異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第136話 くっころ男騎士と旧守派公爵

 門を超えると、そこは牢獄だった。鉄格子で仕切られた小部屋が六つと、守衛室らしき場所がひとつあるだけの殺風景な場所である。閉め切った地下空間だけあって、むっとするような湿気と熱気、そしてランプに使う鯨油が燃える臭いと汗の匂いが混然一体となった不快な空気が滞留している。

 鉄格子の向こうには、何人もの女たちが捕らえられていた。その数は多く、明らかに牢屋はキャパオーバー状態だった。半分以上が、老人と言っていい年齢だ。おそらく、オレアン公爵家でも現当主派閥に属し、次期当主イザベルによるクーデターに参加しなかった連中だろう。

 

「んなっ! フランセット殿下!?」

 

「どういうことだ、これはいったい……」

 

 僕たちを見て、老人共はくちぐちに困惑の声を上げる。そりゃあ、王太子が突然現れたらびっくりするよな。

 

「鎮まれ、皆の者! 余は貴殿らを救出しに来たのだ! 心配する必要はない」

 

 堂々とした様子でそう宣言するフランセット殿下に、老人たちは面食らった様子で顔を見合わせた。『助かった!』という風な安堵の表情を浮かべている者は、ほとんどいない。自分たちの屋敷に完全武装の近衛騎士団を伴った王太子が踏み込み、最奥部である地下牢に突入してくる……その意味がわからないような貴族はあまりいないだろう。

 

「イザベルは討たれましたか」

 

 かすれた声でそんなことを言う老女には、僕も見覚えがあった。オレアン公だ。普段はむやみやたらと偉そうな態度が目立つ彼女だが、監禁中だけあって流石に憔悴した様子だった。しかし、その目には強い意志の光があった。心までは折れていないのだろう。

 

「イザベルは死んだ。確かにな……しかし、我々が討ったわけではない。王都は今、少し面倒なことになっている」

 

「……」

 

 オレアン公は一瞬顔を悲痛に引きつらせたが、すぐに気丈な表情でそれを覆い隠す。

 

「まあ、こんな状態では落ち着いて話もできない。とりあえず、牢屋から出てもらおう。……余は君たちを被害者だと認識している。大人しくしている限りは丁重に扱うので、安心してほしい」

 

 安心してほしいと言いつつ、殿下の口調は脅迫しているようにしか聞こえない物騒なものだった。逃げ出せば殺す、殿下はそう言っているのだ。

 それから三十分後。解放(・・)された老人たちは、疲れ切った表情で床に腰を下ろしていた。彼女らからすれば息のつまる地下からはさっさと出たいところだろうが、残念なことに上階の安全は確保されていない。なにしろ屋敷に突入した兵力はわずか二個小隊、この程度の戦力で広大なオレアン公邸を制圧するのは不可能だ。

 退路を確保しつつ、伝令を出して別動隊との合流を急ぐ。それが僕たちの当面の方針だった。作戦目標のオレアン公は確保したのだから、慌てて屋敷からの脱出を図る必要もない。

 

「イザベルは、確かにグーディメル侯爵に討たれたのですか?」

 

 大まかな事情を説明し終わると、オレアン公は張り詰めた声でそう聞いてきた。フランセット殿下は静かに頷く。

 

「ああ。もし彼女を討ったのが我々であれば、この場にその首を持参している。その方が話が早いからね……」

 

 実際、フランセット殿下は公爵軍と交戦する際、なんどかイザベルが死亡したことを伝えて投降するよう勧告している。しかし、その証拠を出せなかったばかりに、殿下の言葉を信じる公爵軍の指揮官はいなかったのだ。

 

「で、あれば討たれたという情報そのものがグーディメル侯爵の欺瞞工作である可能性は?」

 

「確かにイザベルは晒し首にされている。まあ、その首が単なるそっくりさんだという可能性は無きにしもあらず、だがね? しかし、ならばなぜ彼女は『わたしは生きているぞ!』と名乗り出てこないのか……不思議だね?」

 

「……」

 

 オレアン公は娘が生きていると信じたい様子だった。正直、以外だ。彼女は冷徹な陰謀家のイメージが強いからな。娘が死んでも「所詮反逆者だ。死んで当然」くらい言うのではないかと思っていたのだが……。明らかに、今のオレアン公はショックを受けている。

 

「なるほど、だいたいの事情は分かりました」

 

 深い深いため息を吐いてから、オレアン公は僕の方を見た。

 

「殿下はオレアン公爵家を取り潰しにするおつもりはないと、そういうわけですな?」

 

「無論、その通りだ。オレアン公爵家は長きにわたって我が王家を支えてきた忠臣、たった一人の人間の乱心を理由に潰してしまうのは、あまりに惜しい」

 

 ……なんで僕の方を見て、そういう判断をしたんだ? それがわからず小首をかしげていたら、殿下はニヤリと笑ってオレアン公に頷いて見せた。オレアン公は、何かを理解した様子で頷き返す。え、どういうこと?

 

「彼はリースベンで華々しい活躍をしたと聞いております。もしや、今回も?」

 

「ああ。僅か一個中隊の戦力でパレア第三連隊に痛撃を与え、降伏の切っ掛けを作った」

 

「そうですか、他所で遊ばせておくのは惜しい人材だと」

 

「そういうことだ。アルベールくんほど頼りになる騎士はそう居ないからね、手元に置いておきたいのさ。オレアン公もそのつもりで頼むよ」

 

「あ、あの、お褒めにあずかり光栄なのですが……ちょっと話が見えないといいますか」

 

 僕は思わず、二人の会話に口を挟んだ。どうも、嫌な予感がしたからだ。しかし殿下は胡散臭い笑みを浮かべて、軽く肩をすくめる。

 

「ああ、すまない。本題に戻ろうか。……要するに、余は今回の件はイザベルの独断だと思っているわけだ。公の責任を問う気は、今のところない。……だからこそ、臣下としての義務は果たしてもらいたい。まずは反逆者の討伐だ。グーディメル侯爵は、あなたにとっては娘の仇。復仇の機会を与えよう」

 

「……有難き幸せ。承知しました。老骨の身ではありますが、粉骨砕身お仕えさせていただきます」

 

 そう言って、オレアン公は深々と頭を下げた。……僕は政治オンチだから、先ほどのやり取りについてはいまいちよくわからない。とはいえ、殿下が暗に『反乱の責任は全部イザベルとグーディメル侯爵に押し付けていい。その代わり、王家の言う事には全部イエスで答えろよ』と言っていることはわかる。

 やはり、殿下は切れ者だ。今まで、公爵家は割と好き勝手やってきた。しかし、この件でオレアン公は殿下に大きな借りができたわけだからな。もはや、公爵家が生き残るには殿下のイエスマン(ウーマン?)になり下がるほかない。名前だけ残し、実権は奪う……この期に乗じて、殿下は中央集権化を図るつもりのようだ。

 まあ実際の話、今までの戦いで損耗したのは、王都に駐屯している王軍の部隊ばかりだからな。オレアン公爵軍については、ほとんど無傷だ。オレアン公は処刑、公爵領も没収……そういう話になったら、二度目の反乱が起きかねない。そんな事態を避けつつ、オレアン公爵家を有名無実化する。なるほど、冴えた手だ。

 

「よろしい。では、まずは公爵軍の連中に剣を降ろすよう説得してきてもらえるかな? 今の状態では、共闘どころではないからね」

 

「ええ、お任せください」

 

 ……とりあえず、オレアン公の説得には成功したようだった。あとはグーディメル侯爵だな。


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