異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第176話 カタブツ子爵と恋愛相談(1)

 パレア大聖堂の控室で、わたしは静かに煙草を吸っていた。主様が告解室へ入って、すでに三十分ほどが経過している。フィオレンツァ司教に王都を離れる挨拶をしてくるとのことだったが、いったいどんな話をしているのだろうか? 妙に気になるが、臣下としてはあまり突っ込んだことを聞くわけにもいかない……

 

「ふう……」

 

 煙を吐き出し、短くなった紙巻煙草を灰皿に押し付ける。陶器製のその皿の中には、すでに何本もの吸い殻が落ちていた。なにしろ居心地が悪いので、ついつい喫煙量が増えてしまう。

 あの反乱で、わたしはフィオレンツァ司教の身柄を狙っている。これは主様に対して斬首作戦を仕掛けるための前準備であり、あくまで目くらまし目的の陽動だった。とはいえ、司教様の身を危険にさらしたのは事実である。

 聖職者を狙うなどガレア貴族としてはあるまじき行為であり、この一件だけで死罪にすら値する。……にもかかわらずこの期に及んでなお叱責を受けていないのだから、逆にわたしはひどく不安を感じていた。

 

「……」

 

 愛用の煙草ケースから新たな一本を取り出し、口に咥える。オイルライター(主様から頂いた大切なものだ)のフタを開き、歯輪に指をかけたところで、控室のドアが開かれる。

 

「お待たせ」

 

 入ってきたのは、主様だった。わたしはあわてて煙草とライターをポケットにしまい、立ち上がる。

 

「……失礼しました。おかえりなさいませ、主様」

 

 やっとこの居心地の悪い空間から解放される。わたしは内心安堵のため息を吐いていたが、主様は少し困った様子で自らが入ってきた出入り口の方を見る。

 

「司教が、ジルベルトにも会っておきたいと言ってるんだ。ちょっと、行ってもらえるかな」

 

 まさかのご指名である。わたしの血圧は一気に下がった。正直に言えば、拒否したい。が、相手は王都の宗教界における最高権力者の一人だ。いち子爵であるわたしに拒否権があるはずもなく……

 

「お、お招きいただき、ありがとうございます……」

 

 それから五分後。わたしはひどく手狭な告解室で、フィオレンツァ司教と一対一で相対していた。質素だが美しい青白の司教服に身を包んだフィオレンツァ司教は、ニコニコと機嫌よさげな様子で私を見ている。

 

「アルベール・ブロンダン様が臣下、ジルベルト・プレヴォ。ただいま参上いたしました」

 

「西パレア教区、教区長のフィオレンツァ・キアサージです。初めまして、子爵様」

 

 ニコニコ顔のまま、司教はわたしに握手を求めてくる。むろん、断るわけにはいかない。わたしは彼女の手を握り返した。剣など握ったこともなさそうな、柔らかな手だった。

 わたしに対してなんの敵意もなさそうな様子の司教ではあるが、相手は泥沼の宗教界で若くして異例の出世を遂げている正真正銘の怪物である。その内心を読むことなど、わたしにはとても不可能だ。泣きたくなるほどの不安を感じずにはいられなかった。

 

「そ、その……司教様。先日の件は、大変申し訳ありませんでした」

 

 とりあえず、初手は謝罪だ。あれこれ言い訳したり、誤魔化したりするのは不味い。下手に駆け引きを仕掛けるよりは、最初から白旗を揚げてしまった方がよほどマシだろう。

 

「あなたの謝罪を受け入れましょう、プレヴォ子爵様。……勘違いされているようですが、はっきりと申しておきましょう。わたくしは、あなたに責めを負わせようという気はさらさらありません。なにしろ、あなたはあくまで命令を受ける立場でしかなかったわけですからね」

 

 フィオレンツァ司教は手をひらひらと振り、笑みを深くした。

 

「誤った命令を遂行すれば、自然とその過程や結果も誤ったものとなる。当然のことです。それによって生じた損害の責任は、命令者だけが負うべきなのです」

 

 朗々とした口調でそう語ったフィオレンツァ司教は、湯気を上げる香草茶のカップを口に運んだ。

 

