鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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陸話 動く像のようです(前編)

 

 

 一枚、また一枚と洗濯物を畳む時間は良い考え事の時間。季節の移り変わりを思ったり、暑い寒いと文句を思ったり…そして思考の大部分は献立。

 料理が得意な人は考えるのも楽しいのだろうけど、私はそうでもないからなぁ。毎日毎日あれこれと悩んでしまう。

 

 厨房にある材料は……えっと、芋にニンジン、ゴボウがあるから煮物にしようかな…あと吸い物をつけて……ああ、そうだ。明日辺り行冥様の好物の炊き込みご飯でもしよう!

 

 うん決まり!と思ったとほぼ同時に畳終わった洗濯物を抱えて立ち上がり部屋を出る。

 けれど廊下を歩いている内になんだかあまりいい発想ではなかった気がしてくる。

 そもそも今の季節だと椎茸がないし…ああ、椎茸の七輪焼きが食べたいなぁ。年中食べれないのが好物だと損な気がする。

 

 とにかく行冥様が戻ってきたら確認してみよう。近くで鍛練と言っていたし、そんなに遅くはならないだろうから。

 

 

 廊下の角を曲がれば、囲炉裏のある部屋の音が聞こえてきて…なんだか騒がしい。あの子達が喧嘩でもしているのだろうか、あまりにひどいようだったら止めないと。

 踵を返して道を変える。ただ遊んでるだけならそれはそれでいい、怪我さえしなければ。

 

 ひょこりと顔だけ覗かせ部屋の中を確認する。

 中にいたのは茶白と黒の二人だけ。あとの彼らは別の場所にいるのだろう。そして中にいた彼らは別に喧嘩はしていなかった。

 

 ただ囲炉裏近くに置かれている人型の大きな石像にまとわりついて遊んでいただけ。

 

 なんだ、ただ遊びが熱狂的になってしまっただけか。それなら別にいいや、あんまりはしゃぎすぎて怪我とかはしないでね。

 

 

 廊下に戻り頭の中を献立に戻す。

 そういえば茄子があったっけ。煮びたしでもいいかも。それに汁物に茄子を入れて…は、どうだろう?

 でもこれは結構好き嫌いが分かれそうな…私は好きだけどもダメな人はとことんダメそうな気がする。

 ああもうその人の好みの吸い物が勝手に作られる鍋かお皿とかあればいいのに。それなら彼の好きなものをいつでも飲んでもらえる。

 

 はぁ、まぁ茄子云々これも行冥様に聞いてから判断をし、て……

 

 

 

 ……ん?

 

 …あれ?……えっ?

 

 

 なんか今…変なのがなかった?

 

 …あったような、なかったかな、いやあった!

 

 

 洗濯物を放り出しそうな勢いで戻って確認する。

 見間違いかもしれないから!どんな見間違いかと疑心暗鬼になるけども。

 

 戻って部屋の中を見てみる。ないよね?

 

 …いや、ある。確かに私より背の高い大きな頭が異様に大きく腕を前に突き出している人型の石像がこちらに背を向けて立ち、鎮座してある。

 

 

 ……この石像いつの間に行冥様置いたのだろう?今朝掃除をした時はなかったと思うけど…

 

 なんだろう驚かせようとしたのだろうか?驚いたのは驚いたけれど、本人はいないし、なにより私が困った様子や反応を見て楽しむような人でもないし… 

 ならば喜ぶと思ってのお土産として買ったり、贈り物として貰ったとしたならば昨日帰ってきた時に何らかの事を言うだろうし…

 そもそもこれを贈り物として渡す人はいないだろうし…これを渡されて喜ぶと思うような人ではないだろう。

 

 

 …うーん、意図がよくわからない。いくら一人で悩んでも結論は出ないのだからこれもまた、行冥様に確認するべき事だ。

 

 結論のでない結論を出した私を猫達が見上げていた。立ったまま何をしているのだろうとばかりに。

 木登りならぬ行冥様登りが好きな茶白猫が、その石像も登ろうとしているのか手をかけ二本足立ちになるも登れていない。当然だろう引っ掛かりも何もない丸みをおびたつるんとした像だから。

 

 「ああ、もう止めなさい。怪我をするから」

 

 それでも諦めずにガリガリと引っ掻いていた猫を言葉で制する。止めなければ洗濯物を置いて引き剥がす事もしたけれど大人しく登るのを諦め、悔しげに囲炉裏の炉縁で爪を研いでいた。

 そんな様子を眺め終わった黒猫は部屋からなぜかいきなり走り始めて出ていく。その後ろ姿を追いかけるように茶白猫も物凄い勢いで出ていった。

 

 ……一瞬の内に起きた出来事に何度か瞬きをする。

 猫達は可愛いけど…今のは何?なぜいきなり追いかけるような……不思議だ。何がきっかけだったのだろう?

