異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第10話 くっころ騎士と元代官蒸発事件

「代官どころか、行政の実務を担っていた役人がたまで軒並み蒸発しているとはな。びっくりするくらい徹底してるじゃないか……」

 

 それから約三十分後。代官屋敷の大広間には、僕が王都から連れてきた部下たちの大半が揃っていた。

 調査結果については、ソニアが手早くまとめてくれていた。それがまた、聞いているだけで頭が痛くなってくるような内容だったからたまらない。なんと、元代官のエルネスティーヌ氏はもちろん、末端の役人まで姿を消しているというのだ。

 屋敷に残っているのは僕たちと、現地で雇用された使用人たちのみ。完全に異常事態だな。

 

「さらに書類庫が荒らされており、裏庭で大量の書類を焼却した跡も見つかりました。行政文書の大量破棄が行われたものと思われます」

 

「……」

 

 ヤバイ。いや、本当にヤバイ。何がヤバイって、必要な書類や資料はほとんど焼失し、一切の引継ぎを行わないまま実務者が蒸発した状況で、今日から僕がこの町を統治する必要がある、という部分だ。正直かなりヤバい。

 市民からしてみれば、役場の職員がいきなり夜逃げしたような状況だろう。大変どころの話じゃないだろ。

 

「なるほどな。それを一夜で実行できたってことは。この件は前々から計画されていたものだと判断していいだろう。案の定、謀られたな」

 

 重要書類を軒並み焼却し、少なくない数の人間をこっそり屋敷から逃がす。事前準備がなければ、とてもじゃないが実行不能だろう。

 

「馬と書類以外の被害はあるか? 武器弾薬や、こちらの軍資金までもっていかれていたら、もうどうしようもないぞ」

 

「そちらについては無事です。ご指示の通り、しっかり監視をつけていましたから」

 

 ソニアの報告に、胸を撫でおろす。まあ、こちらに仕掛けてくるならまず武器かカネに細工をするだろうと予想してたからな。対策くらいは打ってある。

 もっとも、そちらの警戒に集中していたため、集団夜逃げを察知できなかった可能性もあるが……。

 

「ソニア、連中はまだこの町に残ってると思うか?」

 

「いいえ、その可能性は低いかと。おそらく、すでに町の外へ逃亡済みではないしょうか」

 

「同感だな」

 

 奴らは人間だけでなく、馬も大量に連れている。こちらに気取られることなく、それらを養えるだけの飼い葉を調達するのは難しいはずだ。殺すにしても、馬の死体を人知れず処理するのは極めて難しいものと思われる。

 

「隊長! 遠くへ逃げられる前にさっさととっ捕まえましょう!」

 

「我々にケンカを打ったことを後悔させるべきです。拷問の上、さらし首にするべきかと!」

 

 怒りの形相の部下たちが、口々に物騒な言葉を吐く。晒し首云々はともかく、エルネスティーヌ氏を捕縛したいというのは僕も同感だ。何を思ってこんなことをしでかしたのか尋問したいところだからな。でも、そういう訳にもいかないのが現実だ。

 

「いや……そういう訳にもいかない。悠長にエルネスティーヌ氏の捜索なんかしてたら、行政機能が麻痺したままになってしまう。そうなれば、市民生活に与える悪影響は甚大だぞ」

 

 僕の任務は、あくまでこの地を穏当に治めることだからな。目先のことにとらわれて、本来の目的を見失うわけにはいかないだろ。

 

 僕の手持ちの人材は、剣を振り回したり馬に乗ったりすることに特化した連中と、それを補佐するための従士たちのみだ。行政官よりはまだ、警官の真似事のほうが得意だろう。しかしそれでも、今は慣れない仕事を頑張ってもらう他ない

 

「……こんなこともあろうかと、マニュアルを用意してある。とにかく今は、手分けをして行政機能の復旧に努めよう」

 

 まさかここまで派手に夜逃げされるとは思わなかったが、現地の役人が非協力的であることは予想していた。なので、アデライド宰相に頼み込み、僕の手勢だけで何とか代官業を回すためのマニュアルを作ってもらっていた(そしてその代償に僕は尻を揉まれた)。それで最低限はなんとかなるはずだ。

 

「しかし、大丈夫でしょうか? どうも、向こうの動きは我々を拘束することに主眼を置いているように見えます。別に本命の攻撃があるのではないでしょうか?」

 

「十中八九、そうだろうな」

 

 ソニアの指摘に、僕は顔をしかめる。ここまで派手な嫌がらせをしてくれたのだから、このことが中央に露呈すればエルネスティーヌ氏もタダでは済まないはずだ。

 もちろん、飼い主であるオレアン公の手引きで高飛びする可能性もあるけど……こっちのバックにも、アデライド宰相がついている。僕たちがそう簡単に泣き寝入りするとは、向こうも思っていないはずだ。

 

「あのオレアン公は、反撃を許すようなヌルい嫌がらせだけで満足するようなタマじゃないだろ。こちらが再起不能になるような何かを仕掛けてくる可能性が高いはずだ」

 

「ええ、その通りです」

 

 憎々しげにソニアが吐き捨てた。

 

「とにかく、どんな手を使ってくるのかが予想できません。隠密部隊で襲撃をかけるなら、昨夜がベストタイミングでしょう。それをしてこないとなると、もっと大掛かりな策を仕掛けてくるかもしれません」

 

「書類を焼いたのも、役人を連れて行ったのも、時間稼ぎのためと見るのが自然だからな。そこまでして稼いだ時間で、何をする気だ……?」

 

 唸りながら、部下たちを見回す。何か冴えた意見が出てくればよかったのだが、全員難しい顔で首をかしげるばかりで発言を返すものは一人もいなかった。

 なにしろ情報が少なすぎるし、情報収集に人手を振り分けるだけの余裕も奪われてしまったからな。手も足も出ない、というのが正直なところだ。

 

「……いや、人手が足りないなら人を増やせばいいのか」

 

 そこでふと、王都から出る前にアデライド宰相からもらった……もとい、借りた小切手の額面を思い出す。あれだけあれば、何とでもなるはずだ。

 

「よし、傭兵を雇おう」


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