異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第155話 くっころ男騎士と執念

 このままグーディメル侯爵に拉致されれば、アデライド宰相にもスオラハティ辺境伯にも、そしてなによりも大勢の王都民にも迷惑をかけてしまう。そんなことは絶対に容認できない。僕は最後の力を振り絞り、手榴弾の起爆ヒモを引っ張りぬこうとした。

 

「早まるなよ。……若造が、そう死に急ぐもんじゃあない」

 

 だが、それより早く、僕の身体に馬乗りになっていたグーディメル侯爵の首元に短剣が突き刺さる。頸動脈に傷がついたのだろう、鮮血が噴水のような勢いで派手にまき散らされた。

 真っ赤に染まっていた顔を急速に青ざめさせながら、侯爵は後ろを振り向く。そこに居たのは、甲冑を自身の血で染めたオレアン公だった。

 

「テ、メェ……生きて……」

 

「この程度で死ねるモノかよ、貴様を地獄に送るまではな……」

 

「ああ、クソッ……こんな……」

 

 竜人(ドラゴニュート)の生命力は凄まじいものがあるが、それでも頸動脈が切断されればほぼ即死だ。グーディメル侯爵は腰の剣の柄を握ろうとして、そのまま脱力して僕の上にゴトリと倒れ込む。それ以降、彼女はピクリとも動かなくなった。

 

「……大丈夫か、ブロンダン卿」

 

 オレアン公はそう聞いてきたが、大丈夫ではないのはどう見てもオレアン公の方だった。彼女の胴鎧の腹部装甲には、馬上槍が突き刺さって出来たものと思わしき大きな穴が開いている。そしてその穴からは、白っぽい紐のような臓器が飛び出していた。……おそらく腸だ。

 

「……助かりました、閣下。僕は大丈夫です、身体が言うことを聞かないだけで……それより、その怪我は」

 

「いや、貴殿が無事ならいい。……この傷は気にするな、どうせ私が死ぬのは既定路線だ……」

 

 そう言って、オレアン公は地面に倒れ込んだ。失血のせいで、足が立たなくなったのだろう。ぷるぷると震える手で、彼女は兜のバイザーを上げる。露わになった皺だらけの顔は、脂汗だらけになっていた。

 

「しかし、私が……この腐れ外道の業突くババアが、男を守って死ねるとはな……ハハ、騎士道物語の主人公のようではないか……なんたる皮肉……ああ、だが、悪い気分ではない……」

 

 真っ青な顔に心底楽しそうな笑みを浮かべながら、オレアン公はごぽごぽと湿った咳をした。背筋に嫌な感覚が走り、僕はなんとか身を起こした。

 

「駄目なのですか」

 

「駄目だろうな……」

 

 僕の無意味な質問に、オレアン公はなぜか晴れ晴れとした表情で応える。 ……腹に穴が開いて、おそらく中身(ないぞう)も傷ついている。こうなると、竜人(ドラゴニュート)でももう駄目だ。手の施しようがない。腸の内容物に含まれる毒素や細菌が、血管を通して全身に回ってしまうのだ。

 そんなことは、僕も理解している。なぜなら、前世の僕も似たような死に方をしたからだ。……この虫の息になった老人は、仲間の仇だ。こいつの策略のせいで、幼馴染の騎士が何人も死んでいる。それはわかっている。わかっているが……。

 

「……」

 

 歯を食いしばり、自分に覆いかぶさるようにしてこと切れているグーディメル侯爵を押しのけた。そのまま這うようにしてオレアン公ににじり寄り、籠手に包まれたその手を握る。

 僕とオレアン公は完全な他人で、彼女がどんな人生を送ってきたのかも、どういう考えの持ち主なのかもよくわからない。何か声を掛けたい気分だったけれども、何も思いつかなかった。

 

「ふ……」

 

 そんな僕を見てオレアン公は微かに笑い、僕の手を優しく握り返した。その目つきはひどく茫洋としていた。失血のせいで、もうマトモに物が見えなくなっているのだろう。しかし、触覚は残っているはずだった。前世の僕が死ぬときも、触覚と聴覚は最後の方まで残っていた記憶がある。

 

「私はお前の宿敵だぞ、分かっているのか……?」

 

「ええ。……あなたの策略のせいで、僕の友人たちは命を落としました。あなたを憎んでいないと言えば、噓になります」

 

 しかし、もはや僕が手を下すまでもなくオレアン公はじきに死ぬ。そう思うと、彼女を罵倒しようなどと思う気持ちは微塵もわいてこなかった。悲しいとも嬉しいともつかない奇妙な感情で胸がいっぱいになったまま、僕はオレアン公の手を握りつづけた。

 

「ふん、まったく……」

 

 掠れた声でそう呟き、オレアン公はもう片方の手で僕の頭を撫でた。祖母が孫をかわいがるような、優しい手つきだった。

 

「優しい子だなあ、お前は……」

 

 そんなことを言いながらオレアン公は僕の頭を撫で続け、やがてゆっくりとその手から力が抜けていった。僕は慌ててその手を取り、両手で握り締める。一瞬だけ、微かな力で握り返した後、彼女の手は二度と動かなくなった。

 

「……はあ」

 

 何とも言えない気持ちをため息に変換して外に吐き出した後、僕は周囲をうかがった。いつの間にか、戦いは終結しつつある。優勢なのは味方側だ。もともと、戦力的にはこちらが優越していたのだから当然のことだろう。統制を取り戻した味方部隊は、グーディメル侯爵軍の残党を駆逐しつつあるようだった。

 不安なのは第二連隊の連中だが、こちらが乱戦に突入して以降彼女らはまったく動いていない。やはり、相手が味方ということもあり戦意が薄いのだろう。大勢が決しつつある現在も、戦闘に介入してくる様子はなかった。

 

「これなら、大丈夫か」

 

 そろそろ、スオラハティ辺境伯やフランセット殿下が増援を寄越してくるはずだ。そうなれば、もう心配する必要などない。首謀者を失った反乱軍は、すぐに鎮圧されることだろう。

 そんなことを考えていると、だんだんと視界が暗くなってきた。オレアン公ほどではないにしろ、僕もいい加減限界だった。何とか意識を保とうと頑張ったが、無駄な努力だった。

 

「お兄様!」

 

 バタバタと落ち着きのない足音が聞こえる。なんとかそちらに目をやると、下馬したカリーナがひどく慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる姿が見える。僕は少し笑って、オレアン公の手を握りしめたまま意識を手放した。

 

 

 


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