異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第106話 くっころ男騎士と強行突破

 王都には公設・施設を問わず多くの治安維持組織や防火組織がある。まず手始めに、ぼくはそれらの組織を使って民間人を避難させることにした。なんといっても、民間人のうろついているような場所でドンパチなんかとてもできないしな。それに王都の大通りはいつだって混んでいる。このままでは部隊の機動に差しさわりが出る。

 もっとも、カンの良い市民はすでに王都に異常が発生していることに気付いているようだった。周囲を見回しても、明らかに普段より人通りが少ない。平日の昼間だというのに家や店に籠り、玄関を堅く閉ざしている市民たちも多かった。

 

「民間の自警団や消防団に避難を手伝わせるのは結構ですが、衛兵隊に関してはむしろこちらの邪魔をしてくる懸念があります。王城の衛兵隊とは別組織とはいえ、オレアン公の息がかかっているやも……」

 

 そういう意見も出たが、僕は構わず衛兵隊を投入した。オレアン公の側にしても、民間人は戦場から遠ざけておきたいだろうと考えたからだ。なにしろこのクーデターが成功した場合、オレアン公自身が王都を統治することになるわけだからな。市民感情を悪化させるような真似は避けたいだろう。

 市民に無用な被害を出したくないという点では、こちらと反乱軍の思惑は一致している。避難誘導だけに限れば、こちらの邪魔をしてくることもあるまい。まあ、避難民をわざと誤誘導してこちらの陣地に流し込んでくるような真似をしてくる可能性も、無きにしも非ずだが……。

 前世じゃ市民を盾にするような戦法にさんざん翻弄されたからな。まさかそんな外道なマネはしないだろう、なんて慢心することはとてもできなかった。とりあえず、打てる対策は打っておく。

 

「王都中心部は、一帯が敵の勢力圏内と見て間違いありません。敵が身構える前に一撃を与え、その隙に橋頭保を築きます」

 

 作戦の第一段階の概要を、僕はそう説明した。じっくりと腰を据えて準備している暇はない。方針が決まると、鎮圧軍は即座に進撃を開始した。第一目標は、アデライド邸のある貴族街だ。危険だが、まずは騎兵と騎兵砲の部隊だけで先行することにした。歩兵の移動速度に合わせて行動していたら、奇襲が成立しないからだ。

 軍馬に跨り、大通りを猛進する。王都の中心部に近づいてくると、オレアン公派と思わしき部隊が大通りを封鎖していた。木製の柵と長槍兵の密集陣で道を塞ぎ、一兵たりとも通さない構えだ。

 数は数十人程度で、こちらよりはるかに少ない。しかし、いくら王都の大通りとはいえ百人単位で横隊を作れるほどの道幅はない。大軍の利点は生かしづらかった。隘路を生かして敵を足止めし、本隊からの援軍を待つ。そういう戦術を取る気なのだろう。

 

「ここはわたくしが」

 

 攻撃命令を出そうとした僕だったが、それをフィオレンツァ司教が止めた。馬に乗ったまま、一人だけ前へ出ていく。

 

「おい、あれ……」

 

「司教様?」

 

「フィオレンツァ様だ……」

 

 敵陣に動揺が広がった。フィオレンツァ司教は王都では知らぬ者が居ないような有名人だ。定期的に行われている公開説法などで、彼女の顔を直接見たことがある者も多い。

 

「どうか、ここを通してください。彼女らは、国王陛下直々に逆賊たるオレアン公を討つよう命じられています。その彼女らに矛を向けるということは、すなわち王家そのものに矛を向けるのと同じこと! 今すぐ武器を納めるのです!」

 

「黙れ、生臭坊主め! 我々はここを死守せよと命じられているのだ!」

 

 下級貴族らしき女が、声を張り上げて言い返した。何か言おうとした司教だったが、それより早く敵陣から数名の兵士が飛び出してくる。刺客などではなかった。どの兵士も、武器は投げ捨てていた。完全に戦意を喪失しているように見える。

 

「お、お許しを! 司教様!」

 

「我々はただ、上官に命令されただけで」

 

「撃て!」

 

 バリケードの内側から、クロスボウの矢弾が放たれた。太く短いそれが、脱走兵たちの背中に突き刺さる。彼女らは短い悲鳴を上げて、地面に倒れ伏した。

 

「敵前逃亡は死罪だ! 分かっているな!」

 

 敵兵たちはざわざわとしながら、お互いの顔を見やっていた。こんなものを見せられてなお逃げ出そうとするような根性の座った兵士は、流石に居ないようだ。敵前逃亡という言葉に、僕の隣に居たカリーナが「ぴゃっ……」と小さな悲鳴を漏らす。フィオレンツァ司教は、地面に転がったままの逃亡兵たちの躯を一瞥し、首を左右に振ってからこちらへ戻ってきた。

