異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

126 / 700
第126話 くっころ男騎士と混迷

 国王陛下が誘拐された。その報告を受けた僕たちは、全兵員を叩き起こし捜索に向かわせた。しかし、夜を徹して捜索したにもかかわらず、その行方はようとして知れない。貴族街は比較的落ち着いた状況だったものの、平民街のほうは大通りに避難民があふれ、部隊の機動にすら難儀する有様なのだ。まともな捜索活動などできるはずもなかった。

 

「やはり、陛下は平民街の方にいらっしゃるのだろうか?」

 

 難しい顔をしたアデライド宰相が、腕を組みながら言う。僕たちは指揮用天幕の下に集まり、テーブルに乗せられた地図を囲んで今後の方針を話し合っていた。すでに夜は明けており、周囲は明るい。この時間になっても手掛かり一つつかめないような有様なのだから、焦りもするという物だ。

 

「その可能性は高い……が、敵はこちらがそう考えることを予測して、あえて貴族街を潜伏場所に選んだ可能性もある」

 

「もしくは、すでに王都から脱出しているか……ですね」

 

 スオラハティ辺境伯の言葉に続けて、僕は言った。

 

「ウムウ……!」

 

 宰相は頭を抱えて唸った。僕たちが持っている現状の情報では、どこに誘拐犯が潜伏しているのかサッパリ予想できないのである。こんな状況で闇雲に探し回っても、国王陛下が見つかるはずもない。

 

「すまない、油断していた……」

 

 憔悴した様子でそんなことを言うのは、近衛団長だ。彼女に率いられた近衛騎士団の主力部隊は、平民街で治安維持活動にあたっていた。王城に残り国王陛下を警護していたのは、予備部隊だけだった。誘拐犯どもは、その隙をついて国王陛下を攫ったわけだ。

 

「まさか、イザベルが城内に潜伏していたとは……てっきり、すでにどこかへ脱出しているものかとばかり思っていた」

 

「あの女は謁見の間での一戦以降、完全に姿をくらましていましたからね。普通、この手の反乱では首謀者が先頭に立つことで正統性をアピールするものです。それがなかったことに、僕はもっと違和感を覚えるべきでした」

 

 落ち込んでいるのは僕も同じだ。王城の防衛に成功したところで、国王陛下の身柄を奪われたのでは意味がない。戦略的には完全敗北だ。パレア第三連隊による王城包囲は、あくまで陽動だったのだ。

 

「反省は国王陛下を取り戻してからすれば良いのです。今は、捜索に専念いたしましょう」

 

 キッパリとした口調で、フィオレンツァ司教が言う。彼女も教会関係者のツテを使い、情報の収集に当たってくれていた。もっとも、今のところ有効な情報は上がってきていない。手すきの聖職者は全員避難民たちの説得に出るよう大聖堂から命令が下されているからな。そちらに忙殺され、情報収集どころではないのだろう。

 

「それから、一つ提案なのですが……オレアン公の邸宅を――」

 

「大変です!」

 

 司教の言葉を遮るようにして、顔を真っ赤にした伝令兵が指揮用天幕に飛び込んでくる。……既視感が凄いな。

 

「どうした、この期に及んで何が大変なんだ」

 

 苦虫をダース単位で嚙み潰したような顔でアデライド宰相が聞く。事態はすでに僕たちの対処能力を超えたものになっている。これ以上トラブルが起きるなんて、勘弁願いたい。……でも、悪いことは重なって起きるものだからな。はあ、嫌だイヤだ。

 

「国王陛下が、グーディメル侯爵家によって保護されたそうです!」

 

 ……グーディメル家? 意外な名前が出てきたな。たしか、ひどい金欠状態でまともな軍隊を維持することすらままならなくなっている領主貴族だ。オレアン公派の貴族が「あの連中は四大貴族の面汚しだ」とかなんとか言っているのを聞いた覚えがある。

 

「何、それは本当か?」

 

「はい。陛下誘拐の実行犯として、イザベル・ドゥ・オレアンの首がグーディメル侯爵邸の前に晒されていたそうです」

 

「イザベルが討たれた……!?」

 

 唖然とした様子で、フィオレンツァ司教が呟く。宰相は思案顔で眉間を揉み、再び伝令兵の方を見た。

 

「朗報か悲報か判断しづらいな。それで、連中は何と言っている?」

 

  相手は没落貴族だ。国王陛下を使ってなにか良からぬことを企む可能性もある。それがわかっているから、国王陛下が発見されたという報告にもかかわらず喜ぶものは誰一人としていなかった。

 

「それが……ええと……」

 

 伝令兵はひどく言いづらそうな顔をしていた。……こりゃ、間違いなく悲報の方だな。僕は頷いて、彼女に続きを話すよう促した。

 

「……グーディメル家の発表を原文のままお読みいたします。『この戦いは、宰相・辺境伯派閥と公爵派閥が起こした私戦にすぎない。私利私欲のために王都の治安を乱す両派閥に、懲罰を下すべし。それが国王陛下の御意志である』……以上です」

 

「は、はあああああっ!?」

 

 指揮卓をバシンと叩いて、フィオレンツァ司教が立ち上がった。勢いのあまり彼女が座っていた折りたたみ椅子が吹っ飛んでいった。その顔は、幼馴染である僕ですらそう見たことがないほど怒り狂っている。

 

「……ッ!?」

 

 周囲の視線が自分に集まっていることに気付いたのだろう。司教は慌てた様子で首を振り、こほんと咳払いをした。

 

「……失礼いたしました。しかし、私利私欲で動いているのはグーディメル家のほうでしょう。あまりに恥知らずな行動です。許しがたい」

 

「それは同感だが……厄介なことになったな。つまり、戦いは我々とオレアン公派、そしてグーディメル侯派の三つ巴になったわけだな?」

 

「はい。どうやら侯爵は、国王陛下の勅令と称してあちこちの部隊に命令書を送り付けているようです」

 

 や、厄介な真似をしてくれるなあ。グーディメル侯が本当に国王陛下の身柄を確保しているなら、好き勝手に勅令を出すことができるからな。現場の人間には、その命令書が本当に陛下の御意志で作成された物なのかを確認するすべはない。少なくない数の正規部隊が敵に回る可能性があるぞ。

 

「外道め……許しがたい!」

 

 近衛団長が指揮卓を殴りつけた。香草茶のカップや筆記用具が一瞬宙を舞う。王族の警護を行うのが近衛騎士団の本分だ。それがこんな状況になっているのだから、責任を感じるなという方が無理だ。

 

「……焦っても仕方がありません。相手が正統性で殴りつけてくるなら、こちらも同様の方法で対処するべきでしょう」

 

 落ち着きを取り戻したらしいフィオレンツァ司教が、近衛団長の肩を叩いた。

 

「……というと、もしや」

 

「ええ、王太子殿下です。誘拐されたのは、国王陛下だけ。殿下はご無事なのでしょう?」

 

 国王陛下も、それなりに高齢だからな。当然、世継もいらっしゃる。なるほど、そっちを担ぎだす訳か。なかなかいいアイデアだ。偽の命令書に従ってるだけの正規兵たちなら、王太子殿下に剣は向けづらいだろう。

 

「あ、ああ……確かに殿下はご無事だが……その……」

 

 しかし、近衛団長はなぜかしどろもどろになってしまった。その視線は、僕の方に向けられている。

 

「あのお方とブロンダン卿を引き合わせるのは、正直おすすめできないというか……」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。