 

 猫達に続くように私も部屋から出ようとして敷居を跨いで……何気なく思った。

 

 

 あの石像の正面を見てみたいと。

 

 

 何か切っ掛けがあったわけでもないし、意味も特にない。そもそも顔があると決まってもない。

 ただただ見たくて戻って、石像の正面に回り込んで。

 

 

 顔を見た。

 

 

 

 「…え?」

 

 

 その顔は。

 

 

 

 

 「……猫?」

 

 

 石像の表面上に乱雑に塗られた塗料で描かれた猫の顔だった。

 それはとても愛らしいものだけれども…人の体に猫の顔とはなんともまぁ、不釣り合いというか。

 

 

 …この像はなんというか、猫なの?人の形をしているけど猫なの?もはや猫なの?

 え、もしかして行冥様は猫の像として購入した?それで手渡された時にその大きさに気付き、しかし無かった事に出来ずに持ち帰り……言えないまま、察して欲しいとここに置いた…とか?

 いやまさか、そんな……でも…

 

 うん、憶測はいいや。何度も思ったけど出ない結論だから。

 

 

 とにかくいつまでも洗濯物を抱えたままでいる訳にはいかない。さっさと仕舞って終わらせないと、夜ご飯の準備もあるし。

 廊下に出てペタリペタリと歩いていれば、後ろからゴリゴリと石臼を挽くような音が聞こえてくる。それも徐々に近付いて、触れそうなほどすぐ後ろから。

 

 ………。

 

 勢いよく振り返る!

 落書きの猫と目が合う!

 

 「………え?」

 

 触れそうな距離にいたそれ……の存在をのみ込んだ途端、体が無意識にバタバタと後ずさりした。具体的にいえば四歩。

 

 

 えっ、いや、えええ…?

 

 いや、なんで着いてきてる…の?ゴリゴリの音はまさかの歩いていた音?

 石像が。だって石像だよ?んん??

 

 まさかそんな、これ…動く石像……?

 

 

 呆気にとられ、ぱちり、と私は瞬きをした。

 

 

 

 

 

 ** SCP-173-J **

 

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

 

 空気が湿ってきたのを感じ、雨が降るかもしれないと私は予定を繰り上げて早めに戻ってきた。濡れる事自体は私自身にとって何も問題なく気にならないが濡れた体のまま家に戻ればどれだけ迷惑になるか。

 

 家にたどり着き玄関に入り扉を閉めようとした所で雨音がしてきた事に気づく。どうやら間に合ったようだ。

 

 そして私が戻ってきた事に気付いていないのか…出迎えるまい子の声が聞こえない。何かをしているのだろう。

 今の時間帯ならば…洗濯物を畳んでいるか、間食をあの子達と共にとっているか。可能性が高いのは…厨房だろうか。

 

 

 そちらに歩みを進めれば案の定声が聞こえてくる。食の匂いを嗅ぎ付けた猫の「なぁん」という愛らしいねだり声と共に。

 

 「ああダメだって、これはあなたのじゃないの。年功序列でお兄ちゃん達に先に出してから!」

 

 まい子の困り声に被せるように食いしん坊なあの子が鳴く。血の繋がりはなくとも兄と呼ぶ、年長の二人に先に出している時間が待ちきれないのだろう。

 それでも二人に出し終わり、騒いでいた茶白のあの子と大人しく待っていた黒猫に差し出す声が聞こえる。

 

 一番上、二番目、三番、四番目と全員に配り終わったようだ。

 

 

 「はい、いなみちゃんもどうぞ」

 

 ……待て、知らぬ名前が出てきた。

 

 

 歩行を早め、厨房手前の部屋の襖を勢いよく開ける。中にいた気配が私の方を向いた。

 

 「あら、お帰りでしたか行冥様すみません気付かなくて…!」

 

 お帰りなさい、と伝えてくるまい子に返事を返し他の気配を探る。四つのぺちゃぺちゃとした咀嚼音は猫達のもの。五つではない。

 …野良猫が入り込み食べていない可能性も頭によぎったが…そうでない事はすぐ気付く。室内は広くなく反響音ですぐに把握できるのだから。

 

 

 何か、大きなものが部屋の中にある。彼女一人では動かす事すら出来ないであろうものが。

 

 

 これは、なんだ?

 

 

 「そうです、行冥様。戻られたなら一つ伺いたくてですね」

 「……ああ、なんだ」

 

 まい子の尋ねたい事、そんなものは決まっているだろう。目の前にある"それ"違いない。

 

 武器を取り出した方がいいだろうか。

 そこにいる、それ、が何なのかはわからない。感じた事のないものだ。生き物?生き物なのか、そうでないのかすらよくわからぬその存在。

 

 「あのですね…」

 

 危険であるならば周りにいるものを避難させ…出来ぬならばどれだけの至近距離にいようとも、何かあればすぐに叩き切り捨てる事も躊躇はない。

 

 

 「行冥様は味噌汁に茄子が入っていても飲めますか?」

 「今聞くべき事か?」

 

 それより何より他に確認するべき事があるだろう。

 

 

 

 

 

 




 ─ 後編に続く
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