 

「申し訳ありません、お役に立てず……」

 

「いえ、致し方ありません。兵隊というやつは、一たび動き出せばそう簡単に方針を変えられるものではありませんですので」

 

 この説得が、決起前に行われていたのであれば効果があった可能性は高い。しかし、すでに武器を取って動き出した以上、もう手遅れなのだ。賽は投げられた、というやつだ。当事者ですら、事態を止められなくなっている。

 

「退かないのなら仕方がない。射撃準備!」

 

 まあ、最初から押し通るつもりだったのだ。説得が失敗したからと言って、大した問題はない。こちらの主力は辺境伯軍の騎兵隊……つまり、僕からの技術供与によりライフル銃が配備されているのだ。敵の防御設備は簡素な柵のみで、塹壕も土嚢もない。おまけに、流石の王軍も一般兵に魔装甲冑(エンチャントアーマー)を配備するほどカネがあるわけではない。着込んでいるのは通常の甲冑だ。

 こうなればもう、負ける要素などない。僕はカービン騎兵たちを下馬、射撃のための横隊を組ませた。敵の中にはクロスボウ兵が混ざっているようだが、こちらはライフル装備。射程の差は圧倒的だ。鎮圧軍の兵士たちは、十分な距離をとって銃を構える。

 

「一斉射撃、始め!」

 

 号令と共に大量の騎兵銃が一斉に火を噴き、大通りを濃霧のような白煙が覆う。その激烈な銃声に驚いたか、何匹もの野良犬が悲鳴をあげながら裏路地に逃げ込んでいった。

 

「リロード急げ!」

 

 火薬と鉛弾を銃身の奥へと押し込める、カツカツという音が辺り一面に響いた。黒色火薬特有の凄まじい白煙により、敵陣の様子はうかがえない。しかし、敵から反撃が来る様子はなかった。敵にもクロスボウや弓を装備した兵士は居るのだろうが、それらの射撃武器も二〇〇メートルも離れてしまえば大して恐ろしくはない。数百メートルという距離を取っての戦いは、ライフル銃の独壇場だった。

 

「再装填完了!」

 

「構え! 風術、煙幕を散らせ!」

 

 味方の魔術師が歌うように呪文を紡ぎ、大風を生み出す。白煙が吹き散らされ、敵陣が露わになった。柵の後方に布陣していた敵隊列の前衛はほとんどが倒れ伏し、石畳に血だまりを作っている。後列の兵士はまだ無事だったが、動揺のあまり槍衾を維持できていない。

 

「狙え、撃て!」

 

 僕の命令に従い、二度目の一斉射撃。結果は、先ほどと同じ。わずかに生き残った兵士たちも、武器を捨てて逃げだしていく。それを止めるべき指揮官は、とっくに死んでいなくなっていた。

 

「……実は、実戦でライフルを使っているのを見るのは初めてなのだが」

 

 真っ赤に染まった木柵を片付ける味方兵を見ながら、スオラハティ辺境伯が呟いた。

 

「恐ろしい武器だな、これは」

 

「ええ」

 

 僕は静かに頷く。一撃で敵を行動不能にする威力と、ロングボウすら超える射程。この世界の従来の兵科でこれに対応しようと思えば、ひどく高価な魔装甲冑(エンチャントアーマー)で全身で固めた重装歩兵や重装騎兵を持ち出すほかない。

 

「彼女らの魂は、極星がお導きになるでしょう」

 

 地面に跪き、極星に祈りをささげていたフィオレンツァ司教が言う。聖職者の彼女からすれば、正視に耐えない光景だろう。しかし、彼女は見るも無残な有様になった敵兵たちから目をそらすことはなかった。

 

「アルベールさん。わたくしは、貴方が犠牲を最小限にとどめようと努力されていることを知っています。ですから、これは貴方の罪ではありません。聖職者たるわたくしが保証いたします」

 

「……ありがとうございます」

 

 僕は深々と頭を下げた。市民も、そして反乱に参加している一般兵士ですら被害者だ。こんな無意味な茶番は、さっさと終わらせる必要がある。……そのためには、荒っぽい手段だって使う。矛盾しているようだが、それが軍人の役割だ。流血を伴う選択肢であっても、必要であれば躊躇せずに実行せねばならない。自らの手を汚すことを厭う人間に、指揮官は務まらないんだ。

 

「さあ、急ぎましょう。時間をかければかけるほど、敵の防備は厚くなっていきますから」


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