異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第168話 くっころ男騎士と演説

 ガレア王国軍制式の青い軍礼装を纏った兵士たちが、演習場を行進している。七十名以上が歩幅までピタリと揃えて縦列で進んでいく様は、壮観そのもの。リズミカルな軍靴の音が鼓笛隊の奏でるラッパやドラムの音色とまじりあい、独特の戦場音楽を作り出していた。

 

「あの軍装は、一体?」

 

 死んでも治らない重篤なミリオタである僕は、この手の光景が大好きである。とはいえ、ジルベルト氏や募兵応募者たちの前でひとり興奮するわけにもいかない。冷静を装いつつ、隣のジルベルト氏に聞く。

 

「軍服の返納を少し待っていただいたのです。私服で行進演習をしても、あまり映えませんからね。彼女らに"軍人の格好良さ"を見せてやるには、やはり完璧な軍装姿であるほうが望ましいでしょう」

 

「なるほど」

 

 感心しながら、視線を兵士たちに戻す。彼女らは、リースベン軍に参加してくれるという元第三連隊の一般兵たちだ。ジルベルト氏は、彼女らに合戦を想定した演習をするように命じていた。

 その目的は、もちろん若者たちに対するデモンストレーションだ。この演習で軍人の格好良さを見せつけ、自分もこの人たちの仲間になりたい! と思わせる……それがジルベルト氏の作戦だった。

 そしてその作戦は、今のところうまく行っているようだ。若者たちは、キラキラとした目で行進する兵隊どもを見ている。王軍の青い礼装は、王室御用達の一流デザイナーがデザインしたひどくあか抜けた代物である。それを一分の隙もなく着こなした屈強な女たちが、一糸乱れぬ見事な行進を見せている。格好良くないはずがない。

 

「懐かしいなあ」

 

 思わず、そんな言葉が漏れる。前世の僕が軍人を志したのも、同じような理由だ。間近で見る精鋭部隊の行進ほど格好の良いものはなかなかない。

 まあ、現実は甘くなかったがね。ピカピカの軍装を纏った格好いい軍人さん、などというイメージは入隊後に粉々に打ち砕かれてしまった。実際の兵隊の仕事なんてのは、大半が汗と泥と血とクソでドロドロになるようなものばかりだ。

 

「陣形、横隊に転換!」

 

 指揮官の号令に従い、兵士たちが陣形を変える。移動用の縦隊から、戦闘隊形の基本である横隊への転換だ。兵士たちは足を止めることもなく、有機的な動きで横二列に並び始めた。

 

「すごい……」

 

 カリーナが感嘆の声を上げる。言っちゃなんだが、ウチのヴァレリー中隊などとは比べ物にならないほどスムーズな陣形変更だからな。精鋭の名は伊達ではない。

 

「流石は第三連隊だな」

 

「主様からお褒めの言葉を賜ったとなれば、彼女らも喜びましょう」

 

 少し安心したような声で、ジルベルト氏が応える。彼女は視線を若者たちに移し、口角を上げた。

 

「効果は絶大なり、ですな」

 

 見事な動きで陣形転換を終え、槍の穂先をピシリと揃えた兵士たちを見て、若者たちは歓声を上げていた。王軍の精華とまで呼ばれた第三連隊の演習を間近で見たのだ。魅了されないはずがない。兵士の募集に集まってくるような血気盛んな連中ならなおさらだ。

 

「あとはトドメを刺すだけでしょう。お願いできますか、主殿」

 

「いいのか?」

 

 彼女らは、ジルベルト氏が育ててきた兵士だ。その働きを、僕の募兵に利用するのはどうも失礼な気がする。こういうデモンストレーションをするなら、本来僕の部隊でやるべきなんだが……。

 

「何の問題が? わたしも、そして彼女らも、すでに貴方の部下なのですよ」

 

「……了解」

 

 (元とはいえ)上司であるジルベルト氏がそういうのだから、僕が四の五の言っても仕方がない。僕は再びお立ち台に登った。それを見た鼓笛隊が、勇壮なバックミュージックを奏で始める。……いや、気が利きすぎだろ!

 

「諸君!」

 

 兵隊に向けられていた若者たちの視線が、僕に集まる。僕は深呼吸をして、自らの心を落ち着かせる。軍隊の綺麗で格好いい部分だけを見せて彼女らを騙し、兵隊に仕立て上げる……詐欺師と言っていい所業だ。

 まして、リースベンは立地が立地だ。実戦は避けられないだろう。命を失ったり、あるいは重い障害を負ってしまう可能性はかなり高い。随分と非道な真似をしている自覚はあった。

 

「想像してみたまえ。栄光の軍服を身にまとい、あの隊列の中で槍を構える自らの姿を!」

 

 答えは間髪入れずに返ってきた。兵隊の募集に集まってくるような連中だ。ほとんどは、その日暮らしの貧民たちである。彼女らはツギハギの古着を纏い、薄汚れた姿をしている。対して、兵隊たちはピカピカの軍服姿だ。その姿は、あまりにも対照的だった。

 

「諸君」

 

 優しく語り掛けるような口調でそう言いながら、僕は若者たちを見渡す。彼女らは、興奮でギラギラした目を僕に向けている。

 

「リースベンは新しい土地であり、リースベン軍も新しい軍隊だ。しかし、どれほどの伝統をもった軍隊であれ、最初はゼロからスタートしたのだ。諸君らの若き力があれば、新たな歴史を築き上げることも不可能ではない!」

 

 僕は背中に背負っていた騎兵銃を取り出し、周囲に見せびらかすように掲げ持った。

 

「僕の元には新たな武器があり、新たな戦術がある。旧来の軍隊を駆逐するだけの力を持った、新たなる軍制! その先鞭をつけるのが、我がリースベン軍だ!」

 

 後ろの方で見ていた旧第三連隊の兵士たちが、何とも言えない表情を浮かべた。……そりゃ、彼女らはその新軍制とやらにやりたい放題された立場だもんな。微妙な気分にもなるだろうさ。やりにくいなあ。

 しかしちらりとジルベルト氏のほうを見ると、彼女はコクリと頷いた。どうやら、話をこういう風に持っていくのも織り込み済みらしい。流石の切れ者ぶりだな。

 

「諸君」

 

 自信ありげな笑みを浮かべて、僕は若者たちを睥睨した。

 

「僕が君たちに与えられるものは、三つだけ。腹いっぱいの飯と、まっさらな軍服と、そして世界最強の兵士という肩書だ! さあ、どうする? 僕と共に、新たな時代を歩きたい者は居るか?」

 

 若者たちは、両手を上げて何かを叫んでいた。混然とした熱気が、演習場を包み込んでいる。

 

「やります!」

 

「リースベン、行ってやろうじゃねえかよ!」

 

 この様子ならば、契約書にサインさせるのはカンタンだろう。……いや、しかし本当に詐欺以外の何者でもないな、これは。ひどいものだ。来世はいよいよ地獄行きだな。……今さらか。

 

「よろしい! 歓迎しよう、若人たちよ! 共に同じ旗を仰ぎ、共に同じ釜の飯を食おうじゃないか! ……さてジョゼット、契約書の準備を」

 

「はっ!」

 

 後ろに控えていたジョゼットが頷き、演習場の端に設営されている天幕の元へ走り去っていく。僕は無言で、視線を若者たちに戻した。どいつもこいつもひどく興奮し、兵士たちの方を見ながらアレコレ話し合っている。その中には、先日知り合ったハイエナ姉さんとその仲間たちの姿もあった。 


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