異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第135話 くっころ男騎士と地下牢

 切り札だったはずのセリュジエ氏が一分も立たずに討ち死にしたものだから、公爵軍兵側の動揺は大変なものだった。もちろん、その隙を逃すフランセット殿下と近衛騎士たちではない。ここぞとばかりに攻勢を仕掛け、あっという間に敵を蹴散らしてしまった。

 やっぱり、一騎討ちってのは凄いな。勝てばこちらの士気が上がり、敵の士気は落ちる。僅か一人の敵を倒すだけで、戦闘の流れその物が変わってしまう。このメリットは滅茶苦茶おおきい。……まあ、負けたら逆の立場になる訳で、ハイリスク・ハイリターンな博打ではあるんだが。

 

「いや、驚きましたよ、ブロンダン卿。あのセリュジエ卿をこうも容易く捻るとは」

 

「あなたの噂は前々から聞いておりましたが、正直信じていませんでした。まさか、ここまでとは……我が不明を恥じるばかりです、申し訳ない」

 

「盾ごと相手をぶった切るとか、騎士というよりもはや暴力の化身ですよね」

 

 地下へと向かう階段を下る僕の周りには、何人もの近衛騎士たちが集まっていた。褒めてくれるのは嬉しいが、なんだか恥ずかしい。当たり前だが近衛騎士団は女性ばかりなので、いわゆるオタサーの姫(この世界の場合は王子だが)になったような気分だ。……まあ、今の僕は返り血で全身真っ赤かになってるんだけどな! どんな物騒な姫だよ。

 

「止めたまえよ君たち、アルベールくんが困ってるじゃないか」

 

 苦笑しつつ、フランセット殿下が僕と騎士たちの間に割り込んでくる。殿下は僕の肩に手を置くと、ぐっと顔を近づけてきた。やたらと整った気品のあるイケメンフェイスが急迫したものだから、僕の心臓は飛び上がった。

 

「しかし本当に素晴らしい腕前だね、アルベールくん。もしかして、あのソニアくんより強いのでは? ソニアくんとセリュジエ卿の試合は、あれほど一方的ではなかったが」

 

「まさか!」

 

 その言葉に、僕は思わず笑ってしまった。ソニアは僕の副官だから、当然手合わせをする機会は毎日のようにある。だから、実力差はよくわかってるんだ。とてもじゃないが、彼女より自分のほうが強いなんて幻想は持てないね。

 

「十回試合をやって、なんとか一本か二本か取れる……その程度ですね。本物の天才ですよ、あいつは」

 

 だいたい、竜人(ドラゴニュート)只人(ヒューム)では地力が違いすぎるからな。セリュジエ氏との一騎討ちでも、持久戦にもつれ込んでいたら勝機は万に一つもなかっただろう。実力を発揮する前に初手で叩き潰す、これ以外に勝ち筋は無い。圧勝か、ボロ負けか。そういう勝負だったんだよ、あれは。

 それに、ソニアの偽情報もあった。アレがなきゃ、まともに剣術で戦うのはかなり難しかった気がするんだよな。一騎討ちを仕掛けたのは、剣術で勝てる自信があったからではない。僕が手榴弾を持っていたからだ。いくら広いとはいっても、所詮は屋内。遠くから手榴弾を投げつけまくれば勝てる、そう考えていた。

 

「それでも一本や二本はとれるのか……」

 

「百回やっても一勝もできないな、あたしじゃ」

 

 若干呆れた様子で、近衛騎士たちが笑いあう。……ガレア王国の最精鋭と呼ばれる騎士たちにここまで言われるとか、本当に凄いヤツだよな、ソニアは。本当になぜ僕の副官なんてやってるのか、不思議でならない。

 しかし、王都に戻ってきてからまだ大した時間もたってないっていうのに……ソニアとは、しばらく会っていないような気がするな。なんだか寂しい気分だ。あいつとも長い付き合いだからな、ほとんど半身みたいなものだ。

 

「……」

 

 近衛騎士たちがワイワイと盛り上がる中、フランセット殿下は僕の肩に手を置いたまま黙り込んだ。何かを思案している様子だった。どうしたのかと聞こうとしたが、それより早く彼女はにこりと笑う。

 

「きみのような臣下を持てて、余は幸せ者だな。これからも期待しているよ、アルベール君」

 

「ええ、もちろん」

 

 愛人になるのは勘弁願いたいけどな。まあ、君主と臣下としての関係なら、何の問題もない。戦場での動きを見る限り、フランセット殿下はなかなか切れ者のようだ。さぞ仕え甲斐のある、英明な国王陛下になってくれることだろう。

 

「……おっと、おしゃべりはこのくらいにしておいたほうがよさそうだ」

 

 そこで突然、フランセット殿下は僕の肩から手を離して足を止めた。階段の終点が見えてきたからだ。その先にあったのは、短い廊下と丈夫そうな木製の門だ。地下だけあって、流石に薄暗い。明かりと言えば、壁にかけられたオイルランプくらいだ。

 

「調べによれば、あの門の向こうに地下牢がある」

 

 殿下が指さした門は、カンヌキがかけられ堅く閉ざされていた。カンヌキが内側ではなくこちら側……つまり外にかけられているあたり、侵入者を拒むための門ではなく、内側に居るものを逃さないための門であることは明らかだった。

 

「守衛は……おりませんね」

 

 近衛団長が周囲を見回しながら、言った。たしかに、普通なら牢屋の前には警備の者を置いておくのが普通だろう。しかし、それらしき人影はまったくない。

 

「閉じ込められているのは、オレアン公爵家の当主だからね。次期当主が現当主を監禁しているなんてことを、一般兵に知られるわけにはいかない……」

 

「なるほど。情報漏洩を避けるため、あえて守衛を配置していないと」

 

「ああ。流石に牢屋の前を警備する兵に、中に誰が居るのかを隠し通すのは難しいだろうからな。本格的な牢獄ならまだしも、ここはあくまで私的な地下牢に過ぎないわけだし」

 

 なんで私的な地下牢なんて用意してるんだよ、って感じだが……どうやらこの手の地下牢は、たいていの大貴族の屋敷にあるらしい。叛意のある家臣を閉じ込めたり、その貴族にとって都合の悪い人物を表沙汰に出来ない方法で処分するときに使ったり……いろいろと活用されているのだという。貴族社会って怖いね。

 

「危険がないか調べさせます。少々お待ちください、殿下」

 

 先ほどまでの弛緩した空気は、いつの間にか完全に霧散していた。真剣な表情でそう言う近衛団長に、フランセット殿下は笑みを消して頷く。

 指示を受け、数名の近衛騎士が先行した。床や壁にトラップの類がないか調べつつ、近衛騎士たちはゆっくりと進んでいく。やがて奥の門までたどり着くと、彼女らはこちらに向かって手を振った。

 

「罠の類は無いようですね。いかがしましょう」

 

「むろん、突入する。さてさて、オレアン公は本当にこの向こうに居るのやら……居なきゃ困るんだがね」

 

 そう言って、フランセット殿下は一歩を踏み出した。

 


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