鬼と世界とSCP   作:アルビノ鮫

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陸話 動く像のようです(後編)

 

 

 

 「ええっ、いなみちゃんは行冥様が持ち込んだものではないのですか!?」

 

 あれから話を擦り合わせる間すら、私はそれから目を逸らさなかった。私の視界に映る事はこれまでもこれからもないだろうが、警戒をとくつもりは一切なかった。

 …なかった、のだが。なぜそんなに受け入れている?突如現れた動く石像の事を。私が持ち込んだと勘違いするのはともかく、動いた段階で警戒してほしい。今のところ何か悪さをした訳ではないからと受け入れるのはどうなのか…

 

 「ああ……なんだその、いなみ、とは」

 「名前です。私が見ない間だけ動くのでもしかして付喪神ではないかと思いまして」

 「…例え付喪神として、なぜ名付ける?」

 「えっ、ダメなのですか?」

 「……いや、その判断は…どうなのかはわからぬが…」

 

 私の中の選択肢にないそれを、不可解ではあるが頭ごなしに否定する事は出来なかった。

 ……それでも石像相手に食べ物を出すのはどうかとは思う。

 

 「うーん、何となくですが悪い子ではないと思うのですよ。いなみちゃんは」

 「…確かに今のところ悪意は感じはしないが」

 

 石像相手に悪意だなんだとは、おかしいことこの上ない。だがそれ以外に指せる言葉はなく、警戒をとく理由にもならない。

 動くというその姿は未だに見れてはいないが、そうでなければこれだけの重さの石像をまい子が運べる訳もないのだから。

 動く石像…それが何の脈略もなく現れる我が家……お祓い等をした方がいいのだろうか。

 

 「しかし対処はせねば。動くとて制御が出来ている訳ではないのだろう?」

 「そうですねえ。この子達のように小さな猫ならともかく、大きいですし…あ、行冥様のが立派ですよ?」

 「高さ比べで勝負をする気はない」

 「うーん、でも移動をさせてもいなみちゃん自身勝手に動きますし…あ、もしかしたら突然現れたように突然いなくなるかもしれませんよ」

 「成り行きに任せるには少々不安だが…」

 

 間食を食べ終わった猫達が各々好き勝手な行動をとっている。私達の足元にじゃれつき、撫でろと催促をしてきたり陽が当たる場所に向かい昼寝を始めたり、私を登ろうとしたり。

 

 

 一番体が大きく撫でられるのが好きな猫を撫でていたまい子が何かを思い付いたように小さな声を漏らした。

 

 「そうです行冥様、この子がついに"とってこい"を習得したのです!」

 「む?以前出来たと言ってなかったか?」

 「成功率が良くなったのですよ、見てください」

 

 そう言いまい子はまとわりつく猫の尻尾の付け根を軽く叩いた後、(たもと)から棒付き毛玉を手に取り彼と軽く遊ぶ。

 バタバタとはしゃぐその姿に周りの猫達はとうしているのだろうか、何事かと様子をじっと眺めているのを思い浮かべ…想像上のその愛らしさに涙が流れる。

 

 「はいっ、とってきて!」

 

 カチャカチャリと鳴っていたそれを廊下へと放り投げるまい子。距離にして五尺といったところか。

 それを追い、廊下に転がるそれを……嗚呼、確かに咥えて持ってこようとしている。カリカリと棒部分を引きずりながら、まい子の足元近くまで持ってきて離し、そのまま足元にまとわりついている。

 

 「よし、よーし!いいこいいこ!よく頑張りました!…ね!どうですか行冥様!」

 「なんと素晴らしく……南無猫可愛い…!」

 

 きちんと持ってきた事を褒め称える為にめちゃくちゃに撫でまくるまい子。少々乱雑な音に聞こえるがそれが心地いいのだろう、猫は喉を鳴らし彼女にまとわりついている。

 鍛えあげられ、誉められる事に嗜好の喜びを覚える猫のなんと健気で愛らしい事か。ボタボタと膝の上に落ちる涙を止めようとしても止まらない。

 

 「それでは行冥様の涙に応えまして、もう一回!はいっ、とってきて!」

 

 彼が持ってきたそれをもう一度投げる。音からしてさっきより少し遠くだろうか…それでも猫はそれを追いかけ……む?