「……さて、詰まらない話はこれで終わりにしましょう。時間は有限ですからね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 恐れていた話題が一瞬で流され、わたしの顔に冷や汗が浮かんだ。有難いと言えば、確かにありがたい。が、権力者のこの手の発言を真に受けるのは危険だ。彼女はいったいどういうつもりなのだろうか……。

 

「子爵様をお呼びたてした理由は、他でもありません。アルさんを攻略(・・)するための情報を伝えるためなのです」

 

「攻略!?」

 

「そう、攻略。好きなのでしょう? アルベールさんが。男性として、ね」

 

 わたしは思わず、座っていた椅子から転げ落ちそうになった。いきなりなんてことを言うんだ、この司教様は。秘めていたハズの想いが、ほぼ初対面の相手に見抜かれている!

 

「な、な、な……」

 

 わたしは陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせた。誤魔化したり、しらを切ったりするような余裕さえ、わたしから失われていた。それほど、この司教様の発言は衝撃的だった。

 

「なぜバレたか、ですか。簡単なことです」

 

 にっこりと笑って、フィオレンツァ司教はぐいと身を乗り出してわたしに顔を近づける。眼帯に包まれていないほうのヒスイ色の目には、隠し切れない喜色が浮かんでいる。

 

「アルベールさんとは長い付き合いですから、その行動パターンもよく存じております。そして内乱終結後の貴方の動きを見れば……もう、考えるまでもありません。抱きしめられて、慰めの言葉をかけられて……コロッと。そういう感じでしょう?」

 

 驚きのあまり、心臓がおかしな音色を奏で始めた。どうしてここまで具体的な内容を的中させられるんだ? まさか、主様が漏らした? いや、そんなはずはない。主様は人の名誉や尊厳には殊更に気を使われる方だ。聖職者が相手とはいえ、わたしの情けない姿を他人に喧伝するとは思えない。

 だとすれば、状況証拠から組み立てた推理という可能性が高いが……そうとう人心に通じてなければ、これほど精度の高い予測はできないだろう。最年少司教の肩書は伊達ではないということか。やはり、油断ならぬ相手だ。

 

「図星……ですね? ええ、ええ、わかりますとも。ご安心ください、子爵様。もちろん、このことは口外いたしません。なにしろ、わたくしはあなたを応援しているのですからね」

 

「お、応援……」

 

「そう、応援」

 

 身体をひっこめたフィオレンツァ司教は、ニヤニヤ笑いのまま香草茶を飲んだ。そして、ねっとりとした口調で言葉を続ける。

 

「わたくしとしては、アルベールさんはマトモな女性と結ばれてほしいのですよ。なにしろ、彼の周囲にはタチの悪い女性が多い。右を見ても変態、左を見ても変態。もう、目を覆わんばかりの惨状です」

 

「へ、変態ですか……」

 

 清廉なる司教様の口から飛び出すには、あまりにふさわしくない単語である。わたしとしては、困惑するしかない。

 

「わかりやすい所でいえば、アデライド宰相様ですね。彼女は年がら年中アルベールさんのお尻を撫でまわしています」

 

「……」

 

 噂では聞いていたが、まさか本当にそんな破廉恥な人物が我が国の宰相だったとは……。わたしは思わず頭を抱えた。ほとんど無意識にポケットからクシャクシャになった煙草を取り出し、口に咥えた。そこでハッとなって、あわてて煙草をポケットに戻そうとする。

 

「あっ……申し訳ありません」

 

「いえ、結構ですよ。狭い部屋ですが、換気はキチンとしています。どうぞ、お好きになさってください」

 

「感謝いたします……」

 

 司教様の慈悲に感謝しつつ、加えなおした煙草の先端に火をつける。紫煙をゆっくりと吸い込み、そして吐き出した。一服しないことには、頭がどうにかなりそうだった。

 

「しかし、まあ……彼女はヘタレなので、案外危険性は低いのです。本当に危険な人物は、他に居るのですよ」

 

「……というと?」

 

「ソニア・スオラハティ。彼女の正体は、卑劣なる覗き魔です」


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