異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第156話 くっころ男騎士の目覚め

「暑ぅ……」

 

 目を覚ました僕の第一声がそれだった。ひどく寝苦しく、体中が汗まみれになっているような感覚があった。瞼を開いて周囲を確認すると、どうやら僕はそれなりに広い寝室で横になっているようだった。

 部屋の中は真っ暗で、光源といえば開け放たれた窓から入ってくる月光くらいだ。僕が意識を手放したのは夕方になる前のことだったから、少なくとも数時間以上は寝込んでいたに違いない。

 

「……」

 

 窓が開いているあたり、どうも僕は敵の捕虜になったわけではないらしい。おそらく、味方に回収されたのだろう。そこまで考えてから、僕は目を閉じた。身体は相変わらずひどくダルかったし、眠気もすさまじいものがあった。

 そこでふと、僕は自分が抱き枕を抱えていることに気付いた。熱く、柔らかく、しっとりと濡れた抱き枕だ。大きさも重量感も、抱きかかえて寝るにはちょうどいい。僕はその抱き枕をぎゅっと抱きしめ、顔をうずめて深呼吸した。なんだかいい香りがして、思わず頬擦りしてしまう。

 

「ふへっ、ふへへへっ」

 

 抱き枕から奇妙な声が上がった。あわてて目を開いてみると、そこにあったのは抱き枕などではなかった。長い黒髪が特徴的な、人間の後頭部だった。

 

「あ、アデライド……」

 

「アッ!?……いや、違うんだ」

 

 抱き枕改め、アデライド宰相は僕に後頭部を向けたまま弁明した。なぜか僕は、宰相に抱き着いた状態で寝ていたらしい。……いや、まったく意味が解らない。

 

「私は寝汗を拭ってやろうとしただけなのに、君がベッドに引き込んできたんだ。断じて私から同衾しようとしたわけではないんだ。だからすべて君が悪いんだ、いいな?」

 

 ……いや、そんなことあり得るか? ああ、でもちょっと前に同じような言い訳を聞いたな。朝起きたら、なぜかソニアが横に居た時の話だ。似たようなことが続いてしまった以上、僕には近くに寄ってきた人間をベッドに引きずり込む奇癖があると判断するほかない。危険人物にもほどがあるだろ……。

 それはさておき、彼女のあでらいど宰相は僕に負けないくらい汗まみれで、ひどく煽情的な香りがする。異性の汗の匂いって、どうしてこんなに欲情を誘うんだろうな。これはヤバいと直感して、僕は即座に彼女から距離を取った。

 実際、これは非常に不味い状態だった。疲労困憊状態だと、かえってエロい気分になりやすいんだ。こんなところで息子を元気にしてしまったら、僕の童貞などあっという間に宰相に食われてしまう。……いや、責任を取ってくれるなら、正直そのルートは大歓迎だけどな。

 

「そ、その反応はひどくないかね? 私ときみの仲だろうに」

 

 だが、宰相が若干傷ついたような声でそんなことを言うものだから、僕は困ってしまった。異性に拒否される悲しさは、よく知っている。アデライド宰相とは今後も仲良くやっていきたいからな、あんまり嫌がるようなムーブはしない方が良いか。本音で言えば、そりゃ嫌どころか嬉しいくらいだし。小柄な妙齢美女との同衾なんて、めったにできるもんじゃない。

 僕は不承不承を装いながら、宰相の方に身を寄せる。そうすると、彼女はあからさまにほっとした様子で息を吐き、好色な笑みを浮かべて僕の身体に抱き着いてきた。

 

「ふ、ふん! それでいいんだ、それで」

 

「こんなの周囲にバレたら、面倒なことになりますよ……」

 

 小声でぼやいてから、僕は頭を軽く振った。寝起きでぼんやりしていた頭が、やっとハッキリしてきたのだ。宰相と睦言めいたやりとりをするのは楽しいが、今は確認しておかなければならないことがいくらでもある。

 

「アデライドがいるということは、ここは……」

 

「ああ、私の屋敷だよ。流石に、気絶した君をそこらの道端に放置しておくわけにはいかなかったからねえ」

 

「なるほど、助かりました」

 

 アデライド宰相の屋敷はオレアン公派の兵士との戦闘でひどい被害を受けたが、流石にすべての部屋が荒らされているわけではない。この部屋はおそらく、無事だった客間の一つだろう。

 

「一応言っておくが、身体を拭いたり着替えをさせたりしたのは、うちの侍男(男の使用人)たちだ。私は指一本触れてないから、安心したまえ」

 

「はあ、アリガトウゴザイマス」

 

 言われてみれば、全身汗まみれではあるものの返り血の類は完全に拭き取られている。服装も、清潔な寝間着に変わっていた。あのままの状態で寝込むのは衛生的によろしくないので、非常にありがたい配慮だった。

 

「ところで、戦況のほうは?」

 

「……まあ、君はそんな奴だよな」

 

 アデライド宰相は深いため息を吐いた。……いや、しょうがないだろ。まあ、宰相とこんなことになっている時点で、おおむね一件落着したのだろうと予想は出来るが、軍人の義務という物もある。

 

「第二連隊は降伏し、侯爵軍の残党は殲滅された。現状、これ以外の反抗勢力は出てきていない。つまり、王都に平和が戻ったということだ」

 