 

 「あれ?」

 「…何も咥えていないな…」

 

 投げた場所には間違いなく行った、しかしその場所でくるりと回るのみで投げた棒付き毛玉を持ってくる事はなく、なのに威風堂々と戻ってくる猫。

 褒めろとばかりに彼女にまとわりつき、困惑している彼女の姿と持ってこなくとも愛らしい猫の姿に益々涙が溢れる。

 

 「なんとっ、南無愛らしい…!」

 「ええっ、違います!いつもはちゃんと持ってきます、今はただ連続でやったから調子が悪かっ…」

 

 

 ごりごりっ

 

 

 「…た……だ、け……え?」

 

 物音と、まい子の困惑する声。そして感じるすぐ側にある威圧的な気配。足元に置かれた、先ほど彼女が投げた棒付き毛玉。

 

 …それ、は。

 

 

 「…いなみちゃん?持ってきてくれたの?」

 

 動く石像、それが我らが石像から目を逸らした隙に素早く動き今の今まで騒いでいたそれを叶えようとした動き。

 瞬きをするわずかな間で持ってこれる、その動き。

 

 猫達は気まぐれで持ってきも持ってこなくとも愛らしい。しかしそれを石像には持ち得ない耳で聞き取り褒められようとせんばかりに持ってきたその姿は……

 

 …なんと、驚きではあるが。

 

 

 「…可愛いですね」

 「確かに、南無…」

 

 詳細見えぬその怪しげな石像をそう思う事になるとは。確かに彼女の言う通り気まぐれな猫のようにも思える。

 あの大きな石のような体ですら猫であるならば可愛らしく思えるというのだから猫というのは罪深い。硬い石像の体を撫でるまい子の手を止めようとは思わないほどに。

 

 

 「あっ、そうですそろそろ夜ご飯の準備をしなければ」

 

 そんな我らの困惑を吹き飛ばすのは当事者であったまい子の声。確かにもうそんな時間だろうか?まだ早いような気もするが…時間がかかるような事をしようとしているのならば私は何も口出せない。

 

 「あ、そうです行冥様。一つ確認したいのですが…」

 「む?…何だ?」

 

 猫達の食べ終わった器を重ねながら回収し、厨房へと向かおうとしていたまい子が何かを思い出したのか、足早だったそれをゆっくりに変え、私へと問いかけてくる。

 立ち止まる事なく動き続け厨房へと向かう彼女の背を見えぬ目で何気なく追いかけ、廊下へと出る姿を見送る。

 

 「明日なんですが、炊き込みご飯をしても良かっ…」

 

 

 パリィンッ ドタンッ

 

 

 「い゙っ、う…!?」

 「まい子!?」

 

 目で見送ったのが間違いだった。その一瞬で何が起こったのか、理解する前に体が動いた。

 廊下に飛びだし、見下ろすそれに手を伸ばす。廊下に倒れているであろう、まい子その姿に。わかるのは倒れ込んだであろう大きな音と共に、甲高い陶器の割れる音は猫達の皿。

 それらの損失を嘆くように彼女はにぶい声を出し続けていた。倒れ込んだ事で強く打った胸元の痛みにこらえながら。

 

 「大丈夫か!?」

 「うぅ、痛ぁ……あぁ、お皿…!」

 「平気だそんな事より…!?……なんだこれは?」

 

 彼女に近付こうと足を進め、廊下に出てとある場所を踏んだ途端まい子が足を滑らせた原因に気づく。

 ぐにゃりとしたみずみずしくも乾いた柔らかな感触。木で作られた廊下ではない、その上にばらまかれたであろうそれ。なんだこの、柔らかなものは…!

 

 まい子は…これによって転んだのか!?こんな…突如現れた謎の物質によって。

 …石像と、同じく?

 

 痛みをこらえながら体を起こし廊下に座り込んだまい子に無理に動かぬよう言い、部屋の中へ素早く戻り気配の確認をする。

 中にあるのは戸惑う猫達の気配と少し広く感じる室内だけ。

 

 

 石像がない。いなくなっている。

 動く音も、気配も感じなかった。いつの間に…

 

 

 「い、たたた…どうしました、行冥様……あれ?いなみちゃんは?」

 「……出ていってしまったようだ」

 「えっ」

 

 まだ痛んでいるにも関わらず立ち上がり私の後を追い部屋を覗き込めるであろう位置まで移動してくるまい子。そして部屋の中を見渡し案の定いなくなっているその存在を確認する。

 まい子の証言、私も感じた先ほどの動き、突如現れた事実。それらを合わせれば石像は見えないほどの早さでかなりの距離を動けるのは理解に容易い…が。

 理屈と理由がわからない。なぜ勝手に現れ、勝手にいなくなったのか。廊下にあるそれ、は何の置き土産なのか。

 

 「ええ…私が大きな音を立てたからですかね…それとも、えっと、いたずらが成功したから…とか?」

 「いたずら、か……南無阿弥陀仏…」

 

 そうであるならば…まだ平穏ではあるのだが。

 廊下にある正体不明のそれを見下ろす。確かにあれば足を滑らせ、転ぶだろう。それも先ほどまではなく突如現れたのだから。

 

 「立って平気なのか…?」

 「はい、痛いのは痛いですがいつまでも座っている訳にはいかないので。掃除をしなければなりませんし」

 

