてくれたのかと凶弾するかのように。
それでも例の絵画は、何一つ音もたてず、ただそこに鎮座していた。
** SCP-151 **
SCP-151 絵画
オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)
151は水中を描いた絵画。絵を肉眼で直接見た人の肺に24時間かけて海水を作り出し、呼吸困難になって死ぬ。
医療で水を抜けば生きながらえさせる事は可能だが、水の発生を止めることも回復させることもできない。
この後GOCのように徹底破壊した可能性高し。でもお館様が何らかに気付いて止める可能性もあり。
SCP-151 http://scp-jp.wikidot.com/scp-151
著者:Agent Thornsmith 様
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