異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第154話 くっころ男騎士とくっころ

「貴様がグーディメル侯爵か」

 

 僕を馬上から傲然と見下ろす騎士に、問いかける。妙に痩せた軍馬に跨った彼女は、紋章入りのサーコートや盾などの所属を表す物品を何一つ身に着けていない。しかし、この女にはヒラの騎士とはとても思えないような風格があった。

 

「おや、ご存じ? たしか、直接顔を合わせた覚えはないけれど。……その通り。わたしこそが、ガレアの誇る四大貴族、グーディメル侯爵家……の、残りカス。バベット・ドゥ・オレアンよ」

 

 兜のバイザーを上げたグーディメル侯爵は、にっこりと笑って優雅に一礼する。口調こそ明るいものの、その声音には悪意と嘲笑がべったりと付着している。

 

「悪いけど、一緒に来てもらうわよ? ブロンダン城伯。安心しなさいな、殺しはしないわ。利用価値がなくなっても、奴隷市場に売り払うくらいで許してあげる。わたしは男には優しいの」

 

 どうやら、グーディメル侯爵は僕を拉致する気のようだ。アデライド宰相やスオラハティ辺境伯への取引材料にするつもりだろうか? ……あの二人にはさんざん世話になっている。迷惑をかけるわけにはいかないな。

 

「ぐっ……!」

 

 渾身の力を籠め、サーベルを杖代わりにすることでなんとか立ち上がろうとする。無論、大人しく連れていかれる気などさらさらない。力の限り抵抗するつもりだった。

 しかし、身体の方は全くいうことを聞いてくれない。立ち上がるのが精いっぱいで、剣を振るうどころか一歩前に踏み出すことすらできそうにない。銃があればまだマシなのだろうが、騎兵銃は落馬した拍子にどこかへ吹っ飛んでいってしまったし、拳銃はフランセット殿下に貸したままだった。

 

「あっはは、健気ねえ。好きよぉ、そういうの」

 

 なんとか剣を構える僕に、グーディメル侯爵は甘ったるい口調で嘲笑を投げつけた。

 

「こんな凛々しい男騎士様を、腰を振るしか能のないおバカさんになるまで調教する……楽しみ過ぎて、もう濡れてきちゃった」

 

 童貞としては魅力的に感じずにはいられない宣言ではあるが、僕は彼女の手に落ちるわけにはいかない身の上だった。歯を食いしばり、腑抜けた体になんとか喝を入れようとした瞬間だった。朗々とした声が、戦場に響き渡る。

 

「狼藉はそこまでだ、バベット」

 

 声の出所に、目を向ける。そこに居たのは、長大な馬上槍を携えたオレアン公だった。立派な体格の軍馬に跨り、豪奢な甲冑をまとった彼女の姿は、騎士道物語の一場面を描いた絵画のように勇壮だった。いかにも盗賊騎士といった風情のみすぼらしい格好をしたグーディメル侯爵とは、あまりに対照的だ。

 

「……へえ、生きてたか。嬉しいね」

 

 オレアン公の方を見たグーディメル侯爵はニヤリと獰猛に笑い、兜のバイザーを降ろした。

 

「前々からアンタのことは気に入らなかったんだ。母娘ともどもこの手でブチ殺せるなんて、よほどわたしは日ごろの行いが良かったようね」

 

「……そうか、やはりイザベルを殺したのは貴様か」

 

 馬上槍を握る手にぐっと力を籠めつつ、オレアン公は絞り出すような声で言った。

 

「弁明は地獄で聞こう」

 

「ふっ、地獄でやるべきなのは母娘水入らずの会話でしょ? 生前は、随分とすれ違ってたみたいだからねえ、わたしが直々に和解の機会をあげるわ」

 

「もはや言葉は不要か」

 

 静かな声でオレアン公はそう言うと、馬上槍を構えて馬を突撃させた。グーディメル侯爵もそれに続く。両者は真正面から相対したまま、ぐんぐんと加速していった。伝統的なスタイルの、槍騎兵同士の戦いだ。身体がまともに動かない僕は、それを見守ることしかできない。

 

「くたばれ、耄碌(もうろく)ババアッ!」

 