「良かった……」

 

 僕はほっと安堵のため息を吐いた。反乱の首謀者である次期オレアン公イザベル、そしてグーディメル侯爵は死んだ。首謀者が居なくなった以上、部下たちも長々と抵抗する意味を見出せなかったのだろう。投降するなり逃げるなりして、あっというまに勢力が離散してしまったに違いない。

 

「あとは、まあ……王都民に対する慰撫工作だな。フランセット殿下が王軍を率いて、日没寸前まで王都を練り歩いた。ある意味、戦勝パレードだな。そうとう、派手にやったと聞いているよ。そのおかげで、王都各地の混乱も沈静化しつつある」

 

「一件落着、ということですか」

 

「そうだ」

 

 頷いてから、アデライド宰相は僕をぎゅーっと抱きしめた。小柄なわりに豊満な(もちろん牛獣人のカリーナと比べれば慎ましいものだが)バストが僕の胸板に押し付けられ、つぶれた餅のように変形する。非常に心地の良い感触だったが、いろいろな意味でヤバい。僕は両足の指にぐっと力を籠め、息子が余計な気を起こさないように頑張った。

 

「一応言っておくが、私だって遊んでいたわけではないぞ。君たちが戦っていた間、私もあちこち飛び回って折衝をしていたんだ。四大貴族のうちの二つが失陥したことによる政治的混乱を防ぐための会合とか、混乱に乗じて余計なことをしでかす勢力が出ないようにするための牽制とか……」

 

 いじけたような口調でそんなことを言いながら、アデライド宰相はプイとそっぽを向いた。どうやら、彼女は自分が戦闘に一切参加できなかったことを恥ずかしく思っているらしい。貴族は戦ってナンボという価値観は根強いからな。まあ、気分はわかる。

 しかし宰相は宮廷貴族、かつ新興の家ということもあり独自戦力など持っていないし、ある程度は仕方のない部分はある。それに、前線でドンパチするだけが戦争じゃないからな。彼女のような人間が居ないと、前線の僕たちはあっという間に干上がってしまう。

 

「知ってますよ、アデライドが頼りになるってことは」

 

「……ならいいが」

 

 アデライド宰相は深いため息を吐いた。何しろ距離が近いので、ほとんど首筋に息を吹きつけられたようなものだ。背筋にゾクゾクと妙な快感が走る。……ほんとにヤバイ、勘弁してくれ。

 

「味方の損害とか、今後の展望とか、いろいろ教えていただきたいですが」

 

 そこで僕は話を逸らすことにしたのだが、アデライド宰相は露骨に嫌そうな顔をする。

 

「そう心配せずとも、大丈夫だ。カステヘルミ……辺境伯が万事うまくやってくれている。味方の損害も、まあ皆無という訳ではないが……君の知り合いは全員無事だ」

 

「はあ」

 

 神妙な顔で、僕は頷いた。……知り合いは全員無事というが、オレアン公はその中に入っていないようだな。まあ、アデライド宰相からすれば、彼女は敵以外の何者でもないだろう。こればっかりは、仕方のない事だ。

 

「しかし、それはさておき……君ねえ、男女が同じベッドに入っているんだよ? もっと艶っぽい話題は無いのかねぇ」

 

「艶っぽい話題って……いったい、どんな?」

 

 こちとら童貞である。そんな話題のレパートリーは無い。

 

「……えー、好きな下着の色とか形とか?」

 

「……」

 

 しかし、大概なのは宰相も同じだった。いや、それも男女がベッドの中で語り合うような話題じゃないだろ。

 

「……ええい、そんな目で見るな!」

 

 拗ねた声でそう言ってから、アデライド宰相は僕の首筋に噛みついてきた。もちろん、甘噛みだ。心地よい痛みに、思わず小さく悲鳴を漏らす。

 

「私が普段ケツ揉みくらいで我慢してやってるからって、油断してるんじゃないかね? まったく……」

 

 アデライド宰相は深い深いため息を吐いてから、僕から離れる。

 

「まあ、君もまだ休養が足りないだろう。あとは私たちにまかせて、ゆっくりしていたまえ……おっと」

 

 そう言ってベッドから出ようとしたアデライド宰相だったが、突然に動きを止めた。そしてこちらを振り返り。ニヤリと笑う。

 

「なんだ、アル。誘っているのかね?」

 

 宰相の視線は、彼女の袖をつまむ僕の手に向けられていた。それに気づき、僕は驚く。そんなことをするつもりなど、微塵もなかったからだ。完全に無意識の行動だった。

 

「あ、いや、これは……」

 

 思わず、しどろもどろになる。……ちょっと、精神的に疲れてるのかもしれない。オレアン公が、目の前であんな最期を遂げたわけだからな。彼女のことははっきり言って嫌いだったが、だからといってその死を喜ぶ気分にはなれない。精神がひどくささくれ立っている自覚があった。こういう時には、生きている人間の体温が恋しくなる。

 

「まったく、君は()いやつだねぇ。仕方がない、今夜は抱き枕になってやるとするか .……わかってるよ、抱かれたいわけじゃないんだろ? 我慢してやるさ、今日の所はな」

 

 いや、むしろ抱かれたい気分ではあるんですけどね。……でも、婚前交渉は不味いからなあ。畜生め。


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