 割れた皿と、正体不明のそれの事を指すまい子。

 正体不明のそれは確かにいつまでも置いておいて良いものではないが…片付けるのも大丈夫なのか疑問ではある。触れただけでただれる毒などは含まれていてもおかしくないのだから。

 …最もそうならば素足で踏んだ私の左足は危ういが今のところ何も起きていない、少々汚れているだけだ。

 

 「着物を汚したりしていないか?」

 「大丈夫です、踏んだ足袋が汚れただけのようですね。しかしこれは何なのでしょうか、何だか甘い匂いがします」

 「口にしないよう」

 「しませんよ、さすがに私は」

 

 軽口に笑いながら返してくるも、その後に続く言葉の温度は何よりも真剣だった。

 

 「ですがその子達は別ですので片付け終わるまで部屋の中に閉じ込めておきましょう」

 「ああ、そうだな…」

 

 間食をした後だというのに甘い匂いを嗅ぎ付けたのか廊下に出ようとする猫達を捕まえ、全員中にいるのを確認したあと襖を閉める。

 

 「しかしなんでしょうねこの黒い茶色の柔らかいものは」

 「なんにせよ掃除せねば、私がチリトリを持ってくるからその間皿の破片を集めていてくれ」

 「ええっ、いえ大丈夫ですよ!行冥様はゆっくり休まれていてください!」

 「いや早く片付けてあの子達を解放せねばな。焦れて襖を突き破って出てくる可能性もなくはない」

 「あぁ……それでは、すみませんお願いします」

 

 背後でカチャリカチャリと破片を集めている音を聞きながら倉庫へと向かう。雑巾は必要だろうが、私が取りに行く方が……む?

 

 進んだ廊下の中の一ヶ所、換気のためか開かれていた窓を見付け、雨が入ってこないよう閉めようと手をかけた時に気付く。枠に小さな傷がある。

 こんな傷あっただろうか?いつ付いたのか……まさかここから出ていった、とか。大きさとして横になれば出られなくも……いやしかし…

 

 

 「……南無阿弥陀仏…」

 

 一度、瞬きとした後小さな声で呟き窓を閉めた。外の雨音は聞こえなくなり、私は倉庫へと足を進めた。

 もはや気配すら感じないそれより、しなければならない事があるのだから。

 

 

 なぜかもう戻ってこないだろうと私は確信していた。それは良い事なのだろうか、わからない。

 

 しかし、漠然とした嫌な予感は消える事なく胸の中に渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ごりごりごり。

 

 

 岩柱の屋敷から山一つ越えた森の中、とある一つの石像のようなものが動いていた。

 

 雨は小さくわずかな量が降っては止み、降っては止み…そんな事を繰り返している中それは動いていた。

 

 

 そしてある時、堰を切ったように多くの雨が降り始めた。

 その量は多く、辺り一面が白く染まり上がるほどのものだった。

 

 

 どろり。

 

 人型の石像のようなものの顔部分に描かれていた猫の塗装が激しい雨によって剥がれ溶け始めた。

 

 

 雨の勢いが少し弱くなり、白んでいた景色が少し戻る。

 石像のようなものの猫の塗装は完全になくなり、隠されていた新たな塗装が顔を覗かせた。

 

 

 ごりごりごり。

 

 

 石像のようなものは歩みを進めている。

 そこに一頭の鹿が通りがかる。

 

 鹿は動く見慣れないそれに目をやり、数秒見つめた後何気なく瞬きをした。

 

 

 その瞼が上がる間もなく首を折られ倒れこむ。

 側には石像のようなものが、ただじっと真正面を向いたまま立っていた。

 

 

 

 

 

 

 ** SCP-173 **

 

 

 

 

 




 SCP-173-J SCP-173の真実


 オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)

 
 猫の顔が描かれたコンクリートと鉄筋で作られた人型の像。生きており、周り人がいれば見られていない隙にイタズラをしたりする。
 誰も見ていない時にごりごりと動く音がするのは財団職員に見せるためにダンスの練習をしているから。チョコレートプディングをどこからか生み出す。
 というジョークのお話。





 SCP-173 彫刻 オリジナル


 オブジェクトクラス:Euclid(ちょっとヤバい)

 
 スプレーで描かれた顔のようなものを持つコンクリートで作られた人型の像。173を直接見ている間は動かないが、目を逸らしたり、瞬きをした瞬間にその人物の首を折る。ウインクもダメ。
 排泄物と血液の混合物をどこからか生み出すため、時折清掃しなければならない。



SCP-173 http://scp-jp.wikidot.com/scp-173

著者:Moto42 様

この彫刻及び写真はクリエイティブ・コモンズライセンスの元では公開されていません。
SCP-173は加藤泉氏の作品である"無題 2004"で、その写真の使用許可を頂き二次利用で生まれました。
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