 しかし両者の槍が交差する寸前、突如グーディメル侯爵が左手で拳銃を抜き、オレアン公の軍馬に弾丸を撃ち込んだ。予期せぬ被弾に軍馬が暴れ、オレアン公は落馬しそうになる。

 

「ッ! 舐めるな、若造!」

 

 しかし彼女は、手綱を強引に引っ張りなんとか態勢を立て直す。それと同時に、耳をつんざくような重苦しい打撃音が周囲に響き渡った。ほとんど同時に、オレアン公とグーディメル侯爵が落馬する。どうやら、相打ちらしい。

 

「オレアン公……!」

 

 僕はあわててオレアン公に駆け寄ろうとしたが、身体がついてこない。一歩踏み出した瞬間、足に力が入らず地面に転がってしまう。無様にも、僕は地面に転がった。なんとか立ち上がろうとするが、イモムシのようにもぞもぞと動くのが精いっぱいだった。

 

「……ッてぇ……クソババアが……」

 

 なんとか起き上がろうもがく僕の耳に、嫌な声が聞こえてくる。グーディメル侯爵だった。彼女は右肩を抑えつつも、ふらふらと立ち上がる。しかし、対するオレアン公は倒れ伏したままだ。彼女の周りの石畳には、血だまりが出来ていた。

 

「死ぬまでわたしに迷惑かけやがってよ、クソッタレめ……!」

 

 憤怒の声を上げつつも、グーディメル侯爵は倒れ伏したままの僕の元へふらふらと歩み寄る。そして、僕を蹴りつけて強引に仰向けに転がした。そのまま。兜のバイザーを上げようとする。だが、落馬の衝撃で壊れてしまったのか、バイザーはびくともしなかった。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをしてから、グーディメル侯爵は兜を脱ぐしてた。彼女の顔には、手負いの肉食獣のような獰猛な笑みが張り付いている。頬が紅潮し、目がギラギラと輝いていた。

 

「まあいい。ババアは殺したし、宰相と辺境伯に対する人質も手に入る。つまり、すべては計画通りって事なんだから……」

 

 彼女はそう言って僕の兜を奪い取り、遠くへ投げ飛ばした。そして僕の身体に馬乗りになってから、唇同士が触れ合いそうな距離まで顔を近づける。

 

「へえ、綺麗な顔してるじゃないの……あー、クソ、痛ったい……ムカつくなあ、この場でヤっちゃっていいかな? ダメに決まってるか……」

 

 グーディメル侯爵の甲冑は、右肩の部分に大穴が空いていた。この様子では、肩の骨や関節は完全に砕けているだろう。腕の切断を余儀なくされるような大けがだった。

 しかし、強靭な種族である竜人(ドラゴニュート)はこの程度のけがで死ぬことはない。まだまだ彼女は戦闘力を残している。……つまり、万事休すということだ。

 

「くっ……殺せ!」

 

「く、ははははっ! そのセリフを現実で言う男が居るとはね! 殺すわけないでしょうが、バカ男。正気を失うくらい滅茶苦茶に犯してやらないと、こっちの気が済まないのよ」

 

 勝利を確信した笑みを浮かべつつ、グーディメル侯爵は無理やりに僕の唇を奪おうとした。しかしその瞬間、僕の頭突きが炸裂する。

 

「とでも言うと思ったかゴミカスがーッ!!」

 

 そう叫びながら、僕は腰にひっかけてあった最後の手榴弾を取り出した。この距離で起爆すれば僕も無事では済まないだろうが、所詮は黒色火薬だ。このボケカス女の身体をうまく盾にすれば、ワンチャン生き残ることもできるだろう。そんなことを思いつつ、安全ピンを引っ張りぬく。

 

「僕の故郷を滅茶苦茶にしよって! 貴様だけはチェストせにゃ気が済まんッ!!」

 

「ホ、ホアーッ!?!? やめろ馬鹿ッ!!」

 

 この女さえ倒してしまえば、王都に平和が戻るのだ。僕の大切な故郷を、これ以上戦場にするわけにはいかない。僕は最後の力を振り絞り、手榴弾から伸びた紐を咥え――


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